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第八十九話 氏治包囲網 その9


 軍議を終えた私は徹夜明けの身体を休めるべく床に就いた。身体は元気だけど心は随分と疲労していたらしく、一瞬で眠りに就いたようだ。そう思えたのは私を誰かが揺り起こしていて、意識が覚醒しながら朧げに考えたからだ。


 私を起こしていたのは桔梗だった。私はまだ眠たい眼を手でこすりながら起きる事にした。大きく伸びをしようとしたら桔梗から声が掛かった。


 「御屋形様、菅谷様がお呼びで御座います」


 「政貞が?」


 段々と意識がハッキリしてくる。頭の中もスッキリしたようだし、なんだか調子が良い。


 「結城家から多賀谷が参って居ります。御屋形様にお伝えせよとも菅谷様から言い使って居ります」


 「多賀谷が?何しに来たんだろう?」


 「ともかくお急ぎ下さいませ」


 私は桔梗に手伝って貰いながら衣服を整える。それにしても多賀谷が来たという事は降伏か内通でもしに来たのかな?どちらにしても信用ならない人物だから注意しないと。そう考えながら桔梗と次郎丸と共に広間に向かった。広間に入ると平伏している人物がいる。多賀谷なのだろうけど。私は上座に座ると政貞に視線を向けた。


 「多賀谷殿、面を上げるがよい」


 政貞にそう言われた多賀谷は顔を上げた。随分久しぶりに見るけど老けた感じがする。私は多賀谷に要件を聞いた。


 「当家に寝返ると言うの?」


 「左様で御座います。不義理を致した事は重々承知致して居りますが、小田様にお仕え致したく参上仕りました」


 多賀谷がそう言うと久幹が問い掛けた。


 「多賀谷殿、某は多賀谷殿の奥方とお子を捕らえ申したが、無体な扱いは致して居りませぬ。まずはそれを申し上げる。ですが、それだけが当家に寝返る理由ではありますまい。是非理由をお聞かせ願いたい」


 「此度は結城政勝様と水谷正村殿が諸国と合力し、小田様を磨り潰す策で御座いました。ですが、宇都宮家は佐竹が来ると陣を払い、小山家も同調し陣払い致しました。結城家も未だ兵を集めている最中。しかも、思ったように兵が集まりませぬ。その上、相馬家と鹿島家からは援軍の要請があり、結城家では頭を抱えている始末に御座います。恥では御座いますが、この多賀谷政経、お家を保つために小田様に御慈悲を頂こうと参上仕りまして御座います。どうか!どうか!」


 そう言って多賀谷は床に頭を擦りつけるように平伏した。でも私は騙されないよ?多賀谷家は蝙蝠外交の神様のような家である。それに多賀谷家の所持する拠点は駒館のみであり、平らげるのも容易である。それにどうせ裏切るから私としては却下なのだけど。私がそう考えていると政貞が質問した。


 「多賀谷殿、結城は如何程兵を集められたのか?」


 「二千八百程で御座います。兵の集まりも悪うございますが、小田様の軍勢の数が知れると兵が逃げ出したので御座います」


 それを聞いた諸将から感嘆とも安堵ともつかない声が上がった。その中から矢代が口を開いた。


 「御屋形様、これで勝ちが見えましたな」


 矢代がそう言うと平塚が続く。


 「軍勢を繰り出せば更に敵兵を脅せましょう。どうやら結城政勝めは民からも見捨てられたように御座います」


 そして次々と将から発言があり、皆一様に結城を攻めよと言いたてた。ちなみに多賀谷はガン無視である。ちょっと可哀そうだけど仕方ないよね。うちは裏切り者に厳しいし。私は皆が静かになるのを見計らって多賀谷に語り掛けた。


 「多賀谷、お前は私達を見捨てて結城に付いたよね?私達はお前が去った後も皆で力を合わせて領地を懸命に育てたんだよ。私は多賀谷を恨んではいないけど、多賀谷を受け入れれば皆を裏切る事になるんだ。だから帰参は認められないし、多賀谷の駒館も平らげるつもりだよ。ただ、命まで獲るつもりは無い。奥方もお子も家臣も返す。だからどこへなりと行くといいよ。ただし、兵は置いて行ってもらうよ。私は多賀谷も結城も平らげるからその者達は私の民になるんだよ。だから兵は解散させるつもりだよ。多賀谷が大国の間でお家を守るために必死だったのは理解出来る。でも、人に信じて貰いたければ人に信用される行いをしなければならない。多賀谷のやり方では誰も信じてくれないだろうね。だって楽な方に付くだけなのだから」


 私は一拍置くと再度口を開いた。


 「政貞、多賀谷の奥方とお子をお返しして、多賀谷の兵には降った事を説明して武具を全て取り上げて解散させて欲しい」

 

 「承知致しました。多賀谷殿をお連れいたせ」


 多賀谷は項垂(うなだ)れたまま広間から連れ出された。可哀想だけど、と言うか多賀谷の場合は恩を仇で返した上に威張るだろうからあれで良いのである。


 「政貞、多賀谷の兵はどのくらい居るの?」


 「二百と言った所で御座いましょうか、よく集めたもので御座います」


 「無理やり集めたのだろうね。それでどうしよう?寝ていたから状況が判らないんだけど?今何刻(なんどき)?」


 「申の刻で御座いましょうか?よく御休みで御座いましたな」


 「お陰で疲れも抜けたよ。政貞も休息しないといけないよ?」


 「お心遣い痛み入ります。して、多賀谷殿の申される通りだと致しますと、今攻め掛かれば容易に落ちそうで御座いますな。兵の数も百地殿の報せと一致致します」


 「そう言えば百地は帰って来ないね?」


 「小山家と宇都宮家との戦も御座いますからな。忙しいので御座いましょう。知らせは次々と入って来て居りますので、某は大変助かって居ります」


 「毎度の事だけど、百地には頭が下がる思いだよ。結城との決戦だけど、兵が集まるまで待つよ。土岐の兵の始末も決まっていないし、戦はまだ続くからね。だけど、拠点の確保は進めていく。まずは遠藤」


 「はっ!」


 「五百の兵を率いて多賀谷の駒館を押さえて欲しい。あそこを押さえれば当家の入り口に蓋が出来るからね。守備の兵を入れたら残りは戻してね」


 「承知致しました。この遠藤対馬、必ずや成し遂げて御覧に入れます」


 「横山」


 「はっ!」


 「山川城を落として来て。兵は千、結城城に近いから落としたらそのまま守って欲しい。結城との戦での最前線になるからしっかり守ってね」


 「この横山丹後、お役目、果たして御覧に入れます」


 私は遠藤と横山に拠点の確保を指示した。私が指示し終わるのを見計らうようにして久幹が口を開いた。


 「どうやら敵方は当てが外れたと申すべきか。巧く行かぬと申すべきかは知れませぬが、自滅致しそうで御座いますな。決戦と兜の緒を締めたつもりで御座いますが、少々拍子抜けで御座います」


 「宇都宮殿と小山殿が私の書状を受け取ったのが今朝だと思う。書状には義昭殿が来るって書いたからね。宇都宮殿と小山殿でなくても震え上がると思うよ?」


 「精強で知られる佐竹兵で御座いますからな、無理もない。佐竹様はいつ頃下野に入られましょうか?」


 久幹の質問に政貞が答えた。


 「報せは早う御座いましたが、下野は山多く、攻め難い土地柄で御座いますからな。茂木の城に入られるのが明日の夕刻と言った所で御座いましょうか?」


 「土岐の兵が着くのもその頃かな?となると明後日には出陣になるね。それまではゆるりとするといいよ、結城は戦を防戦に切り替えているだろうし?そうだ、政貞、ここまでの戦況を義昭殿に報せて欲しい。あと、大雑把でいいから今後の方針もね?義昭殿もこちらの様子が分かれば動き易いだろうしね」


 「左様で御座いますな。では、戦況が動く度に報せを送りましょう」


 どうやら思っていたより楽に勝てそうだ。昨夜は心配ばかりしていたけど、この型に持ち込めば負けは無い。それにしても、多賀谷が降伏しに来たという事は結城も相当動揺しているのだと思う。結城家から目の敵にされ続けて来た小田家だけど、その因縁も今回の戦で終わらせたいものである。


 翌日、結城家を詰めるべく軍議をしていると、相馬家と鹿島家の使者が連れ添ってやって来たと報せを受けた。私と政貞、勝貞、久幹は使者を待たせて打ち合わせを行った。


 「多賀谷殿の話では相馬家と鹿島家は結城に援軍を要請したと申して居りましたな?」


 口火を切った政貞に勝貞が答える。


 「援軍を断られたのであろう。尤も、土岐家が降ったと知れば態度も変えよう。御屋形様、此度も降すので御座いますか?」


 「出来ればそうしたい。ただ、少し考えも変わったんだよ。気が早いのは重々承知しているけど、皆は戦後の統治の事は考えてる?一門は兎も角、旧臣は取り込まないと統治と言うか人が足りないと思うんだよね?」


 私がそう言うと三人の顔色が変わった。そして久幹が発言した。


 「確かに、常陸中部でも人の割り振りで苦労し申した。此度は全て平らげれば三十七万石、今の表高が二十五万石、足りませんな、、、」


 「大して考えてこなかったけど、なるべく降して行かないと後で地獄を見ると思う。久幹は大変だと思うよ?」


 「某で御座いますか?」


 「結城領と小山領、常南を任せるから、常陸中部と行方、鹿島は勝貞ね?励むといいよ」


 「お待ち下さい!ようやく常陸中部を治めたと申しますのに、領地替えで御座いますか?それに結城と小山、常南で合わせますと……二十七万石で御座います……。今のご領地より大きゅう御座います」


 「勝貞は三十五万石かな?久幹良かったね、大出世だよ?」


 「有難い仰せでは御座いますが、某には荷が重う御座います。せめて、他の者を御引上げ下され。それで等分すれば良いのでは御座いませぬか?」


 「これ以上領が広がるならそうするけど、それは無いかな。諦めて戦後の統治を考えるといいよ。四郎と又五郎、それに野中と矢代を付けてあげるからそれで納得してね」


 「ぐっ」


 「大丈夫、此度の戦が終わったら領地を小分けして重臣を置く事にするから皆領地替えになるよ。その領地を統括すればいいのだから思っているほど大変ではないと思うよ?私なら鼻歌交じりで熟してしまうかな?」


 もちろん嘘だけど。


 「御屋形様にお考えがあると信じて良いので御座いますね?」


 「二十七万石の兵力は六千八百くらい、勝貞の三十五万石は八千八百くらい、里見家の話はしたでしょ?。此度の戦で千葉と領を接してしまったから、正木殿の策に乗らないと北条、千葉との戦になるかも知れないんだよ。この戦が始まった時から私達は選択を迫られているんだよね。正木殿の策に乗るか?北条に付くか?だから、軍団の再編成は必須だし、久幹が統治する領地が最前線になる。鬼真壁が前に居るなら私も安心だからね」


 私がそう言うと久幹は腕を組んで考え込んでしまった。その様子を見て勝貞が政貞に問い掛けた。


 「政貞、其の方どう致す?」


 「そうで御座いますな、常陸中部は難しくないでしょう。ですが、鹿島と行方はそうは行きませぬ。特に鹿島は様々に複雑で御座いますからな、余程心を配って統治致さねばなりませぬな」


 「ふむ、ではそう致せ」


 あっ、勝貞が政貞に押し付けた!政貞が口を開けて驚いてるよ。言い難いけど追い討ちしておこうか?

 

 「菅谷は水軍の規模を大きくしてね?千葉領に討ち入る事だってありうるのだから船を沢山造らないと軍が河を渡れないよ?平時は民に銭で貸し出せば商人も呼び込めるし、船を維持する為の銭も稼げる。お願いね」


 今度は勝貞が固まった。さすがに政貞に全て押し付ける訳には行かないのだろう。


 「私は新たな法を打ち出していくからよろしくね。大丈夫、皆で立ち向かえば地獄の閻魔様にだって小田家は勝てるよ」


 暫くして皆が落ち着きを取り戻すと、ようやく本題に入った。久幹が口火を切った。やる気が伺える表情である。というか必死だ。


 「では、相馬と鹿島は降るのを許すしか御座いませんな。ですが、あまり寛大に致すと図に乗りましょう」


 「此度は一門も降そうと思う。でも領土の安堵はしない。それでも仕えるなら許そうか?ただ、城主や身分のある者でも特別には扱わない。それぞれの家中に見合う俸禄を銭で支払って、土地からは切り離せばいいと思う。これは既に降った土岐も同じ。領主や城主だったからと言って城は任せない。それでどうかな?」


 「某はよう御座います」


 「勝貞と政貞は」


 私が聞くと勝貞が答えた。


 「その辺りが妥当で御座いましょう」


 「では、それを踏まえて話をしようか?結城家への援軍要請から当家への条件交渉に切り替えた様だから少し時間が掛かるかもね?皆もしっかり演技するといいよ」


 こうして幾つかの取り決めを済ませた私達は相馬家と鹿島家の使者に会う事になった。

 

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[一言] 鼻歌交じりで熟してしまうかな どういう意味でしょうか
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