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第二章 2-1

第二章「自然共生街・ナチュル」

第一話「そんな彼を追いかけたい」・リアルワールド

 六月が終わって暑い夏がやってきた。椅子に座っているだけで汗が出る。短い命を主張するようにセミがひたすら鳴いている。

「依莉はいつ私に勝つのかなー」

「……」うざい。隣に座っている香月がうざい。ひまだからわたしをあおっている。

「どうなの。そこんとこどうなの」よし殺そう。脳内で殺そう。わたしの太刀をぶん投げて香月の喉元を貫通してやる。ちょっと気分が晴れた。

「あおり女は仕事が終わるまでだまってろ」

「そんなあだ名は嫌だ」

「じゃあアオリストガールで」

「もっと嫌だ!」

 香月は机をたたいた。今日は生徒会お悩み相談教室の日。毎週月曜日の放課後が、わたしと香月の担当になっている。平均時間は一時間半くらいだ。

「それにしても暑いねえ」香月は背もたれに体重をあずけて椅子をゆりかごのように揺らしている。危ないなあ。「キンキンに冷えたお茶が飲みたい」口を開けて舌を出す。この部屋にエアコンはない。

「炭酸水ならあるけど」「微炭酸しか飲めませーん」「あっそ」大量の水滴がついた炭酸水はぬるくなっていた。

「あ、そうだ。公式イベントが発表されたね」

「知らない」わたしはあくびをした。

「なんで知らないのさ。しっかり調べときなよ。はい減点」

 ゆりかごごっこをやめた香月は、わたしの腕を指でつついた。黒色のインナーが汗でぴたっと肌にくっつく。

「わたしはスキルとレイアーツくらいしか調べてない」

「それも重要だけど」

「よお」水樹さんが開いた扉をノックする。「今日もうざったいほど暑いな」だるそうな声で言う。

「どうも」わたしと香月は立ち上がって挨拶する。生徒会は左隣の教室で活動している。

「ゲームの話か」

「聞いてたんですか」わたしは服を伸ばして空気をとおす。

「途中からだけどな」

「途中って」香月は持ち運びの扇風機で涼みはじめた。ずるいぞ。

「あ、そうだ。公式イベント発表されたね」

「最初からじゃねえか」わたしとレンカはツッコむ。ふつうに盗み聞きだよ。絶対にツッコまれ待ちだったよ。

「それよりどんなゲームだ」

「グランディールです」

「お、それ俺もやってるわ」「まじで!?」水樹さんの発言に香月はぴょんと跳んだ。わたしも心のなかでびっくりしている。

「今度、一緒に遊びましょうよ!」

「それはテンションの上がる誘いだな。いいぞ」水樹さんは親指を立てる。

「結局なにしにきたんですか」わたしは水樹さんに聞いた。「さぼってませんよ」スマホもかばんに入れている。

「疑ってはねえよ。様子を見にきたんだ。誰かきたか?」

「きましたけど」「あれはね」わたしと香月は苦笑する。

「まさか揉めたのか。それは早すぎるだろ」水樹さんは壁にもたれる。「はじめに言ったろ。生徒会長でも簡単にクビになるんだぞ」

「違います。あれは確実に」わたしは指をポキリと鳴らす。

「自慢でしたね。相談に見せかけたのろけですよ」香月は首をコキッと鳴らした。

「恋愛ね」水樹さんは鼻から息を吸った。「男女の生徒だったのか」

「女子だけです」香月は扇風機をわたしに向ける。「では突然ですが、依莉のモノマネで相談風自慢です」

「は」なに言ってんだよこいつ、と思ってわたしは香月を見る。扇風機はマイクの代わりか。水樹さんは顔をしかめている。

「お願いします!」香月はわたしに向かって大きな声で言う。

「……」わたしは、んんっと喉の準備をはじめた。すう、と肺を膨らませる。「わたしの彼がね、最近すごーく冷たいというか、とってもクールな人でね。連絡しても返信が遅いし、電話も長時間は嫌だって。彼は部活があるから休みの日はデートとか難しいの。だからこそ少しでも一緒に居られる時間を大切にしたいのに。彼はわたしの気持ちをわかってくれない。でも愛おしいって気持ちは変わらないし、たまに甘えてくる時は可愛くてドキドキしちゃう。そんな彼をずっと追いかけていたいと思うんだけど、あなたたちはどう思う?」ぜえ、と息を吐いてわたしは残った炭酸水を一気に飲み干した。疲れた。

「すげえな」水樹さんは目を見開いて言う。「口の端に泡までつくって」

「内容そのままです」香月は自慢げに答えた。なにもしてないだろ。

「まじかよ。テンション上がったわ」

「わたし、自分の才能に震えています」

「誇っていいぞ。俺もその場に居たかのように聞こえた」

「さすが私の親友。無茶な注文もかんぺきにこなすね」

 香月と水樹さんはパチパチと手をたたいてわたしを褒める。気分はめっちゃいい。

「……なにやってるの」「お、柚姫じゃん」「学校では副会長って呼んで」女子生徒が奇異の目で私たちを見ていた。黒髪のショートヘアに黒い瞳。奥二重の端整な目鼻立ちなだけに学校の制服が浮いている。低くて滑舌のいい声。化粧品のCMに出ていそうだ。深緑のネクタイしている。二年生だ。

「紹介しとく」水樹さんは女子生徒の肩に手をおく。「花里柚姫。俺の幼なじみで生徒会の副会長。後輩から怖がられているのが欠点だ」

「最後のは要らないでしょ」花里さんは肩を内側に寄せて水樹さんの手を落とした。

「ほら否定しない。本人も自覚ありだ」「あんたねぇ」花里さんはいまにも水樹さんを殴りそうな勢いでにらんでいる。

「そんでこのふたりが」

「依莉さんと蓮さんでしょ。知ってるから」

「教えたっけ?」水樹さんは首筋をかいた。

「生徒会メンバーの名前は全員おぼえてるから。あと生徒会のあいだで有名になってる。問題児の生徒会長がふたりの女子生徒を推薦したって」

「問題児って」だめだ。笑っちゃいそう。耐えろわたし。香月を見ると、頬を膨らませて腕をつねっていた。お前もか。

「男の子って感じがするだろ」水樹さんは親指と人さし指を立てた手を自分のあごにのせた。

「調子のってんじゃない」花里さんは水樹さんの顔を掴んで言った。「あとカッコつけかたが古い」

「じゃあ私は柚姫さんって呼びますね」「え、後輩からはじめて名前で呼ばれた」「基本的に名前呼びって決めてますから」「ふふっ。仲よくしようね」

 花里さんは手のひらを胸の前であわせてはにかんだ。その顔に思わずドキッとして、わたしは胸に手を当てた。

(可愛いな。これがギャップ萌えってやつか)

「じゃあ依莉さんも」花里さんはわたしを見る。

「わたしは花里さんって呼びます。あ、別に苗字で呼んでるのは花里さんだけじゃないですから」わたしは早口で伝えた。

「そっか。大丈夫だよ。慣れてるし」花里さんは悲しそうにわたしから目をそらした。心がちくちくする。

「苗字呼び小娘が」香月はわたしをにらんだ。「私が最初に名前で呼んでもらうんだ!」そんなん知るか。

「ならふたりめはあたしで!」

「予約制じゃないんですよ」

「おまえら、おもしろすぎだろ」水樹さんはお腹を抱えて笑う。

「ところで」香月は扇風機を服のなかに入れる。「柚姫さんは私たちが騒いでたからその注意ですか」

「あ、違うよ。たしかにうるさかったけどね」花里さんはピリ辛なことを言う。「ねえ大和、あんた書類の確認した?」

「したぞ。軽くだけど」

「あの書類はあたしがおいたの。でもきれいなままだった。大和、嘘ついたでしょ」細い目をする花里さん。水樹さんは上を見る。「おい!」香月を指さす。わたしたちは反射する。

「逃げやがったな」花里さんは舌打ちして廊下に出る。わたしと香月も様子を見ようと顔を出す。「待ちなさい大和。止まりなさい大和。やぁまぁとぉ!」

「宇宙戦艦?」「ころっ、シメる!」「ぶっそうなこと言おうとして訂正したよな!」

「いいね。ラブコメの感じがするよ」香月は廊下を走るふたりを見てにんまりした顔で言う。どこがだよ。

「帰ろ」わたしはかばんを取りに教室に戻る。

「待って」香月はわたしスカートをひっぱった。せめて上衣にして。「柚姫さん、こっちにきてる」また顔を出す。本当だ。

「ちょっとあんたたち!」

「はい!?」わたし肩と香月の肩が密着する。鬼みたいな顔をした花里さんがすぐそばまで迫る。貞子かよ。

「大和がしょうもないことをしたら逐一あたしに報告すること。どんな些細なことでも」汗とせっけんのにおいが鼻腔を刺激する。

「わかったら返事!」「イエッサー!」香月と揃って敬礼する。

「よろしい!」花里さんはキュッとまわって走り出した。わたしと香月はしばらく固まっていた。

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