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第四話「カグラとレンカ」・バーチャルワールド

「きれいだよ、カグラ」

「気持ち悪いな」

「シンプルにひどい」

 唐突に口説いてきたレンカに、わたしは嫌悪感を隠さずに見せた。いまはエリア内の《オリジン》からエリアの外のフィールドに出ている。カラフルなまちなみとは違って草原の大地をわたしたちは踏みしめていた。

「地味な感じなのかと予想してた」目を細めてじっくりわたしを観察するレンカ。「似合ってるけどね」

「ファンタジーな世界で地味にしたら逆に浮くでしょ」

 灰色の髪のポニーテールにベージュ色の肌。濡れたルビーのような目。この姿が仮想世界でのわたしだ。現実の見た目は黒髪のロングヘアに黒目だからもはや別人だ。

「なるほど、浮かないための派手か。いいね」

「レンカだって金髪じゃん」

「金髪が派手って認識はもう古い人間の思考だよ」レンカは鼻で笑う。悪かったな。

「で、次はなにするの?」わたしは腕を組む。さっきまではモンスターと戦闘していた。

 レンカは空を仰いだ。「ザコとはそれなりに戦ったから」

「言いかた」わたしはたまらずツッコむ。

「勝利を重ねて調子にのってるカグラをつぶしてあげようかなって」

「挫折を教えると?」

「そのとおり」レンカは指でハートつくった。もう古いぞ、それ。

「ふむふむ」対人戦か。「よし、やろう。いますぐやろう」わたしはレンカに迫る。

「ノリいいな。カグラの負け確なのに」

「負けるつもりとかないけど」

「あはっ、きみおもしろいね!」レンカは高笑いする。目がまったく笑っていない。

「申請するね」レンカは手首を左から右へスライドさせた。視線と同じ高さに真っ黒な画面が表示される。迷いのないタップ操作をしていく。

「お、わたしにも画面が出た」

「勝手に決着式にしたけど、別にいいよね」

「細かいルールとかはあんの」

「ないよ。時間は無制限。どっちかが死ぬまで戦う」

「めっちゃシンプル」

「他にも種類はあるけど、徐々におぼえていくよ」

 わたしはうなずいて承諾の文字をを押した。六十秒のカウントダウンがはじまった。

「ねえ」わたしは髪の触覚に触れる。「いまさらだけど、装備に差があると思う」

 簡素な黒色のシャツに革製の胸当て。丈の短い赤色のスカートと茶色のベルトショートブーツ。これがわたしの現状の装備だ。それに対してレンカは、トップスに白と青の体のラインを強調した隊服。ボトムスは黒のホットパンツ。両足は銀のグリーブ。エロカッコいい装備だ。

 レンカは首を右側にひねる。「そんな変わんないって」

「変わるわ!」わたしは声を張り上げる。「その目はお飾りか!」

「装備で勝ち負けが決まるほど、私たちの実力は近くないから」

 解消されない疑問を抱えたまま、カウントダウンが五秒を切る。わたしはを深呼吸をして気持ちをリセットする。「泣かしてやる」試合開始にあわせてアクセサリーを太刀にする。頭のなかで念じれば切り換わる。

「きなよ、刻んであげる」レンカも片手剣に換えて右手で握った。

 わたしから接近する。お互いの攻撃が届く距離感になった。攻撃がぶつかる。太刀の藍鼠色の刀身と片手剣の漆黒の刀身から火花が生まれる。「うそ」わたしはショックを受ける。柄を両手で握ってレンカを押しこもうとしているのに岩のように動かない。理解。これは思っている以上に不利な勝負だ。奥歯に力が入る。

「ターンエンドだね」レンカは刀身を滑らせて太刀をはじく。「いくよ」レンカは片手剣を振り上げた。わたしは太刀を体の正面にして防御の構えをとる。

 ガキィン。金属と金属が絡みあったような不快な音が受け止めた刀身から響いた。

「やば」わたしは攻撃の重さに耐えられず、体を仰け反らせてしまった。不安定な体勢で次の攻撃は防げない。

「先に届いたのは私だね」レンカは不敵に微笑んだ。振り下ろしの攻撃くらう。ザシュという音が耳に注がれる。わたしの胸部に赤い実線が刻まれた。時代劇だったら血が噴き出て死んでいる。

 わたしはレンカから距離をとる。「あんまり痛くない」

「設定で変えられるよ。いまは無理だけど」レンカは剣を器用にまわす。ペンまわしみたいに。「痛いのがお望みかな」

「そんな趣味はない」冷たく言う。わたしは視界の左上に表示されている二種類の長い横線を見た。上の黄緑がライフバー。下の水色がマナバーと呼ばれている。

(四割くらいか。かなり減ったな)

 たったの一撃で潤っていたライフが大きく削られた。先端部分には亀裂が入っている。

「ありゃ、心が折れちゃったかな。まあ折ったのは私だけど」

「なに言ってんだ。まだ折れてない。折れるつもりもない」

「いいねいいね」レンカは元気よくもも上げをはじめた。本物の変態だ。わたしは上半身を引いた。

(さっきは体が反っていたから剣先だけだったけど、直撃をくらったら死ぬな、わたし)

 レンカに勝つビジョンが見えない。深い溝のような、底が見えない力量の差を感じる。

(とにかく、いまは攻めるしかない)

 遠距離の攻撃がないわたしにとって選択肢がひとつだけの強制イベントだ。いろいろな角度で太刀を振ってもレンカは簡単に防ぐ。かすめることもない。

「動きが雑になってるよ」レンカは無表情で言った。わたしは聞き流して左側からの水平斬りを受け止めようするが、右側の腹部に蹴りをいれられてひざが震える。今度は正面から。追撃で斬られ、ライフが大幅に減っていく。

「本当、痛くないのがさいわいだよ」倒れたまま独白する。わたしは刀の先を地面に突き刺してゆっくり立ち上がった。レンカは待っている。悔しい。

「ほらほら、頑張って頑張って」レンカは拍手する。腹が立つ。まじで。「カグラのライフ、残り二割くらいかな?」当たっている。

 対人戦ではライフバーは可視化されないため、どのくらいまで減ったのかは把握できない。ただばれたところで、なにか変わるわけでもない。

「次で終わりだね」迫るレンカを迎え撃つ。わたしの少ない手数での抵抗は通用しない。むなしい。次の一撃だった。

「意外と踏ん張ったね」

 わたしは胸を貫かれて死んだ。


「死んだし」わたしは黒い大理石の床で仰向けになっていた。「ふむ」ふて腐れたい気持ちを心の隅っこにおいやった。さっきの戦いを振り返る。

(反省する点がいっぱいだ)

 動きに無駄が多くて攻撃も単純。もっと工夫が必要だ。わたしは弱いなあ。

(悔しいけど、なんかいいな。ひりひりしてる)

 わたしは勢いよく起き上がってまわりを見る。プレイヤーは少ない。生き返る場所だから当然だけど。死ななければお世話になることはない。息を吸ってゆっくりと吐く。

「いくか」わたしは小走りで《蘇生の間》を出た。


「はあ……」

「疲労のシステムはないけど」

 わたしは精神的に疲労していた。戻ってきてから何度も戦っているが、勝ち星はひとつもなかった。「勝てない」うつ伏せで雑草とキスできそうだ。

「毎回ガチで挑んでくるからすごいよね」レンカ苦笑が聞こえる。

「なんでそんなに強いの?」わたしは単純な疑問を投げた。

「私がベータテスターだったから、かな。あ、ベータテスターって知ってるよね」

「知ってる」わたしは顔だけ上げる。「そっか。だから装備とか豪華なのか」

「いや、その時のデータは引き継げないから。私も最初からだったよ」

「なるほどお」引っかかりがとれた。知識量で早く強くなったのか。ポジティブに考えれば、わたしは上級者からの個別指導を受けているわけだ。「よし、もう一回」立ち上がって伸びをする。

「連敗記録が伸びるね」レンカはいじわるな笑顔を浮かべた。「今日の死んだ回数、全プレイヤーのなかで首位だと思うよ」

「それは名誉なの?」

「不名誉だね!」親指を立ててニッコリ笑顔のレンカ。

「ぶん殴るぞ」わたしはこぶしに力をこめる。

「スキルを組みあわせれば戦いの幅はぐっと広がるよ」レンカは笑顔を崩さない。「スキルは見知った相手でもなるべく見せない。とっておきは最後にね」

「りょうかーい」わたしは低い声で言った。

「いまは教えても混乱するだけだし、まずは手札を増やしていこう。スキルを最大限に活用するためにも武器の扱いはマストだよ」

 わたしは左手で首をさわる。「一撃でも決めたらスキルについて教えて」

「決まったらね。さあ、カグラの敗戦記録はどこまで伸びるかなぁ」

「わたしにとっての敗北は立ち上がらないことだから。まだまだこれからだよ」

「急にカッコいいじゃん」レンカはわたしに指をさす。「だったら聞くけど、二十戦二十勝、二十戦二十敗。前者が私で後者がカグラ。この結果をどう思ってるの」

「経験」わたしは即答する。

「あはっ、さすが私の親友。いい感じに狂ってるね!」レンカは顔を下にして笑う。

「早く続きやろうよ。あと親友じゃない」

「飽きるまで付きあってあげる。それと親友のところだけ否定するのやめて」

 わたしは青色の柄をぎゅっと握りしめた。いつか絶対に勝ってやる。

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