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わたしは公爵令嬢……

 お姫さまだっこにときめいていたはずのエマだが。

「はい、次は両脚飛びの運動! いち、に~、さん、し、開いて! 閉じて! 開いて! 閉じて! いち、に~、さん、し、ご~、ろく……」

 外套を脱ぎ捨て、ドレスすがたになったエマは、現代日本人にすっかりおなじみの体操を披露していた。エマの目の前にずらり整列しているのは、騎士学校の生徒たちだ。エマの動きを真似て、それらしい体操をしているが、ぎこちない。

 前奏から口で歌い、「腕を前から上にあげて、お~きく背伸びの運動ぉ~」と掛け声をかけるところからきっちりはじめた。奇妙な動きの連続に唖然としている生徒たちをものともせず、エマは見事な体操を披露する。

「はい、深呼吸……で第一はおしまい。第二はまた次回。……いいこと? 毎朝起き抜けに全員で整列してこの体操をすること」

「げぇぇ」

「なんですか、げぇぇ、とは!」

 だん! と地面を踏み鳴らせば生徒たちがびくっとする。

「それから……そうね……この庭を各自10周。腕立て腹筋背筋も50回ずつ! さ、はやく!」

 ぎえええ、と濁音まみれの悲鳴が上がるが、エマが率先して走り出す。

「まったく! わたしの高校時代の体育の授業よりぬるいカリキュラムで騎士が養成できるわけ、ないでしょう! えーい、走りにくい!」

 ドレスの裾をがばっとたくし上げて靴を脱ぎ捨てたものだから、アンソニーが慌てて飛んできた。

「エリザ……いえ、お嬢さま! いくらなんでも捲りすぎです、下ろして!」

「え? スカート長いから太腿は見えないわよ、大丈夫」

「いいえ! 若い男たちは、レディのくるぶしやドレスからちらちらする足首に欲情するんですっ! それをっ、こんな見せて……公爵さまに叱られます」

 はぁ? とエマの目が丸くなったが、学園での授業を思い出す。銀の髪をひっつめて、びしっとクラシカルなドレスを着た年配の先生。

「――そうよね、現代日本とココじゃ、はしたなさの基準もちがうわよね……わたしは公爵令嬢なのよ……」

 今は、遠藤恵茉ではないのだ。実に窮屈だが。

「わたしはエリザベータ・アニエス・エマ・アンドゥー……エリザベータ・アニエス・エマ・アンドゥー……。婚約破棄して学園を飛び出した、公爵令嬢、なのよね」

 のろのろと、準備体操をする生徒たちを眺める。

「……なんとなく覇気がなくてトロンとしてるのも気になるんだけど……どうしたのかしら?」

「はい、どうやら例の子爵令嬢の兄だか弟だかが転入してきてから、こんな調子なのだとか」

 ということは、ティアのように無自覚に何らかの魔法を垂れ流している可能性がある。

「一度会ってみたいわね……」

「……今日は休みのようですね。彼も、ティア嬢と同じように、ピンクの髪に黄色い眼ですからすぐにわかるかと」

「そう、気を付けておくわ」

 というかなぜ、アンソニーはそこまで詳しいのだろう。もちろん、接客業である以上お客さまの話し相手もすれば噂話も耳にするだろうが。そんなことを思っていると、筋トレをしていたはずの生徒たちが数人、小競り合いをはじめた。木製の剣を構えて決闘だ、などと言う。

「こらーっ、やめなさい! 騎士たるもの、すぐに手を出してなんとしますか! やめなさいっ!」

 だん!

 正気に戻ったうちの一人、鮮やかな青い髪の青年がハッとしたようにエマを見た。

「これは公爵令嬢……」

「あら? わたしを知っているの?」

「はい、オレ、婚約者が学院生なので……。エマさまのお噂は色々聞いています。王子殿下の寵愛がご自身からティアさまに移って、その嫉妬からティアさまをいじめて、寂しさから数多の男に手を出して、学園乗っ取りを画策したものの王子殿下にバレて、婚約破棄されて学園追放になった公爵令嬢……というのは本当ですか?」

 はぃ? と、エマの目が点になった。一体いつの間に、そんな話になっていたのか。あまりにもひどい、公爵令嬢である。

「まって、いろいろ訂正させてちょうだい」

 思わず、眉間の皴を指先で揉み解す。

「はい」

「訂正……というか、あっているのは、王子殿下の寵愛がわたしからティア子爵令嬢に移ったということ。婚約破棄はしたけれど、それを宣言したのはわたし。だいたいわたしは、フィリッツ王子にも結婚にも、学園にも王都にも社交界にも未練はないから、さっさとタウンハウスに戻ってきたのよ。だからこのまま学園には戻らず、お父さまの領地へ戻って、そっちで過ごすわ」

 しん、として生徒たちがエマを見ている。年頃の令嬢が、結婚も社交界も興味はないというのだ。奇異に映るだろう。

「しゃべりすぎたわ。……アンソニー、そろそろ本来の目的地へ案内してくれる? 足の痛みも、治まったし」

 脱ぎ捨ててあった外套を拾って、フードを被る。

「承知しました。参りましょう」

「ええ」

 二度とここへは来ることはないだろう。見納めね、と思い、ちらりと背後を見る。

「……エマさまに教わった体操、オレは毎日必ず行います。剣だけでなく、噂に惑わされない心を鍛えます」

 青い髪の騎士候補生が、びしっと騎士の礼を取っていた。


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