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第三話「王と王女」
「まずは謝罪だ。手荒なことをしたな。すまなかった」
男は頭を下げずに抑揚のない声で言葉だけの謝罪をした。
(本当にどういうシチュエーションなんだ)
ツバキから「この国の王、つまりわたくしの父が皆さんとの面会を望んでいます」と申し訳なさそうに言われて、足首だけが拘束からはずれていまに至る。手首は変わらずロック状態だ。
わたしたちはツバキに案内された玉座の間に足先を揃えて横並びになる。段差解消の小さなスロープを越えたら《瑠璃の国・グレイス》の国王、トギス・グレイスだけが座る王様の椅子がある。ゴージャスな椅子に負けず、トギスも宝石や金などで装飾されたマントを羽織っていた。頭にはザ・キングを象徴する冠。その容姿に両目が引っ張られる。
(あんま似てないな。母親の特徴が強いのかな)
ツバキの雪のような肌色とは違ってトギスの肌は褐色ぎみだった。墨汁のような黒い髪はオールバックで固められている。童顔で実際の年齢よりも若さを感じる見た目だが、猛きん類を想像させる目つきが親しみやすさ帳消しにしていた。ツバキと同じこはく色の瞳なのに、首にナイフでも突きつけられているような冷たくてハイライトがない瞳だ。
ツバキが前に出る。「すべてわたくしの責任です」
「当然だ。お前に灸をすえるために、その者たちを捕らえた」
「そうですか。わたくしに非があるにせよ、あえて言わせていただきます。気に入らない」
「ならば行動には責任がともなうと心に刻め」
わたしはなかなか見られない親子のけんかに呼吸を忘れる。視線を左右に動かすと、みんな真剣な顔で目の前のことを見ている。
(口をはさむわけにもいかないよな。それやったら本当に殺されるんじゃないかって雰囲気あるし。生き返りはするけど、なんらかのペナルティが発生したら嫌だし)
わたしは頭の半分を目の前のこと、もう半分を自己の思考に分配する。
(これがクエストじゃないってことがまたふしぎな感覚というか。生活の一部に巻きこまれてるんだよなあ。わたしにとったらバーチャルな世界で、でもこの世界に生きてる人たちが居て、それを偽物とは呼びたくない)
ツバキとは少しだけのかかわりだけど、見た目は人間だしロボットみたいな合成音やカタコトの会話もない。
わたしが思考の海に沈みかけるところで、隣にいるレンカに肘で小突かれる。「おい」と彼女からの視線だけが向けられる。反省して目の向きを前のほうにやる。
「わたくしは外に出たいのです」
「死にかけておいてまだ言うのか」
「この城から見える景色は美しいと思います。それでも、外から見える景色はもっと美しいと思うのです」
「母親への憧れか」
「お母様は関係ない」
「お前が頻繁に城から脱走するようになったのは、母親が死んでからだったな」
「そんなこと」
ツバキの背中しか見えないが、戸惑っているのは声でわかる。母親が死んでいることも衝撃だ。
「ここに居ると懐かしい記憶がよみがえる。思い出してしまう。お前は、過去の記憶から逃げようとしているだけだ」
「違う!」ツバキは裏返った声で叫ぶ。左手で掴んだ右腕はさびしそうに震えていた。
トギスは立ち上がり、ツバキを上から見る。「そんな気持ちを抱いたままでは、見える景色も陰るだろうな」重そうなマントを揺らしてスロープを下りる。ツバキの前で歩みを止めた。「私が聞きたいのはお前の意志だ」猛きん類の目がツバキをとらえる。
「見えなくしているのはお父様でしょう」ツバキは顔を横に向けてトギスに言った。
トギスは期待はずれと言いたげな顔をしてため息をつく。「そういうところだ」
わたしは終わったと思って小さく息を吐いた。体をリラックスさせていく。
「わたくしはこれからまちに出ます」
「護衛騎士との同伴が必要だ」
ツバキはトギスに背中を向けた。「要りません」怒りを感じる足取りでわたしの手首を掴んだ。「護衛はこの者たちに。わたくしの恩人です」まだ拘束の身なんですが。
「私はその者らの強さを知らんが」
「わたくしの目が見て、わたくしの脳が記憶しています」
「好きにしろ」トギスは体の向きをすばやく変えて奥行きのある廊下に消えていった。