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第三章 3-1

第三章「瑠璃の国・グレイス」

第一話「ツバキ」

 ビュオ、と第三エリアのフィールドに強い風が起こる。地面に広がる雑草は長く使われたマットようにべったりと倒れている。

「いぇーい、テンション上がってるかー!」

「ふうー!」

 期末テストが終わって夏休みがきた。今日は以前から《グランディール》で遊ぶ約束をしていた水樹さんが参加する日だ。いまはわたしの目の前でレンカと肩を組んではしゃいでいる。

「かかわりづらい空気」わたしは視線を右にそらす。

「頭が悪そうに見える」花里さんはドライアイスみたいな目でふたりを見ていた。

「ひどいな」レンカと水樹さんは声を重ねて言う。

 花里さんの登場は、わたしとレンカをびっくり仰天させるサプライズだった。約束をしていたのが水樹さんだけなのもあるが、花里さんの意外な趣味を知れたこともある。

 わたしは視線を戻した。「いままではふたりで遊んでいたんですか」水樹さんに聞く。

「そうだな。俺がはじめたことを知って、こいつもはじめたって感じだ」親指の腹を上にして花里さんを指さす。

 花里さんは水樹さんの指をはたく。「やりこみすぎで日常生活に支障が出たら困るから」ドライアイスから針の先端のような鋭い目でにらむ。

「おまえは俺の母親か」「そんな年とってないから」「それ失言」

 水樹さんは間をおかずに花里さんにツッコむ。口角を上げて性格の悪い顔をしている。

 花里さんは遅れて気づく。「いまのなしでお願い」

 水樹さんは笑いながら左手を口元の前で横に振る。「いやいやいやいや」言葉の助走がうるさい。「この両耳でしっかり聞いた。おまえらも聞いたよな」

「聞きました」わたしとレンカは息ぴったりで言う。

「ちょっとぉ」花里さんはしおれた花のように肩を落とした。喜怒哀楽がわかりやすいひとだと思う。

 わたしは笑わないように口のなかで舌を噛んだ。リアルにように痛みはない。この行為に意味がないことにはやってからじゃないと気づかない。舌を噛む以外にもリアルワールドでやっていたことを無意識にバーチャルワールドでもやってしまうことはある。腕や太ももをつねったりとか。指で鼻をこすったりとか。

「ヤマトさんとハナさんはお互いの衣装を意識してるんですか」レンカは先輩たちを髪から足先まで観察する。わたしもレンカと同じような疑問を持つ。

 ヤマトさん(水樹さんあらため)は、黒髪のアップバングに緋色の瞳。黒の着物と灰色のネクタイをあわせた和と洋のコーデだ。足元は雪駄。装身具は長さの短い打刀のネックレス。ハナさん(花里さんあらため)は、水色のセミロングに深緑の瞳。黒の着物風オフショルワンピースと茶色のショートブーツだ。装身具は右の耳たぶについた魔術書のイヤリング。

「同じ店で買ったからな」ヤマトさんが着物の襟あたりを引っ張って言った。「和洋折衷がコンセプトっぽかったし」

 ハナさんもうなずく。「こいつを意識するとかないわ」はあ、と呆れた顔で控えめな息を吐いた。

「本当ですかあ」レンカはニヤニヤと口角を上げる。ラブコメのセンサーが起動してるみたいだ。

「まじでないから」ヤマトさんとハナさんの声がシンクロする。頬を引っ張りあって、あはははと口だけが笑っている。目がだるまさんがころんだのように動かない。

「なんかすみません」レンカは圧力に耐えられなくなってあやまった。ヤマトさんとハナさんは頬の引っ張りあいをやめる。

 ヤマトさんは右目を閉じた。「それにしても第三エリアか。攻略のペースはどうなんだ」開いた左目はわたしに定まっている。

「どうなんでしょう」わたしは疑問を疑問で返した。第二エリアの攻略にわたしとレンカは居なかった。エリアボスの討伐日がテスト期間とかぶって参加を控えることにした。後日、ボス討伐に参加したライルさんにメールで内容を聞いた。

 デッカイ虹色の亀が高速スピンしてた。

 彼の返信はこの一文だけ。想像するだけで笑えてくるボスだ。虹色って。インスタ映えでも狙ってんのか。生きたミラーボールか。

「あ、そうだ。適任が居ますよ」わたしはレンカの肩に手をおいた。頼れる辞書だ。

 レンカはうれしそうに唇の端が上がる。「ベータテストは第二エリアの途中で終わったからね。早いのはまあ当然だよ。基準はここからだよ」目を動かしながらみんなに考えを伝える。

 ヤマトさんはにやりと微笑んだ。「ここからは未知ってことか」白い前歯をちらっとのぞかせる。

「それが本来の形ですけどね」レンカは手のひらを胸のより少し上の位置でたたく。気合を入れたのかな。

「……」わたしはぼーっとレンカを見る。視線に気づいたレンカに小突かれた。

「言いたいことがあるならちゃんと言う」

「言いたいことなんてなにも」わたしは下唇を突き出す。「気を抜いてただけ」

 レンカは爬虫類のような目で、わたしのご尊顔を見つめる。口を開こうとして「きゃあああ!」とわたしの声帯からは出ない悲鳴が聞こえた。知らない声にみんなの体が硬直する。新幹線がすれすれで通過したような、遠くからでも騒音に近い悲鳴だった。殺人事件の第一発見者を想像した。

(女の人だよな。声の高い男の人の可能性もあるけど)

 わたしは右足を悲鳴が聞こえた方角へ向ける。後ろの左足を前に出して両腕を大きく振って走り出す。

「お、ほぼ同時だね」左隣にレンカが並走していた。

「さすが親友、って思ってるでしょ」

「よくわかったね」レンカの眉が上がった。桃色の目が少し揺れる。

「あ、ヤマトさんとハナさん」わたしは首を時計回りにひねる。追いつこうとしている先輩ふたりが見えた。

(揃っていけばよかったかもなあ)

 わたしは心のなかで苦笑する。首を前に向きなおした。


「どこよどこよ、殺人現場どこよ!」

「それ元ネタあるでしょ」

 レンカの縁起でもない発言に、わたしは鋭い目でツッコむ。

「これがわかるとは。さすがカグラ」レンカは感動したような目でわたしを見た。

「テレビ観てるしね」こんなことで心を強く動かされてもわたしが困る。息を吸う。「さてと。もう見えてきてもいいはずだけど」走り出して一分くらいだと思う。

「ねえ、カグラ。いまさらになるけど言ってもいいかな」レンカは前を向いたまま、わたしへ話しかけた。

「いいけど」とわたしはなにも期待せずに続きの言葉を待った。

「スキルでかっ飛ばしたほうが早くない?」あはっ、と忘れものをしたテンションで笑った。「悲鳴が聞こえてんだし、場合によっては死んでる可能性もあるし」

 わたしはひざがカクンとなって、骨組みからはずれたパーツのように体勢を崩した。ふつうに失速した。レンカの後ろ姿が視界の前に入った。

「一理、いや百里あるね」わたしは指を鳴らしてレンカを肯定した。ふたりも揃ってあほなのか。「ならスキルを使おう。ヤマトさんとハナさんからはもっと離れちゃうけど」レンカと並んで言った。

「オッケー。だったら勝負だね。勝利条件は、目的地に先に到着すること。報酬はジュース一週間分おごりね」

「は、ふざけ」「いくよ、セット!」「おい聞けよ!」わたしが言い終えるより前に、レンカは漫画の吹き出しみたく言葉をかぶせた。

(八割でわたしが不利だろ。残り二割で勝ちを引くとか。俊足と身体強化をマックスまで使えばワンチャンあるか)

 すでに体を前傾させているレンカを見て、わたしも背筋をぐっとアーチさせる。さらに速く走るための姿勢をとった。わたしの固有スキル負けず嫌いが発動する。

「よーい、ドン!」レンカのかけ声に反応してスキルを使う。

 レンカの《加速》スキル対わたしの《俊足》と《身体強化》のスキルコンボ。まわりの風景がパラパラ漫画ように無慈悲に変わっていく。

(レンカにおごるくらいならおごらせたい!)

 わたしは熱い思いを胸に前方の茂みに飛びこんだ。ガサガサと腕でかき分け、バキバキと体で枝を折る。茂みに突っこむ前までは、バスケットボール一個分の差でわたしが勝っていた。茂みから抜ける。スキルを解除して足を止めた。

(くそ負けた)

 レンカの勝ちだ。負けたわたしのほうを見ない。気づいているとは思うが、興味のやじるしが別に向いていた。

「なにあれ。ゴリラかな」わたしは後ろからレンカに声をかける。服についた枝をはたきおとす。

 レンカは振り向いて言う。「そうでしょ。見た目的に」手招きして隣にくるように促した。すなおに従う。

「でっかいなあ。三メートルくらいか」わたしは三匹のゴリラタイプのモンスター観察する。はじめて見る。全身は銅メダルのような色。目は血が凝固したよどみのある赤色だ。三匹は、二本の丸太のような屈強な腕でドラミングをはじめた。そのなかにひとりが囲まれていた。あの子だろうと思った。

(生きてたっていうか必死に逃げてきたのか)

 わたしは観察の対象を移す。白のドルマンコートと茶色の編み上げのロングブーツ。気になる顔はフードをかぶっているから口元しか見えないが、胸に膨らみがある。やっぱり女の子だ。

 わたしは装身具の指輪を太刀にチェンジする。「どう動こうか」レンカに聞いた。

「カグラのお任せで」レンカは料理名みたいな言いかたをした。もう片手剣を準備している。戦う気しかない。尋ねるのは野暮だったなと思いつつ、わたしは武器を戻した。

「わたしがあの子を助けるから」

「じゃあ私はひと狩りしてくるよ」

「最速でよろしく」

「三匹も居るんですけど」

「できるでしょ」わたしは信頼をこめて言う。

「あいあいさー」レンカは微笑みを浮かべて敬礼した。

 わたしは残ったマナで《俊足》と《身体強化》のスキルコンボを使用。囲んでいるモンスターのあいだをとおって乱入する。スピードは落とさずフードの女の子のひざ裏と肩甲骨を前腕でしっかり支える。「えっ」と糸のような細い声が聞こえた。わたしは問答無用で抱え上げる。モンスターのがばがばな包囲の網を抜けて使用中のスキルを解いた。

(アクション映画のワンシーンみたいだったな)

 自分のなかにぐつぐつとわくアクロバティックな感情にふたをして、心のガスコンロの火を消した。

 わたしは視線を落とす。「けがはしてない?」優しい声色を心がけて一度くらいはあこがれるお姫様だっこなうの女の子に話しかける。背中のほうから連続した衝撃音が聞こえてくるのは無視する。

「は、はい。大丈夫です。けがはしていません」女の子は口を小さく動かして繊細な声を聞かせてくれた。

「よかった」わたしはニコッと微笑む。

「あの」女の子は白くてきれいな指の関節を曲げて、わたしの服を遠慮がちに引っ張る。

「どうしたの?」

「逃げなくていいんですか」

「ゴルラァ!」

 わたしの後ろからモンスターが叫ぶ。びくりと女の子の体に力が入ったことを抱えている腕が伝えてくれた。

「問題ないよ。もう終わってると思うから」

「終わりですか」女の子のこわばった筋肉が緩んだ。

「そう、終わり。一緒に見ようか」わたしは女の子を抱えたまま両足のかかとをくるりと回転させた。二匹のゴリラモンスターがうつ伏せで倒れている。

(げっ。あと一匹だけ残ってるし)

 わたしは足がつったように右側の口角が上がる。カッコつけて見せたつもりが、たった数秒でカッコ悪くなってしまった。倒れた二匹のモンスターは、小さな結晶をあたりに散らして消滅した。

 レンカはわたしと女の子に気づく。「無理だった!」左手を口元に当てて声を張る。

「って、言っていますが」女の子はフード越しに言う。

「も、もうすぐだね」わたしは視線の逃げ道を探しながら言った。

(八つ当たりだけど、レンカのばか)

 わたしは恥ずかしい思いをしたけれど、レンカの勝ちは決まっている。見ていないあいだに二匹を倒しているのなら、ラストワンなんて炭酸水を飲みながら観賞気分だ。

「ゴルラッ!」

 ゴリラモンスターが右腕を振り上げた。レンカはその動きのあわせて武器を構える。一歩を踏み出すが、次に目を見張ることが起こった。思わず「はあ?」と口から吐き出しそうになった。モンスターの右腕がドシンと重たい音を立てる。わたしは青い空に向かって見上げると、太陽の光で逆光した真っ黒な人物と刀のシルエットが両目に映った。

(モンスターの全身が三メートルくらいだから、四メートルちょっとは跳んでるのか。わたしと同じ跳躍スキルか似たようなスキルを持ってるな)

 わたしは跳んでるひとが誰なのかわかった。腕を切り落としたそのひとは、わたしと女の子の手前で不安定な着地をした。

「跳んで斬るって難しいな。倒れそうになったわ」ヤマトさんは足元を見て言う。もう少し遅くなると思っていた。いい意味で裏切ってくれた。

「体操なら減点ですね」わたしは嫌味を言う。「跳躍のスキルですか」

「未経験なら合格点だろ。あと、よくスキルわかったな。教えたおぼえはないぞ、俺は」

「そりゃそうでしょ。こっちで会うのは今日がはじめてなんだから。跳躍はわたしも持ってます」

「はっはっ、そうだったな。ヤマトちゃん痛恨のミスだった」自分の拳をコツンと頭に優しく打つ。古い仕草だなあと思う。それに自分のことを名前で言うひとは、個人的に好きじゃない。

「まだ倒せてないですよ」わたしはあごを突き出してヤマトさんの後ろの敵を示した。腕を切り落とされたモンスターは苦しそうにはしているだけで、三割の可視化されたライフが残っている。暴れる力はまだある。

「大丈夫だって。あとはあいつ任せてあるから」

「ヒーローみたいな登場しといて最後はレンカに丸投げですか」

「俺はひと言もレンカとは言ってない」

 それはどういう、と脳内に浮かんだ疑問の答えをわたしは言葉ではなく目で知った。モンスターの腹を四本の尖った水色のバラが貫通していた。

(水属性の魔術。たしかブルーローズって名前だったかな。また夢に出そうなえっぐい光景だな)

 ぶるっとモンスターの体が震える。先に屠られた二匹のゴリラと同じ結末を迎えた。

「しっかり仕留めなさい!」

 最後に追いついたハナさんが低めの声をめいっぱい張り上げた。うちのメンバーにようやく魔術師がきた。ふわふわ浮かんだ魔術書と一緒に近づいてくる。その後ろではレンカがなっとくいかねえみたいな顔で腰に手を当てている。

 ハナさんは左手でヤマトさんの胸ぐらを掴んだ。「わかったら返事しなさい」

「すばらしい連携だったろ。俺が戦力を削いで最後にハナが仕留める」ヤマトさんは言葉をベルトコンベアのようにつらつらと吐き出した。ハナさんのことはスルーだ。

「なにをふつうに無視してんの。ひとりでも倒せたでしょ」ハナさんは右手でヤマトさんのおでこにデコピンをする。

「いやいや、その前に私だけで充分だったんですけど。横取りの横取りですよ。あんたたちのやったこと」レンカは冷たい目で先輩のふたりを見た。

「あうぅ。それはごめんなさい」ハナさんは首を縮める。二重あごになっている。

「ならもっと早く倒すんだな」ヤマトさんは鼻で笑った。あおる気しかねえ。

「あはっ。次からそうしまーす」レンカは黒い笑顔で言う。怖い。

「はいはい」わたしはため息をつく。「まじファイトは別のところでやってください」右足のつま先を立てて足首をぐりぐりとまわす。

「レンカはジュースおごるから機嫌なおして」

「やりい」レンカは片手剣を手のひらにのせて遊びはじめた。なつかしい遊びにわたしの童心がくすぐられる。「あ、それと」剣がネックレスに戻る。「いつまでお姫様だっこしてんの。早くおろしてあげなよ」女の子を指さしてから指先を地面に向ける。

「急にまじめなことを言うなよ。言葉の緩急についていけないだろ」

「ふっ。誰も私の居る世界についてこれないのさ」

「むかついたからあとでふいうちで蹴るね」わたしは明るい声で言う。

「ふいうちを宣言しないで」

 わたしはキープしている笑顔を女の子にスライドする。「ごめんね。ずっと抱えたままほったらかしにして」ゆっくり屈んで女の子の足底を地面につかせた。するりと腕を離した。

「ありがとうございました」女の子は頭を深く下げた。「あのままだったら間違いなく死んでいました」

「だろうね」レンカはうなずく。

「余計なこと言うな」わたしはレンカの肩を殴る。だって本当のことだしとレンカは小さい声でぼやく。「でもなんで一人で居たの。危ないのわかってるでしょ」武器どころか荷物すら持っていない女の子に聞く。

「この先に眺めのいい場所があるんです。それを見たくて」

 女の子の指をさした方向にわたしたちは首をまわした。いま居る場所からは眺めのいい場所とやらは見えない。モンスターがこぶしを振り下ろしたとしか思えないへこみの道が続いている。

「もしかしてモンスターの攻撃を避けながら逃げてたの?」ハナさんが早口で聞く。

「そうです」女の子は首を縦に振った。「必死でしたが」

「すっご。とんでもない逃げ足じゃん。生存本能ってやつかな」レンカが女の子の生足をじろじろと見る。内股になる女の子。わたしは「離れろ」とレンカの背中を掴んで引っ張る。「おわっ」レンカは背中から倒れて一回転した。

 ヤマトさんが女の子の正面に現れる。「変態が居て悪いな。さっき目覚めてしまったんだ。あとで磔にでもするから許してやってくれ。ところで君の名前を聞いても?」さりげなくひどいことを言って女の子の個人情報を聞いていた。第一エリアのジャックを思い出した。いまでも元気にナンパしてんのかな。

 女の子はくすりと笑う。「楽しそうですね」握った左こぶしを口元に当てた。

(この流れで楽しそうってワードが出るあたり、この子も変わってるな)

 女の子はフードに手をかけてめくり、後ろの首にやった。隠れていた部分がわたしたちの前であらわになる。

(うわあ。きれいな女の子だ)

 わたしはごっくんと熱くなった唾を飲んだ。ルビーのように真っ赤な長髪と美しいのひと言でしかないこはく色の瞳。肌は日焼けを知らないのかとツッコみたくなる雪色で、赤い唇がとても際立っている。

(お姫様みたいな女の子。絵本から飛び出してきた女の子)

 わたしが見とれていると、女の子は首をかしげて困った表情を浮かべた。それすらも可愛いと思っている自分が居る。

「顔面国宝」いつのまにか起き上がったレンカは、最適な言葉をチョイスした。

「えっと、はい。ありがとうございます。褒めてくれているんですよね。わたくし、ツバキ・グレイスと申します。先ほどは命の危機を救っていただき本当に感謝しています」

 ツバキは、凛と透きとおる声で感謝を伝えてくれた。ツバキの頭上に青のゴシック体でキャラクターネームが表示される。

(やっぱりNPCだった。プレイヤーで装備なしとか、ただのあほとしか言えないし)

 すべてのプレイヤーは黄緑色のゴシック体で名前が表示されている。普段はある程度の距離まで近づくとわかるが、ツバキは自分が名乗るまで表示されなかった。NPCはプレイヤーのように表示をオフにすることができない。わたしはツバキの服装に注目した。

(たぶん服にジャミング効果が付加されてるんだな。解除条件は本人が名前を言うか、服の効果を開示することのふたつくらいか。強引に見抜くスキルもあるけど取ってるプレイヤーは少ないしな)

 それでも不用心だと思った。戦えるNPCだって存在する。

「ちょ、ちょって待って」ハナさんが髪をかいてうろたえはじめた。「グレイスって、あのまちの名前と一緒じゃない」

 ヤマトさんはハナさんの肩に手をおいた。「落ちつけ。それがどうした」

「ああっ、察しが悪い。いつもは鋭いくせに!」ハナさんは舌打ちをしてヤマトさんのお腹にどすどすと何度もグーパンチをする。

「あ、もしかしてツバキって」わたしとレンカは声を揃えて手をたたく。

「そうです。わたくし、ツバキ・グレイスは、グレイス城に住む王の娘です」ツバキは両手を胸の前であわせてちょっぴり恥ずかしそうに言った。

「なあるほど。そういうこと。はっはっ」ヤマトさんはめずらしく動揺していた。

「たまにあほになるんですね」レンカはぷぷっと笑う。嫌味のある女子キャラのような笑いかたをする。

(ま、ふしぎじゃないよね)

 わたしは後ろで手を組んで足を交差する。お姫様みたいな女の子が、まさか本当のお姫様だった。そのことへの驚きよりも、だよねとなっとくした気持ちが大きかったから。

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