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第四話「ツバキちゃんの正直さんぽ・前半」
「本当にすみませんでした!」
ツバキはひざにおでこがぶつかりそうな勢いでわたしたちにあやまった。城を出てすぐに「皆さん」と後ろから声がして振り返ると、ツバキのつむじが見えていた。
「いいけどさ」わたしは戻ってきた装身具をなでる。「よかったの、あれで」
「あれとは?」
ツバキにわざと聞き返されたような気がして、カチンと火打ち石と火打ち金を打ちあわせた音がわたしの頭で鳴った。表情を崩さないように意識する。
「お父さんとは仲が悪いの?」レンカがわたしに代わって聞いた。
「わたくしの迷いを突かれているだけですよ」
「自覚あるんだな。自分を俯瞰でみれているのはいいことだ」
「ヤマトさんは正直なひとですね」
「はっはっ、照れるな」
「すなおに褒められてませんよ」わたしは横槍を入れる。
「なまいきだぞ。おらおら」ヤマトさんはわたしの髪をぐしゃっと雑にさわる。「うざい」ヤマトさんの手を払う。
「まあまあ」ハナさんがわたしの乱れた銀髪をなでる。「ところでツバキっていくつなの?」
「それ私も気になってた!」レンカはわたしに肩に右前腕をおいた。どいつもこいつもわたしに触れすぎだ。
「十八ですよ。皆さんも同じでは?」
「まさかの年上かーい」わたしとレンカの声が重なった。
「ヤマトが十七歳だから」ハナさんはあごをさわる。「このなかだとツバキが最年長になるね」
「そうかそうか」ヤマトさんは楽しそうに口をゆがませた。「よしおまえら。これからはツバキさんに敬語だ」
わたし、レンカ、ハナさんは腰の角度を斜めにする。「よろしくお願いします!」
「やめてくださいよ!」ツバキは順番にわたしたちの顔を無理やり上げた。「敬語じゃなくてかまいません。親しみのある距離感のほうがわたくしは好ましい」
「あんまり年上って感じもしないしね」
「レンカさんにはわたくしが子どもっぽく見えているんですか……」
「いいじゃん。年齢的には子どもの範囲内なんだし」
ツバキは目を閉じてそっぽを向く。そういうところなんじゃないかなあとわたしは思った。
「それよりこっからどうすんだ」ヤマトさんは爪をいじる。「護衛なんて務まらないぞ」
「街をぶらり旅すればいいでしょ」ハナさんはまわりを見て爪をいじるヤマトさんの手を掴んだ。
第三エリア《瑠璃の国・グレイス》は、まちの全体が青色に染まったブルーシティだ。夜になれば月の光で海のような慈悲深いまちにも様変わりする。
(観光番組で青くペイントされたまちがあったな。モチーフはそこかな)
わたしはマップの全体図を表示する。難易度が高い迷路の本をを見ている気分だ。好きなひとにはたまらないだろう。わたしには無理だ。マップの中央にはさっきまでわたしたちが居たグレイス城がある。
「ツバキはフードかぶってね」レンカはツバキの後ろにまわりこんでふわっと頭にとおした。「わっ」とツバキが小さく驚いて背中を丸めた。
「わたくし、顔は出していませんから身分が特定されることはありませんよ」ツバキは両手でフードをとろうとする。
「そうなんだ。ま、それでも一応ね」レンカは両手を握って止める。立場を知られていなくても彼女の容姿は視線を集める。
「それじゃあ、どうしようか」わたしはツバキに微笑みかける。「ツバキは見慣れているかもしれないけど、いきたい場所とかある?」
ツバキは考えこむ様子を見せて、「行きたい場所というより、興味のある場所なら」左手の人さし指を西側に向けた。天井をくりぬいたドーム型の建物が離れた場所からでも見えた。マップを拡大して該当する建物をダブルタップする。詳細が別画面にあらわれて表示される。
「闘技場だね。人間と人間がバッチバチに自分の実力を競うところ」
レンカは画面を見ているわたしの前に立って言う。可視化にしているから誰でも見ることができるが、肝心のわたしはレンカの背中に阻まれて一部しか見れていない。
「興味があるってことはいったことないってことだよね」
わたしはレンカの背中に右足の蹴りをくらわしてからツバキに聞いた。レンカはわたしにお尻を向けて倒れている。
「き、禁止されていたんです」ツバキの視線がわたしとレンカを交互に見ている。
「ああ、なるほど。戦うからか」
「刺激が強すぎるからだそうです」
「戦うことに関心を示さないように配慮した親ばか権限だね」起き上がったレンカはわたしの首筋を掴んで言った。徐々に首を掴んでいる握力が強くなっていくのを感じて、ガッツポーズをする動作でレンカの手首をカチ上げた。
「騎士団の訓練はふつうに見れるのに」ツバキは不満を吐く。ていねいな言葉づかいと砕けた言葉づかいの緩急にギャップを感じる。
「ならいこう!」レンカはツバキの手を引く。「いまなら最高に刺激的なものがあるよ!」
「それは楽しみです!」ツバキは活力のある声でレンカの足取りにあわせる。
「決まったら即行動ね」わたしはなにを思ったわけでもなく、まちの色にも負けず劣らずの空を見上げた。数えきれないくらい浮かぶ大きくて真っ白な雲。自然と口が開いた。
「瑠璃の街に住むひとりの美しい女の子。彼女は王女でありながら外の景色を望む。しかし王はそれを許さず、王女の望みは閉ざされる。王女は今日もまちを歩き、秘めたる思いは消さず。王女は願う。青い鳥かごから飛び立つことを」
わたしはまぶたを下げて視界を黒いカーテンで覆った。自分らしくないことを言ってしまった。鼻から息を出した。
「さて、いきますか」
「その前にさっきの発言を詳しく聞きたいな」わたしの右耳にハナさんがささやく。
「詩人を目指すつもりならあきらめたほうがいい。先輩からのアドバイスだ」わたしの左耳にヤマトさんがささやく。
「ぎゃあ」わたしは振り向いてふたりから逃げるように距離をとる。手のひらを心臓に当てるが拍動を感じない。ああそうだ、バーチャルな体だったと思い出す。自分のした仕草に恥ずかしさが芽生えた。
「居たんですか」わたしは両手を後ろで組んで言った。
「ずっと居たわ。おまえら三人が仲よく話してたから存在を消してただけだ」ヤマトさんは首に手を当てて言った。
ハナさんは頬を指先でかく。「なかなか入りこむ余地がなくて」
「てっきりログアウトしたんだと思いましたよ」
ヤマトさんは軽快に笑う。「意味わからんだろ。その行動」
「それでそれで、さっきカグが言ってたことの説明してよ」
「恥ずかしいから嫌です」
「それプラスちょっと自分に酔ってただろ。言いはじめは棒読みに近かったのに途中から抑揚が入ってたぞ」ヤマトさんはニヤニヤとわたしの弱った部分を突いてくる。
「はあ、もう」観念してこめかみを関節の曲げた指でぐりぐりと押しこむ。「ツバキと父親の会話を聞いて、ふと思ったんです。簡単に言えば水と油みたいな関係ってこと」わたしは唇を尖らせて言った。まるですなおになれないすねた子どもだ。
「そう思うことは理解できる」ヤマトさんは右目を閉じて続ける。「けどな、それは外から見える関係ともいえる」
「それは当然でしょ。むしろ外だけでしか見れない関係ですよ。親子の関係なんて」
「そこだな。だから俺たちが見た関係がそのままふたりの関係と決めることもできない」
「それはわかりますけど」わたしは喉を塞がれた気がした。会話が凍る。
ハナさんはわたしとヤマトさんを見てため息をついた。「難しく言いあってるけど、要はケーキを切ってみたら中の層はアイスだったみたいに意外と違うってことでしょ」背中を押されて三人で一緒に前を向く。「気になるなら本人に聞けばいいこと!」
「その独特なたとえはスルーの方向か」ヤマトさんは抵抗せず歩を進める。
「ツッコんだらしょげるんで」わたしはマップを閉じる。
「そういうのは本人の居ないところで言ってよ!」
ハナさんは背中を強く押した。
「すごい盛り上がり!」ツバキは興奮を隠さない声で言った。
「うっさ」わたしは闘技場から聞こえてくるひとの声がゲームセンターに居る気分がしてならない。
(この騒ぎは常時なのか。それともイベント中だからなのか)
現在の闘技場では第二回のイベントがおこなわれている。四つに分かれた予選グループを勝ち抜き、代表者の四名が準決勝、決勝を戦う。ドームの構造は野球場がイメージしやすい。色は第三エリアにあわせたグラデーションが混じった青系統。満席ではないもののかなりの観戦客が席をうめている。
(すごいな。プレイヤーだけじゃなくてNPCまで一緒に盛り上がってら)
わたしはあたりをきょろきょろしながら五人がまとまって座れる場所を探す。
「見つけたぞ。全員が座れる場所」ヤマトさんは指をさす。先輩を先頭に縦一列の集団行動で移動する。
「見つけるの早いですね」わたしが三番目の位置からヤマトさんに聞いた。
「きょろきょろと客席じゃないところも見てたら、そりゃあ時間もかかるだろ」
「はいはい、そーですね。わたしはまわりが気になっちゃうお年頃なんですよー」
わたしはてきとうに答えて席についた。座席表で見たら一塁側の一階スタンドだろう。三つの空席には、わたし、レンカ、ツバキが座る。その真後ろのふたつの空席にヤマトさんとハナさんが座った。レンガをモルタルでひっつけたつくりの椅子だ。色はやっぱり青だ。
「おまえ、言いかたがレンカに似てきたな」ヤマトさんはわたしを半目で見て言った。
わたしは平手で頭をたたかれたような衝撃が走った。「ヤマトさん、わたし傷つきましたよ」
「カグラ、その発言は私にも刺さってる」レンカは真顔でわたしに言う。
「カグとレンレンはなんでエントリーしなかったの?」ハナさんは前席の背もたれに手をおく。「前回のイベントの優勝者と途中まで一位のふたりじゃん」
「うはあ。ハナさん、きっついわあ」レンカは客席から滑り落ちる。
「あ、ごめん。つい」ハナさんは右手で口を押さえた。
「わたしはタイトルホルダーをねらってるわけじゃないので」
「おなじーく。あと私はカグラが出てないから」
「基準はわたしかよ」
「皆さん、楽しそうで見ていてうらやましいです」ツバキは微笑した。
わたしは左手でツバキの肩を掴む。「え、カグラさん」ツバキの戸惑いを無視。右手でおでこにデコピンをかました。わたしの「おりゃ」とツバキの「あいた」の声がダブる。
「その輪のなかにはツバキだって入ってるよ」
「それはうれしい言葉ですが、痛い思いをする必要がどこに」
「なんかむかついたから」
「えぇ……」ツバキがおでこをさすった瞬間に、わあとドームにどよめきが起こった。客席のみんなが揃って首を上に向けている。わたしもつられる心理がはたらく。
「うお!」わたしは目をこすった。信じられない光景が目に映った。巨大な黒い塊が闘技場に向かって落ちてきている。
(あれ、もしかして隕石か)
落下地点はバトルフィールドだとは思うが、観客はできるかぎり離れようとする動きをとる。ひとの波ができてわたしたちもその一部になった。ドガアア。猛烈な勢いでドームを巻きこむ煙と熱気で視覚が奪われる。
わたしの近くで咳きこむ音が聞こえた。誰か煙を吸ったな。天井がないおかげで黒煙の滞在は短い。クリアになった視界で最後列から最前列まで駆け下りる。
(いったい誰が)
わたしはバトルフィールドを見た。左手に細剣を握った女性プレイヤーが悠然と立っている。
『勝者、ルナ』
フィアの声が闘技場に流れた。