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第二話「必ず見つけるよ」・バーチャルワールド
公式イベントの当日。わたしとレンカは第二エリアの《自然共生街・ナチュル》にある女神像前を集合の場所にした。びっくりしたのは、レンカがわたしよりも早く女神像の前に居たことだ。いつもは遅れてへらへらしながらあやまるのに。これが公式イベントの力なのか。わたしはぐるりとまわりを見る。
(なんどきてもすごいと思っちゃうな、ここは。オリジンもすごいけど、雰囲気はこっちほうが好きだ)
生い茂る木々にそのまま飲めそうな透きとおった川。石畳には苔がこびりついて緑の絨毯みたいだ。頭上で優しく聞こえる葉のこすれるの音もヒーリング効果がありそうで、差しこむ太陽の光が暗闇を拒絶するかのようにまちを輝かしている。都市化が進んでいく現代とは反対に自然と一体になったまちだ。わたしは視覚と嗅覚と聴覚の三つで《ナチュル》を堪能する。
「目指すは優勝オンリー」レンカはでっかい声で宣言した。
「うるさい」わたしは片目を閉じて言う。「団体戦みたく言ってるけど個人戦だよね、このイベント。はじまったら敵でしょ。わたしとレンカは」
「そもそも出会うかわかんないけどね」レンカはあはっと笑う。
「それなんだよなー」わたしはため息をついてうつむいた。
公式イベントは専用のマップに転移した先でランダムにプレイヤーが配置される。レンカと勝負するためにも必ず出会う必要がある。
「カグラが誰かに負けちゃう可能性もあるからなあ。制限時間も二時間しかないし」
「負けないし、勝つよ。ここで勝つ」
「私にまだ一勝もしてないのに相変わらずの強気だね」
「今回は一発勝負でしょ。いつも決闘でやってる縛りもないから」
「あはっ。余計に勝てないでしょ」レンカはわたしの頭に右手をおいた。「私のライフを半分にできればこうやって褒めてあげる」
わたしはレンカの右手首を掴む。「褒めるならわたしに負けてから褒めなよ」
「いいね。私の親友はおもしろい女だよ」レンカは左手でわたしの手をはがした。
「楽しみにしとけ。絶対にレンカを見つけるから」
「愛の告白?」レンカは両手で自分の頬をさわる。もじもじするな。内股をやめろ。指をくわえてわたしを見るんじゃあない。
わたしは右手で目元を覆った。「そんなキャラじゃないだろ」レンカのおふざけに背筋を前に傾ける。「いまめっちゃレンカをはったおしたい気分だわ」
「その気分は次に私と会うまでがまんしときなよ」「そうする」
『開始時刻です。転移がはじまります』フィアの響きわたる機械声。
「うわ」レンカが地面に吸いこまれるようにして消えた。「……」わたしの口がぽっかりとあく。レンカの居た位置にある黒い穴。わたしの足元にも真っ黒で底が見えない穴がある。ちょうどわたしの体がすっぽりと入りそうな穴が。
(うわー。これ転移じゃなくて吸引じゃん)
だんだん立っている感覚が消えていく。わたしはブラックホールに吸いこまれた。
「まじで一瞬だ。すごいなあ」
わたしは枯れた木々がならぶ横幅の広い道に立っていた。ビュウと起こった強風が灰色の髪を不規則に揺らして鼻と口を隠した。風には歓迎されていないみたいだ。
(風にのって水の音が聞こえたな)
わたしは体ごと向きを後ろにした。面積の大きい湖ある。近くまで歩いて左腕を突っこむ。バシャバシャとかきまわしてみる。湖の色はにごった緑でお世辞にもきれいとはいえない。
(陸から近いのに手のひらが底に触れない。かなり深いな。真ん中らへんに島っぽいのはあるけど、いくのは無理だなあ。ってか、いまの体勢で背中を押されたらやばくないか)
急いで左腕を湖から抜いて、わたしは後ろを確認した。
(誰も居ない。はじまったばっかりだし、みんな慎重になってるのかな)
わたしはほっと安心した。メニューウインドウから全体のマップを表示する。現在位置は南の湖エリアだ。
(東が密林で西が渓谷、北が荒野か。さすがに全部をまわっている余裕はないかなあ)
わたしとレンカのスタイルが生きる環境はどこか。あごに手を当てて考える。
(障害物がなさそうでひらけた場所がいいな。魔術師もねらい撃ちはしにくいだろうし、されたとしてもすぐに見つけられる。わたしも追いかけやすいし。条件にあってそうなのは北のエリアか)
わたしはマップを閉じてその場で屈伸をはじめる。
(南から北か。マップが簡略化されてるから正確な距離はわかんないけど、走れば一時間くらいで着くでしょ)
疲労のシステムが排除されたところがバーチャルワールドの利点だ。あとはわたしとレンカの考えがシンクロしていることを願う。
(レンカのことだから、自分の考えよりもわたしの考えを読んで移動してそう)
わたしは苦笑する。屈伸をやめて指輪を武器に変更する。ジャンプして着地にあわせて走り出した。
(北まで最短時間でいきたいけど、道中で出会った相手の強さで時間は変わってくる。なら、強くない相手との対戦時間をどれだけ減らすか。理想は一手。難しくても三手で倒したい、とか思ってるあいだに)
小さな爆発音がわたしの耳に届いた。目を凝らすとふたつの影が動いている。距離が縮まっていくにつれて性別と体格までばっちり把握できた。
(小柄な男が短剣。長身の女が両手杖。いきなりふたり同時はハードルが高いよ)
わたしに存在に向こうが気づく。構えなおしたことで、ふたりの動きが固まった隙を見逃さない。「ラッキー」と小声を言ってよろこびつつ走り続ける。柄を両手でぎゅっと握る。魔術師からねらいを定める。「疾風ノ太刀」黄緑色のオーラが刀身を包みこむ。全身が羽のように軽くなって一気に加速する。首をねらったわたし得意の必殺パターン。相手に次のムーヴなんてさせない。
「へあ」レイアーツで長身の女プレイヤーの首を斬る。すぐに振り返る。立ったまま動かない体は倒れる前にはじけて光の粒が舞い上がる。わたしは残ったひとりをロックオン。
「くそ!」小柄な男の短剣がわたしの首筋に迫る。
「遅いよ」わたしは冷静に言う。腰を軸にして体を回転させることで攻撃をかわす。太刀を両手持ちから利き手の片手持ちに切り替える。腕の関節を曲げる。後ろに引いて発射するように伸ばした。白い刀は男の左胸を突き抜ける。
「……」男はあぜんとした顔。刀を引き抜くと前に倒れてくる。
わたしはサッカーボール一個分のあいだをあけて横に移動した。男の全身がはじけていくのを見届ける。「うし」と左のこぶしをぐっと握る。
(うん。ちゃんと強くなってるぞ、わたし。でもなあ)
わたしはがくーんと肩を脱力させた。
(遅いとか言う必要なかったなあ。レンカの影響だよ、絶対。ま、いっか。走ろう)
染みついたものは仕方がないと、わたしはポジティブに落としこんだ。