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第一章 1-1

第一章「始まりの大地・オリジン」

第一話「ばかじゃないの」・リアルワールド

「一緒にゲームやんない?」

 春はとっくに過ぎて、五月の中旬。学校の昼休みでの出来事だ。

 わたし(神楽坂依莉)は、眉間にしわを寄せて目の前に笑顔で立っている女子生徒を見る。右手に持った炭酸水は容器の中でぱちぱちとはじけている。それを口に含んで頬を膨らませる。唇を湿らせ喉を潤す。強い刺激が余韻として残る。

(そういえば、食べると口のなかでぱちぱちするわたあめみたいなお菓子があったなあ)

 なつかしい気持ちとまだ売っているのかなという疑問が頭のなかでミキサーされる。

「……はあ?」わたしは右目を細めた。

「ためたねえ」女子生徒は明るい声で笑った。

 香月蓮。わたしと同じ桜花高等学校に通う一年生だ。小麦色の肌。毛先だけほんのり赤い茶髪のセミロング。一重の黒い瞳と血色のいい唇。元気があって人当たりもいい。クラスで人気もある。

「意味がわからないんだけど」わたしは思ったことを言う。

「いやいや、意味はわかるでしょ」香月は失笑する。ばかにされた。

「初めて話す相手から、いきなりゲーム誘われるとかなに」わたしは左側の頬を机につける。ひんやりするには季節が早い。「新手の怪しい勧誘ですか。犯罪的な感じですか。ポリス案件ですか」

「違うよ」香月がバンッとわたしの机をたたく。

「だったらなに」

「だから純粋な誘いだよ。依莉と一緒にゲームしたいだけ」

 あなたの発言は、わたしに混乱の材料しか与えてないんだよ。

「ていねいに説明して」わたしは本音とは別の言葉を選ぶ。

「運命を感じたんだ」

 誰か助けてほしい。このひと、話がまったく通じない。

「あー、わたし、このあと用事があるんだったー」わたしは逃げだした。

「園児でもわかる嘘やめなよ。あと棒読み」

 しかしまわりこまれてしまった。

「わかった。降参する。だからまじめに答えて」

「了解であります、教官」

「誰が教官だ」わたしは顔を上げてツッコむ。

 漫才の大会で一回戦落ちするやりとりだ。香月はわたしの席の後ろだ。必ず向こうから挨拶してくる。目があったら手を振ってくれる。深く考えてこなかったが、香月から積極的なアプローチはあった。

(好きな男子にやることじゃん。わたしはクラスのひととあんま話さないしなあ)

 クラスではちょっと浮いている立場のわたし。陰に染まっているわけじゃない。

「まずはさっきから言ってるゲームってなに。ジャンルは?」

「ふっふっ、驚くなかれ。なんとVRオープンワールドRPGである!」胸を突き出して答える香月。

「……」わたしは糸目で香月を見る。

「あれ、フルダイブだよ!?」香月の声が大きくなる。耳に悪い刺激だ。

(いまの時代、フルダイブ型のゲームなんて珍しくもないだろ)

 わたしは残っている炭酸水を飲む。くあー、と声を出す。

「そんで、ゲームの名前は?」

「グランディール」

「へえ」少しだけ驚いた。

 そのタイトルはニュースや記事で知っていた。最近発売された話題性の高いゲームだ。

「興味でたね。あ、これ聞いてなかった。ゲームは好きですか?」

「いまさらかよ」

「重要なことだし」

「重要なことは先に言うんだよ」

「で、どうなの?」

 さらっとスルーしてくる香月に、わたしはいいメンタルしてんなと思って苦笑する。

「嫌いじゃない。好きよりの普通」

「じゃあ好きでいいじゃん」香月はプッと笑う。「まわりくどいよ」

 わたしもゲームの経験くらいはある。触れるようになったのは父親の影響が大きい。父さんがやっていたテレビゲームをずっと観ていた記憶もある。きれいな物語に魅せられ、わたしの心は惹かれた。

「まあ一緒に遊ぶことについてはいいんだけど」

「やったね。サンキュー、親友!」香月は親指を立てる。

「親友ではない」

「これから親友になるから」

「強引かよ」

 誘われること自体は嫌じゃない。驚きはあったけれど。

「でも、なんでわたし?」疑問が浮上する。「まわりにゲーム好きなひと、少しくらい居るでしょ」

「だから運命を感じたって言ってんじゃん」

「まじめに言ってたのか」わたしはうなだれる。ため息が漏れる。同時にひとつの答えがひらめいた。トリガーがため息なのはしゃくだけど。「どこかで会ったことある?」

 昔に少しだけ遊んだことがあるとか、実は幼なじみだったとか。ラブコメのテンプレみたいだ。わたしは記憶の引き出しを開けまくっているが該当するものがない。

「さあ、どうだろうねー」香月はわざとらしい言いかたをする。

 わたしは指の腹をあわせて考えこむ。「ふむふむ」

「あはっ、難しい顔してるよ」

「誰のせいだ」

「依莉、話がそれてるよ。どうなの?」

「なんか拒否しても無理やりやらされそう」

「よくわかったね」

「おい」わたしは残り少ない炭酸水の容器で香月を小突く。

「そうだ」香月は手のひらをあわせる。「ウィズム持ってるよね」

「持ってる。最新式の」

「いいね!」

 ウィズムとはゲーム業界に革命を起こしたフルダイブハードの名前だ。発売されて数年になる。フルフェイス型からスキーのゴーグル型にまでコンパクト化され、いまもなお進化を続けている。カラーのバリエーションが豊富で、可愛いからわたしも買ったんだ。

「けど、楽しくないものはやらない。楽しくなかったらやめる」

 いくら話題のゲームだからって、楽しい楽しくないの価値観は人によって違う。わたしは楽しくないものに時間を費やしたくない。

「えっと」香月は指をあごに当てて困り顔で次の言葉を探している。

 わたしは、言いかたが強かったかもと思いはじめる。

「自分から行動しないのに楽しいが寄ってくるわけないじゃん。ばかじゃないの」

 怖い。まさか、わたし以上に攻撃力を持った言葉が返ってくるとは思わなかった。さっきまでの元気少女は光が消えたような目でわたしを見ている。

「あ、ごめん。冷たい言いかたになった」香月は窓側に顔を向けた。「やらかした」と小言が聞こえた。

「大丈夫。わたしも言いかたが悪かったし、おあいこだよ。ごめん」

 香月の言っていることは間違っていないと思う。

「なんか依莉ってクールで大人っぽい印象だったけど、意外と子どもっぽいね」

「やかましい。香月が勝手にそう思ってただけ」

「蓮でいいよ。名前で呼んで」

「え、香月でいいでしょ」

「呼んでよ!」

「まだそんなに仲を深めたわけじゃない」

「うわ、相当なダメージくらったよ」

「あはは、いいね」わたしは上を向いて笑ってやった。

「性格が悪いなー」

「ふむ。性格が悪いのか、わたしは」

「自覚のないパターン」香月は唇を尖らせて不服そうにわたしをにらむ。「じゃあ」咳払いをする。「楽しいは保証するよ。私が楽しい世界をみせてあげる」

「すごい自信」わたしは背中を反らした。ポキポキと鳴る。

「私が楽しいからね。きっと依莉にも伝わるよ」

「楽しいの共有ね」

「その言葉いいね。一緒に楽しもう!」香月は右手を出した。「よろしく、依莉!」

 わたしは香月の手を握る。「よろしく香月」

「だから名前!」

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