わたしはエリザベータ・アニエス・エマ・アンドゥー
「わたしはエリザベータ・アニエス・エマ・アンドゥー……エリザベータ・アニエス・エマ・アンドゥー……言いにくいわね」
王都のほぼ中心に位置する、貴族の子弟が通う全寮制の名門校プティリア王立アカデミーの白い廊下を、ブロンドにエメラルドグリーンの目を持つ美女が闊歩する。
すれ違う人皆が振り向く美貌である。
「日本で通った名門お嬢さま学校の廊下も広かったけど……その比ではないのよね……」
あっちに何があって、こっちに何があって――覚えるのに苦労した。
建物のかずも、敷地の面積も、けた違いにこちらの方が大きいのだ。
学生の数は、かなり少ないのだが。
「エリザベータ・アニエス・エマ・アンドゥー……忘れそうよね。ん? エマ・アンドゥーって安堂恵茉から来てたりする?」
語尾が疑問形になるが、誰も答えてはくれない。
ドレスの裾を華麗に捌きながら、颯爽と教室へと向かう。すれ違う人たちに「ごきげんよう」と自分から挨拶してしまう。
エリザベータはそんなキャラではないためぎょっとされるが、王家に次ぐ名門アンドゥー公爵家の令嬢に挨拶されて無視をするような阿呆はこのアカデミーにはいない。
「それにしても……本当に苦しいわね、このコルセットは!」
日本で恵茉が、中学高校時代に着ていた制服のスカートにはインサイドベルトが使われていて、お弁当のあとなどそれなりに苦しかったが、当然、その比ではない。
「こんなのでぎゅうぎゅう締めてるから、ぱったり倒れる令嬢がでちゃうのよ!」
日本の学校でも朝礼のたびに倒れる子がいたが、その比ではない。この、王立アカデミーでは毎日バタバタとレディが倒れるため、保健室は有り得ないほど広くとってあるし、廊下のいたるところに長椅子が置いてある。
この国、いや、この世界の貴族子息、令嬢はみな体力がないため疲れやすく、すぐに椅子に座りたがる。そのため、椅子はいくつあってもいい。
そして、演技で倒れる必要のあるレディも、主にここを使うのである。
今も、エマの数歩前でくらくらと倒れたレディがいる。モブキャラではあるが、エマのクラスメイトの子爵令嬢ミーリアだ。
顔色がよく、素早く友人が支えて長椅子に運び、すれ違う貴族の子弟……フィーゴを呼び止めた――すなわち、恋の駆け引きだ。
「ミーリア嬢の選択肢はさしずめ、A、わざと倒れる B、思い切って話しかける あたりかしらね」
そして男の子の方は選択肢が出ているなら「A、助ける(好感度+10) B、スルーする」あたりだろう、とエマはくすっと笑う。
いや、実際は笑っている場合ではない。
ここが生前、自分が大好きで徹夜してプレイした乙女ゲーム『ネオエロティックロマンスゲーム 遥かなる金色の女王候補』の世界であり、自分は主人公――ではなく、主人公に意地悪しまくるライバルキャラのエリザベータに転生してしまったらしいのだから。
エリザベータは大変である。
突如出現するヒロインに何もかも奪われて、どのエンディングでも最後は破滅に追い込まれる。
「……今日はまだ、あの子は転校してこなかったわね。いつ来るのかしら、そろそろ来ないとわたし卒業してしまうわ」
ヒロインが現れないと、EDはどうなるのだろうか。少なくとも、エリザベータはヒロインと張り合わなくていいのでライバル令嬢でも悪役令嬢でもない「ただの令嬢」になる。
そんなストーリーはないはずなので――唯一、あまりにハードモードすぎて恵茉はまだ体験できていないEDになるのだろう、と予想している。それは、エリザベータ女王即位エンディング、なる隠しEDである。
なんでも、学院卒業後に女官吏としてお城勤めを始め、王家の腑抜けっぷりに退陣を要求し、宰相や騎士団とともにクーデターを起こして女王になるらしいが――。
あまりにもあんまりな、無茶苦茶なEDである。乙女ゲーの要素どこいった、である。
「破滅EDも女王EDも回避しないと!」
だがどうやって? それが目下の課題なのである。