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第五話「ようこそ生徒会へ」・リアルワールド

「部活に入るんだ」

「……」わたしと香月は沈黙する。

 六月の職員室。わたしと香月は担任の九条先生に呼び出されていた。衣替えの季節にもなって、生徒はみんな春服から夏服に装備を固める。

「貴重な昼休みが」香月がうめく。その気持ちはわかる。

「期限が過ぎても入部届けを提出しない君たちが悪い」先生は正論を言う。「この学校では、部活動に必ず入部することが規則。それは理解してるね?」

「はい」わたしが返事をする。

「ならどうして入部しなかった。いずれこうなることは予想できたはず」九条先生の鋭い視線を受けて、わたし香月は目をあわせる。

「めんどうだったから」口を揃えて言った。

「ふざけているのか」先生の眉間に深いしわができる。ぼさぼさの髪を雑にかいてずれためがねを定位置に戻した。「面倒で済むなら呼び出す必要はないんだ」

「はい」香月は手をあげる。「見逃してもらえませんか」

「無理だ。学年で入部していないのは君たちだけだ」

「先生の力で入部したってことにしてください」香月は両手をあわせて頼みこむ。

 わたしも頭を下げる。「お願いします」

「教師をはじめてから七年。そんなことを言ってきたのは君たちがはじめてだ」

「ありがとうございます」わたしと香月はおじぎする。

「礼を言うところじゃないぞー」先生は椅子からずり落ちていく。せっかく元に戻しためがねがまたずれた。「ちょっとだけでも興味のある部活はないのかい」姿勢をなおして言った。

「まったく」香月が言う。

「ありません」わたしがつなげる。

「思いきって新しい部をつくるとか」

「言うは易しですね」香月は鼻で笑った。先生をあおるな。

「どこかの部活に強制入部になるぞ、嫌だろ」

「めっちゃ前時代的ですね」わたしは舌先を出す。「いま令和ですよ」

「時代を盾にするな」

「入ってるだけのやつとか居るでしょ」香月は得意げな顔をして言う。

「入ってもない人間に言われたくないと思うぞ」

 香月は両手で顔を隠した。「ぐうの音もでない正論」

「君たちは話を進める気がないね。僕は真剣にだね」

「先生は一人称が僕ですけど、なんか似合わないですよね」香月は糸をぶった切るように話題を変えた。わたしも思っていたことだ。

「普段は僕じゃないんだよ。プライベートは俺。公私で使い分けてるんだ」

「それはどうして」わたしは首をかしげる。

「威圧感があるだろ。僕って言ったほう柔らかい感じがして……なんでそんなことを君たちに言わなければならない」

「ねえねえ、依莉。私は似合わないって言っただけで、勝手に話しはじめたのは先生だよね」

「そうだね、香月。先生は別のアンサーを用意することもできたし、濁すこともできた」

「名前で呼んでってばあ」香月はわたしの肩を掴む。無視する。

 九条先生は参ったとばかり天井を仰いだ。「君たち、仲がいいな」

「親友ですから」

「違います」

「どっちなんだ」

「友人です」

「これから親友になる予定です!」

 わたしは小さく息を吐いた。左手首の腕時計を見る。前に母さんが使っていたものだ。昼休みの終わりまで十五分くらい。職員室でなにをやっているんだろうと思いながら目を閉じた。

「なら生徒会に入れば?」

「は?」わたしは目覚まし時計でたたき起こされたように目を開けた。振り返る。黒髪のツーブロックショートの男子生徒が立っていた。さわやかな雰囲気と二重の顔で、制汗剤のCMに出ていそうだと思った。藍色のネクタイから三年生だとわかる。ちなみに二年生が深緑。わたしたち一年は深紅だ。

「あんた、誰」香月はあやしい目で先輩を見る。

「相手、先輩だけど」

「誰ですか!」

「もう遅いわ」

「うんうん。おもしろい。ふたりとも、おもしろいから生徒会に入れ」

「……」わたしと香月は言葉が見つからない。

「というわけで先生、このふたりはもらっていきます」

「わかった。任せる」先生は首を縦に振った。認めんのかい。あきらめんのかい。

「私たち、先輩と話す理由ないんですけど」

「生徒会に入れば部活動は免除されるぞ」先輩はにかっと笑う。

「詳しく聞きましょう」香月は目を輝かせた。簡単だなあ。三人で職員室をあとにして廊下を歩く。先導している先輩が顔を横に向けた。「俺は水樹大和。この学校の生徒会長。一番偉い存在だ」

「一番偉いのは校長でしょ。ねえ?」香月はわたしに問いかける。「だろうね」わたしは恐ろしく速い肯定をする。

「俺は生徒会長。この学校の生徒の中で、一番偉い存在だ」

「言いなおしたね」と香月。「しかもていねいにね」とわたしは反応する。

「まあ、呼び方は自由でいいよ。呼び捨てはきついけど」

 香月は手を横に振る。「しませんよ。さすがに」

「香月はしますよ」

「さらっと親友を売らないで」

「はははっ、やっぱおもしろいな。俺たちの生徒会はおもしろい生徒を歓迎する」

「誘ったの大和さんですけどね」香月は鼻で笑う。

「よし、香月」水樹さんは指をさす。

「蓮です。名前で呼んでください」

「わかった。蓮、話が進まなくなるからおまえは少しだまってろ」

「シンプルなひどさ」香月はうなだれた。「じゃあ、わたしが」香月に代わって聞く。

「神楽坂縁です。生徒会って誰でも入れるんですか?」

「推薦制だよ。生徒会のメンバーがおもしろいと思った生徒を推薦して、俺と副会長が面接する。合否も俺と副会長が決める」

「権限が強いんですね」わたしはストレッチして言う。

「この学校は生徒の自立とか社会性を尊重してるからな。でも問題を起こせばクビ。そんで推薦した生徒もクビ」水樹さんは親指で首を一直線に引いた。

「わたしたちが問題を起こせば大和さんもクビなると」

「そういうこと。だから絶対に問題は起こすな。フリじゃないからな」

「了解です。依莉も気をつけなよ」香月だけには言われたくない。「で、私たちはなにをするんですか」

「それはだな」水樹さんは立ち止まる。「ここだ」正面の扉をノックする。「ここはお悩み相談教室。生徒会メンバーが生徒の悩みを聞く」

 わたしは隣を見る。香月と目があう。はじめて聞く教室だ。

「その教室、意味あるんですか」香月の小言。

「意味のないことはしない」水樹さんはキッパリと言った。「高校生は悩みを抱えやすいだろ。友達や家族、身近な存在だからこそ言えないことだってある。そのためにある教室だ。もう会うかもわからんやつになら話せることもある。愚痴だっていいんだ。ためこむより吐き出せだ」

「わたしたちに正解は示せませんよ」

「正解よりも寄り添ってやってくれ」水樹さんはわたしと香月を見る。「やれそうか」

「やります」わたしと香月は口を揃えて言う。

「いい返事だ。まあぶっちゃけ、やらないと部活に入らないといけないし、選択の余地なんてないけどな」

「それ要りますか」わたしはがくりと肩を落とす。「台なしだよ」香月は肩をすくめた。

「面接は免除するから感謝してくれ」水樹さんは白い歯を見せて笑う。「ようこそ、生徒会へ」

 香月は細い目をする。「本当に楽しそうですね」

「テンション上がるだろ」水樹さんはネクタイをしめなおした。

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