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学校

 その後、(あき)はの生活の場は社に移った。


 社は、屋敷に比べてはるかにせまい。

 そこでの生活は不便かと思われたが、案外居心地のよいものだった。世話係は顔見知りだったし、嫌味な家族にバッタリ出くわす心配もない。


 そして何より、毎日の食事の時間に、(あかり)をひとりで部屋に残す必要がなくなった。

 いつも燈がひとりで見ていたワイドショーは、相変わらず食卓で楽しんでいる。むしろ、灼や世話係が一緒に見ている分、嬉しそうだ。

 灼は、社での生活を密かに楽しんでいた。


 社へ移った数日後に、小学校への登校も再開した。

 燈は屋敷の周りに張りめぐらされた結界によって、そのままの霊体では敷地から出られない。そのため、家を出るときだけ、灼に憑依する必要がある。

 しかし、敷地の境界を超えるとすぐに、燈は憑依を解除してしまった。


「いい? 学校までは、別々になって行くわよ。憑依の負担はできるだけ少なくしないと」

「でも、人前に出ていいんですか?」

「これくらい、平気よ。見えない人にはどうせ見えないし、見える人にも普通の人間に見えるでしょうし」


 その言葉に、灼は違和感を覚えた。


「あれ? 燈様みたいなお化けは、霊力の弱い人間にも見えるんじゃなかったでしたっけ?」

「ええ、まあ……。今は見えにくくしているだけよ」


 何となく、歯切れの悪い返答だった。


 妹の事故のこともあり、母は歩いて学校へ行くことにものすごく反対していた。

 しかし、学校といえども灼たちにとっては、貴重な外出の機会である。

 車であっという間に終わらせてしまっては、もったいない。それに外の空気が吸えないなど、もってのほかだ。

 母には「燈様が一緒にいるのだから、大丈夫」といって、無理やり納得してもらった。


 そうして死守した徒歩通学で、灼の隣り、燈はご機嫌で道を歩いている。

 ずっと屋敷の中にいたものだから、新鮮というか、不思議な光景だった。


「楽しいですか?」


 灼の問いに、燈が満面の笑みでかえす。


「うん、すごく楽しい」

「それはよかったです」


 その笑みに、灼は心が暖かくなるのを感じた。


 久しぶりに登校した学校では、周りからずいぶん心配されてしまった。妹の事故死のショックで体調を崩したことになっていたのだから、仕方がない。

 理由はともかく、体調が悪かったのは決して嘘ではない。だが、灼は少し申し訳ない気持ちになった。


 燈はというと、学校に着くなり、もう一度憑依しなおしていた。

 道端では姿が見えたとしても、燈の正体まではわからないので、問題なかった。しかし、小学校内で誰かに見られてしまったら、高校生くらいの見た目の燈はただの不審者である。

 騒ぎを避けるためには、人目のつくところでは憑依状態を続けなければならなかった。


 ただし、1週間かそこらの特訓で憑依の時間は伸ばせても、一日中憑依し続けるにはやはり限界があった。

 そこで、長めの休み時間には必ず、憑依を解除してひと気のないところで休むようにした。

 しかし、それでもとうとう限界を迎えてしまったため、灼は5、6時間目は保健室のベッドで休む羽目になった。


 早退すると、母にいらぬ心配をかけさせてしまうだろうから、下校時間まで寝ることにした。何より、心配した母に車通学を強制されることが嫌だった。

 もっとも歩いて帰る気力もなかったため、ベッドで休むほかなかったわけだが。

 都合がよいことに保健室の先生には燈が見えないらしく、無理に隠す必要もなかった。


「体調は大丈夫?」


 燈が心配そうに、顔を覗きこんでくる。


「大丈夫ですよ。全然問題ありません」


 強がってみせたが、その実、それほど体調はよくなかった。

 頭はガンガン割れるように痛み、少し吐き気もする。おそらく、顔からは血の気が引き、蒼白になっていたことだろう。


(一日も経たずに、このザマか……)


 灼は自分の不出来さが情けなくなった。


 足もとのほうを見やると、壁にかかっている時計が目に入った。


「そろそろ、授業も終わりますね。教室に戻りましょう」


 正直、まだフラフラしていたが、これ以上燈に心配をかけるわけにはいかなかった。


 しかし、灼の顔色を見た保健室の先生から、ドクターストップがかかった。

 結局、帰りの会が終わるまで、もうひと眠りすることになった。





 いつの間にか、灼は友だち何人かと遊んでいた。空き地で、皆んなでサッカーをしている。

 空は気持ちよいくらいに快晴で、ここしばらくの体調不良もない。


 すごく楽しい。妹を失ってから、これほど楽しいことはなかった。

 しかし、誰かが欠けている気がする。


(誰だっけ? 誰か、忘れてはいけないヒトを忘れているような……)


 一生懸命に考えて、燈の姿がないことに気づいた。憑依をして自分の中にいるのかと思ったが、違うようだ。


「燈様? どこですか?」


 辺りを見回しても、どこにも燈がいない。それほど遠くには離れられないはずなのに。

 心臓がギュウッと冷えていく感じがする。恐怖で息が詰まる。





「……き……灼! 大丈夫!?」


 燈の声に呼ばれ、目を開ける。そのとき、目から雫が溢れた。


「大丈夫? うなされていたようだったけど……」


 灼の涙に驚いた燈が、また心配そうに覗きこんでいた。そこで初めて、夢を見ていたのだと気がついた。


「あ……問題ありません」


 夢だったことに、心底ホッとした。今さら燈と離れるなんて、考えられなかった。


 夢の内容は最悪だったし、まだ心臓はドクドクしていたが、総体的に見て体調はよくなっていた。少しでも眠れたおかげだろう。

 これなら、家までちゃんと帰れる。


 一旦、燈を保健室においたまま、教室に荷物をとりに戻った。

 帰りの会を終えた教室には、すでに人がいなかった。校舎内にも、課外活動をしている生徒のほかは、ほとんど下校しているようだ。


 保健室に戻って燈と合流すると、人と会わないように注意しながら、憑依はしないで学校を出た。

 憑依をしたら、体調が優れないことを燈に知られてしまう気がして、怖かった。


「そういえば、憑依している間は痛覚も共有するんですか?」


 灼の問いに、燈が考えこむ。


「いえ……。覚えがないわね。共有しないのかも……。本来なら、触覚の中に含まれるはずだけど」


 それを聞いて、灼は少し安心した。

 今後、憑依中に頭痛がしても、痛みが燈に伝わることはない。何も燈が一緒に苦しむ必要はないのだ。


 そのとき、突然後ろから声をかけられた。


「君、幽霊に憑かれていますね」


 ハッとして振りかえると、ボサボサ頭で眼鏡をかけた、白衣姿の見ず知らずの男が立っていた。こちらを見て、ニコニコと笑っている。

 明らかに、不審者だった。


「その幽霊、私が祓ってあげましょうか?」


 警戒して一歩後ずさった灼に、なおも笑いかけてくる。


 灼は、ランドセルからぶら下がっている防犯ブザーに手をかけた。

 相手はそこでやっと、少年に警戒されていることに気づいたらしい。

 慌てながらも、優しく灼に声をかける。


「待って待って、怪しいものではないのです! 私は拝み屋を生業としています」

「拝み屋って、祈祷師みたいに占いをしたり、霊を祓ったりする人?」

「そうそう、そんな感じです!」

「やっぱり、怪しい人じゃないか!」


 おおかた、詐欺師に決まっている。しかも何故、拝み屋なのに白衣を着ているのか。

 胡散臭い男だと判断した灼が防犯ブザーを引っぱろうとしているのを見て、男がさらに慌てる。


「君には、霊が憑いています! 放っておくと、君は霊力を吸いつくされて、死んでしまいます! だから、私の話をちゃんと聞いて……」


 男が最後までいい終わらないうちに、灼は躊躇いなく防犯ブザーを引っぱった。


 たまたま周りにいた大人たちが、「何ごとだ」と寄ってくる。

 灼はその大人たちに向かって、思いきり叫んだ。


「助けて、変質者だ!!」


 大人たちが男を捕らえようと駆けよってくるどさくさに紛れて、灼と燈はその場から逃げだした。


 その日は何とか無事に家へ帰ることができたが、男が現れたのはこの日だけではなかった。

お読みいただき、ありがとうございました

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