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第九十八話 戦後の始末と北条氏康


 戦が終わり、私達は新たに得た三十七万石の処遇に頭を悩ませた。論功も大変で、政貞達と頭を捻りながら終わった頃には桜が咲き始めていた。二倍以上の領地を得たのだから当然と言えば当然である。


 久幹を領地替えして第二軍団の規模が大きくなったけど、新領地ばかりを割り振られた久幹は頭を抱えながら仕事をしているだろう。道連れにされた野中と矢代が気の毒である。四郎と又五郎は今更なので、久幹に扱き使われているだろう。


 二人には府川城の防衛を任せていたけど、敵勢を見事に追い返したそうだ。経験も少しは積めただろうし、四郎と又五郎は武勲が無かったから親である平塚と沼尻も安堵したと思う。ちなみに兵書の写本は主命で命じてある。是非、未来の軍略家として成長して欲しいものだ。


 愛洲には褒美として藤沢城をあげたのだけど、普通に要らないと言われた。欲が無さ過ぎるのも良くないので無理矢理与えた形である。多分、城の管理が面倒で断ったのだと思う。人足衆を率いた金剛さんにも褒美をあげたけど、彼は相変わらず人足をしている。何か商売でもやればいいのにと言ったけど、まだ仕事が終わってないと彼は言った。土浦城の普請が終わるまで続けるのだろうか?


 久幹と政貞が新領地に吉祥天様の御堂を建てるように指示したと言っていた。また私と次郎丸の行脚が始まるのである。今年いっぱい掛けてゆっくり回ろうと思う。次郎丸の毛が無くならない事を切に願う。暫くは政務に明け暮れる毎日になるけど、戦をするよりは遥かにマシである。


 私は暇を見てちょこちょこ作っていた小田家の法度を公布した。内容は今まで私が触れを出した法令を纏めたものである。領地と家臣が増えたので周知させるのが目的である。武家諸法度みたいなものだ。何々してはいけない、何々をしないといけない、という法律を纏めたのだ。民百姓を虐めて当たり前みたいな人もいるだろうから。今後はそういう人は見つかり次第厳罰になる。ていうかいなくていい。


 他には年貢を四公六民にする減税を政策として公布したのである。減税の効果は言うまでも無いけど、新領地の領民の生活が余りにも酷いのと、領民からの支持を得る為である。酷い所だと七公三民という税率の地域もあり、彼等に何かしてあげたかったのだ。それにお金も回れば経済も回るから最終的には私が得をするのである。大領地だから出来る事でもあるけど、前世では日本政府が頑なに減税を拒否していた。絶対税金を盗んでる人がいると思う。


 戦が終わってからひと月も経っていないけど、領内は概ね纏まっている。下級武士が増えたので生活の足しになるように寺子屋を国で建設し、教師として武家の妻や、娘に教師をしてもらう事にした。国から賃金を支払う事にすれば生活の足しになるし、民の識字率も上がるのでこの機会にやってしまおうと国中に命じたのである。勿論、民からお金を取るような真似はしない。当然無料である。民の識字率が上がれば知識を求めて本を買い、知識を得れば商売なりをして身を立てる人々も増えるだろう。私が土浦に出店を計画している本屋も閑古鳥が鳴く事も無い筈である。ニヤリである。


 寺子屋の建設は私の黒鍬衆にも参加して貰う。膨大な数の寺子屋を作るので黒鍬衆の規模を大きくする事にして、人を増やしながら建築の訓練も兼ねて貰いながらの活動である。


 小田家と佐竹家が大領を得た事は周囲の大名に驚きを与えたようだ。上杉朝定からも使者が来て、話を乞われたので私は詳細を語って聞かせたのである。小田家の強さをアピールする為だ。はっきり言って戦国時代は舐められると攻められるのだ。だからありのままを話したのだ。嘘は私も嫌いなので誇張はしていないけど、上杉朝定の使者は随分感心して聴いていた。この先連合があるかは不明だけど、連合があるとしたら舐められていると良い事など一つも無いと判断したからである。


 驚いたのは武田晴信と長尾景虎から使者が来た事である。今まで表面上の外交はしていたけど、彼等が私に興味を持つとは思っていなかったので緊張してしまった。私はこの機に長尾景虎に接近しようと試みたのだ。使者を通じて私から書状と珍陀酒(ちんたしゅ)を景虎に送り、友好関係を築きたいと申し入れたのだ。景虎はお酒好きだからお土産としては最適である。


 武田家の使者には私が馬鹿な女子(おなご)である振りをした。私の振舞いに苦言を投げ掛けた政貞を蹴り飛ばしたら使者は口を開けて驚いていた。武田晴信は条約破りでも有名な武将である。人として本当に問題があるので私は武田と結ぶつもりは無いのである。無能をアピールして今回の戦の戦果は偶々であると誤認させるのが目的だけど、使者が帰った後に政貞にもう少し加減しろと叱られたのは良い思い出である。でも、兵法の基本だから仕方が無いのである。決して日頃の苦言や『私と孫子』を返してくれない腹いせではないよ?次に武田家の使者が来たら久幹の出番かな?ニヤリである。


 長尾家は長尾景虎との戦を回避する為だ。軍神と呼ばれる景虎と戦うのは普通に嫌だし、鉄砲を使って初見で勝てたとしても後が怖いのである。武田家に関しては宗久殿に依頼した商家の拠点が完成したので甲斐にハイパーインフレを起こすべく、百地が各拠点に配下を派遣している所なのだ。


 今までは百地の城に兵糧を運んでいたけど、各拠点で納屋(貸し倉庫)を経営して貰って輸送の手間を省いて甲斐の物価を破壊する計画である。長尾景虎は話せば分かる人だと思うけど、武田晴信は自分の事しか考えない人間だから私も容赦をするつもりは無いのだ。私が強気な理由は百地と米の買い占めをして成果が出たからである。甲斐では米価が高騰していて武田家では北条領から米を買い付けていると百地から報告があったのだ。経済戦なら勝てると踏んだ私は今後も百地と暗躍する事になると思う。


 甲斐は二十三万石、信濃で得た領土を合わせても三十万石程度が今の武田家の国力である。砥石城の攻略に七千の兵を動員したというから大体合っていると思う。表高六十二万石、実高九十七万石の私の経済力で経済戦を仕掛ければ勝てる可能性が高いのだ。今は私の趣味でもある金貨集めの一端として甲州金をせっせと集めてもいる。甲斐は広さの割に米が取れない。武田晴信の弱点を見逃す程、私は甘くなくなったのだ。今回の戦で学習した事は生かすつもりである。ちなみに駿河は十七万石しかない。単純に甲斐よりも狭いせいである。ただ、甲斐と比べて稲穂に実る米の数が違うので収穫率が高いのが特徴である。海もあり海産物や交易もあるので駿河は豊かなのだ。


 今川義元の国力は駿河、遠江、三河を合わせて七十万石程度、意外に少ないのである。今は信秀が西三河を制しているので六十五万石程度だから小田家と変わらないのだ。桶狭間で二万五千の兵力を動員したと伝えられているけど国力に全く合っていないのだ。経済で銭を得て傭兵を雇ったとしても一万の兵を銭で雇うのは大変である。人口もあるとは思うけど、誇張しているのだとすれば桶狭間が無くても信長に勝機はあると思う。


 小田家が六十二万石になった事で私の物の見方も大分変化してきた。二十五万石と六十二万石では動員兵力がまるで違うからである。今は領内を治めるのが大変だけど、これが済めば小田家は非常に強い家になるのだ。今までは他国に怯えていたけど、今は一目置かれる存在になっている。義昭殿と組んでいるから余計に他国はそう思うのだろう。万里の長城みたいに領土を囲ったら平和な国が出来そうな気がする。しないけど。


 上杉方である小田家としては北条家が現在の仮想敵国だけど、北条家に関してはまるで隙が見当たらないので手を打てないでいる。仮に戦になれば鉄砲を使った正攻法で戦うしかないかなと考えている。領土が安定したら軍議で皆と戦略を練るしかないかな。北条氏康の戦のやり口は私が知っているので奇襲さえ警戒していれば何とかなりそうな気はしているのだけど。


 ―相模国 小田原城 北条氏康―


 北条氏康は自身の居室で北条幻庵、北条綱成、遠山景綱、清水康英と共に関東の絵図を囲んでいた。その絵図は関東の諸勢力が記されていたが、氏康の手によって修正されている。注目されていたのは関東に突然現れた大勢力である小田氏治と佐竹義昭の所領である。かつて存在していた勢力の上には盤上遊戯に使われる駒が置かれ、氏治の戦を再現し、検討もしている。


 結城政勝に身を寄せていた江戸忠通は結城家から逃れ、北条氏康を頼って一族を引き連れ落ち延びて来た。氏康はこれを受け入れたのである。関東の名門である江戸家に利用できる価値があると踏んでの事である。そして氏康は江戸忠通から結城家と小田家の戦の詳細を聞いたのである。


 小田氏治の噂は氏康の耳にも入ってはいたが、どれもおかしな話ばかりで法螺だろうと気に留めなかったのである。だが、江戸忠通から戦の詳細を聞き、小田家が六十二万石の大大名になった事を知ると注目せざるを得なくなったのである。


 江戸忠通は氏康に戦の顛末を淡々と語って聞かせた。囲うように各国から包囲を敷かれた氏治の行動は氏康をして驚かせた。一つ一つは小さい家だとしても、包囲されては守るだけで手一杯になる筈である。それに対して氏治は軍勢を分け、牽制と攻略を同時に熟し、更に同盟国である佐竹氏に宇都宮家の背後を突かせ、撤退に追い込んでいる。そして一夜にして結城領に踏み込み、兵力の減じた結城家に侵攻し、降したというのだから驚く他ない。更に小山家を降し、宇都宮領に侵攻し、佐竹家と合力して宇都宮家まで滅ぼしたのだ。


 江戸忠通が北条氏康に戦の内容を語れたのは忠通なりに調べたからである。結城家が保たないと判断した忠通は一族を引き連れて古河に逃れて行った。結城の陣から離脱はしたが、戦の結末を知りたかった忠通は小者を走らせ、連合に参加した各家を調べさせたのである。軍勢は持っていない忠通だったが結城家に陣借りして居り、戦に参加していたのだ。


 江戸忠通の話を聞いた氏康は感心する他なかった。氏康の耳に入って来た氏治の噂は怪力の姫であるとか、吉祥天の生まれ変わりだとか、話にならないようなくだらない噂であった。だが、江戸忠通から語られた氏治の行動は一流の軍略家と言わざるを得ないと結論を出した。


 小田家は上杉氏に付いて居り、河越の戦にも参加している。つまりは反北条なのである。千葉家と領地を接する事になったのもあり、氏康が争っている上杉朝定と里見義堯(さとみよしたか)に協力し、戦に介入して来る可能性が非常に高いのである。今の北条家は駿河の今川義元と和睦こそしたが緊張状態が続いて居り、上杉朝定と里見義堯(さとみよしたか)とは小競り合いが続き、攻勢を掛けられないでいるのだ。そこに今や大国となった小田家が参戦すれば、いかな北条家といえどもどうなるか判らない。そう判断した氏康は腹心を集め、こうして相談しているのである。


 「小田殿の当主は若い娘であると耳に致した事があるが、これが真であれば大した弓取りだのう」


 北条幻庵は長く伸びた顎の髭をいじりながらそう口にした。その様子を絵図を見る視界の端に捉えながら氏康は口を開いた。


 「真でなければこの氏康も安堵致すが、そうではない様だ。おかしな噂を耳に致した事はあるが、かように見事な戦を致す御仁とは思うて居らなんだ」


 「かように痛快な戦は近頃では耳に致さん。胸がすくわい。じゃが、当家にとって厄介な御仁が隣人になったものじゃ」


 幻庵がそう言うと北条綱成が思案気に言う。


 「城下では小田殿の噂で持ち切りで御座る。某も気になり噂を集めてみたので御座いますが、熊を打ち殺したやら怪力の姫であるとか珍妙な噂もあれば、困窮した民を受け入れ、土地を与えているとも耳に致しましたし、吉祥天様の生まれ変わりであるとも耳に致しました。大きな物の怪を従えているとも。正直、話がおかし過ぎて判断に困りまする。今は此度の大戦(おおいくさ)の話で持ち切りで御座いますな」


 北条綱成がそう言うと遠山景綱が腕を組んだまま口を開いた。


 「民草は噂を大仰に語るもの、なれど、こうもおかしいと計略にも感じられますな?風魔を走らせ、調べを致しては如何か?こうなると某も気になって仕方がない」


 「風魔は走らせた。この氏康も気になって仕方がない。江戸殿が語られた話の裏も取らねばならぬ。正直に申せば、今すぐにでも馬を駆って小田殿に会うてみたい」


 焦れたような仕草をする氏康に北条綱成は絵図の駒を動かしながら言う。


 「しかし、よう似て居りますな」


 「何が似て()るのか?」


 「殿の戦にで御座います。実によく似て居る。不意打ちに夜討ちに朝駆け、どこぞの悪殿(あくとの)を思い出しまする。そう言えば結城の城を焼き討ちしたとも噂が御座いました。城のみを焼いたとか?」


 氏康は思わず黙った。確かに言われてみれば自分がやりそうな戦の仕方ばかりである。改めて思うと、こういう相手は戦い難い。氏康がそう考えていると清水康英が言う。


 「鉄砲を多く使ったと江戸殿が申されましたが、如何程持って()るのか気になりますな。元の領地は二十万石、無理をして買うたとしても四十程で御座いましょうか?鉄砲は高価、玉薬も高価、当家でも十程しか御座いませぬ。尤も、雨が降れば使えませぬし、玉込めに時が掛かりまする。大して使い物にならぬとは存じますが」


 清水康英がそう言うと北条幻庵が口を開いた。


 「この幻庵も鉄砲を見たが、あれは使い物にならぬ。銭をばら撒いて()るようなものじゃ。里見に上杉、戦が長く続いて居るから無駄な銭を使う余裕も無いがのぅ」


 「仕方があるまい、義元殿がどう動くか判らぬ、それにこの氏康、義元殿はどうにも好かぬ、信も置けぬ、軍勢を出せば背後を突かれる気がしてならぬ。武田殿はもっと好かぬ、あれは人ではない、虫けらよ。民草の命を何とも思わぬ。出来るなら縊り殺してやりたいがそうも()かぬ」


 歯噛みしながら言う氏康に北条綱成は口を開いた。


 「何れにせよ、風魔を走らせたのであれば報せを待つしかありますまい。小田殿の人となりが知れれば打つ手も御座いましょう。武田殿が御嫌いは承知して居りますが、家臣共の前では控えられますよう」


 北条氏康主従は風魔衆の調べを待つ事になるが、後に様々に驚く事になる。


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― 新着の感想 ―
>この氏康も気になって仕方がない。江戸殿が語られた話の裏も取らねばならぬ。正直に申せば、今すぐにでも馬を駆って小田殿に会うてみたい たぶん、普通にミーハー心で過剰に歓待されると思うね
[一言] 勝手にコーエー的評価 小田氏治 統率72 余り前線に出ず守って貰うタイプの大将みたいなので正直60台でも良いと思う。 武力33 あの怪力謎チートは入れません 知略92 転生チート…
[一言] 北条とは敵対しているけど、政治的には近いからお互いに本格的に敵対する必要はないですよね。
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