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ストーカー

 翌日も、その翌日も、男は(あき)の前に現れた。

 おそらく下校時に被っていた通学帽子の色で、学校がバレてしまったのだろう。下校のタイミングを狙って、何度も待ちぶせされた。


 灼は男が視界に入るなり、毎回脱兎のごとく逃げだしたため、最初の日以降会話も全くしていない。

 しかし、(あかり)を祓うという男が、灼にとって好ましくない存在だということはわかっていた。


 その日も道を曲がってボサボサ頭が見えた瞬間、まわれ右をして、灼はいつものように逃げようとした。

 白衣姿の男も、いつのものように追いかけてきた。


 男はヒョロいうえにインドア派に見えるのだが、意外と足が速い。小学生の瞬発力には負けても、そのあとにぐんぐん追いついてくる。

 灼は逃げきってはいたものの、毎回かなりの接戦だった。


 しかし、連日の憑依で身体にガタがきていたのだろう。この日は、走って逃げきる体力が残っていなかった。

 フラフラになったところをあっさり追いつかれ、男に腕を掴まれる。


「は、離せ……。また……防犯ブザーを鳴らすぞ……」


 息も絶え絶えにいうが、今度は男が一切動じなかった。


「いいですよ。今日は、バッチリ対策済みですから」


 男がニッコリと笑う。


 灼は怪訝に思ったが、かまわずヒモを引っぱった。先日のように、防犯ブザーがけたたましく鳴る。


「何だ、ちゃんと鳴るじゃないか。覚悟しろ、今度こそ警察につき出してやる!」


 ハッタリだったと灼が安心した瞬間、異変に気づいた。


 周りの大人たちが全く、防犯ブザーを気にしているそぶりがない。まるで、何も聞こえていないかのように。


「何で……?」


 何が起こっているかわからなかったが、ここで抵抗を止めるわけにもいかなかった。


「誰か、助けて! こいつ、変態だ!!」


 この間のように、大声で叫ぶ。

 これで聞こえないわけはないはずだが、大人たちは誰ひとりとして、灼を助けようとはしなかった。


「変質者とか変態とか、さすがに傷つくなあ」


 男は余裕な笑みを崩さずに、いった。


「今日はあらかじめ結界を張ってあるので、無駄ですよ。というか、実はここ数日会ったときにも張っていたのですが、いつも君の逃げ足のほうが早くて、うまく捕まえられなかったのです。いやあ、ようやく捕まえることができました」


 男が感慨にふけるように、しみじみという。


 その口ぶりはまるで、これまでさんざん苦労したといっているようだった。しかし、毎回息も絶えだえに逃げていた自分のほうが苦労していると、灼はいってやりたかった。


「私が触れている限り、普通の人間にあなたの存在は認識されません。これは、そういう結界なのです。いい加減、一緒に来ていただけませんか?」


 丁寧な口調をしているが、どうせ大の大人に腕力で敵うはずもない。ならば、下手に出られているうちに従うほうが賢明だろう。

 灼は諦めて、素直に頷いた。燈も警戒しつつ、何もいわずについてきた。


 3人は近くの適当な喫茶店に入った。「知らない大人に、ついて行ってはいけません」とさんざんいわれたものだが、こうなってしまっては仕方がない。

 もう手は離されていたが、人前では何もしないだろうと考え、逃げなかった。もし逃げようものなら、次に追いかけられたときが怖い。


 レトロで落ち着いた感じの喫茶店だった。隠れた名店といった感じで、常連のような雰囲気の客がちらほらいるだけだった。

 通された席で、男はコーヒーを注文した。

 灼は金をもっていなかったが、奢ってくれるというので好物のメロンクリームソーダを注文した。


「それじゃあ、まずは自己紹介から。私は式島ホカゲといいます。君は孤塚家の依代でいいのかな? 名前は?」


 柔和な笑顔はそのままに、式島が問いかけてくる。

 だが、灼は家と依代のことまでバレていたのかと、その笑顔に恐怖を覚えた。


「灼」


 短く答えた。どうせこの男に嘘をついても無駄だろうが、余計な情報を与えたくもなかった。


「灼くんね。いやあ、ごめんねえ。この街に来たのは君に会うためだったんだけど、最初に会ったときは君だとわからなかったから」

「僕に会いに? 何で?」


 灼が怪訝そうな顔を隠さずに訊いた。


「僕は拝み屋をやっていますが、もともと陰陽師の家系でしてね。使役するモノを探していたら、とあるヒトから君の家のお狐様の話を聞きまして。譲ってくれないかと、相談に来たのです」

(燈様を使役する……? 何をいっているんだ、こいつは!)


 燈を見下す発言をされて、灼は怒りが湧きあがるのを感じた。式島をキッと睨みつける。


「お狐様は渡さない! 大体、何なんだ。祓うといったり、くれといったり……!」

「祓うといったことも、幽霊といったことも謝ります。まさか、ここまで力を落としているとは知らなくてね……」

「?」


 式島が燈をチラッと見やる。燈は無表情のまま、何もいわない。

 灼は式島の意図がわからず、思いきり顔をしかめた。しかし、式島はかまわず続ける。


「とにかく、今の君には、彼女は負担でしょう? 憑依しなくても普段から霊力を吸われつづけていて、もう限界のはずです」

「あんたのいっている意味がわからない。霊力を増やす訓練は毎日しているし、問題ない」


 灼がぶっきらぼうにいったとき、ウェイトレスが注文した飲みものを運んできた。


 湯気の立っている熱々のコーヒーと、冷たくておいしそうなメロンクリームソーダ。

 それらは訊かれるまでもなく、注文者の前におかれた。一目瞭然だから当たり前なのだが、そんな些細なことですら心を逆撫でする。


 式島はコーヒーに砂糖を入れずにそのままひと口飲み、灼に悟すようにいった。


「ちゃんと、わかっているはずです。諦めなさい」


 バン――。


 灼はカッとして、テーブルを拳で叩いた。手がひどく痛む。何かいってやりたいが、言葉は見つからなかった。

 そのまま何もいわずに、灼は店を飛びだした。

 燈は式島をチラッと一瞥したあと、何もいわずに灼のあとを追った。


 店内の喧騒はピタリと止み、店中の好奇の視線がこのテーブルにふり注ぐ。


「あーあ、もったいないですねえ」


 それにはかまわず、式島はのんきに独り言をいうと、灼がひと口も飲まなかったメロンクリームソーダに手を伸ばした。





「待って、灼!!」


 燈があとから追いついてきた。

 そこまで離れられないとはいえ、燈をおいてきてしまうとは、我ながら冷静な判断ができていなかったらしい。全く恥ずかしい話だ。


「あの人の話、ちゃんと聞かなくてよかったの?」

「燈様まで何をいうんですか。僕は、あなたと離れるつもりは毛頭ないです」

「でも、あなたの命が危ないのは確かよ。……あの人の話に乗ってみても、いいと思う」


 燈が灼の目を見る。その眼差しは、痛いくらいに真剣だった。


「絶対に嫌だ」


 灼は考える間もなく答えていた。

 どのようなことになっても、後悔はない。たとえ、自分の命が尽きることになったとしても。


 燈は深いため息をつき、それ以上は何もいわなかった。





「依代様、大丈夫ですか? 以前よりも顔色が悪いし、痩せられたんじゃないですか?」


 翌日は体調不良を理由に、学校を休むことにした。それを世話係に伝えると、ものすごく心配されてしまった。

 あながち嘘でもないが、本音をいえば、式島に出くわすのが怖かったからだ。


 灼は世話係に明るく笑ってみせた。


「ちょっと大事をとるだけだから、大丈夫です」


 次に会ったときはおそらく、あのストーカーまがいの男からは逃げきれまい。

 どのみち家がバレているので近々訪ねてくるつもりかもしれないが、どうせ家のものは誰も、話も聞かないだろう。

 癪だが、あの父が燈を手離すことを許すはずもない。


 このまま家から出なければ、そのうち諦めてくれるかもしれない。

 希望的観測だが、灼にはそれくらいしか対抗策が思いうかばなかった。


 しかし、この考えは甘かったといえる。


 カラリ――。


 夜、社で寝ていると、部屋の窓が開いた。灼はその気配で目を覚まし、慌てて起きあがる。

 窓から入ってきたきたのは、式島だった。


「こんばんは。いい夜ですね」

お読みいただき、ありがとうございました

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