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第九十三話 氏治包囲網 その13


 結城晴朝は結城家が小田家に降った事を伝える為に城に戻って行った。そして半刻程過ぎた頃に再び小田家の本陣に戻って来た。鎧を付けていたので小田家の軍勢に参加するのだろう。その事も後で話をしないといけない。晴朝からは結城政勝を一度国外に出すと告げられた。結城政勝も小田家の所領に住むのは嫌だろうから私は許可をしたのである。


 私は軍勢を引き連れて結城城に入城した。新築の城だから何処を見ても真新しい。久幹の居城になるだろうから彼も気に入るに違いない。結城家には申し訳ないとも思うけど、私達も黙ってやられる訳にも行かないから仕方が無いのだ。


 私と政貞は結城家の城を接収する為の軍議を開く事にした。晴朝の話では既に伝令が放たれて支城の城主に開城するように命じたそうだ。それを聞いた政貞は諸将に割り振り城の接収を命じたのだ。結城家の支城の中には開城を拒否する城主も出たけど、晴朝が自ら赴いて説得をしたようだ。


 結城家は十四万石。水田も多いし人口も多い。そして名産品があるのだ。結城紬である。奈良時代から続く絹織物であり、見た目が質素で丈夫な事から武士からも好まれている。結城がその中心地なので国から援助をしてあげれば良い交易品になる筈である。投資をすれば本当に豊かな領になると思う。久幹の手腕に期待してしまう。


 城の接収には一日を要したけど晴朝が協力的なのでスムーズに事が運んだと政貞が喜んでいた。私はこの時間を使って小田城に捕らわれている大掾慶幹(だいじょうのりもと)の元に降伏勧告の使者として勝貞を派遣し、鹿島家には手塚を派遣したのだ。


 結城家が降伏したので手塚の出番が無くなり、それを慮ったのか政貞が手塚を派遣する事を提案したのである。そして私は不安な気持ちになったのである。一刻程で勝貞から早馬が来て大掾慶幹(だいじょうのりもと)を降伏させたと伝えて来た。私と政貞は勝貞に命じて行方地方の城の接収に行って貰ったのだ。とは言っても城が三つなので苦労は無い筈である。


 そして明け方に手塚が帰って来た。見事に鹿島家を降伏させたと私に報告したのだ。一体どう話したのか気になるけど、大手柄ではあるので雪が喜んでいたのが印象的だった。きっと手塚の中の人が何かをしたに違いない、私は騙されない。勝貞に早馬を出して行方と鹿島を封鎖している兵で城の接収をする事になった。大掾(だいじょう)家と鹿島家の当主と重臣は小田家の軍勢に参陣させる事にして、ようやく後方の始末が付いた形である。


 ―村上城 佐竹義昭―


 氏治主従が結城家の接収を終わらせ一息ついた頃、佐竹義昭は村上城の攻略に成功し、奪った村上城を宇都宮家攻略の拠点として定め、本陣を置いた。村上城は小高い山にある小城であった。この城を守る村上氏は宇都宮尚綱から佐竹家の侵攻の報を受けてはいたが、兵は宇都宮尚綱に従軍していて留守であり、宇都宮家の援軍が間に合う筈も無く、小勢での防衛を余儀なくされた。そして佐竹義昭率いる佐竹勢の猛攻に晒され一刻も保たずに落城したのである。


 城から逃れた村上氏は一族である益子勝宗が守る西明寺城に逃げ込んだ。佐竹義昭は村上氏を追うように二千の軍勢を向かわせ、そして自らは村上城を拠点と定めて物資の搬入を指示したのである。


 そうして得た拠点で佐竹義昭が小田野義正と軍略を練っていると小田氏治の使者の来訪を告げられた。使者から氏治の書状を受け取った義昭はすぐさま開き目を走らせた。そして読み終わると小田野義正に書状を手渡した。小田野義正は書状を読み、再度内容を確認するように読んでから義昭に口を開いた。


 「信じられませぬな。あの結城家を平らげてしまわれた」


 「氏治殿の軍略の為せる業なのか、菅谷殿の手腕かは判らぬが、これで氏治殿に危険は無かろう。後はこの義昭が宇都宮家を成敗致すのみだ」


 義昭は内心では胸を撫で下ろしていた。氏治の危機に自分が助けに行きたい気持ちが強かったが、それを抑えての宇都宮侵攻である。これで存分に戦が出来ると思うと義昭の若い血が騒いだ。


 「左様で御座いますな。益子勝宗の守る西明寺城には御一門の義堅様と義廉様が向こうて居ります故、数日には吉報が届きましょう。ですが、益子家は油断ならぬ家、たとえ降ろうとも信ずる事は出来ませぬ」


 「宇都宮尚綱は国人の離反に頭を悩ませたと聞くが、当家ではそのような真似は許さん。不忠者に情けは無用、其の方もそう心得よ」


 「承知致しました。村上の城は大した損害も無く獲れましたが、問題はここからで御座いますな」


 「うむ、常ならば宇都宮家に討ち入ってもこの道の悪さと山に阻まれ攻め切る事が出来ぬが此度はじっくりと腰を据え挑むことが出来る。焦らずともよい」


 「承知致して居ります。この城に兵糧を運び込んで居ります。国元からも荷駄を絶やさぬよう命じて居ります。此度は所領を増やす又とない好機で御座います。この小田野も存分に働きとう御座います」


 義昭は小田野義正の言葉に一つ頷くと扇子で地図を指し示した。そして地図の上を這わすように動かしながら口を開いた。


 「氏治殿が水谷家を降し、更に小山家を降せば中村の城が拠点になるであろう。薬師寺に上三川を抑え刑部に至る。ここで氏治殿と合流致す。氏治殿が如何程の軍勢を率いられるかは判らぬが当家の軍勢と合力致せば宇都宮家も降るしかあるまい」


 「となりますれば芳賀、水沼、桑久保を抑えねばなりませぬな。何れも攻め難い城で御座います。芳賀と水沼には援軍が入りましょう。刑部は川もあり平地も多く御座います。大軍を集めるのに都合がよう御座いますな、宜しいかと」


 「桑久保には岡本妙誉を遣わし調略致せ。討ち入っても良いが手間を省きたい」


 「承知致しました。早馬を出しましょう。那須家は如何致しましょうか?使者を遣わし、釘を刺しておくのも必要かと存じます」


 「那須家のあの小勢では当家には手出しは出来まい。宇都宮家を平らげた後に成敗致す。その方もそのつもりでいるがよい。氏治殿に早馬を出し、当家の戦況を伝えよ。ゆるりと来られよともな」


 義昭と小田野義正がそう話していると家来から使者が到着したと告げられた。小田野義正が家来に問うた。


 「何処の使者か?」


 「常陸の水谷正村様の御使者に御座います」


 その言葉に佐竹義昭と小田野義正は顔を見合わせた。


 義昭は小田野義正に命じ、広間に重臣を集めさせ、そこで使者に会う事にした。水谷正村は結城政勝の娘婿であり、近隣にも剛勇として名が知られている。そして今回の戦でも小田氏治と敵対しているというのが義昭を始め、佐竹家中の認識である。


 義昭からすれば同盟者の敵であり、そしてそれは義昭の敵でもあるのである。水谷正村の要件は凡そ付いている。氏治からの書状によれば水谷正村は結城政勝を見捨て、自領に逃げ帰ったと記されていたからである。


 「水谷家家臣、太刀正仁と申します」


 「よい、要件を申せ。この義昭は其の方を人と思うて居らぬ。だが、使者と言うからには人として扱わぬ訳にも行かぬ」


 義昭の言葉に太刀正仁は顔色を変えた。主からは小田に降るくらいなら佐竹に降ると言われ、結城家から佐竹家に鞍替えする為に使者として派遣されたのだ。だが、いざ謁見すると人とは思わぬと言われ、居並ぶ家臣からの態度と視線が冷たい。これでは話も出来ぬのではないかと考えた。既に主命も果たせないと思いながら太刀正仁は口上を述べた。


 「我が主水谷正村は佐竹義昭様に臣従し、忠誠を誓うと申して御座います。何卒佐竹様の御家中にお加え頂きます様お願い申し上げます。何卒ご慈悲を賜りたく存じます」


 「其の方等が結城家を見捨てた事は既にこの義昭は存じて()る。斯様な卑怯者を家中に加える程この義昭は家臣に困って居らぬ。我が盟友小田氏治殿を謀った事も存じて居る。この期に及んで命乞いとは武士の風上にも置けぬ。水谷正村めに伝えよ、恥を知らぬ犬めなどこの義昭は相手にせぬとな。小田野、この犬めを放り出せ」


 水谷正村の使者、太刀正仁は追い出されるように村上城を後にした。そしてこの事は早馬で氏治に伝えられる事になる。


 ―結城城 小田氏治―


 小田家は結城家の支城を接収し、大掾慶幹(だいじょうのりもと)と鹿島家を降した。私と政貞は次の標的である水谷家攻略の為に重臣を招集し軍議を行った。その中には結城晴朝も参加しているけど、小田家として結城家を粗雑には扱わないという気遣いも含まれている。


 「下館城を落とせばそれで仕舞いで御座いましょうが、此度の戦の元凶が水谷正村であるならばこの真壁久幹、是非とも先陣を賜りたい。御屋形様に代わり鉄槌を下して参ります」


 久幹がそう言うと政貞も続いた。


 「左様で御座いますな。此度はこの菅谷政貞も討ち入りたく存じます。御屋形様には父上が付いて居りますのでご安心下さい」


 「政貞が行きたいと言うなら止めないけど、命を落とす事は許さないからね?久幹もだよ?義昭殿の知らせによれば佐竹家に降ろうとしたようだけど義昭殿は断ったそうだよ。敵は後が無いから必死の抵抗をしてくると思う」


 私がそう言うと政貞が答えた。


 「承知致して居ります。ですが、敵方は小勢で御座いますれば大した時も掛からずに落ちましょう」


 「分かった。政貞に任せるよ」


 私がそう言うと政貞は居並ぶ将に次々と指示を出していく。こうして見ていると政貞の仕事ぶりが大分、板について来た感じがする。単発の戦ではなく連続した戦の総指揮なんて中々経験出来るものではない。この戦は政貞を成長させるのではないかと思えてしまう。私ですら戦に慣れてきてしまったのだから。


 そして他の皆もそうだ。戦だけに留まらず、小さかった所領がどんどん大きくなってその仕事を熟して行く内に皆が家老のような目線と実力を蓄えて行くのだと思う。史実の大国の有力武将が名を残せたのもそういう背景があるのかも知れない。秀吉だってずっと農民だったら何も知らずに生涯を終えた訳だし。だとすると小田家の将も史実で語られる英雄達に引けを取らない存在になって行くのではないだろうか?そんな事を考えていたら晴朝が声を上げた。


 「菅谷殿、お待ち下さい!」


 晴朝がそう言うと政貞が答えた。


 「結城殿、何か意見でも御座いますか?」


 「当家は小田様に降ったばかりなのは承知して居ります。真に身勝手なお願いで御座いますが、この晴朝を先手にお加え下さい。この晴朝は水谷正村に恨みは御座いませんが、当家の家臣は悔しい思いをしている様です。水谷正村を討たせよとは申しません。ですが、機会を賜りたく存じます」


 晴朝がそう言うと政貞は少し考えるようにしてから私に問い掛けた。


 「御屋形様、如何で御座いましょうか?この政貞が考えまするに、結城殿のご家中に無念を晴らす機会を与える事は決して悪くない事だと存じます。晴朝殿は今では我等の味方、某は晴朝殿のご家中の方々の気が済むのであれば良いかと考えまする」

 

 「う~ん。私は大名当主で自分を武士だとも思っているけど所詮は女子(おなご)なんだよ。だから晴朝や家来が無茶をしないか心配なんだ。でも(おのこ)としての考えも理解はしているつもりだよ。無謀な事はしない、これを約束してくれたら許可するよ。私は家臣にも兵にも無駄に傷付いて欲しくないんだ。戦で無茶するなと言っている事が愚かである事は判っているのだけど」


 「お気遣い、有難く頂戴致します。この結城晴朝、お約束は必ずお守り致します」


 「晴朝殿、励むが宜しかろう。真壁殿の備えに加わり下され。此度は結城の兵は解散させてしまいましたが、御家中で槍働きをしたい者が居ればお連れ致すとよいでしょう」


 「菅谷殿、誠に忝う御座います。この晴朝、御恩は忘れませぬ」


 なんだか男の友情が芽生えそうな雰囲気だけど、絶対無茶するだろうな。こうなると男は馬鹿になるから全員で突撃しそうでなんか怖い。それに久幹がアップし始めたし。晴朝は明らかに武人タイプじゃないから心配なんだよね?山賊系の久幹達ならあまり心配しないのだけど晴朝は明らかに貴族系なんだよね?あっ、そうだ!


 「政貞、晴朝に愛洲を付けてあげたらどう?晴朝は初陣と聞いたから護衛も兼ねて連れて行くといいよ」


 私が提案すると久幹が同意した。 


 「それは名案で御座いますな。某も愛洲殿との戦は歓迎で御座います。晴朝殿は御運が宜しい、愛洲殿程の武人は居りませんからな」


 私は愛洲に視線を向けた。愛洲は末席に座っている。皆が愛洲に気を遣って座を譲ったけど拒否したようだ。教室で先生から一番遠くて窓際の席を死守しようとしている生徒のようだった。愛洲は人見知りだから目立たない場所が良いのだろう。


 私は愛洲と目が合うと素早くウインクをした。愛洲も気付いたようでウインクらしきものを返して来たのだけど下手過ぎて両目をパチパチしていた。私と愛洲のアイコンタクトも中々レベルが上がって来た気がする。今のところは愛洲の初陣のプロデュースは巧く行っているようだ。まだ小山家と宇都宮家も残っているから愛洲も活躍できそうである。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛洲が勘違い系の主人公みたいになってきましたね。 しかも性格的に戦に向いていないだけで実力はあるから、本人にとっては不幸?な事にメッキがはがれない。 [一言] 結城晴朝が真面目な好青年でか…
[一言] オチ担当が平塚四郎と沼尻又五郎から手塚に、 それから愛洲へと変わったのね 人物としては美味しいけど、不憫な……
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