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第八十五話 氏治包囲網 その5


 赤松と愛洲を降伏勧告の使者として送り出した私達は今か今かと赤松と愛洲の帰還の報せを待っていた。鉄砲を撃ち込んでから随分と時間が経った気がする。そして喉が渇いたのでお水を貰おうと口を開きかけた時に赤松と愛洲が戻って来たと伝えられた。


 赤松達は土岐治頼(ときはるより)を連れて来たようである。私はまずは赤松と愛洲を呼ぶように命じた。しばらくすると二人が本陣にやって来た。赤松は得意満面の笑みを浮かべている。大手柄だしね。赤松と愛洲は私の前に跪くと口を開いた。


 「御屋形様、使者のお役目、果たして参りました。土岐治頼(ときはるより)、城を全て明け渡し、当家に降りまして御座います」


 「赤松!愛洲!良くやってくれました!大手柄だね。土岐家は城が多いから時を稼ぐことが出来たよ。城攻めの暇なんてないしね」


 「左様で御座いますな、豊島に相馬も御座いますからこの赤松、まだまだ武功を挙げまするな」


 赤松がそう言うと野中が声を上げた。


 「御屋形様、我らにも機会をお与え下さい!赤松殿は功を挙げたので御座いますからもう良いでしょう?」


 「左様で御座います、某も御屋形様のお役に立ちとう御座います!」


 野中に続いて矢代がそして平塚、沼尻、岡見、豊田、遠藤、稲葉、というか皆が口々に要求する。赤松と愛洲が目の前で大手柄を挙げたので興奮しているようだ。とても坂東武者らしい人たちである。勝貞が皆を抑えてようやく静かになった。


 「皆の気持ちはわかってる。此度は下野まで行くのだから機会は与えるから存分に励むといいよ。今は降した土岐家の領土をなんとかしないとね?城も多いから受け取りに行かないといけないし」


 私がそう言うと政貞が口を開く。


 「まずは、土岐治頼(ときはるより)殿の処遇で御座いますな。如何されますか?」


 「土岐の一門は戦が終わるまで幽閉かな?気の毒だけど、相手をしている時はないしね。ともかく会おうか。政貞、土岐治頼(ときはるより)殿をお連れして」


 「承知致しました」


 政貞が陣幕をでると直ぐに土岐治頼(ときはるより)を連れて来た。待機していたらしい。土岐治頼(ときはるより)は私の前に跪き、そして平伏し、口を開いた。


 「土岐治頼(ときはるより)で御座います」


 「土岐治頼(ときはるより)殿、お顔をお上げ下さい」


 私がそう言うと彼は顔を上げる。顔色が悪いけど無理もないよね?


 「此度は潔く当家に降った事を私は評価して居ります。ですが、結城政勝の(はかりごと)に乗せられたといえ、当家を侵そうと企み、また、他国に当家が民を奪ったと吹聴致した事は許しがたい事です。私だけならともかく、家臣まで侮辱されたのですから。土岐治頼(ときはるより)殿?今は戦の最中です。沙汰は戦が終わりましたら下しますが、乱暴な事は致しません。ただ、今までのような暮らしは出来ませんよ?まずは蟄居を命じます。宜しいですね?」


 「承知致しました。命をお救い下さり真に感謝致します」


 彼はそう言って再び平伏した。負けると言うのは惨めである。でも、やらなければやられるし、仕方ないのだ。こういう姿を見るとつい、同情してしまう。


 「赤松!」


 「はっ!」


 「手勢を連れて江戸崎城に入り、整えて欲しい。土岐殿の御一門は命じた通りに」


 「承知致しました」


 赤松は土岐治頼(ときはるより)を連れて本陣から出て行った。彼が陣幕から姿を消すと政貞が私に問い掛けた。


 「さて、どう致しますか?」


 「江戸崎城をを拠点にして城の接収と徴兵かな。政貞、私が入城したら土岐家の主だった家臣を連れて来てくれる?小田家に仕えたい者がいれば此度は登用しようと思う。どうかな?」


 「土岐治頼(ときはるより)殿のお姿を見て同情されましたか?」


 「常陸中部を獲った時は交渉事は勝貞や岡見がしてくれたから何も考えなかったけど、此度は私が裁いているからね。政貞の言う通りだよ」

 

 「某は良いと思います。ですが、家臣とは主が道を違えそうになればそれを正すのが務めで御座います。土岐家の家臣がそれを怠ったとは申しません。土岐家は主も家臣も道を間違えたのでしょう。よくある事で御座います。我らとは違い、主に恵まれぬ者も居ります。某も御屋形様と変わりませぬ。同情致して居ります」


 「政貞、ありがとう。皆はどう?」


 私が聞くと豊田が答えた。


 「御屋形様が致したいのであれば我らに遠慮は無用で御座います。此度は領も増えますれば、人も必要に御座います。いずれにせよ、主が家臣の顔色を伺うのは宜しくありません。政貞殿が仰るように御屋形様が道を違えなされば我らが正します。ご安心召されよ」


 「わかった、そうする。では、赤松から知らせが来たら江戸崎城に入城する」


 私が言い終わると声が響いて来た。


 「飯塚殿!御着陣!」


 それを聞いて私達は皆で顔を見合わせた。


 「直ぐに通すように!」


 少し待つと鎧をカチャカチャ鳴らしながら飯塚が本陣に入って来た。赤松同様、得意満面の笑みである。飯塚は膝を付くと口を開く。


 「飯塚美濃守、只今戻りました。御言い付け通り、府中を落とし、行方の衆を封じて参りました。更に、大掾慶幹(だいじょうのりもと)を捕らえまして御座います」


 飯塚がそう報告すると諸将から歓声が上がる。いつも思うけど、美濃守とか山城守とか名乗ってるけど自称だよね?いいのだろうか?ちなみに私は官位を名乗っていない。父上が讃岐守の官位を持っているけど、譲ると言われた時に辞退したのだ。なんだか偽称罪を問われて警察に連れて行かれそうな感じがして嫌だったのだ。


 「飯塚も大手柄だね、ご苦労様」


 「有難き幸せで御座います。某もと申しますと?」


 「赤松が土岐家を降したんだよ。土岐治頼(ときはるより)殿も捕らえた」


 私は事情を知らない飯塚にここまでの経緯を説明する。


 「左様で御座いましたか!それは目出度い!」


 「それで、大掾慶幹(だいじょうのりもと)はどうしているの?」


 「小田城に送りまして御座います。家臣も捕らえましたが府中に幽閉して居ります」


 飯塚がそう言うと政貞が問い掛けた。


 「飯塚殿、まずは此度の大手柄、ご苦労で御座った。して、兵は如何程お連れしているのか?」


 「府中は小田領に囲まれて居りますので百を残し、同様に竹原も百、小川城には我が一門の者と兵が三百、鉄砲衆五十が詰めて居ります。城も容易く落ちましたので、碌に損害も無く、率いて来た兵も千になりましょうか」


 「お見事!この政貞、感謝申し上げる!」


 政貞、兵力を気にしていたからね。私もだけど。


 「そうなると、この場の兵は人足衆の見せ兵を合わせて五千、政貞、どうしようか?」


 「城の接収も御座いますれば、それぞれに百置くとしまして七百、四千三百の兵が使えますな。まずは豊島領の府川、相馬領の取手に高野は獲っておきたい所で御座います。今宵の戦は全てが奇襲、各々(おのおの)七百もあれば落とせましょう。それにまだ宵の口で御座います。早駆けに駆ければ十分に間に合いましょう」


 「なら、野中」

 

 「はっ!」


 「七百の兵で豊島家の府川城を落としてくれる?城を落としたら守備に必要な兵以外はこちらに戻してね。その後は防衛になると思う。此度は豊島領は落としきれないと思う。残りの城は川向こうだしね。反撃の恐れがあるから兵は多めに残して。結城との戦には参加して貰う。代わりの者を送るまで城を守って欲しい。下野には連れて行くから安心するといいよ」


 「桔梗」

 

 「はい」


 「野中に鉄砲衆を五十貸してあげて。野中、巧く使ってね」


 「承知致しました。この野中、必ずやお役目を成し遂げて御覧に入れまする」


 「御屋形様!この矢代にもお役目をお与え下さい!」


 「わかってる。なら矢代には取手城の攻略を任せるよ。兵は七百、野中と同じように守備に必要な兵以外はこちらに戻してね」


 「御屋形様、高野まで落としてはいけませぬか?」


 「いいけど、七百でいける?それに無理はダメだよ?冷静な野中と矢代は小田家では替えが効かない将なのだから私が困るんだよ。久幹や赤松や飯塚みたいに走って行っちゃう人ばかりなんだから」


 「その様に評して頂けるとは、この矢代左近、嬉しゅう御座います」


 「政貞、どうする?」


 「野中殿、矢代殿、御屋形様の仰る通りで御座います。御身を大事に務められよ」


 「承知致しました。この矢代左近、必ずや成し遂げて見せまする」


 「稲葉」


 「はっ!」


 「同じく七百の兵で下高井を落としてね。稲葉の兵は下高井に守備を残して、後は古間木に兵を入れて欲しい。私か久幹の軍が古間木に入り次第、多賀谷家の和歌城と結城家の逆井城を攻めるから」


 「承知致しました、この稲葉にお任せ下さい」


 「野中、矢代、稲葉、今宵の戦は全てが奇襲になるけど油断しないでね。しつこく言うけど、では行ってくるといいよ」


 「はっ!」

 「はっ!」

 「はっ!」


 野中、矢代、稲葉が出陣すると赤松から知らせが来た。江戸崎城の支度が出来たようである。私は皆を引き連れて江戸崎城に入城した。休憩をする間もなく広間に腰を下ろして土岐家の家臣を待った。暫くすると岡見に先導されて土岐家の家臣達がやって来た。けど、次郎丸を見ると皆一様に足を止めた。


 「何をなさって居る。御屋形様の御前でありますぞ」


 岡見にそう言われた土岐家の家臣達は次郎丸をチラチラ見ながら広間に座って平伏した。気持ちは解る。初めて見たら驚くだろうしね。場が整ったと政貞から目で合図される。今回は勝貞はあまり口を開かない。政貞にそれを聞いてみたら『某が試されているので御座います。気を抜けませぬ』と言っていた。確かに岡見も何も言わないし密約でもあるのだろう。


 「土岐家の御家来衆の皆様、私が小田氏治です。此度は土岐治頼(ときはるより)殿が当家に降った事は御承知でしょう。当家も座して死を待つ訳にも行かず、こうして戦となりましたが、それももう終わりました。土岐家の領は小田家の領となり、所領を失った土岐治頼(ときはるより)殿は貴方(あなた)方を養う事は出来ないでしょう。土岐治頼(ときはるより)殿や周辺諸国は結城政勝の策に乗せられ当家を囲み潰そうと企みましたが、策は看破され、十日も経てば彼の者達は自らの行いを後悔するでしょう。主が道を誤ると家臣も道を誤ります。此度の結果の責任は全て土岐治頼(ときはるより)殿にあり、彼の方が財と権勢を失う事で決着が付きました。土岐治頼(ときはるより)殿は命を長らえることが出来ますのでまずはご安心下さい」


 私は一拍置くと言葉を続けた。


 「御家来衆の皆様の処遇になりますが、当家との争いは戦国の世の習いと私は水に流そうと思います。誰にも守るべきお家があり、家族がいて、養わなければなりません。私は貴方(あなた)方が当家に仕えたいと申すのであれば受け入れようと考えています。他家から降ったからと言って侮る家臣は当家には居りません。その点はご安心下さい。ですが、所領の安堵は出来ません。当家に功無き者に土地を任せる訳にも参りません。その代わり禄として銭を与える事になりますが、それでも良ければ当家に仕えると良いでしょう。まずは身分のある貴方(あなた)方に当家に仕える意思があるのかお聞きします。他の方は戦が終わってからお聞きする事になりますのでご安心下さい。では、当家に仕えても良いという方はお残り下さい」


 私がそう言うと土岐家の家臣の一人が口を開いた。


 「小田様の慈悲とご配慮、有難く存じます。ですが、某は主に付いて行こうと思いまする」


 「わかりました、土岐治頼(ときはるより)殿には蟄居を命じています。戦が終わるまで沙汰を下せませんので、それまでは貴方(あなた)も不自由になりますが粗雑な扱いは致しません。岡見」


 その後、六人の土岐家家臣が仕官を辞退した。十九人居たので残りは十三人である。生活の事を考えると残って欲しかったけど、武士の意地もあるからそれを尊重しよう。


 「では、ここにいる者は当家に仕官を許します。早速ですが主命です。当家は軍を分け、豊島の府川城、相馬家の取手城、高野城、下高井城に攻め入っています。その軍勢が戻り、休息を取った後、相馬家を降しに参ります。その後結城家に攻め入り、決戦を致し、小山家を平らげ、下野にて佐竹家と共に宇都宮家を平らげます。貴方(あなた)達に命じるのは土岐家の城の接収の補佐、それと兵を集めて下さい。軍に参加し武功を挙げる機会も多くありますから励むといいでしょう」


 旧土岐家家臣の一人から声が上がった。


 「羽賀城主、揖斐光親(いびみつちか)と申します。此度のご配慮、有難く存じます。城の接収をお手伝いし、兵を集め、小田様の陣に馳せ参じれば良いので御座いますね?」


 「そうですね。ただ、兵を任せるかはここに居る政貞が決めます。元城主がここに如何程居るのか判りませんが、相談するといいでしょう。政貞、それでいいですね?」


 「よう御座います。御屋形様、少し休まれて下され。戦はまだまだ続きます故。桔梗殿、御屋形様を部屋にお連れ下され。某も話が済み次第参りますので」


 政貞に勧められ私は休息を取る事にした。戦はまだまだ続くし張りつめていたら身が保たないだろうし。私は桔梗と次郎丸を連れて広間を後にした。


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