原作にないことばかり。
「あーおいしかった! ごちそうさまでした」
ぺろりと平らげたご馳走は、本当に美味しかった。
しかし美味しいものを食べながら、少し考えていたことがあった。当然この家族団欒は原作にはない。もっと言うならこの、乙女ゲーム『ネオエロティックロマンスゲーム 遥かなる金色の女王候補』の世界では「王都」や「市街地」は会話に出てくるのみで、スチールも地図もないのだ。
だからここの王都や市街地がどんなところなのか、見てみたいのだ。
そして、本屋か弁護士を探したい。身に覚えのない罪を列挙し公爵令嬢たる自分を床にねじ伏せた、フィリッツ王子とその取り巻きたちを訴えるのだ。そのためには、この世界の司法システムを理解し、法律を理解しなくてはいけない――とはいえ、ここは乙女ゲーの世界。どこまで法整備がされているのか謎ではある。
「あの、お父さま、お母さま」
「ん? どうしたんだい?」
ふかひれスープを口に運びながら、ほろ酔い加減の父が愛娘に目線を向ける。
「あの……王都を歩いて見物してみたいのですが……」
「ほう? 歩いて? 馬車でも馬でもなく?」
あ、とエマは慌てた。馬車も馬も、現代日本にはない。すなわち、そのような移動手段があったことをうっかり忘れていた。
「はい、し、市民の感覚というか目線を愉しみたくて」
苦しい言い訳かな、と思ったが、父は笑みを深めた。
「タウンハウスに来ても邸に閉じこもってばかりのお前が、王都を歩きたい、民のことを知りたい、と……。いや、うん、公爵家の子として、見聞を広めるのは素晴らしいことだ。ぜひ行ってきなさい」
「ありがとうございます」
「昨日までは……王子殿下との婚約があんなことになって、プティリア王立アカデミーに行かせたのは間違いだったかと思っていたが、そうではなかったようだ」
「ええ、きちんと、成長しているわ」
「そう、成長というか……まるで別人のようだ」
父の、まるで珍しいものを見るような目つきと、母の感極まったような表情にエマは気恥ずかしくなる。エリザベータ・アニエス・エマ・アンドゥーというキャラがこれまでどれだけ傍若無人でわがまま放題だったかを思えば、この両親の涙も頷けようものだ。
「では、ちょっと行ってまいりますわ」
馬車に積んであった外出用の外套を着てフードを被る。視界が悪いが、公爵令嬢が一人でふらふら歩くのははしたないとされているので、人目を避けねばならない。
ぎぃ、と木の扉を押し開ける。良く晴れた空に、白い雲がぷかぷか浮いている。
いざ! と、数歩歩き始めたエマの腕が、ぐいっと引っ張られた。
「お、お母さま!?」
「ま、まってまって、エリザベータ! 平和な王都だけど護衛をつけないと危ないわ」
「あ、そうか……」
現代日本では、護衛なんてものをつけたことはなく、一人で歩くことに何の抵抗もなかったので、ついその感覚で動いてしまう。
「待ってね、あなた、今から騎士ギルドに連絡して、何人か……」
「おお、そうだな」
護衛の手配をしようとする公爵夫妻を止めたのは、一度は厨房に下がったはずのアンソニーだった。
「もしよろしければ、わたしが護衛を務めさせていただきます。いえ、料理人の中では腕は立つ方で、店に来た酔漢は叩き出せます」
人は見かけによらないものである。
でもお店が、と、エマが言いかけるが、
「……いや、アンソニーが同行してくれるなら安心だ、我が娘をよろしくお願いいたします」
と、父が頭を下げた。
どうやら父は、アンソニーに絶大な信頼を寄せているらしい。王都の城下町に店を構える料理人と名門公爵家の当主、いったいどこで知り合って、どこでここまでの信頼関係になったのか、大いに興味がわく。
が、今はそれを追求している場合ではない。
「公爵さま、頭をあげて下さい。では、エリザベータ嬢をお預かりします」
「お父さま、お母さま、ちょっと行ってきます!」
ひらひら、と両親に向けて手を振る。
「はい、遅くならないうちにここへ戻ってくるのよ! 転ばないように、走らないのよ!」
幼子に注意するようだわ、と、苦笑しながらもどこかあたたかいものを感じたエマだった。




