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第六話「カグラとレンカⅡ」・バーチャルワールド
わたしはスキルを使うと見せかけた動作をする。レンカに情報量を増やしてやろうと試みるが、効果はいまひとつみたいだ。
(スキルフェイクだってそのうち慣れてくる。最初から用意していたものじゃないから引き出しも少ない。アドリブが切れる前に打開しないと。集中力だって長くは続かない)
レンカの片手剣が青緑色のオーラに包まれる。レイアーツの《リゾラス》か。左右の水平斬りからフィニッシュに鋭い突きを繰り出す技だ。技には技をぶつけよう。
(いや待て。レンカもわたしがレイアーツで対抗してくることはおみとおしなはず。二撃目か三撃目をスキルで強化されたら負ける。崩される。つまりこれは誘い。なら動きを止めて技をつぶす)
わたしは右足でレンカの踏みこんでいない左足の脛のあたりをねらってすくい上げるように蹴った。
「あ」レンカの体がぐらつく。技のモーションが途切れて剣のオーラが消える。前に倒れてくるレンカに《身体強化》した左のこぶしをあわせる。
「うえ」わたしはおえつする。お腹をバットで殴られたような衝撃だ。レンカの手元を見る。左手の握りこぶしが脇腹にあった。
(まだだ!)
わたしのこぶしはレンカの頬に当たっている。思いきり振り抜いた。レンカの首が横に伸びる。距離をとる。後ろへ下がろうとして、わたしの体がいつもより重いことに気づいた。雨じゃない。引っ張られているような重み。
(わたしの肩を掴んでる。いつだ)
レンカはわたしをぐいっと引き寄せて、わたしの体を斜めに傾けた。顔を振り上げたレンカは正面を向いたわたしにずつきをかました。ゴチン。鈍い音がした。リアルのような痛みはないが、頭が揺れて視界がぼやける。レンカはわたしの頭に手をおいてジャンプした。「うっ」と、わたしの口から漏れる。
レンカのつま先蹴りがわたしのへそまわりを貫く。前のめりに倒れる。
「くそ」わたしは口から流れた唾液を拭わずに立ち上がる。はっきりした意識で追撃をしかけようとするレンカを目でとらえた。いま詰められるわけにはいかない。両手で太刀を中段に構える。
「残留ノ太刀」黒いオーラが刀を包んだ。レンカの動きが止まる。
「宿るタイプの技か」
「当ったりー」わたしはにやっとを口角を上げた。《一撃》と《連撃》と《疾風》のレイアーツは使えば終わりだった。《残留》はわたしがダメージを受けるか両手持ちをやめるまで効果が継続される。
レンカが腕を組んで首をちょっとだけかしげた。「そういえばさ」剣の柄を指先で挟んでぷらぷらさせる。無防備な姿をさらす。
なめてんじゃねーぞと言いたい気持ちをこらえる。「なんだよ」わたしは続きの言葉を待った。
「なんで技の名前とか言うの?」
「あ?」つい口が悪くなる。元からよかったわけでもないけど。
「だって言わなくても技は使えるじゃん。魔術は別だけど」
「カッコいいからだけど」わたしは即答した。「それに毎回は言ってないから、わたし。レンカだって詠唱はカッコいいって興奮してたじゃんか」
「魔法や魔術は別腹だよ」
「デザート感覚で言うな」わたしは視線をそらした。「話は終わり」雨のなかを進む。レンカはその場から動かない。近づくわたしを待っている。わたしは足首を横に滑らせて急ブレーキをかける。
「お」レンカの体が硬直した。つくった隙に《跳躍》を使う。わたしは空中からレンカを見下ろす。
(思いついた戦法をライブでやりまくってやる!)
わたしは空中で身をよじる。頭を地上に、両足を元気のない空に向けた体勢になる。剣先はレンカに。
(驚け。まだ見せていないスキルだ)
わたしは空中で両ひざを関節を曲げる。《空歩》のスキルを使う。本来の使いかたは空中を歩いたり走ったりするスキルだが、考えかたを変えるだけで応用がきく。ここに《跳躍》を組みあわせる。踏ん張る感覚があれば空中であってもスキルの使用は可能だ。ふたつのスキルを使ったスキルコンボ。弾丸のようにわたしの体が撃ち出された。
「せあ!」刀の先端がレンカの左肩に突き刺さる。
「やるね。けどいいの?」レンカはわたしの耳元でささやく。「刺したまんまじゃカグラも動けないよ」
わたしは視界がぐにゃりとなった。
「プレゼントあげる。ちょっと刺激的なやつをね」
「おえ」着地をする前にレンカは《剛力》のスキルで強化した左こぶしを使ってわたしのみぞおちを突いた。まさにもんぜつ。片手剣は茜色のオーラに包まれている。
(やばいレイアーツだ。でも対応できない)
わたしは片手剣の単発技をくらう。刀身が左肩に触れ、豆腐を切るようにスッとなかに沈む。ぼとり。左腕が落ちる。まわし蹴りを受けて後ろに背中から倒れる。
(倒れたらすぐに起きる。倒れたらすぐに起きる)
わたしは次のアクションを脳内でひたすら連呼する。足を上げて、開脚後転で体を起こす。無感情に左肩を見た。
「もうレイアーツは使えないね」レンカに切断された左腕を指摘される。レイアーツは決まった動作をしないと使えない。太刀のレイアーツの使用条件には柄を両手で握ることも含まれている。
(ねらってやったな。わたしのバトルスタイルを考えると、レイアーツを使えないと攻撃のバリエーションが一気に減る。ここからはスキルだけで新しいスタイルを築かないと。レンカを相手に。ライブで)
わたしは口角を上げる。「あはっ」レンカをまねて笑った。「ここで勝てるなら片腕くらいあげるよ」
レンカは微笑む。「楽しそうだね、カグラ」雨にぬれたバフで明るさよりも艶っぽい雰囲気があった。言葉を選ばないとしたら妙にエロい。
「聞いてんの?」レンカはあごをくいっと上げてわたしを見る。「無視されるとショックなんだけど」とてもショックを受けている時の態度じゃない。
「聞いてるって。楽しいに決まってんじゃん」いひひ、とわたしは少女らしくない笑いかたをした。「この感情を教えてくれたのはレンカだよ」
「ははっ」レンカは隠すように顔を下に向けた。「そりゃよかった」すぐに顔を上げて笑顔を見せる。「それをいまここで言うのは反則だと思うけどね」レンカにしてはめずらしいへたくそな笑顔だった。
「でもさ、ちょっとだけ悲しいんだよね。この楽しいって気持ちをこれから自分で終わらせるんだから」わたしは自分の胸元を見て言った。
「いいじゃん。かっくいいー」レンカは冷やかすように言う。「そういうセリフ、私はかなり好きだよ」
わたしは右の前腕で顔を拭いた。視線を戻す。「知ってる」
「じゃあ、幕引きに向かって戦おうか」レンカはぺろりと唇をなめた。