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第四話「カグラとレンカとライル」・バーチャルワールド

 わたしはライルさんに突き攻撃をしかける。ガァン。金属の硬い音が響いた。

(盾がじゃまだな。剣も盾に隠してるし出どころが読めない。うまいな)

 ライルさんの右肩がすっと小さく動いた。「ほっ」盾に隠した片手剣の鋭い突きがわたしの頬をかすめた。

(あっぶな。いま目をねらったな。片目でも視覚を奪われたらゲームオーバー)

「……」わたしは雨よりも冷たいものを背後から感じた。振り返らずに直感で《跳躍》のスキルを使う。ライルさんの頭上すれすれを越える。

「あらら。刺せると思ったのにな」レンカは悔しそうに言う。右足で虚空を蹴った。「跳べるの忘れてた」舌を出して肩をすくめる。

 わたしはレンカを視界にとらえた位置で目にぐっと力を入れた。眉間に肉が寄る。

(レンカのやつ、まじで背中から刺し殺そうとしてきやがった)

 わたしは胸に手を当てる。ベッドで仰向けになっている体は心臓ばっくばっくだろう。

「ちゃんとおぼえときなよ」「次があったらうまくやるよ」

「俺のことを忘れてるな」「おっと」

 ライルさんの振り下ろし攻撃。レンカは上体を反らしてかわす。わたしはレンカの体が起き上がる瞬間がねらえると判断してサイドから走りこむ。

「あまあまだね」レンカは上半身を反らしたまま片手剣をぶんと振り上げる。わたしはびっくりした猫のように後ろへ跳んだ。

(なにそのセンス。ちょっとやってみたい!)

 わたしは雨の冷たさにも負けない胸のときめきを感じた。今度は《俊足》スキルでレンカと距離を詰める。勢いのままに斬りかかるが、片手剣で受け止められる。右の横蹴りから体勢を崩そうとしてみても、レンカはわたしが足を振りきる前に膝を曲げてブロックした。

「ちっ」下がだめなら上だ。切り換えて左の貫手でレンカの喉をねらった。「ぶっ」わたしの顔がぐりんと横を向いた。レンカの放った左のショートストレートはわたしの貫手よりも速く届いた。きれいに決められたカウンターにわたしの体がよろける。

「切り換えが遅いよ」「うるさい」「!?」

 わたしの右足の蹴り上げがレンカのあごに直撃する。レンカの伸びきった首が曇り空を向いた。チャンスを逃さず水平斬りをくらわせる。レンカの胸部に赤い実線が刻まれた。

 わたしは距離をとる。「自分で閉じれない口みたいだからわたしが閉じてあげたよ」満面の笑みをつくって言ってやった。

「荒療治は嫌われるぞお」レンカは細くなった目であごをなでる。衝撃はあっても痛くはないだろと思う。

(ああ、リアルの体に引っ張られて自然とやっちゃうやつか)

 わたしも高いところから飛び降りた時に「かあ。身長、縮んだかも」と口に出した経験がある。

「前方に注意だ」

「な」横から強い衝撃。わたしの体がふわっとなる。両足が地面についていない。「ぐ」ふっとばされてぬれた地面にころがった。

「ああ、ごめんね。君から見れば横だったな」起き上がって見たライルさんの顔は微笑んでいる。「ソーデスネ」わたしはぶっきらぼうに言う。目の前ことに集中しているから、視覚の外からの攻撃は反応しても動きが悪い。ふっとばしたものを瞳でとらえる。

(盾が浮いてる。勝手に動いたとか、そんなホラーなものでもないし、操作系のスキルかな)

 いまも盾は、ライルさんの手から離れてふわふわと浮遊している。わたしは頭のなかのスキルレパートリーから該当するものをひとつ浮かべた。

(マナを対象物に付加することで遠隔でも使える操術のスキルか)

 便利なスキルだけれど、縛りもみたいなのもある。操作ができるのは自分の目が届く範囲までと、自分の手に持てないものはマナを付加しても操作できない。

(条件つきのスキルは使いどころは難しいけど、ハマればすごい力を発揮するんだよな)

 ライルさんだけが個人で数的な有利をつくりだせる。やっかいだなあ。

「うざい盾がちょーうざい盾にグレードアップですか」レンカが言った。

「だろ」ライルさんはうっすらと笑みを浮かべる。「俺の気分で飛ばすから気をつけろよ」左手首をスナップした。わたしをふっとばしたうざい盾は持ち主のところへ戻っていく。「もっと最高の戦いをしよう」

 レンカはぶんと片手剣を振って雨を斬った。「いいね。バチバチいきますか」ライルさんにねらいを固定した。わたしも便乗する。挟みうちで斬りかかる。片手剣と盾で初撃は防がれるかもしれないが、ハイスピードな攻防に持ちこめばついてこれないはずだ。

「透けているな。思考が」ライルさんは盾を正面に構える。体の側面があく。「キャパにおさまる」盾がぐわっとカーテンほどの大きさになった。

「はあ!?」わたしとレンカは揃って逆ぎれしたような声量を漏らす。《操術》スキルとの組みあわせで、立ち位置をそのままにして円を描くように回転する。巻きこまれるとまたふっとばされる。

 わたしは太刀を体より前に出して受け止める。盾の勢いが思ったよりも強かった。足がこぶし一個分だけ浮いて後退した。今日は不安定なことが多いな、わたし。「ふう」と息を吐いて唇をなめる。レンカは頭を左右に振っている。犬か。気持ちはわかるけども。雨で髪はぬれるし服だって重たくなる。動くたびに肌にひっついたり離れたりして、気持ちがいいとはいえない。

(巨大化のスキルか。攻略難易度はベリーハードだな。鉄壁かよ)

 わたしの口角が上がる。《巨大化》は名前のとおり、マナを消費して盾を大きくする。消費する量で大きさを自由に変えることができる。ライルさんは《操術》が使える範囲のぎりぎりで調整したのだろう。スキルの相性がいい。

 わたしは左手でも柄を握る。「連撃ノ太刀」刀を下段に構える。刀身を青色のオーラが囲っていく。ふつうの攻撃だけじゃあふたりには勝てない。このレイアーツは《太刀》スキルの熟練度の高さで斬撃の回数が増える特殊で魅力的な技だ。息を吐いて、ライルさんに突撃する。途中に《俊足》も組みあわせて緩急もつける。

(連続攻撃をたたきこんで相手の考える時間を奪え)

 わたしの両目に、ライルさんとその先の片手剣を脇構えにして走るレンカが見えた。刀身が黄色のオーラに包まれている。

「おもしろい。ふたりともレイアーツか」ライルさんはすました顔で言う。

 わたしの攻撃が先に届く。「ふっ!」ゴルフスイングのような振り上げから、刀身の向きを変えての振り下ろし。最後には水平斬り。いまは三連続が限界だ。金属をこすったような音が続いた。

「動きがすなおだな」ライルさんにすべて防がれる。

「ご忠告どうも」わたしは内心で盛大な舌打ちをする。

「確定ヒット!」休む間もなくレンカのレイアーツがくる。

「届かないんだよ」ライルさんも対抗してレイアーツを使用した。

 片手剣のオーラの色はレンカと同じ黄色。《スパークル》という名前のカタカナのフにひと画数を増やした高速の二連続攻撃だ。ふたりの技がドンピシャでぶつかる。わたしの右目がピクピクと動く。フルボリュームで聞いた爆竹のようだった。レイアーツの威力は互角だった。剣からオーラが消える。レンカとライルさんにダメージはない。

「確定だって言ったじゃん」「うお」レンカの左腕がライルさんの脇腹にめりこむ。彼のふっとんだ体は、わたしの体と重なるように激突した。ふたり揃って倒れる。

(勢いを止められなかった。お腹を殴っただけでこの威力かよ。スキルなのはわかってるけど、いまの優先は考えることじゃない)

 わたしは上半身だけを起こす。「はっ」レイアーツの《一撃ノ太刀》をライルさんに繰り出す。不安定な体勢からでも決まったモーションができれば技は使える。攻撃力が落ちてでもねらえるのならわたしはどんどん使っていく。

「いいぞ。おもしろい!」ライルさんは倒れたまま上半身を盾で隠した。「おお」と、こらえるような声だけが漏れ出る。レイアーツは防がれた。

「チッ」わたしは舌打ちする。このシチュエーションでもライフを減らせないのか。下唇を噛んだ。

「今度はこっちの番だ」ライルさんは背中を支点にしてぐるんと回転した。右足の脛がわたしの首に当たる。起きた上半身は地面に蹴り倒された。ころがって距離をとる。起き上がって服についたどろを見てため息をつく。

「強いな。パワーが」ライルさんも起き上がると、レンカを見て微笑んだ。

「剛力っていうスキルでね。マナを使ってパワーを一時的に底上げするんです」

 レンカの左腕に青色のツタの模様が浮かび上がっていた。

「言ってもよかったのかな」ライルさんは微笑みを継続して言う。

「シンプルなスキルだから隠す必要ないですよ」レンカは左腕をぐるぐるまわす。「剣にも使えるんですよ」左腕から右手に握った片手剣にツタの模様が浮かび上がる。黒と青の組みあわせは神秘的な剣を演出している。

「じゃあっと」レンカはわたしを見た。脳内にアラート通知がくる。

(こっちくる。受けにまわるな)

 わたしはレンカより先に動いた。まだ使っていない《身体強化》のスキルを使う。うっすらと白いオーラが両足を包んだ。両腕や全身にもまとうことができる。スキルを維持しているあいだはマナは減っていくが、オーラの移動で攻守にわたって戦いを展開できる。

「蛮勇だね」「勇敢の間違いでしょ」わたしとレンカと斬りあいがはじまる。《身体強化》は《剛力》を警戒して解除している。タイミングをミスすれば大きなダメージにつながる。

(剛力は対象に当たってからはじめてマナが消費されるから、だまされないように見極めないといけない)

 わたしのスキル構成はマナを消費しないスキルもあるが、マナの消費が少なくて維持できるものがメインだ。《剛力》のような一発型のスキルはマナの消費が大きい。

「あはっ」レンカは愉快そうに笑う。「やるね」

「むかつく。その顔」わたしは不機嫌に言う。

 レンカは右足を腰の位置まで上げた。「ひどいなあ」ツタの模様が見えた。スキルの効果によって攻撃力の上がった前蹴りをしのぐために、わたしは《身体強化》をした左足でブロックする。「っ」ドンッという衝撃が全身を襲った。片足を上げたままでかかとも浮いてしまっては、後ろに下がっていく勢いを殺せない。

「ふ、ぐううう、ぎい」ぶさいくな声を出しながらも右足のつま先だけで踏ん張る。わたしは右手に握った太刀を指先の動きだけで剣先を地面に向ける。「おら!」突き刺してブレーキにする。電車が減速する時に発生する揺れをゲームで体感する。反動で首がぐんと前に出る。勢いが止まった。

(剣か腕に付加する読みだったのに足を使ってきた。警戒するポイントを増やされた)

 わたしは唇をなめた。どろの苦い味がした。

(ずつきができるほどの距離だったのに離された。こういうつくらされた距離感は嫌だ)

 地面から引き抜いた太刀を左右に振った。次やったら折れるかもしれない。

(いや待った。つくらされた距離も、それを利用できればわたしがつくった距離になるんじゃないか)

 わたしは頭の位置を下げる。前傾姿勢で肩を脱力した。陸上のクラウチングスタートの姿勢をとる。太刀はバトン。直線距離だ。いける。

 地面を蹴った瞬間に爆発した加速力でレンカとの距離を詰める。《俊足》と《身体強化》を組みあわせたスキルコンボだ。さらに速くなるために《疾風ノ太刀》の構えをとった。本来のレイアーツよりも速い一刀だ。

(くらえ!)

 わたしの刀がレンカの首に届いた。手応えはあった。確実にレンカの首を斬った。振り返るまでもなく。

「勝った!」「残念」「は?」聞きなじみのある声がしたほうを向いた。スキルコンボとレイアーツで斬ったはずのレンカが居た。錯覚かと思ってまばたきの回数が増える。わからなかった。どうなってる。理解できなかった。

(まずいまずい、パニックになっちゃだめだ。冷静、冷静になれ)

 いまのわたしは、きっとひどい顔をしている。

「いいーねえ、そのカオ。すごくいい。勝ちを確信した時の絶望って、もうぐちゃぐちゃな気分になるでしょ」

 レンカは手のひらで口元を隠す。目を細くして笑っている。その姿は完全なヒールだ。壊れた蛇口からあふれる水のようないらだちがパニックになっていたわたしの感情をねじ伏せた。

「スキルでしょ」わたしは冷静になった思考で言う。

「そうだね」レンカは即答する。

 レンカを斬ったシーンを思い出す。

(本人じゃなかったってこと。身代わりのようなスキル。でもレンカは消えていた。身代わりと影か)

 わたしのスキル図鑑から検索の結果が出る。

「まず幻影のスキル」攻撃力はないが、自分とそっくりな存在を生み出すスキルだ。

 レンカはちっちっと指を振る。「それだと部分点しかあげられないかな」

 そのとおりだ。わたしも正解にたどり着いている気がしていない。なぞは残っている。スキルでわたしのレイアーツを回避した方法は説明できる。刀と触れないように幻の自分と重なるようにしてバックステップをした。問題は移動していたこと。斬った幻のレンカとは別に本体のレンカは消えていた。《幻影》のスキルにそんな効果はない。なら残るのはスキルの組みあわせだ。《幻影》の他にも違うスキルをほぼ同時に使っていた。レンカの動きから、思いつくスキルの名前が書かれたパズルピースを除外していく。ひとつだけになったピースを解に当てはめる。

「だから俺のことを忘れるなって言っただろ」ライルさんはわたしに向かってしかけてきた。

「三秒も忘れてないですよ」わたしは迎撃する。

「二秒は忘れていたのか。さびしくなると死ぬぞ」

 あんたうさぎかよ、とわたしは思う。ライルさんの攻撃をかがんでよける。

(わたしとレンカの様子をうかがっていたな。たぶん漁夫の利ねらい。離れた位置で見てたと思うけど、ふつうに突っこんでくるあたり、ライルさんはタネわかってない。だからレンカじゃなくてわたしに向かってきた)

 わたしは目の端でレンカをとらえる。こっちへ走ってきている。乱戦になる。最初の時とは違って、スキルがある程度はわかっている状態での乱戦だ。

「熱くなってきた」わたしはかがんだまま《跳躍》スキルを使う。自分感覚で五メートルの高さに調整する。

「一撃ノ太刀、プラス身体強化」赤黒のオーラに包まれた刀身のまわりを、白いオーラがコーティングしていく。ライルさんは盾でガードしてくる。わかったうえでわたしは一刀を放つ。その盾をぶっ壊してやる。攻撃と防御がぶつかった。

「ああっ!」わたしとライルさんの絶叫が重なる。ぴしりという音がした。盾の中心にはいった亀裂は決壊したダムのように拡大していく。にたりと笑う。「矛盾勝負はわたしの勝ちだね」純粋なよころびを言葉にした。

「そうだな」ライルさんの悔しそうな顔が見れた。「このやんちゃ娘め」片手剣が胸元にまで迫る。わたしの両目が剣に惹きつけられる。死を覚悟する。

「隙あり」ようきな声が聞こえた。

「な」「に」気の抜けた声がふたつ。背中から黒い剣で貫かれているライルさん。

「あーあ、最初のルーザーか」ライルさんの右腕がぶらりと下に伸びる。わたしの体に傷はつかなかった。

 彼の体がわたしの目の前であっけなくはじける。着地した先に居るひとりを見た。

「ひとりフリーフォールお疲れさま」レンカは口角を上げてわたしに言った。

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