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第七話「カグラとレンカⅢ」・バーチャルワールド

 太刀と片手剣が数えるのもめんどうなほどにぶつかりあう。カァン、カァン。鐘がなるような重厚感のある音が耳に響き続ける。わたしは片腕を失っているために、体のバランスがいつもと違う。次へのムーヴが遅れる。

(スキルを使えば片腕がなくなる前の状態でも戦えるかもしれないけど、それはしのぐための使いかたになる。守るにしても攻めるビジョンがあってこそ)

 わたしは、意図的な後手なら相手を出し抜いてる感があってテンション上がるのになあと思う。

「スキル使ってこないじゃん」レンカは優位は自分にあるみたいな顔で言う。わたしは真顔で対応する。

(誘ってるよな、わたしがスキル使うの。レンカものってくるとは思ってないはず。言葉にすることでわたしの心理面を揺さぶってる)

 使えるものはなんでも利用するヒール感が実にレンカらしいと思った。スキルを使ったわたしにあわせて、レンカもスキルを使ったスキルカウンターだと予想をつける。

(レンカのバトルスタイルは、レイアーツを多用しない剣の腕一本の力の証明。スキルもそれを活かすための単純なもので、防御系のスキルは最低限の攻撃特化なスキル構成のはず)

 わたしは右上のライフバーをちらりと見た。積み重なって減っていったライフ。残量は二割弱だ。気にしなくてもいいラインはとっくにオーバーしている。

(レンカのライフだってかなり減っているはず)

 わたしはわざと体を傾ける。太刀が死角になるところから突き攻撃をしかける。剣先がレンカの右目の眉尻をかすめる。不快そうな顔をした。倒れそうになる体は、足を開いて踏ん張った。

「器用に動いてるけど、いつもより遅いよ」レンカのまわし蹴り。

「そうしたのは誰だ」わたしは上体反らしでかわす。腰を起こすと、レンカは一定の距離をわたしとのあいだに確保していた。「……」目を細める。レンカの肩や腰、両足から赤黒い揺らめく波のような光が流れ出ていた。

「覚醒ってスキルでね。自分のライフが三割を切ると使えるんだよ」レンカは自分から説明した。

「あるあるだな」わたしは背筋を正して言った。「敵にわざわざ自分の能力を説明するバトル漫画。ていねいにどうも。でも悪いね、知ってるから」

 わたしのスキル図鑑に《覚醒》のスキルは収録されている。すべてのステータスが向上するスキルだ。これまでは効果が極端なスキルばかりだった。読みを間違えた。終盤のことも計算に含めたスキルを選んでいたのか。

「でもこのスキルはあんま好きじゃないんだよね」レンカは揺らめく光を掴んだ。指の隙間から光が漏れる。「だってさあ、相手にライフが把握されちゃうんだよ。この赤黒いやつは好きだけど」

「ペラペラとよくしゃべるね」わたしは軽口をたたく。

「意味があるからしゃべってるんだよ」レンカはぐぱっと手を開いた。「スキルの情報を言うことでもっとステータスが上がる」

「まじか」恋に落ちたような重めの衝撃が走る。わたしの脳内スキル図鑑にはのっていない。フォーマットにあるスキルじゃない。モンスターからのドロップかクエストクリアの報酬か。

「ちょーめんどうじゃん」わたしは唇の内側を噛みながら笑う。《覚醒》のスキルで全能力を上げる。そのスキルの効果を他者に伝えることで別のスキルが自動的に発動。ステータスがもっと上がる。

(開示系のスキルか。《スキル開示》って勝手に呼ぶけど、条件に対象者、この場合はわたしが居ることが必須なんだろうな。最初から自分を強化してスタートできるなら、転送が完了した瞬間に自分のスキルをひとりごとで説明する奇行をすればだけだし)

 思考が加速していろいろな答えが浮かび上がってくる。

(わたしとライルさんの時には剛力のスキルだけ。一気に話さなかったのは、まあふつうにあやしむよなって感じか。もしかして、特徴プラス理解が必要なのかな。スキルの説明不足で対象者が理解できないと発揮されないとか。だとしたら、スキル開示はスキルについて詳しいプレイヤーほど有利にはたらくスキルなんだ)

 わたしは解けずにたまっていたなぞが激流の川みたくひらめいて頭がドーパミンに沈んでいく。

「ステータスの勝負なら私の勝ちだね」

「それだけで決まるなら勝負はもっと早くに終わってるよ」

 わたしは快楽の夢中から切り換える。倒したい相手を見た。真っ向勝負は負けの糸を引くようなものだ。わたしが引きたいのは勝ちの糸だ。

(勝つにはレンカを超えるしかない。気持ちや根性は不確定な要素が多すぎる。左腕もない。そんなのチャレンジじゃなくてギャンブルだ)

 わたしは動かない。レンカも動かない。ふたりだけの耐久レース。フラッシュバックとしてよみがえるこれまでの勝負。敗北の積み木。

 相手を超える意識を持つよりも、自分を超える意識を持つといい。

「……」唐突に、予想外に、いつか言われたことをわたしの頭を撃ち抜いた。

(誰が言ってたんだっけ。ああ、ライルさんだ。なんでいま……いや、絶対に意味があるはず。こんなタイミングで意味のない記憶が出てくるわけがない。言葉が浮かんだ時に、腑に落ちたというか、スッキリした感覚があった。なんとなくで終わらせたらいけないやつだ)

 わたしの口が小さく動く。「あ、そうか」答えに時間はかからなかった。

(わたしがレンカを超えるって考えがネガティブな要素を増やすんだ。わたしがわたしを超えれば不要な要因をつぶせる。必要なのは意識とイメージ)

 わたし自身が成長を続ければ。違う。成長じゃない。この言葉はわたしには適していない。

(わたしがわたしを壊す。新しいわたしを生む。破壊と再生的な。いや厨二病かよ。ああでも、破壊って言葉は成長より違和感ないかも)

 わたしは壊す。自分を超えるために自分を壊す。筋肉を酷使してぶっちぶちになった筋線維が筋肉痛となって超回復することでより強靭な筋肉となるように。

(破壊の先のイメージは、いまより強くなった自分。足りないならまた壊す。なんどでも壊す。いくらでも壊す。破壊の連鎖で勝つ!)

 わたしは上唇をなめた。ライルさん、ナイス遺言です。

(次で決める。残りの集中力の全部を注ぎこんで終わらせる。思考をありったけまわせ。戦いを振り返って当たりの糸を引き抜け)

 わたしは両目を大きく開いた。ふうー、ふうーと、呼吸のリズムをつくる。頭のなかが研ぎ澄まされていくような気がする。

(いいな。これ。テンション上がってきた。体も揺らしてみよう。楽しそうだ)

 わたしは上半身を右に左にゆらゆらと動かす。ひひっと童話の魔女のような笑いをこぼす。

「いまのカグラ、やっばい顔してるよ」レンカはひきつった顔をしている。「両目ガン開きで笑ってる。怖い怖い」

「うるさい。いまはわたしの時間なんだよ」

 わたしは快感の思考に入りこんでくるノイズを激しく拒む。

(集中。集中、集中。しゅうちゅうしゅうちゅうしゅうちゅう)

 頭のイメージにある無数の糸をかき分けながら、わたしはそのなかの一本を引っこ抜いた。

「見えた」わたしの口から漏れる。両足に《身体強化》と《俊足》のスキルコンボでバネのようにはじけたわたしの体。一瞬で間合いをつぶせる勢いまで速くなる。疑似的な《加速》の再現だ。マナの貯金はもうない。

(わたしからしかけての勝負には持ちこめた。ここからは反射神経、頭で考えるよりも体が先に動く)

 レンカは急接近するわたしから距離をとるようにバックステップの《加速》を使う。読みどおり。わたしは胸を張って右腕を持ち上げた。刀身が右耳の横を通過して、視界にはレンカと雨と刃の先端だけ。

(最後のスキルだ。プレゼント返しだよ、レンカ)

 レンカの体に目盛りのついた円形十字が表示される。わたしの目と連動して、わたしだけが見えている照準器だ。レンカには見えていない。これがマナを使わない《投擲》スキルだ。熟練度の高さで飛距離が伸びる。照準器を定めるポイントは、レンカのハート。

「うらあ!」わたしは雄叫びを上げて右腕を振り抜いた。太刀は白い流星となって標的者であるレンカにまっすぐ向かっていく。ドッ。アニメによくある効果音が聞こえた気がした。届いた。白い刃はレンカの心臓部を貫いた。大げさじゃなく一生忘れないほどの激烈なインパクトが、わたしの両目にはっきり映った。

 レンカの体がバックステップのスピードの余韻を残したまま後ろへ倒れこんでいく。輝きに包まれる体。はじける。

「あ……」わたしはその場に膝から崩れ落ちた。雨の音で静寂はやってこない。

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