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第九話 堺へ その6

2023/2/2 微修正


 今井宗久からの使番(つかいばん )がやって来た。今日の昼に会える事になった。会見のメンバーは私、久幹、百地、忍びの桔梗の四名だ。桔梗を選んだのは当然機密保持の為である。桔梗には侍女の予備の着物を着せておめかししてもらった。物凄く照れていたのが印象的だ。

 今回の目的である椎茸とは別にあるものを持ってきている。それは石鹸である。前世では手作り石鹸を制作した事があるので今生でも作ってみたのだ。売るのが目的だけど、清潔な方が良いに決まっているので使う分だけ定期的に生産しているのだ。椿油で作った高級品である。

 小田邑にはあちこちに椿が植わっている。当然私の仕業である。その椿は若様の椿と小田邑では言われている。椿油が欲しい時にいつでも採集出来るように栽培しまくったのだ。欲しいと思った時に使えれば便利だし、小田の領内は原野だらけ、いくら植えても問題は無いのである。

 石鹸の製作には権さんとその奥さんである幸さんに手伝ってもらっている。この時代なので腐るから量は作っていない。それでも一年くらいは保つのだ。量産の暁には幸さんが百地衆に技術指導する事になる予定である。権さん一家は何気に重要人物なのだ。


 椎茸を一箱、石鹸も一箱を持って行くつもりである。売買が決まれば取りに来て貰った方が楽なのである。椎茸は桐の箱に入れ笹を敷いてゴージャス感を出している。石鹸は乾燥剤代わりに鉋クズを入れてある。人も物も見た目というのは大切である。人の場合は初見で内面なんて見て貰えないし、物であれば高級感を出す事が出来るのだ。このあたりは現代とちっとも変わらない。ついでに私も一張羅の小袖と袴を着用している。男装なのは相変わらずである。

 そうして準備を済ませた私達が今井の使番の先導を受けて到着したのが今井の屋敷である。豪商だけあって広い敷地を小奇麗な塀が囲んでいる。今井も気を遣ったのだろうか?田舎大名の小田家だけど、今井なら調べる位は出来るだろうし?

 品のある門を潜り、家人に促されながら広間に腰を下ろした。暫く待っていると身なりの良い人物がやって来た。彼が今井宗久なのだろう。常陸から遥々やって来たけど、私はようやく今井宗久と対面することが出来たのだ。


 「遠い所からわざわざお越し頂きまして恐縮で御座います。お初にお目にかかります。手前(てまえ)、今井宗久と申します」


 そう言って彼は平伏した。私と初めて対面した宗久は軽い驚きを見せたけど、すぐにその表情を消した。まさか子供が来るとは思っていなかったのだろう。


 今井宗久、堺の会合衆の一人。戦国時代の堺の豪商である。鹿皮などの皮製品で財を成し、各地の戦国大名とも繋がりを持っている。先見性があり鉄砲の製造も早い時期から行っている。史実では織田信長に取り入り、生野銀山の支配も任された人だ。歴史上で現代でも有名な商人の英雄である。戦国物のドラマや映画では必ずと言って良い程、出て来る人物だ。


 歳の頃は三十くらいに見える。上等だけど地味な装いに、髷を結っている。眦が少し垂れていて温和な雰囲気だ。所作も流れるようでとても上品である。


 「宗久殿、そのような気遣いは無用でお願いします。私は見ての通りの者です。それに此度は商人として(あきな)いに参ったのです。どうぞお顔を上げて下さい」


 私がそう言うと宗久は身体を起こした。そして怪訝な顔をした。


 「商人で御座いますか?しかも小田様が手前共と(あきな)いで御座いますか?これはまた……。はっはっは、この宗久をお揶揄(からか)いなさるとは小田様もお人が悪い」


 なんというか品があるのに威圧感がある。武家にはいないタイプの人である。営業用のトーク法なのだろうけど、話し方の抑揚が嫌にはっきりしていて役者のようである。


 「宗久殿がそう思われるのは仕方ないと思います。私のような子供が突然やって来て(あきな)いをしたいと申せば、宗久殿でなくとも驚かれると思いますし、疑うのは当然だと思います。ですが、私はその為に常陸国から参ったのです。宗久殿は私が(あきない)の相手では不足でしょうか?」


 「そのような事は御座いませんが、常陸の国の小田家と申しますれば、頼朝公以来の名門のお家柄。先触れの文にはご嫡男と記されておりました。ですが、(あきない)となりますと、にわかには……、信じられませぬな」

 

 そう言いながらとても良い笑顔で宗久は笑った。会話の間の取り方が役者みたいなんだけど?なんかもうお腹痛くなってきたんだけど?風格と言うかオーラがハンパない。キレイな信長も攻撃力が高かったけど所詮は子供。だけど宗久は海千山千の堺商人である。もう帰ろうかな。


 「宗久殿?家柄だけでは食べて行けないのが戦国の世です。困窮している訳ではありませんが我が家も生き残るのに必死なのです」


 「はっはっは、小田様はご冗談を申される。して、(あきない)とは何を為さるので御座いましょうか?」


 なんだか楽しそうだ。でも彼からすれば世間知らずの子供の相手をしているくらいのものだろう。私が武家でなかったら相手すらしてもらえないんじゃないだろうか?身分があるのは得である、少なくとも邪険にはされないのだから。


 「まずお願いしたいのは(あきない)の相手は小田家には違いないのですが、私個人だと思って下さい」


 「氏治様お一人で御座いますか?」


 「その通りです。そしてこれから御見せする物は他の者に口外しないと約束して下さい」


 「ほう、それはまた……責任重大で御座いますな?」


 ぜんぜんそう思っている様には見えないんだけど?なんだか椎茸程度で驚いてくれるか心配になって来た。


 「その通りです、責任重大ですよ?」


 私はニッコリと微笑みながらそう伝えると子供の悪戯を待ち構える親のような顔で、宗久もニコリと笑う。

 

 「畏まりました、この今井宗久。堺では名が知れていると自負しております。お約束、確実に守れるかと」


 「桔梗」


 宗久に微笑みながら彼女の名を呼んだ。桔梗は打ち合わせ通り桐の箱を私と宗久の間に置く。


 なんか桔梗も流れるような動作で凄いんだけど?忍びってこういう女子力の訓練もしてるのだろうか?百地が担当?うちの侍女が負けている気がする。勿論私もだ。


 「宗久殿、中をお検め下さい」


 「はっ、では失礼致します」


 そう言って宗久は私に一礼してから桐箱の蓋を開けた。そしてその蓋を持ったまま固まった。箱には椎茸がびっしり詰まっている。


 「これは!いやまさか!」


 よし驚いてる!なんとかなりそうだ!現代知識を持ってるのに話しているだけで自信が無くなっていくとか止めて欲しい。戦国の商人は怖スギる。でも流石は宗久、一目で判るなんて凄い。ようし!追い討ちだ!追い討ち!


 「四貫目持ってきています。荷が多いのでこれはほんの一部になります。お気に召して頂けるでしょうか?」


 私がそう言うと宗久は瞠目して口を開いた。


 「四貫ですと!椎茸を四貫目……。この今井宗久、少々の事では驚かぬつもりで居りましたが、まさかこれ程の品を持ち込まれるとは思いもしませなんだ」


 よかった、野生の椎茸がどのくらい流通してるかなんて分からないから心配だった。宗久は慎重な手つきで桐箱に蓋をすると居住まいを正して私に向き直った。


 「小田様、この椎茸を手前共に(あきな)わせて頂ける。それで宜しいので御座いますな?」


 宗久は纏った空気を一変させ窺うように私に問う。リアル戦国商人の顔である。


 「そうですね。ただし条件がありますが」


 「条件。条件で御座いますか?」


 「そうです、ですが、宗久殿にとっては容易い事だと思います。お聞き届けいただければ年二回、同じ位の量の椎茸をご用意出来ますよ?」


 「なんですと!それは真で御座いますか!この量を年二回も……」


 宗久は感心したように何度も頷きながら椎茸の詰まった箱を見ている。そして視線を私に戻し、口を開いた。


 「小田様、疑問が御座います。この宗久、恥ずかしながらこれだけの椎茸を見たことが御座いません。しかも小田様は年二回もご用意されると仰る。現にこれだけの品が手前の目の前にあり、四貫の椎茸も小田様がお持ちなので御座いましょう。小田様が宗久を(たばか)るとは思うては居りませぬ」


 宗久は一拍置くと言葉を続けた。


 「ですがどうやって集められるのか見当も付きません。野山で集めるにしてはあまりにも数が多すぎます。真に次も頂けるのかと疑問で御座います」


 まあそうだよね、山で見つけたとしても二本、三本がいいところだし。安定供給が出来るなんて信じる方がおかしいよ。


 「それは信じてもらうしかありません。ですが実は見当が付いているのではないですか?天下の今井宗久が分からぬ筈がないと私は思っています」


 「これはこれは、過分なる評価かと。ですが手前が考えまする所が真であれば小田様が秘したいと申された事にも合点が行きまする」


 余裕でバレるよね、これだけの数を持ち込むなら栽培法を確立している事くらい見当が付くだろう。


 「私と宗久殿は出会ったばかりです。まだ僅かばかりの時しか過ごしておりません。ですが私は宗久殿のお人柄を大変好ましいと感じております。この(あきない)を通じてこれから友誼を結んで行けば友となれると確信しております。これから互いに胸襟を開ける間柄になれば、私は秘することが何も無くなります」


 「これは……。過分なお言葉を賜り誠に恐れ入ります。かような事を申される御方に()うた事が御座いません。小田様の申される通りで御座います」


 今井宗久とは長く付き合っていきたいし本心である。私如きが戦国商人の英雄の友人なんて思い上がりもいいところだけど気に入ってしまった。ちょっと怖いけど。


 「先ほど条件と申されましたな?それは真に手前共で叶うものなので御座いましょうか?」


 「天下の今井宗久に叶わない事があるとも思えませんが、常陸国は上方と違って随分と田舎なので様々な物が不足しているのです。中でも最たるものは人です」


 「人、で御座いますか?」


 「はい、職人ですね。勿論、無理に連れて行くのは私の本意ではありません。私が求めるのは上方で二番手、三番手の若い職人です。常陸に移ってもよいと言う者がいればの話です。職によっては私に仕えて貰う事になりますが」


 宗久は私をじっと見つめる。なんだか心の中を覗かれているようで居心地が悪い。


 「成る程、そう言う事で御座いますか。承知致しました。お目に叶うか存じませんが手配してみましょう」


 「それともう一つ、こちらは商い(あきな)の代金で支払いたいのですが、鉄砲を作れる職人、或いは作れそうな腕を持つ職人を是非、常陸に連れて帰りたいのです」


 私の言葉に宗久は目を見開いた。


 「なんと!小田様は鉄砲をご存じでしたか!」


 今井が鉄砲の製造を開始しているのは百地が確認済である。でも問題は硝石と鉛なんだよね。史実の長篠の戦いで織田家が大量の鉄砲を使ったのは有名だけど、織田家が勝利したのは撃ち続ける事が出来たからだ。千丁の鉄砲で玉切れ起こすよりも百丁の鉄砲を撃ち続けた方が当然強いのだ。玉薬も大量に手に入れないといけないけど、今は鉄砲の製造が急務である。


 そしてこの鉄砲。関東に来るのはかなり遅い。史実の小田家はたった三丁の鉄砲で大混乱になり敗退している。ちなみに犯人は真壁久幹である。敵になると死神になるのである。

 

 「いやはや、真に小田様には驚かされますな。ですが……。それはちと手前には荷が重いかと?」


 「宗久殿、私は商いは信が第一だと思っています。椎茸は明に持って行くのでしょう?銀よりも遥かに価値があると聞いてます」


 宗久が瞠目している。田舎の小娘が明との交易を知っているなんて予想外だろう。信用第一である。百地にスパイさせたけど、それとこれとは話が別である。


 「宗久殿、私は先ほど秘して欲しいとお願いしました。宗久殿にとって鉄砲を作る技は私の椎茸と同様なのは存じています。ですが鉄砲が作れるのは今井だけではありません。他の者も技を持っています。私如きですら常陸で作ろうと考えるのです。いずれ日ノ本中で作られることになるでしょう。今は鉄砲に価値があるのも事実です。ですが私の椎茸は宗久殿だけの物です。天下に名を馳せる豪商は数あれど、その誰もが持たぬものを宗久殿が持つのです。私の椎茸は宗久殿だけに卸しましょう。他の誰にも譲らないことをお約束します。私も坂東武者の端くれです、約束は必ずお守りします」


 宗久が腕を組んで目を瞑り黙考している。流石に無理かもしれない。一から作るのに一年掛かったらしいから時短したかったんだけどね。ダメだったら鉄砲を買い付けて地元で作ろう。火薬の調合比率は私が知ってるし。暫くすると宗久の目が開いた。


 「先ほど生き残る為と申されましたな?」


 「その通りです」


 宗久はうんうんと頷き、そして宙を眺めるようにすると微笑をたたえた。そして私に語るのである。


 「真にご無礼とは存じますが、このような幼き御仁が遥々常陸国からやって来て……。この今井宗久と商いをしたいと申された。そして求めるのは金でも銀でもなく人だと申された。そしてこの宗久に鉄砲の商の講釈をなされ、さらには商いは信が第一と申された。いやはや、これは参りました。この宗久が、この今井宗久が商いで教えを受けようとは、真に参りました。この今井宗久、小田様のご期待に沿えるよう取り計らいましょう」


 そう言うと宗久は私に平伏した。なんかすごい疲れたよ。商人相手はカロリー消費が多すぎる。でもまだ商品が残ってるんだよね。


 「宗久殿ならそう言ってくれると思っておりました。宗久殿は私が思っていた通りのお方でした」


 それを聞いた宗久が初めて目を丸くして笑ったのだ。あれだけ感じていた威圧感が綺麗に無くなった気がする。多分、この人強化系だ。


 「ははははは!これは愉快愉快!氏治様のような跡取りがおわせば小田家も安泰で御座いますな。いやなに、手前、未だに倅がおりませぬ。真に失礼とは存じますが、倅が出来るなら氏治様のような立派な(おのこ)が欲しいと、そう思ったので御座います」


 「宗久殿、私は女子(おなご)なのですが?」


 「!!!」


 「それはそれは……。大変なご無礼を。随分と綺麗な方だとは思っていたので御座いますが、若殿と呼ばれていらしたので勘違いをしたようで御座います」


 そう言うと宗久は平伏した。視界の端に百地が映ったのでふと振り向いてみたら口を開けて驚いていた。

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