第九十五話 氏治包囲網 その15
下館城が落城した。敵の大将である水谷正村は晴朝との一騎討ちで命を落としたそうだ。私に報告をする久幹と晴朝は興奮しながら愛洲が敵将の太刀を斬ったと言っていたけど、そんなアニメみたいな事が出来るのだろうか?と考えてしまった。
愛洲の活躍は私も嬉しいけど、あまり危険な事はしてほしくないのだ。愛洲にも面子があるのは私も理解するけど、無茶をしない様に後で話をする必要がある。晴朝は愛洲の助けを借りて水谷正村を討ち取った様だけど、これで結城の家臣も納得してくれるなら結果オーライという事にしよう。
愛洲の活躍で思い出したけど、鹿島は剣聖と云われる塚原卜伝の出身地である。鹿島を落としたけど塚原卜伝は旅にでも出ているだろうから会う事はなさそうだ。もういい年だろうし、私には人材コレクションをする趣味も無いからそっとしておこう。帰って来ても困らない様に屋敷くらいは直してあげようか?
当家には愛洲が剣術指南役としているから剣術家は別に要らないのである。それに愛洲の様子を見ていると明らかに生活無能力者である事が理解出来たから、私が面倒を見ないとダメになる気がして心配なのだ。それに愛洲とは気が合うので私も楽しいし、やはり別の剣術家は必要ないと思う。家臣が迎える分には問題は無いのだけど。
私達は下館城に入城し、本陣をここに置く事にした。政貞は水谷家の支城に軍勢を派遣して水谷正村の討ち死にを伝えさせ、全ての城を降伏させたのである。
水谷家の所領には久下田城がある。ここは木綿の産地であり、真岡木綿として現代でも知られている。水谷正村が木綿の生産を奨励した事もあり、真岡は木綿の街として栄えているのだ。勤行川の舟運による交易もあるのでこの所領を得た事は私にとっては大収穫なのだ。
木綿は軍需物資であると共に暖かいので着物にすると冬の寒さを凌ぎやすくなるのだ。木綿は明との交易に頼っている戦国時代の日本だけど、小田家はこの街を育てれば木綿に大金を支払う必要が無くなるのである。是非大規模開発をしたいと思う。
鹿島も降したのでこの辺りの塩の生産は小田家が独占する事にもなったから入浜式塩田を普及させ安価な塩を手に入れる事が出来そうである。既に常陸中部で行っているけど塩も大切な軍需物資であるし、人が生きて行く為に必要な物でもあるから力を入れて行きたいと思う。
水谷領を平定した私と政貞は、下館城を引き払い結城城に軍勢を移動させた。隣町なので日帰りで戦をして来た気分である。更に小山も隣にあるので敵の本拠の制圧には大して時は掛からないと思う。
私達が結城城に到着すると小山家の使者として小山高朝が直々に来ていると告げられた。私と政貞は驚いて顔を見合わせたのだ。私は諸将を招集して広間に集め、小山高朝と会う事にした。多分、和議の申し入れだと思うけど、結城家が小田家に降ったので慌てたのだと思う。自ら来た事を考えると危機感は持っているのだろうと思われる。
連合した国が小山家を残して全て平らげられた事を知ったなら当然の行動だとは思う。小山家の小勢ではどう考えても小田家に勝つのは不可能なのだから。一か八かの奇襲に望みを掛けたとしても、小山家の各城は百地の忍びが見張っていて軍勢が出たなら直ぐに知らせてくれるのである。
私は次郎丸と桔梗と共に広間に移動して上座に腰を落ち着けた。戦の勝利に諸将は機嫌良く歓談している。まだ小山と宇都宮が残っているのでまだまだ小田に帰れそうもない。暫く待っていると小山高朝らしき人が二人の家臣を連れて小田家の家来に先導されて広間に入って来た。次郎丸を見て驚いているのはいつもの事である。そして小山高朝は晴朝が居るのに気が付いて一度足を止めた。
小山高朝は私の前に座るとそのまま平伏した。小山家も結城家も関東八屋形の一つであり、古い名門の家柄である。にも拘らず、私に平伏したのは恭順の表れだと思う。この時代の名門の家は凄くプライドが高いから屈辱だとは思うけど、小田家を寄って集って潰そうとしたのは事実なのでそれとこれとは話が別である。
私は名を名乗り、小山高朝に要件を聞いた。最近はこればかりなので正直嫌なのだけど、これを最後にしたいものである。私に問われた小山高朝は口上を述べたけど、小田家に臣下の礼を取るという内容で所領を差し出す気は更々無いようである。武士にとって土地は大切なものだ。自身の力の証であるし、家臣を養う源泉である。だけど、今回は矛こそ交えていないけど、小田家が守りに徹していたら確実に攻め込んで来ただろう。私がどう答えようか思案していると政貞が小山高朝に問い掛けた。
「小山様、結城政勝様と合力し、当家を滅ぼさんと致した事は最早言い逃れは出来ぬと存じて居られると思われますが、小山様の御言葉は余りにも虫の良い話。当家は諸国が兵を挙げた際、敵になった家を全て平らげると我等が御屋形様が申され、また、家中に号令なされました。小山様の申された条件では御屋形様を始め命懸けで戦を致した家中の者も納得はしますまい」
政貞がそう言うと小山高朝は頭を上げて政貞に口を開いた
「では、如何致せば兵を引いて頂けるのか?当家は政光公以来、長の年月小山の地を治めて参りました。この高朝の代でお家を潰す訳には参りません」
高朝はそう言うと私に顔を向け言葉を続けた。
「小田様、我が家は今では交流も無く、この様に争っては居りますが元を辿れば小田様の祖である八田知家公は我等と同族であり血の繋がった間柄。どうかその縁を持ちましてこの小山高朝に御慈悲を賜りたく存じます」
同族だと思うなら攻めて来なければ良いのに、本当に虫のいい話だと思う。彼が勝者になったら同族でも容赦はしないとか言いそうだ。でもこの時代だとこれが通じてしまうから不思議である。古い血を尊ぶ文化は日本だけではないけれど、戦国時代は血統がものを言う時代だから姻戚関係があるとなんだかんだと許されてしまうのだ。許さないけど。
「小山殿、御家が大事なのはどの御家中も一緒だと思います。高朝殿が申されるように当家と小山家は古くから血縁である事は存じて居ります。ですが、私はよく知らない同族よりも、今私に尽くしてくれる家臣の方が遥かに大切なのです。当家は一門であっても特別には扱いません。懸命に励んでくれる家臣に申し訳が立たないからです。それと同様に小山家がたとえ祖を同じくしようとも当家に刃を向けたなら特別には扱う事が出来ませぬ。結城晴朝殿は潔く当家に降り、水谷家との合戦では当主である水谷正村を討ち取る手柄を挙げました。小山殿を許しては降った結城家に私は顔向け出来ませぬ」
「なっ!まさか晴朝が!」
「堂々の一騎討ちだと聞いています。結城家は当家に潔く降り、既に武功も挙げているのです。此度は当家に敵対した家は一つの例外も無く許して居りません。小山殿?戦をするか、当家に降るかお選び下さい。この氏治は宇都宮家にも討ち入らねばならないのです。明日は小山城に討ち入る手筈になっています。この場で決めよとは申しませんが、城攻めが始まるまでに御決心された方が良いと思います」
私がそう言うと晴朝が声を上げた。聞き覚えのある声に小山高朝は振り返り、晴朝を見つけると固まったようにして彼を見つめた。
「御屋形様、差し出口をお許し下さい」
「晴朝、許します。申してみなさい」
「小山様、この晴朝は小山様の子で御座いました。今は結城政勝を父として居ります。ですが、生みの親たる小山様の身も案じて居ります。この晴朝は父政勝より家督を譲られ、そして決心を致し、小田様に降りました。小山様の御気持ちはこの晴朝が最も存じて居ります。ですが、子として親が滅ぶのを見たくは御座いません。ですが、この晴朝は既に小田様の臣で御座います。この晴朝は明日の戦では小田様に先手にお加え頂くようお願いするつもりで御座います。小山様が降らぬのであれば、せめてこの晴朝の手で実の父である小山様を討とうと考えて居ります。ですが、小山様がこの晴朝を子と思うのであれば、この晴朝に御慈悲を下さいませ。小田家に降り、御家を永らえさせ、この晴朝の親不孝をお叱り下さいませ」
晴朝からしたらそうだよね。私も同じ立場なら必死で守ろうとすると思う。小山高朝の命を取る気は全く無いけれど、譲らないのなら捕らえて放逐するつもりだった。晴朝の親の敵になりたくはないし。それにしても晴朝は若さのせいか真っ直ぐ過ぎる。あとで家中に馴染んだらブラックな事を色々私が指南してあげよう。世の中を渡って行くのは大変だからね。
ふと見ると政貞の様子がおかしい。あれ?政貞が涙を流している?あれ?赤松や飯塚や久幹まで泣いているけど皆感動しちゃったの?私は感心はしたけど感動までしていない。なんか私だけ心が冷たいみたいな感じなの?どうしよう?私も涙を流した方がいいのかな?でも涙を流すスキルとか持っていないし。猫を被るスキルは高レベルで持っているけど。
私が視線を戻すと小山高朝は暫く晴朝と見つめ合っていた。史実の晴朝は結城政勝から再三小山高朝との縁切りを勧められていたけど結城政勝の死の間際まで承知しなかったそうだ。彼が降った後に少し話をしたけれど、結城政勝から縁切りを言い渡されたのを拒否して小山高朝と縁切りしたそうだ。ここから見えてくるのは晴朝は小山高朝を大切に思っていたという事実だと思う。そしてそう思わせた小山高朝も同じなのだと思う。多分、子を大切にする人だ。私も父上と縁切りしろと言われたら絶対承知しないだろう。私がそう考えていると小山高朝は晴朝に語り掛けた。
「この高朝は御家を守る為に其の方を結城殿に養子に出した。だが、この高朝は其の方を今でも我が子だと思うておる。子が可愛くない親は居らぬ。戦国の世なれどそれは変わらぬ。この高朝は子に親不孝などさせぬ。安心するがいい」
小山高朝はそう言うと私に向き直り口を開いた。
「小田様、この小山高朝は小田様に降りまする。お許し頂けるならば、臣下として小田様に忠義を尽くすと御誓い申し上げまする。どうか御慈悲を賜りたく存じ申し上げまする」
「小山殿、この氏治は当家に仕える事を許そうと思います。今後は当家の家臣として忠義を持って励むといいでしょう。所領の安堵は出来ませんが、小山殿に見合った禄を与えます」
私はそう言ったけど、こうあっさり降ると思っていなかった。これは晴朝の手柄になると思うけど、戦も無く、次々と他家が降伏していくのが少し不思議だった。理屈ではこの状況では降伏するしか道が無いと理解は出来るのだけど。でもこれで残ったのは宇都宮家のみになった。早く義昭殿と合流したいものである。




