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ひとりぼっちの潜入作戦

 夜10時。辺りがすっかり暗くなっている中、御山高等学校裏門の前で、竜次はひとり、イライラしていた。


 この季節、日中は暑くても、夜は心地よい風が吹いて過ごしやすい気候であることが多い。現に、先ほどまでは涼しいくらいだった。

 ところが、何故かこの学校に着いてから、空気が澱んだように妙に生温かくて、じっとりと汗ばんできた。

 それが薄気味悪く思えて、気にしないようにしつつも不安をかき立てる。


 さらに、竜次は制服を着てきていた。

 もし万が一、警備員に見つかってしまったとしたら、「忘れものをとりにきた」とでもいって、誤魔化すためだ。

 しかし、夏服の半袖とはいえ、汗で背中にシャツがへばりついて、鬱陶しいことこのうえない。


(こんなことなら、制服を着てくるんじゃなかったな……)


 早くも後悔している竜次だが、苛立っている原因はこれだけではない。

 最大の要因は、10時になったというのに、今なおひとりでいるという、この現実である。


 もともと、この時間には竜次を含めて5人が集まることになっていた。

 信也以外の3人は、竜次と同じ中学校の出身で、気心の知れた仲だ。


 しかし、ひとりは気分屋のため、参加を表明していたものの、どうせ来ないものと思っていた。

 もっとも、来ないともいいきれないせいで、竜次は集合時間まで待つ羽目になったわけだが。


 ふたりは、あれほど「裏門に集合」といっていたにも関わらず、先ほど正門から堂々と入ろうとして、警備員に捕まった。

 ちょうど、竜次が裏門に向かおうとして、近くを通っていたときのことだ。


 口は堅い奴らだから、今回の計画をバラすことはないだろう。自分たちには、まだやるべきことがある。お前たちの犠牲を無駄にはしない。


 そのように考え、泣く泣く見捨てて、ここまでやって来た。


 しかし、裏門に着いた竜次に、追い打ちをかける一通のメールが届いた。


「出かけに母さんに見つかって、説教中。今夜は行けそうにない。誠に申し訳ございません」


 信也からだった。最後の一文が無駄に丁寧なそのメールに、竜次は膝から崩れおちそうになった。


 このようにして、ドタキャンの嵐に遭った竜次はひとり、裏門の前に立っていたのだった。


 これなら、葵でも誘えばよかっただろうか。

 葵の性格ならば誘えば断れなさそうだし、ドタキャンをされることもなかっただろう。

 しかし、(あき)に脅かされたときの、あの血の気のない表情を思いかえすと、やはり誘わなくて正解だった気もする。


 竜次は、来なかった仲間たちへの恨みがましさ、ひと気のない学校への恐怖、男の意地などがないまぜになった複雑な心情だった。

 しかし、クラスの皆んなの前で宣言した手前、今さらあとには引けない。


 意を決して、竜次は裏門の柵に手をかけた。


 この学校の裏門は普段から閉まってはいるものの、トラックも出入りできるように幅が大きくつくられている。柵のしたに車輪がついていて、片側から伸縮して開閉するタイプだ。


 柵の高さはそれほどではない。運動神経が悪くはない竜次ならば、何とかよじ登れるだろう。

 本当は、もうひとりくらいいてくれたほうが楽なのだが、こればかりは嘆いても仕方がない。


 柵のうえで辺りを見まわし、周りに人がいないことを念入りに確認する。

 もの音を立てないようにそっと着地すると、校庭を囲む木々に身を隠しながら、素早く移動する。

 どこに警備員が潜んでいるかわからないのだから、用心するに越したことはない。


 校舎の端に着くと、中に入る扉には、鍵がかかっていた。


(大丈夫、想定内だ)


 竜次は慌てることなく、校舎に沿って先へ進む。

 やがて、ひとつの窓に狙いをつけると、普通に窓を開けるようにガラリと開けた。


 それは、1階の端のほうにある男子トイレの窓だった。大概の生徒の導線から外れているため、利用者が少ないトイレだ。


 竜次はあらかじめ、帰るまえに窓の鍵を開けておいたのだ。

 作戦は功を奏し、開いていた鍵は誰にも気づかれなかったようだ。


(さっすが、オレ!)


 竜次は自画自賛しつつ、窓から中に滑りこんだ。


 トイレから廊下に出ると、非常口を示す緑色の明かりがところどころにあるものの、校舎の中は真っ暗だった。


 竜次はスマホをとりだし、ライトをつけた。


 この学校の校舎はコの字型になっている。

 正門はコの字でいうところの縦棒の外側の方向、数百メートル先にあり、警備員の詰所もそこにある。

 その位置から見える校舎は、縦棒部分にある正面玄関と一部の教室しかない。


 つまり、校舎内を見まわりしている警備員がいなければ、廊下で多少ライトをつけても、大丈夫な可能性が高いのである。

 また、通行人がたまたま近くを通って、学校の外から明かりに気づかれたとしても、警備員の見まわりくらいにしか思われないだろう。


 そのような算段をつけて、竜次はライトを使った。

 警備員に出くわしたら、そのときはそのときだ。第一、この暗さだ。明かりがなければ、どうしようもない。


 ライトをつけても、ひと気のない暗い学校は変わらず不気味だった。


(さて、最初はどこから行こうか……)


 信也の情報からは、幽霊の出現ポイントは全くわからない。


 学校の怪談といえば、先ほどまでいたトイレも定番のひとつだ。

 しかし、誰もいないとはいえ、さすがに女子トイレに忍びこむ勇気はない。

 あとは、音楽室、理科室、図書室といったところだろうか。しかし、定番だからといって、必ずしも幽霊が出るわけでもあるまい。


 竜次はだんだん、考えることが面倒になってきた。


 もう、やけっぱちだ。そもそも何故オレひとりだけ、こんな目に遭わなければならない。


 この校舎は地上4階建て、地下1階まである。適当に校内を一周して、いなければそれまでだ。いや、そもそも幽霊など、本当にいるとは思っていない。

 あとで適当に自撮り写真でも撮れば、ちゃんと夜に来た証明になるだろう。幽霊が見つからなくても、それで体面は保てる。


 悩んだすえ、竜次は階段に向かって歩きだした。


 この校舎には、階段が4つある。コの字でいうところの端に2つと、接点に2つだ。

 正門から向かって右奥、コの書きだし部分から第一、右手前が第二、左手前が第三、左奥が第四階段と呼ばれている。


 竜次が今いる位置よりさらに奥には、第四階段がある。施錠されていて、校庭から入れなかった先ほどの扉の脇だ。


 来た道を少し戻るかたちにはなるが、そこから一度に階段を上がって、下りながら校内を見てまわろうという考えだ。


 竜次は暗い中、スマホのライトだけを頼りに、慎重に階段を登った。


 この学校の歴史は古く、100年以上はある。

 よって建物も古く、大部分は明治時代のつくりだ。教室や廊下などには、いまだ当時の装飾が残されている。

 また、種類はよくわからないが、階段は黒くてスベスベした石でできていた。


 竜次は普段からこの階段を通るたびに、「転げおちたら、普通の階段より致命傷を負いそうだ」などと思っていた。


 何とか3階にたどり着いたときだった。突然、目が眩むようなライトの光で照らされた。


「そこで、何をしている!」


 男の怒声に、竜次は身を固くした。

お読みいただき、ありがとうございました。

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