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第九十四話 氏治包囲網 その14


 ―下館城 水谷正村―


 水谷正村は危険だと引き留める家臣の制止を無視して井楼矢倉(せいろうやぐら)に登り、自身の居城である下館城に対して包囲を始めた小田家の軍勢を眺めていた。下館城に籠る兵はたったの四百、対して小田勢は七千は下らない軍勢である。


 二十万石の小田家がどのようにして兵を集めたのかは知らないが、結城家に同調した家が全て降ったと聞いているからその家も混ざっているのだろう。旗印を見定めようと目を凝らすがどれも同じような旗ばかりで識別出来なかった。


 水谷正村は野心家であった。初陣で敵将を討ち取った時に自分には武力の才があると思った。やがて成長し世間を理解し始めると己の家が如何に弱いかが理解出来た。家を大きくする為には武力で領地を切り取るしか方法が無い。だが水谷家が単独で戦をするには兵も銭も足りなかった。


 結城家に属していた水谷家は結城家に従い度々戦に参加した。水谷正村は武功を挙げ周囲から一目置かれる存在になっていた。そんな水谷正村に声を掛けて来たのが結城政勝だった。水谷家と武勇のある水谷正村を取り込もうと考えた結城政勝は水谷正村に娘婿にならないかと持ち掛けた。これがきっかけとなり水谷正村は野心を燃やす事になる。


 結城家を利用して水谷家の領地を増やせばよい!水谷正村は結城政勝に従い手柄を挙げ続けた。そして結城政勝から信頼を得るようになり、結城家の家中でも発言力が増して行った。いつしか結城家の家中は水谷家の者が闊歩するようになり、水谷正村の武勇と特殊な異相もあり、意見をする者は居なかった。


 水谷正村の左目には二つの瞳があった。僧からは金骨の相と言われ、特別な運命を持っていると言われた。自身でもそう考えていた水谷正村はこれこそが己が大成出来る証だと考えた。


 所領を増やし、力を蓄え、結城家を乗っ取る。それが水谷正村の目標になった。そして最初の獲物を家督を継いだばかりの小田氏治に定めた。結城政勝の宿敵である小田政治の娘である。女子(おなご)でありながら大領の主になる氏治が気に入らなかったし、女子(おなご)が家督を継げば家は確実に荒れると考えた。子を無くしたばかりの結城政勝を焚きつけ敵愾心を煽り、多賀谷を調略して氏治の家督相続後を狙い戦を仕掛けた。上手く行けば数万石程度の領地が自分の物になるかも知れない。そう考えていたが結果は惨めなものであった。


 どうやったかは知らないが結城城を焼き払い、結城政勝を撤退に追い込んだ。火災の際に持ち出された結城家の財貨も奪われ、結城家は一夜にして機能不全に陥れられた。水谷正村は右腕に怪我を負い、更には右腕を切り落とすはめになった。そして自分はもう槍働きが出来ない事に落胆した。


 後で調べてみると水谷正村に傷を負わせた物が鉄砲という南蛮渡来の武器である事が分かった。傷が癒えた水谷正村は家臣を使い、一丁の鉄砲を手に入れた。金十枚という大金であったが調べる価値があると思ったのだ。水谷正村は家臣に鉄砲を撃たせてみた。確かに威力はあるが、次の玉を込めるのに随分と時間が掛かる事に注目した。これが最初から分かっていればあのような無様な戦にならなかったと歯噛みした。


 そうしているうちに小田氏治が江戸家を切り取ったと言う噂が水谷正村の耳に入った。己は氏治に右腕を奪われたというのに氏治は所領を増やしたのである。数日すると結城政勝を頼り、江戸忠通がやって来た。話を聞くとやはり鉄砲で手痛い損害を受けたようであった。


 水谷正村は小田家の戦は鉄砲を使った守りの戦である事に注目した。ならば対陣して雨を待てばいい。それには小田家の兵を分散させ更に小さな守りにすれば勝ちが見えると考えた。そうして策を練り、小田家を取り巻く諸国で包囲戦を仕掛ける事を思い付いた。水谷正村は結城政勝を焚きつけ、諸国を訪ね、小田家を包囲し、すり潰す策を完成させた。都合が良い事に常南、鹿島、行方の領主は小田家に民を奪われたと敵意を持っていた。


 財貨を失った結城家ではあったが城の再建を急いでいた。火災で失われたのは城のみではなく、兵糧や兵に貸し与える武具から全てであり軍資金にも事欠く有様であった。水谷正村は結城政勝に賦役(ぶえき)を厳しくし、税を増やし、税の取り立てを厳しくする事を進言した。当初は渋った結城政勝だったが背に腹は代えられぬと許可をしたのだった。


 軍費を調達する為に水谷正村は家臣を使い、結城家の役人に圧力を掛け、容赦なく税を取るように仕向けた。他人の領土だったので心は痛まなかった。兵さえ集まればそれでいいのである。そして数年の時を待ち小田家に対して挙兵したのである。


 この数年で小田家は大いに栄えていた。多賀谷家の下妻城や大宝城、関城は見た事も無い石詰みと城壁の見事な城に生まれ変わっていたし、田畑も多く米も良く採れると聞いている。この豊かな領地を奪うのだ。無くなった右腕を弄りながら戦後の統治を夢想した。しかし、その夢はたったの一夜で敗れる事になった。


 小田家の軍勢は一夜で常南を落とし、更に多賀谷家の和歌城と結城家の逆井城を占拠したのだ。一体どうやったのか?兵を集めたのも早すぎる。結城の兵も碌に集まっていないし水谷の兵も未だに集めている最中である。過酷な賦役(ぶえき)と税の取り立てで民から憎まれ、結城家の兵が集まらない事に気が付いたときはすでに遅かった。


 宇都宮家と小山家は佐竹家が攻めて来ると陣払いをした。水谷正村と口論になった多賀谷は小田家に降ったという。集めた兵は小田家の軍勢が大軍である事を知ると逃げる者が続出した。水谷正村は結城政勝に責められ、これでは勝ちどころか結城家が滅ぼされると判断し、夜明けを待って自領に逃げ帰った。


 一縷の望みをかけて佐竹家に鞍替えしようと使者を派遣したが、相手にされない所か罵倒されて帰って来たという。そして今、あの小娘が自分の全てを奪おうとしている。


 ―下館城の合戦 愛洲宗通(あいすむねみち)


 ワシは今、氏子に命じられて水谷と言う領主の城である下館城に討ち入っている。氏子が降伏させた結城晴朝殿の護衛だと氏子は言っていたが、真壁殿と一緒に戦をすると言う事は最前線で戦をするという事である。真壁殿は大将にも関わらず一番槍を取りたがる困った御仁である。先の逆井城の戦ではワシが一番槍を付けてしまったので悔しかったと言われたが、ワシは正直どうでもいいのである。


 軍議では結城晴朝殿の話を聞いて感心していた。ワシが若い頃は父上と母上に守られて何不自由無く生活していたものである。門下生も大勢いて父上の子であるワシに皆が敬意を払ってくれたのだ。それに比べると結城晴朝殿は氏子の軍門に降り、所領も全て氏子に奪われたにも関わらず、家臣の為に無念を晴らそうとは見上げた若者である。


 晴朝殿の訴えに応えた菅谷殿も立派である。晴朝殿の心情を慮り、氏子に進言する様はワシの心に来るものがあった、菅谷殿こそ真の男子と言えるかも知れない。氏子は心配しながらも菅谷殿の進言を聞き入れ、無謀な事はしない事を約束させて出陣を許したのである。氏子は武家のみならず民百姓にも優しい娘である。晴朝殿の気持ちは十分に理解しての言葉だと思われる。ワシは氏子の振舞いに感心したものである。


 真壁殿の備えに入る事になった晴朝殿が少々心配ではあった。あの御仁は危険が大好きである。そんな所に剣も碌に使えぬ若者を放り込むのは良くないと思った。だが、家臣も一緒なら心配あるまいとも考えたのだ。


 だがそこで氏子がとんでもない事を言いだした。ワシに初陣の晴朝殿の護衛をしろと言うのである。しかも真壁殿と一緒というおまけ付きである。あの御仁はワシに危機が迫っていても楽しそうに見ているだけなので怖いのである。それにワシをちっとも休ませてくれないのである。まさか同行する事になろうとは微塵も思っていなかったワシだったが、同行する事になった途端、氏子や菅谷殿、晴朝殿の考えに感心していたワシは何処(いずこ)かに消え去ったのだ。


 そもそも、初陣の若者を危険な戦場に出そうと言う考えは良くないと思う。恐れというものを知らない若者を諭し導くのが年長者の務めだと思う。その辺りを後で説明してやらねばなるまい。


 菅谷殿も菅谷殿である。晴朝殿の家臣の無念を晴らしたい気持ちはワシにも解る。だが、菅谷殿は家臣を指揮する立場である。初陣の若者を危険な戦場に放り込むなど言語道断である。ワシから言わせれば自ら仇を討たなくともこの軍勢なら水谷とやらは死を免れぬのだから言葉を尽くして説得するのが菅谷殿の役目だと思う。


 氏子も氏子である。無謀な事をしないと条件を付けたが、そもそも戦場(いくさば)でその様な加減など出来るはずが無いのである。こともあろうに真壁殿の備えに入るのだから最も危険であると氏子は理解すべきである。ワシから言わせれば氏子も心配なら行かせなければいいのである。その辺りを後で教えてやらねばなるまい。


 氏子は器用に片目を瞑り、例の報せをワシに送って来たが、もはや氏子は完全に勘違いしているとワシは絶望したのだ。ワシは必死に氏子の報せを真似して戦に送らない様に報せを送ってみた。真壁殿の備えだけは回避せねばと。だが氏子には伝わらず、ワシと晴朝殿を笑顔で送り出したのだ。


 そしてワシは真壁殿と晴朝殿主従と共に城門を破る丸太を積んだ荷車と共に突撃したのであった。例によって木盾で守りながらの突撃である。だが、どういう訳かワシには木盾が配られなかったのである。ワシは木盾を要求しようと抗議を試みたが、もう木盾が無いと言われ、その様子を見ていた真壁殿からは『愛洲殿には盾など必要ありますまい』と爽やかに笑ってワシを戦場に連れ去ったのである。


 逆井城の戦と違ってこの下館城の守りは堅いようである。敵も後が無いので必死なのであろう。だがその分ワシの危険は増えるのである。城門を破ろうと兵を叱咤する真壁殿の傍らにいたワシだったが、やはり弓矢で狙われるハメになったのである。必死に弓矢を剣で払っていると戦の最中であるにも関わらず真壁殿と晴朝殿がワシの姿を見て談笑していた。本当に止めて欲しい、ワシを助けて欲しい。此度は弓矢だけでなく礫でワシを狙う輩もいるので大変なのだ。


 だが意外な人物がワシを救う事になる。ワシが弓矢や礫を防いでいると鉄砲の音が鳴り響き、櫓の射手が次々に倒されていったのだ。鉄砲の音がする方向を見てみると『毘』の旗が目に入った。桔梗殿の鉄砲衆である。真壁殿はちっともワシを助けてくれないのに桔梗殿だけは違ったのである。


 やがて城門が破壊され、隙間が空いたのでワシは素早く門の隙間から城内に突入したのである。一番槍とかはどうでもいいが、味方の側にいるほうが危険であるとはどうかしている。ワシは襲い掛かって来る敵兵を次々と斬り伏せた。ワシに続いたのか真壁殿も現れ、金砕棒(かなさいぼう)を振り回して暴れ始めたのである。この御仁は本当に嬉しそうに戦をするからワシは引きっぱなしである。この御仁との今後の付き合い方を考えねばなるまい。


 城門が完全に破られると味方の兵が次々と突入してきた。敵は引きながら戦っているけど元々の数が違うのである。あっという間に城門の中は味方に制圧される結果になったのである。ワシは真壁殿に促され、晴朝殿と家臣の人達と一緒に本殿に突入すべく移動を開始したのだ。


 後ろからは『武器を捨て降伏せよ!』と赤松殿と思われる声が響いていた。真壁殿と比べると遥かに理性的な御仁である。


 真壁殿に続きワシと晴朝主従は奥へ奥へと敵兵と渡り合いながら進んで行った。兵も逃げ始めたのか抵抗が少なくなってワシは内心で胸を撫で下ろしたのである。本殿と思われる館に到着すると、門が閉じられていて敵兵が弓矢を射かけて来た。どうやら大将の水谷とやらはここに居るらしい。


 真壁殿は再び丸太を持ってこさせ、門を破壊しようと試みていた。ワシは晴朝殿を守りながら弓矢の死角に身を潜めたのである。やがて城門が開きワシらは突入を開始した。館に踏み込んでの屋内での斬り合いである。


 敵を一刀で斬り捨てながら屋内を進んで行くと敵の大将を発見したのである。晴朝殿は水谷を見知っているから間違いは無いようだけど、直ぐに斬り掛かるのかと思いきや水谷を非難し始めたのだ。そしてこともあろうか一騎打ちを申し込んだのである。


 水谷という敵の大将には右腕が無いようである。左手で肩に太刀を担いで晴朝殿を睨むようにして隙を伺っている。よく見たら左目に瞳が二つもあり、正直ワシは怖いと思った。道で出会ったのであればワシは確実にこの男に道を譲るであろうと思われた。


 晴朝殿は太刀を両手で構えているがワシの目からは力量の差が明白であると思われた。左手のみである敵将だが、場数を踏んだであろう凄みが感じられた。とても晴朝殿の敵う相手ではない。にも拘らず、真壁殿達は手出しをせず、その様子を見ているのである。武士の意地は解るがこのままでは晴朝殿は討たれると思い、ワシはそっと移動し晴朝殿を援護できる間合いに移動した。


 やがて敵将と晴朝殿が斬り合いを始めた。敵将の猛攻に晴朝殿はたちまち劣勢になり大きな隙を晒す事になった。敵将が止めと太刀を振り下ろす瞬間にワシは(偽)猿飛の剣で敵将の太刀を斬り捨てたのである。敵将は根元から斬られた太刀を見て驚き、その隙を付いて晴朝殿は敵将の腹深くに自らの太刀を刺し入れた。敵将は信じられぬと言った表情でワシを見て、口から血を吐き倒れ伏したのである。今夜は悪い夢を見そうだと嘆息したワシであったが、これでようやく解放されると心から安堵したのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛洲殿の心の中での掌クルーが面白い(≧▽≦) 最初はみんなのことを褒め称えてるのに、いざ自分が出陣することになると全てを掌返しするという(笑) 氏子と全然以心伝心できてないアイコンタクトが…
[一言] あいすさん、かわいそうですw
[一言] 愛洲は主人公の次くらいにチートだな、愛洲を主人公に無自覚系無双物が書けそう、本人は怖いので自重して目立たないようにしようとしているのに周りが勘違いして、どんどん伝説ができていくw
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