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第九話「蓮と依莉」・リアルワールド

 七月も下旬を迎えようとしている。近づいてくる期末テスト。全国の学生は、夏休みの前にマッターホルン級の難題を乗り越えなければならない。金曜日の昼休みだった。

「明日、ひま」と香月はあまい声で言う。後ろの席からわたしの背中を指先で不規則になぞってくる。くすぐったい。ぞぞっとする。彼氏にかまってくれなくてちょっかいを出してくる彼女スタンスか。「ねえ、聞いてるの?」引き続きあまい声を出す。

 わたしは体を横向きにする。「聞いてる。なに企んでる」机と背もたれに肘をおいた。香月をにらむ。

「そんな警戒しなくても」「人間性でしょ」「それはひどい」

 香月は肩をすくめて舌をちょろっと出した。あざとい系女子か。

「勉強を教えてほしいの。テスト近いし」

「あれ、お前ってばかだったんだ」

「ちょっとだけ苦手なの。いや待って。待って。いまめっちゃ口が悪かったよね。私は聞き逃さないよ。依莉はチクチク言葉を知らないの?」

 香月はわたしの両頬を掴んで大福のように伸ばす。抵抗するのもめんどうなので、本人の気が済むまでわたしの頬をあげる。

「わたしにお願いする理由はなに」頬をさすって香月に聞いた。

「勉強できるからに決まってんじゃん。中間テスト、全部よかったでしょ」

「テストを見せたおぼえないんだけど」

「後ろの席なんだしのぞけば楽勝だよ。国語は八十点だけど他は九十点前半だった。さすがだね、親友」香月は左手でつくったフレミングの法則を顔面に近づけてわたしを見る。

「教えるのはいいけど」

「よっしゃ。ありがと、依莉」香月は引き出しからスマホを出した。「明日からね。住所教えてよ」

「わたしの家でやるの?」目を見開いた。

 香月は首をかしげる。「そりゃそうだけど」

「……」わたしは唇をすぼめる。

「え、だめな感じなの」香月は目をぱちぱちさせる。「依莉って中学生になった途端に自分の家で遊んでほしくないタイプとか」

「違うわ」わたしはツッコむ。ため息をつく。「いいよ。わたしの家で。外だとお金が発生するかもしれないし」あきらめたように言う。断っても無理やりな理由をつけて家にきそうだ。

「依莉は話が早くて助かるよ」香月は親指を立てる。

「一方的に振り回してるだけでしょ。もう慣れたけど。蓮のそういうところ」

「……いま、呼んだよね」蓮は椅子から立ち上がる。「呼んだ。絶対に呼んだ。完全に呼んだ」らしくもないまじめな顔でわたしを上から見る。

「そっちが呼べって言ったんじゃん」わたしは視線を右にそらした。「もう遅かった?」

「あはっ、いいねいいね。私はツンデレ好きだよ!」

「ツンデレじゃない」

 蓮はぴょんぴょん跳ねる。「もう一回、もう一回呼んで!」高い声でリクエストする。

「そういうことされると呼びづらいんだよなあ。」自分の体が熱くなる。「れ、蓮」彼女の顔を見れなかった。

(なんだこれ。初恋してる女か、わたしは)

 蓮がわたしの予想以上の反応をするせいだ。羞恥心みたいな気持ちが芽生えた。蓮が悪いんだ。わたしは悪くない。

「これからはいっぱい呼んでね」蓮はわたしとの距離を詰める。

「わかったから」わたしは蓮の肩を掴んで距離をとる。

「じゃあさ、私のこと親友って思ってる?」

 蓮は前進して聞いてくる。地獄か。わたしのことを恥ずか死させる気か。

「思ってる」わたしは教室の埃っぽい空気を吸った。「蓮はわたしの親友だって」声が震えていてちょっと泣きそうになっていた。

「依莉、大好き!」蓮はまわりこんでわたしに飛びついた。ガタンと椅子が倒れる。

「危ないから急に抱きつくな!」

 蓮はわたしの首に腕をまわして離れようとしない。

「うれしくて!」蓮はえへへと笑う。「離せ!」わたしのアイアンクローでも蓮は離れようとしない。拘束力が強い。

「はーなーせーよー!」「いーやーだーよー!」

 わたしと蓮は足をばたつかせて床で暴れる。数分かけてようやく引きはがす。お互いに息を切らすほど疲弊していた。クラスに居る生徒たちからの視線をあびていることに気づく。白色のスクールシャツに灰色の汚れが際立つ。

「まだ午後の授業が残ってるんだよ!」わたしは自分の机においてあるペンケースを蓮の鼻先に投げつけた。

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