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第九十六話 氏治包囲網 その16


 翌日、目を覚ました私は結城城の屋敷の縁側に腰掛けて、朝の空気に身を晒していた。まだ寒いけど寒気と朝日に身を晒していると、とても気分が良かった。小田包囲網と言うべき連合軍を全て平らげたのでもう安心である。昨日は晴朝の協力もあり小山家を降したけど、これで小田家は二十五万石から六十二万石の大大名である。


 これは小田家的には信長の桶狭間に近い出来事なのでは無いのだろうか?これで宇都宮家を義昭殿が平らげれば敵は千葉と北条のみになる。直接的な敵対はしていないけれど、以前より怯えなくて済みそうである。小田家は簡単に滅ぼされる家ではなくなったのだ。


 宇都宮家を義昭殿が平らげれば小田家は背中と脇を佐竹家が守ってくれる。正面だけ見ていればいいので仮に戦になっても前へ軍勢を繰り出せばいいので物凄いアドバンテージである。信長と家康が背中を守り合ったように、私と義昭殿で互いを守り合っていくのだ。そう言えば家康ってどうなるのだろう?甲相駿の三国同盟を阻止するつもりだけど、松平元康が岡崎で独立しない未来はどうなるのだろう?


 私の存在がバタフライ効果を発生させた事は間違いないだろう。関東の歴史は私の知る史実とまるで違ってはっきり言ってめちゃくちゃである。近隣の大名や国人の関係までもが複雑に変化しているのだ。この世界は私の知っている世界なのかも疑わしい。よくSFであるパラレルワールドとか平行世界とか、前世で私が生きた地球なのかも疑わしい。現に私の身体が既におかしいのだ。漫画やアニメのような腕力や身体能力を発揮するし、その気になれば五感も人の限界を軽く超えることが出来る。日焼けすらしない。まるで神様が悪戯でもしたような状態だ。これが私ではなく、他の誰か男子であったなら戦で大いに名を上げたに違いない。

 

 そんな事を考えながらぼうっとしていたら視界の端に愛洲がこちらを伺っているのが目に入った。そう言えば以前も話があると言っていたけど、こんな朝早くから来るなんて重要な話なのだろうか?愛洲ももっと堂々と来ればいいのに。私は縁側から降りると愛洲に声を掛けて手招きした。私の部屋に入って貰って桔梗にお茶をお願いした。


 桔梗が丁度用意していたらしく直ぐにお茶を持って来てくれた。桔梗はお茶を配ると部屋の隅に控える。私は愛洲に勧めながら自分も一口お茶を飲んだ。熱いお茶が冷えた身体に染みるようでとても美味しい。


 「愛洲、前に言い掛けた事だと思うのだけどその話?」


 「うむ、氏子の周りはいつも人が居るからな。中々伝えられなくて困っていたのだ。その前に桔梗殿」


 愛洲は桔梗に向き直って口を開いた。


 「下館の戦では桔梗殿に助けられた。射手を鉄砲で始末してくれなんだらワシでも危なかった。礼を申す」


 「桔梗はお役目を果たしただけで御座います。ですが、愛洲様の御力になれたのならば桔梗も嬉しゅう御座います」


 「そんな事があったんだね?私も遠くから見ていたけど城門の前は危ないよね?次の戦に備えて破城槌でも作ろうか?でも、山城が多いから工夫しないとダメかも知れない」


 私がそう言うと、愛洲が私に向き直った。


 「氏子よ、破城槌とは?」


 「城攻めに使う荷車のような物だけど、屋根や壁が付いているから中にいる兵を守りながら城門や壁を壊せるんだよ。私は他国に攻め込む意図が無かったから作らなかったけど、今後はどうなるか判らないから考えないといけないかも知れない」


 「ふむ、その様な物があれば助かるの。面白そうだからワシも一緒にやって良いかの?」


 「そうだね、私は手勢を率いた事が無いから愛洲に意見を貰いながら考えるとするよ。ところで用件は?」


 私がそう言うと愛洲は今回の戦の出来事を色々語ってくれた。赤松が土岐治頼を騙すシーンや、久幹が無茶過ぎて愛洲が振り回されていた事や城攻めで苦労した話などである。愛洲の感想が可笑しくて私は途中で笑い転げてしまった。桔梗もクスクス笑っているし、朝からこんなに笑わせないで欲しい。


 「氏子よ、笑い事ではない。それよりもワシはお役目を果たしたのだから礼の件は遠慮したいのだ」


 私は笑うのを我慢しながら愛洲に答えた。


 「分かった、なら今後は私の護衛をするといいよ。宇都宮の戦は他の人に任せるよ。政貞は私が抑えるから安心するといいよ」


 「氏子の安心は全く当てにならんからのう。氏子よ、真壁殿がワシを連れ去ろうとしたら止めてくれるのであろうな?あの御仁は真に恐ろしいのだ」


 「分かってる。でも皆が愛洲と戦をしたがるんだよね?でも安心するといいよ、私がちゃんと止めるから。だけど、私はてっきり愛洲がやる気になっているのだと思っていたよ。私としては愛洲の為に頑張ったつもりだったんだよ」


 「ワシが必死に報せを送ったのに、氏子が全く気付かぬからこの様に苦労したのだ。氏子も少しは反省するがいい」


 「悪かった、余程辛かったんだね?でも大手柄ばかりなのに全く誇らないのが愛洲らしいよ。でも褒美は期待してね?此度は奮発するからね」


 「ワシは今の暮らしで満足して居るから気にせんでよい。氏子も大領を得たからと言って気が大きくなるのはいかんぞ?」


 「分かってる。今日は小言が多いね?」


 「氏子には様々に教えねばならん。此度はワシも思案致す事が多かったのだ。菅谷殿や真壁殿にはワシからは言えぬから氏子から申すがよい」


 「分かってる。愛洲、一緒に朝餉をどう?」


 私は愛洲を誘って一緒に朝餉を摂った。愛洲の苦労話と苦言を聞きながら朝から楽しい食事だった。宇都宮家が片付いたらまた平穏な生活が出来るだろう。やる事は山積みで苦労もありそうだけど。食事が終わって愛洲と話をしていると、政貞から軍議をするから来るようにと家来から伝えられた。私は愛洲と桔梗と共に広間に移動した。諸将も既に集まっていて歓談をしている。皆顔が明るいのは当面の目標が達成されたからだろう。愛洲は定位置である隅っこに腰を下ろし、私は上座に腰を下ろした。


 軍議は宇都宮家の攻略である。晴朝と小山高朝も参加している。私と政貞で気を遣った形である。宇都宮家の攻略に関しては私と政貞、勝貞、岡見、久幹で大まかな戦略は決めている。後は皆に報せて調整していくのだ。


 「当家はこれより宇都宮家に討ち入りますが、兵は四千とし、残りの兵は父上と岡見殿に託し、領内を守って頂く事になります。見せ兵は解散致し、拠点を中村の城に置きます故、皆様もそのおつもりで。佐竹様の報せによりますと村上、西明寺、芳賀を降したそうで御座います。佐竹様からは刑部で落ち合おうと申されて居りますな。我等は薬師寺と上三川を落とし、刑部に至るが宜しかろうと存じます」


 政貞がそう言うと久幹が口を開いた。


 「某、下野は不案内で御座います。薬師寺と上三川はどの様な所で御座ろうか?」


 久幹の質問に小山高朝が答えた。


 「この小山が存じて居ります。薬師寺も上三川も平地が多く、軍勢を率いるのに苦労は居たさぬでしょう。城も平地に築かれて居りますれば、この軍勢であれば容易く落ちるかと?」


 「義昭殿が討ち入っている城は山城ばかりだから苦労を掛けてしまっているね。なるべく早く城を抑えて宇都宮家を降した方が良さそう。軍勢の移動に苦労が無いなら今日明日にでも獲れそうに思うけど?」


 「左様で御座いますな。真壁殿に二千の軍勢を託し、まずは薬師寺を落として貰いまする。この政貞は御屋形様と共に中村に入りまする。兵糧を運び入れ備えを致さねばなりませぬ」


 「承知致した。余裕があれば上三川も落としたく存じます。それで戦も仕舞になるかと?」


 「真壁殿が決められよ。時が惜しい故その方がよう御座る。百地殿も案内(あない)致すために動いて居りますので相談されると宜しいかと存じます」


 「では、早速行って参ります。そうそう、此度も愛洲殿が御同道頂けると心強いので御座いますが、如何で御座いましようか?」


 あっ、久幹が愛洲を連れ去ろうとしている。愛洲の方を見ると激しく目をパチパチしている。大丈夫、愛洲は私が守るよ!それに久幹には釘を刺しておこう。


 「久幹、愛洲は私が連れて行くから此度は遠慮してくれるかな?百地も居ないし、愛洲に護衛を任せたい」


 「左様で御座いますか、残念で御座います。今一度あの神業を見たく思っていたので御座いますが」

 

 「愛洲ばかりが武功を挙げたら皆も困るでしょ?久幹も一番槍ばかり狙ってはいけないよ?大将が討ち死にしたら他の将も兵も困るのだから今後は控えなさい。大将の務めでもあるのだからね?」


 「参りましたな。承知致しました。此度は他の者に任せましょう」


 私は再び愛洲に視線を動かした。愛洲と目が合うと愛洲が軽く目をパチパチしている。あれだとただの不審者だから後でウインクを教えておこう。


 その後、小山と晴朝が先手に加えて欲しいと訴えて来たので許す事にした。小山は殿様だけど槍働きとか大丈夫なのだろうか?それに晴朝も若くて経験が足りないから心配である。他の降った家と差が付いているけど仕方がない。家格もあるし、城の接収も協力的だったからお礼になるのかな?というか屋形号を持つ二人が先陣切るなんて伝説が出来そうな気がする。久幹に護衛を付けるように言っておこう。


 軍議が終わると早速移動である。私達は中村城に向けて軍勢を出発させた。政貞が勝貞に色々言われていたけど、勝貞も私が心配なのだろう。だけど、今回の戦で政貞は凄く成長したと思う。具体的に言うと統率が十くらいだろうか?他の重臣を思い通りに動かしてしまうのだから大したものである。普段からの気遣いがあればこそだと思うけど、彼の品性が優れているだけかも知れない。


 私は軍勢を引き連れて中村城に入った。城と言っても大きな館と言った方が良いかも知れない。ここを物資の中継点にするつもりである。この館には大きな寺があり、僧から面会を求められたけど、私はパスをして政貞に押し付けたのである。ここまで色々な人と面会を求められて話をしたけれど、ただの一人も民を案じる人はいなかった。なので会うだけ無駄だし、私も気分が悪くなるのが嫌なので会わない事にしたのだ。


 愛洲と桔梗を連れて館を見回っていると、黒鍬衆の順次が算盤をパチパチやっていた。黒鍬衆の本番はこれからである。宇都宮城まではかなりの距離があるので補給の実験に丁度良いのである。今回の補給活動でデータを取り、問題を潰していく予定である。今後戦があるとすると最大動員数が一万五千になるから、黒鍬衆の規模も拡張しないといけないのだ。


 今後起こる可能性のある戦は、正木時茂が絵を描く北条家の武蔵獲りである。千葉領に攻め込むかもしれないし、川を使った行軍や補給も検討しないといけないからかなり大変になると思う。そう言えば里見家の正木時茂は宇都宮家を誘ったとか言っていたけど、滅亡しちゃったら怒るかな?


 それにしても軍勢が消費する兵糧は膨大である。小田家が財を蓄えられたのは収入が増えたのもあるけど、戦が無く、無駄に米を浪費しなかった為である。武田晴信は砥石城をひと月攻めたようだけど、ひと月分の兵糧を考えるとゾッとする。いくら黒川金山があるとはいえ浪費するばかりだと晴信も頭が痛いだろうな。


 






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― 新着の感想 ―
[一言] 礼の件は →例の件は
[一言] 内政が大変だと言ってるけど10日もたたずに40万石近く取ったから今後は外交が更に大変になりそうな予感(;´д`) 他から見れば今までは25万石で当主が十代の女子ということからあまりあてにさ…
[一言] 愛洲回 どうやら誤解は解けたようで(?) でもなぁ愛洲殿ぉ貴殿は有能なんよ………有能な人間は……使わないとねぇ(´^ω^`)ニチャァ……… 貴殿には苦労人とギャグキャラがお似合いだ。パパ…
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