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第五話「望んだ展開」・バーチャルワールド
ザアァ、と降り続ける雨の冷たさが肌をぬらしていた。頭のなかの熱を取り除いてくれている気がした。
「意外と冷静だね」レンカは感心したように言った。「飛びかかってくると思ったのに」
「雨のおかげかもね」わたしは低い声で答える。
「そっかそっか。なら私がライルさんを刺せた理由もわかってるよね」
「加速のスキルでしょ」わたしはビシッとレンカを指さした。マナを消費して爆発的な速さを生むスキルだ。わたしが持っている《俊足》の上位互換だ。
「すごいすごい。せえーかあーいでえーす」レンカは大げさに両手をたたいた。
わたしは歯を強く食いしばった。
(いまの攻撃は、立ち位置が違っていればわたしがやられてた。いや違う。自分に都合のいい解釈をするな。レンカはどっちでも刺すことができた。わたしは残された側だ)
レンカはわたしをふしぎそうな目で見る。手をあごに当てて首を斜めにする。
「なんか怒ってない?」
「別に」わたしは冷たく言った。
「もしかして」レンカは指をぱちんと鳴らす。「刺されたのは自分かもしれなかったとか思ってたり。安心しなって。最初からライルさんねらいだったから」
わたしは目を見開いてレンカを見つめた。図星だしなにも言えなかった。
「そんな凝視されても」レンカはため息をついて頭をかいた。「視野がせまいんだよ、カグラ」片手剣を地面に突き刺した。
「視力は悪くないけど」
「おもしろいけどそういう意味じゃない」
「もっと俯瞰で見ないと。女の子は儚いんだから」レンカは右手を胸の真ん中に添えた。
「なんだそれ。夢を見る女子か。略して夢女子か」
「そこでキレられても」レンカは苦笑した。たしかに、と思った。レンカのペースになっている。自己修正するための深呼吸をする。
「死角をねらったな」
「いいね。カグラは賢いね」レンカは笑顔でウインクする。
「はは」もう悔しさをとおり越して笑った。こういう時は原因を整理して向きあおう。
わたしは《俊足》と《身体強化》のスキルコンボから《疾風ノ太刀》の流れでレンカの首を斬った。でも、それは彼女の《幻影》スキルでつくった身代わりだった。身代わりと重なるようにして刃の届かない位置まで後ろへ下がりつつ、レンカは視覚からとらえにくい斜めの方向に走りこんだ。
(ふつうなら気づけるけど、ダックインみたいな姿勢を限界まで低くして加速スキルを使えば本当に消えたように感じてもおかしくない。わたしも速くなってたし、レンカの指摘どおり、視野がせまくなっていた)
わたしは勝ったと確信した快感におぼれた。思考の単純化は敗北の一歩目だ。
「難しいことを簡単にやるね」
「難しいことを簡単にやるのがカッコいいんじゃん」
「わたしが跳んだことを利用してさ」
「カグラには感謝してるよ。注目が上にいってくれたおかげで、私の存在を消せたし。盾を壊したのもファインプレー」
すごいなあ、とわたしは思った。わたしの目標はすごい。
(跳躍からのレイアーツはベストな動きだったと思う。ねらいの盾は破壊できた。反省はあとですればいい。はい、メガティブは退散。いまは終わったことを深く考える時間じゃない)
わたしは切り換える。悔しさを引きずることも負けるやつの思考だ。動きが固くなったわたしをレンカは見逃さない。
「んー、ふう」と、筋弛緩法でわたしはリラックスする。
「緊張してる時にやるやつじゃん」レンカはあはっと笑いをこぼした。「でもこれでふたりだけ。カグラの望んだ展開でしょ」引き抜いた片手剣を空中で一回転させて掴む。剣先をわたしに向けた。
「ラストバトルだね」わたしは力強くスタートを切った。