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第九十二話 氏治包囲網 その12


 小田家の軍勢が結城城に向けて侵攻を開始した。私も鎧を付けて勝貞と政貞に守られるように馬を歩かせる。傍らには次郎丸もいてお利口についてくるのがとても可愛い。大吉祥天の旗印が風に揺れているけれど、他にも旗指物が増えていて中には次郎丸のマークが付いた指物もあった。ちなみに私には作るように指示も許可もした覚えが無い。一体誰の仕業だろうか?


 久幹は先陣を率いているので随分先に居る筈だ。敵勢の奇襲の可能性も考慮しているので油断は無いと思うけど、結城家も後が無いから必死な抵抗があるかも知れないので少し心配なのである。


 暫く馬を歩かせると直ぐに山川城が目に入った。城には入らず素通りである。ここから結城城まではとても近い。一時間も歩けば着いてしまう距離である。一騎の武者が私達に向かって来た、横山である。馬上で報告を受けた私は横山を労い、止まる事無く軍勢を進めた。


 敵の軍勢に遮られる事も無く小田家の軍勢は結城城をその目に捉えた。私は側にいる勝貞に声を掛けた。


 「軍勢は居ないみたいだね、籠城かな?」


 「左様で御座いますな。結城方からすればそれしか策は無いでしょうな。城攻めは厄介で御座いますから此度は相応の苦労が御座いましょう。兵は千五百と聞いて居りますから」


 結城の城の全体が見えてくると城攻めを諦めたくなる気持ちになった。結城城は川を利用して周囲を水堀で囲んでいて、沼のような広い場所には船着き場もあった。進入路は限られていて大軍で一度に攻め込む事が出来ない造りである。目を凝らすと既に小田家の軍勢が城を囲うべく動いているようだ。


 結城の城を眺めながら進んで行くと小高い丘に本陣が設置してあり、私はそこに落ち着く事になった。結城の城攻めの軍配は政貞に預けている。どうしても武功が欲しいらしく、褒美はいらないからと頼まれたのだ。政貞の気持ちも解るので今回は軍配を預ける事にしたのである。


 ただ、私からすれば戦略を練って実行する事の方が余程手柄に思えるのだけど、坂東武者の面子があるのだろうなと考えた。皆が武功を挙げているのが羨ましいのかも知れない。


 軍勢が包囲を完了する迄は割と暇である。次郎丸の毛を弄びながら時間を潰していると諸将が次々とやって来た。これから城攻めの軍議である。


 諸将が集まるのを確認した政貞が口火を切った。役目とは言えリーダーシップを発揮し続ける政貞の苦労は相当なものだと思う。まだまだ戦は続くから彼の苦労は続くのである。城攻めの備えの役割分担を政貞が諸将に指示していく。まだ武功を挙げてない人を優先する辺りが政貞らしい。でも、この優位だからこそ出来る事でもあるのだ。


 「御屋形様は何か御座いますか?」


 政貞から聞かれたけど、私は手勢を率いて戦をした事が無いので素人である。久幹に連れられて他国の戦を見学させられた事は何度もあるけど、ただそれだけである。気になる事はあるけど戦闘のプロに言うのが少し憚られるのだ。


 「私は鉄砲を巧く使ってくれれば特に無いよ。鉄砲で射手を狙う事と、城内にも撃ち込んで牽制をするのは必要だと思う」


 私がそう言うと久幹が口を開いた。


 「鉄砲衆も三百程居りますからな。鉄砲を使い、何度か城攻めを致しましたがようやく慣れて参りました。ですが、此度は撃ち手の指揮はそれぞれの備えに任せた方が良いかと存じます。鉄砲をよく知る者が様々に動いた方が効果があると考えます」


 「桔梗や雪、菅谷は独自に判断してもらうって事だね?撃ち手も鉄砲も貴重だから守る事は忘れないでね。政貞、それでいいかな?」


 「よう御座います。では桔梗殿、雪殿、それでよう御座いますか?」


 政貞に問われた二人はそれぞれに返事をする。二人とも気合が入っているように見える。ちなみに手塚は先陣である。ずっと戦での手柄が無かったから頑張って欲しいけど、無茶はして欲しくない。


 最近は内政の功もあるから皆の手塚への見る目が変わって来ている。だけど、私と桔梗はあの目を直視できなくて少し引き気味である。お蕎麦を食べながら話し合った事があるけど桔梗はあの目には凶悪な企みを感じると言っていた。ずっとセクハラ紛いの事をされて来たから警戒心がとても強いようである。


 軍議が終わろうとした頃に陣幕の外が騒がしくなった。伝令の兵が入って来ると私達に告げたのだ。


 「申し上げます。城門が開き、御使者と思われる一行が出て参りました。鎧も付けて居らぬ様子で御座います」


 その言葉を聞いた私達は様々に顔を見合わせた。


 「驚き申した、あの結城政勝が和議とは」


 勝貞が言うと久幹が続いた。


 「この軍勢で御座いますからな。正しくはありますが不気味でもありますな」


 「私は降ると言うなら受け入れるけど、あまり過大な条件を付けられると困るかな。結城を残せばまたやられるかも知れないし。ちょっと怖いよね?ただ、父上から聞いた結城政勝らしくないのが気になるよ」


 私がそう言うと勝貞が口を開いた。


 「この勝貞も大殿に付き従い戦をして参りましたが、信じられぬ思いで御座います。最後まで抵抗するものと思うて居りました」


 居並ぶ諸将も様々に感想を述べ合っている。私としては戦が無い方が良いから問題は無いけど、使者は一体誰が来るのだろう?結城政勝本人ではないだろうけど?私がそう考えていると政貞が口を開いた。


 「(いず)れにせよ結城の始末が付きそうで御座いますな。問題は和議の条件になるかと存じますが、まずは話を聞いてからで御座いましょうな。御屋形様、それで宜しゅう御座いますか?」


 「うん、無駄に戦をするのは私の本意では無いし、話し合いが出来るならそうしたい。政貞、御使者をここへ」


 私がそう言うと政貞は家来に結城家の使者を連れて来るように指示をした。暫く待つと陣幕に三人の男性が入って来た。皆平服なのは無抵抗の表れなのだろう、太刀すら帯びていない。使者達は私を見ると驚いたような顔をした。多分、次郎丸を見て驚いたのだと思う。隣国だから噂くらいは知っている筈だけど、実物を見たらそうなるとは思う。後ろにいる一人が腰を(まさぐ)る仕草をしたけど無理もないと思う。


 家来の一人が床几を置いて勧めると若者はそれをやんわり辞退した。そして膝を付き、平伏すると後の二人もそれに続いた。


 「小田様、お初にお目に掛かります。結城家当主、結城晴朝で御座います」


 彼の言葉に居並ぶ諸将はざわついた。私はとても驚いている。結城晴朝だというのだから。彼は自分を当主だと言ったけど私の知る歴史では結城政勝が亡くなってから家督を継いだ筈だ。そしてあの結城家が私に平伏したのも驚いた。てっきり対等に話し合うものと思っていたからだ。


 「結城殿、まずはお顔をお上げ下さい」


 私がそう言うと晴朝は顔を上げる。若い。私も武将の年齢までは記憶に無いけど、多分、十六~七だ。百地の報せで結城家に養子に入ったのは知っていたけど、あの有名な結城晴朝が来るとは思わなかった。それに彼は自らを当主と言った。凄く気になる。


 「私が小田氏治です。初めてお会いするのがこの様な場なのが残念です」


 「この晴朝もそう考えて居ります。小田様の御噂は様々に耳に致して居りました。一度お目に掛かりたいとも考えて居りましたが当家と小田様は敵同士、それ故に叶いませんでした」


 「良い噂なら私も安心できるのですが。晴朝殿、まずは床几にお座り下さい」


 私がそう言うと家来が再度床几を晴朝に勧め、彼はそれに腰を下ろした。


 「晴朝殿にお聞きしたいのですが、晴朝殿は自らを当主と申されました。当家では政勝殿が当主であると心得て居りました。何か理由があるとは考えますが、差し支えなければ御教え頂けますか?」


 「我が父、結城政勝は小田様と争った事を後悔し、この晴朝に家督を譲ったので御座います。つい先程の出来事で御座いますので驚かれたと存じますが、間違いなくこの晴朝が結城家の当主で御座います」


 晴朝の話を聞いた私は意外に思いつつも、戦が回避出来そうな事に安堵した。それにしてもこの歳の割に落ち着いているし、話す言葉には気負いも感じない自然体だ。若い家臣と話をする事もあるけど、割と口下手な人が多いから珍しく思ってしまう。尤も、私が前世と合わせて三十九歳だからそう思ってしまうのかも知れない。


 「その様な事があったのですね。承知致しました、では改めてご用件をお聞き致します」


 私がそう言うと彼は答えた。


 「我が結城家は不幸にも小田家と長の年月争って参りました。ですが、水谷正村の奸計に乗せられた我が父、結城政勝はそれを後悔して居ります。この晴朝の生みの親である小山高朝は結城家を見限り、兵を連れて去りました。宇都宮殿は佐竹家の侵攻を受けたと去り、多賀谷は当家を裏切り小田様に付いたと聞いて居ります。そして此度の戦を先導した水谷正村は自らの居城に逃げ去ったようで御座います。兵を集めたものの碌に集まらず、更には小田様の軍勢の威容に怯え逃げ去った者も多く居ると聞いて居ります。焼け落ちた城の再建に民に厳しい賦役(ぶえき)を課し、税の取り立ても厳しく御座いましたから結城は民にも見捨てられたので御座いましょう。こうなっては戦にもならず、抗う力も御座いません。この晴朝は一縷の望みを掛け、小田様に御慈悲を賜り、御家を永らえようとお願いに参ったので御座います」


 「晴朝殿は当家に降ると申すのですね?」


 「左様で御座います。所領の一部でも安堵頂ければ、この晴朝、小田様にお仕えし忠義を尽くすと御誓い申し上げます。何卒、小田様の御温情を賜りたく存じます」


 「晴朝殿の申し出は理解しました。ですが、御覧の通り私はこの様な小娘です。私は憶病なので結城殿に所領を残してはまた命を狙われるのではないかと案じてしまうのです。ですが晴朝殿とお会いして少し気が変わりましたが、家臣とも相談しないと決める事が出来ません。なので少しばかり相談する時を頂こうと思います」


 「小田様の仰る事は当然で御座います。その上で申し上げたき事が御座います。この晴朝は小山家から参った者で御座います。当家と小田様の争いは存じて居りますが、晴朝は小田様に対し、敵意も悪意も御座いません。この晴朝が降りましても、小田様に企む事もお手向かいする事も御座いません。この晴朝は他者を恨む事が大の嫌いで御座います。どうかこの事をお心にお置き下さいますよう」


 私は晴朝主従を一旦下がらせた。自分の判断に自信が持てないので皆で相談する事にしたのだ。それにしても結城晴朝は賢い人だと思う。彼が結城の家を継いだら仁君になるのでは?と考えてしまう。若い彼は魂も清潔なのだろう。人は歳を取る毎にずる賢くなって行く生き物だから品性というものが大切になるのだ。私は今生で若いから魂は清潔な筈、、、。等と考えていると政貞に問われた。


 「御屋形様、如何致すので御座いますか?まずは御屋形様のお考えをお聞かせ願いたく存じますが?」


 「正直迷ってる。当初は領土を取り上げて放逐しようと思っていたんだよ。そうすると結城政勝は友好関係にある北条に助けを求めるか足利家に駆け込んで領土の返還を求める仲裁を依頼する可能性があると考えていたんだよ。北条は上杉朝定様と里見家と争っているから動けないと思うし足利家から返還を命じられても無視するつもりだったんだよね」


 「その様にお考えで御座いましたか。この政貞、まだまだ学びが足りぬようで御座います。御屋形様はそこまでお考え成されて居たので御座いますね」


 「私は心配性なだけだから大層な者ではないよ」


 私がそう言うと久幹が口を開いた。


 「しかし参りましたな。 この様な事を申すのは宜しくないと心得て居りますが、晴朝殿は敵ながら立派な御仁とお見受け致しました。若さに似合わぬ落ち着きといい、弁舌には誠が感じられまする。実に惜しい」


 「某もそう思いましたな。当家の倅もあのようであればと思うてしまいました」


 平塚がそう言うと沼尻も続いた。


 「倅の又五郎がこの場に居らぬのが悔やまれまする。あの御仁を見て学んで欲しいと考えましたな」


 平塚と沼尻に四郎と又五郎が盛大にディスられている。平塚と沼尻って本当に飾らない人達なんだよね。見栄というものが無いし、ある意味一番武士らしいのがこの二人だと思っている。四郎と又五郎は十七歳でお役目中に博打で身包み剥がされて、荷担ぎの仕事をして糊口を凌いだ伝説を作ったから、未だにそれを気にしているのだと思う。


 「感心ばかりして居れませぬぞ。当家に降り、機を見て御屋形様のお命を狙う事は十分考えられまする」


 野中がそう言うと皆は唸るように考え込んだ。


 「皆が心配なのは解るけど、此度は相馬家の被官を許しているし、晴朝殿も被官で良ければ受け入れてもいいと思う。結城家は大領の主だから抱えきれない家臣は当家で召し抱えればいいし、相馬家と同じように土地と切り離せば乱も起こせないと思うしね」


 私がそう言うと政貞が口を開いた。


 「では、御屋形様は結城家が被官致せば許すと仰るので御座いますね?」


 「うん、俸禄で奉公するならいいと思う。家格を考えるなら城の一つは任せて良いと思う。当主が交代して晴朝殿が言うように恨みを持たないと言うなら私は家臣に迎えたいかな。手柄があれば重臣の列に加えてもいいし、あとは晴朝殿の努力次第になるよ。当家は平時のお役目が他家より大変だからね」


 私がそう発言すると久幹が口を開いた。


 「結城家の重臣はともかく、下級の武士は召し抱えませんと後が大変で御座います。晴朝殿を迎える事で穏便に事が進むのであれば某は反対は致しませぬ」


 「左様で御座いますな、この勝貞も真壁殿に同意致します」


 「晴朝殿は所領の安堵を求めているから被官は拒否するかもしれないね。その場合はまた考えようか?私は血が流れないようにしたい。政貞、それでいいかな?」


 「某は御屋形様に従いまする。此度は諸将も晴朝殿に敬意を持たれている様子。御屋形様や皆様の目を信じたいと考えまする」


 「では、晴朝殿をここへ」


 私達は再び結城晴朝と対面した。彼の表情には緊張が感じられる。無理もない、彼の肩に結城家の命運が掛かっているのだから。後ろの二人も額に汗を滲ませている。


 「晴朝殿、晴朝殿の仰るように領土を安堵する事は出来ません。ただ、当家に被官致すのなら仕える事を許そうと思います。俸禄として銭を与えますが今のご家中の全てを養う事は出来ないでしょう。抱えきれない家臣は全て私が引き受けても良いと考えています。それで宜しければ当家に仕えるといいでしょう。それが出来ぬのなら戦をするか、ただ降るかになります。私は晴朝殿に仕えて欲しいとは考えているのですが」


 私がそう言うと晴朝は明らかに落胆した表情になった。そして苦しそうに思案しているのだろうか、絞り出すように言葉を発した。


 「小田様、所領の安堵はお認め頂けませぬか?」


 所領は欲しいよね。仕方ない。


 「晴朝殿、当家には国人が居ないのです。私は君主としてあまり家臣には聞かれたくないのですが晴朝殿にお話し致しましょう。当家に国人が居ないのは君主が力を持つ為なのです。この様な言い方は良くない事は存じていますが、国人の顔色を伺っては(まつりごと)は出来ません。それに戦の度に兵の心配や寝返りの心配を致していては国を守ることは出来ません。今小田家に居る国人だった者は皆自ら私に仕えてくれると申してくれた者ばかりです。だから私は安心して家臣に命を預ける事が出来るのです。結城家が名門であるのは知っています。ですが、当家に自ら仕えてくれた国人がいるのに新たに国人を作る訳には参らないのです。これからの世はこの当家のように国人を被官させ君主が力を付けて行く世になるでしょう。私はこの考えの基に結城家に被官を勧めたのです。ご理解頂けると良いのですが」


 私がそう言うと晴朝は少し考えるようにしてから口を開いた。


 「この晴朝は家督を継いだばかり。(まつりごと)も致した事は御座いません。ですが、小田様の御考えは思い当たる事が多く御座います。小山の家でも国人が権勢を誇り、対立する事も御座いました。それを防ぐ為なので御座いますね?」


 「そうですね、晴朝殿のお気持ちは理解しているつもりです。ですが、私にも都合があるのです」


 「承知致しました。この結城晴朝、小田氏治様に臣下としてお仕え致します。所領の安堵も求めませぬ。この晴朝をお見捨てなきよう宜しくお願い致します」


 「よくぞ御決心なさいました。当家に仕える事を許します」


 晴朝が降ってくれて良かった。折角中央集権化が出来たのに、ここで崩す訳にはいかない。これで結城家の始末が付いたから次は水谷家だけど、正直関わりたくない。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 戦国の世の習いですと、降伏した敵将の忠誠心を確かめるために、次の戦で危険の大きい先陣の役目を担わせるのが普通です。次の水谷正村の討伐は結城晴朝に命じては如何でしょうか。晴朝も水谷を憎んでいる…
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