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第八話 堺へ その5

2023/2/2 微修正

 

 京に入った私達だけどその在り様に困惑した。余りにも荒れているのだ。応仁の乱で京が荒れたというのは歴史の知識では知っていたけど、ここまでだとは想像していなかった。そこには廃墟が続いていた。かつては街だったのだろう。火事なのか火を掛けられたのかは分からないけど、多くの家の廃墟は火災の痕跡を残していた。中を覗くと割れた茶碗や水瓶が目に入り何となく寂しい気持ちになった。

 京は政治の中枢だ。今は一五四六年だから、足利義輝が将軍で管領は細川晴元の筈。だけど本当に政治が出来ているのだろうか?そしてここには帝もいらっしゃるし、公家もいる。こんな世紀末のような場所で生活出来るのだろうか?私は疑問に思いながら廃墟を眺めた。その様子を一緒に眺めていた久幹も、腕を組んで顔を顰めていた。


 「これは……。何とも酷いものですな」


 辺りを見回す久幹に私も同意する。


 「ここが(まつりごと )の中心だと言われても信じるのが難しいよね、民はどうしてるんだろう?」


 「この先を暫く歩きますと上京に入ります。この辺りは野党などが出ますので危険で御座います。油断されませんよう」


 「上京?」


 「左様で御座います。今の京は上京と下京に分かれて居ります。それらが構に囲われているので御座います」


 百地の言葉に頭を傾ける。ふむ、つまり街全体を囲って守っているということかな?でも、私が想像している構と随分違う気がする。京都には修学旅行や個人で遊びに行ったけど、現代だと近代的で、私の地元より都会だから比較にすらならないか。


 「では行こうか?今日の宿も取らないといけないし?」


 私達は上京を目指し歩を進めた。廃墟のような街を抜けると畑に出た。そして遠くに長い壁が見えた、あれが都らしい。私達は上京に入った。私の京の都のイメージは主にテレビドラマである。それでも綺麗には見えなかったんだけど、リアル戦国の京は一味違った。壁は崩れているし道もホコリっぽい。綺麗な建物と人が住んでいるか怪しい建物が混在していた。つまりはカオスである。流石に御所は整えられていると信じたい。京都は千年の都と言われ華やかなイメージがあったけど、どう見ても寂れた汚い街にしか見えなかった。ここに来る途中に寄った駿府の繁栄を見て来ただけに余計にそう思った。正直ここには住みたくない。

 私達は上京を抜け下京を目指した。上京は貴族の区域らしく、下京で宿を取るためだ。百地の忍びが先行し宿を探している。上京を通り抜け下京に入った私達は百地の忍びに先導され街中を進んだ。こちらは見慣れた建物が多いけど、その雑多さには目を見張った。びっしりと小屋が立ち並び、細い路地には物売りが並んでいる。人が多く活気はあるけれど、正直近付くのに勇気がいる。そして臭い。スラムにしか見えない。


 「これは堪りませんな」


 うんざりした様子で久幹がこぼす。


 「私もそう思うよ。なんだか小田の街が懐かしくなってきたよ」


 「百地殿、ずっとこの調子なのだろうか?」


 珍しく気弱な様子を見せる久幹は助けを求めるように百地に質問した。


 「暫く進めば大通りに出ます。この辺りは焼け出された者共が多く、その者共が住み着いて居りますのでこの様な有様で御座いますが、今暫くご辛抱下さい」


 それを聞いて私と久幹は安堵する。思えば現代の東京に初めて行った時も臭いが気になったのを思い出した。立ち並んだビルや街は物珍しくて楽しめたけど、住んでみたいとは思わなかった。私は根っからの常陸の民なのだろうと思う。

 大通りに出ると普通の街並みになってホッとした、この辺りは貴族の区域より整っている。そして宿に辿り着いた私はここでも驚く事になる。宿賃が高いのだ、二倍以上である。文句を言う訳にも行かず、支払いを済ませる。私達はようやく草鞋を脱ぐ事が出来たのである。部屋に腰を落ち着けた私達は皆一様にくたびれた顔をしていた。いつもと変わらないのは百地だけである。私は大の字に寝転んだ。


 「久幹、都ってなんなんだろうね」


 「少なくとも帝のおわす所ですな。このような有様で真に嘆かわしい。この有様では帝も御心を痛めている事で御座いましょう。しかし、参りましたな。常陸が懐かしくなります」


 部屋の壁に背を預けながら久幹は顔を顰めていた。私は寝転んだまま頭だけを彼に向けた。


 「今の管領は細川様だよね、復興って難しいのかな?」


 「今の幕府に財が無いのでしょう。戦が長すぎたのです。こうも荒れていては復興出来るか怪しいものですな」


 私の知っている歴史では京の都の復興は織田信長の上洛を待たないといけない。信長が足利義昭を奉じ幕府を再興する。二条御所を築き京の治安を回復させ街の復興事業をすることになる。尾張で出会ったあの少年だ。そう考えるとつくづく凄い人だと思う。

 信長は帝や幕府の為に自らの領土の財政を傾けるほど支援をするのだ。通説では信長は幕府を破壊しようとしたとか、古い権威を顧みない革新者とか評されている。でも史実の信長は朝廷や幕府を大切にしている。結果として足利義昭を追放したけど、それは義昭に問題があったのだ。惨い説だと信長は帝を廃しようとしたとか言う学者もいるけど、そう言う人はちゃんと勉強したのだろうかと疑問に思う。たぶん異説を発表して目立ちたいだけなのだろうけど。

 信長はこれから勢力を拡大して京に上洛する。そして都の可哀そうな人達を大勢救うのだ。それに比べて自分はここで寝転がっているだけだ。いやいや、冷静になれ私。私は凡人だ、英雄と比べるなんて思い違いも甚だしい。私には小田領を守るという使命があるのだ。


 「京の人達は私達を田舎者と馬鹿にするそうだけど、私はこんな酷い所に住んでいる京の人達が気の毒だよ。小田の方が皆食べられていると思う。辺りを見れば孤児だらけだし、別の世に来てしまった気になったよ」


 「左様で御座いますな。某は真壁が懐かしゅうなりましたな。子が食えぬのは哀れなものです。かと言って拾い集めて養う訳にも行きませぬ。某は己の無力が口惜しゅう御座います」


 「久幹、百地、明日は早くに京を出よう。私はここに居たくない」


 私はそう伝えるとまだ見ぬ堺に思いを馳せた。翌日。私達は京を出た。いつもの通り、てくてく歩いていく。京から出ただけなのに何故か元気が出てきたのが不思議だった。大嫌いという訳ではないのだけど、どうもあそこに居ると気が滅入ってしまう。私は京と相性が悪いのかもしれない。

 私達は二日を要してようやく堺の街を眼に捉えた。大きい、それが第一印象だった。そして私はやって来た!歴オタの聖地、堺に!街全体を水堀が囲っていた。前世では見慣れたものだけど、今生では珍しい部類になる。堀に水を維持するのは地理に恵まれないと中々難しいのだ。小田城も四重の堀が張り巡らされている。雨季はいいのだけど天気が続いたり乾燥した冬になると水が枯れるのだ。そう、石垣の技術が無いからだ。地形に恵まれている土浦城は一年中満水だけどね。さすが我が逃げ城である。

 私の城である戸崎城は空堀だ、当然防御力は格段に落ちる。守る立場になって初めて解る水堀のありがたさである。費用と労力が割に合わないから現状放置だけどね。小田城は私が家督を継いだら改修する予定だ。それまでに経済基盤の再構築をしないといけない。前世で小田家の本を読んでいて、本城を変えればいいのにと思っていたけど、小田家は四百年もここにいるのだ。小田の氏族だけでなく領民も四百年の歳月を受け継いでいるのだ。移転する気になれないのも今の私には解る。なので私も移転はしないつもりだ。

 遠目に見ただけでも街並みが整えられている事が見て取れた。現代では失われてしまった街である。歴オタの血が騒ぐ。なんだか興奮してきたよ!堺に来る事が出来た事を転生の神様に感謝したい気分だ!私達は堺に入った。堀に架けられた橋を渡り、その大地を踏みしめた。感無量である。入り口には簡単な関所があり、その左右には木組み櫓が設置されている。自治都市なので防衛設備だと思われる。この街の中の富は膨大なのだから当然なのだろう。

 街はぐるりと塀と柵で囲まれている。莫大な富が集められている場所だけあって防衛には隙が無いように思える。暫く進むと賑やかな通りに出る。花街だ。様々な商店が軒を連ね、色とりどりの暖簾が華やかだ。街のあちこちに水路がありその内側は石垣で固められている。水路脇に建つ家も風情を楽しめる作りになっていた。まさに東洋のベニスである。そして人さえも違って見える。雑多に見える様でも何かしらかの秩序を感じた。


 「若殿、ご興味がある事は察しますが先に宿を決めましょう、そのように立ち止まられては他の者の迷惑にもなります」


 何かを見つけては立ち止まり動かなくなる私を見て呆れたように久幹が言う。確かに十七人もいるのだ。興奮して気が付かなかったよ。百地が探してきた宿で私達は草鞋を脱いだ。部屋に落ち着いた私は百地に用意していた書状を手渡す。


 「この書状を今井宗久殿に届けて欲しい、くれぐれも丁重にね」


 「畏まりました、直ちにお届けして参ります」


 「一応言っておくけど百地が行ってはダメだよ?配下の者に行かせてね、貴方は小田家の重臣になるのだから」


 部屋を出ようと出口に向かった百地の動きがピタリと止まった。そしてゆっくりとこちらに振り返った。凄い怖い顔をしている。


 「一体、何を言われましたか?」


 「重臣になるのだから簡単な仕事は配下に任せなさいと言ったのです」


 「某が……重臣ですと!いやいや、いくら何でも無茶苦茶で御座います!」


 そう言い放った百地は立ったままなのに気が付き、慌てて膝を突いた。その様子に面食らった私は彼に答えた。


 「何が無茶苦茶なの?私が家督を継いだら当主になるのだから、近しい貴方は重臣になるに決まっているでしょ?」


 百地は慌てたように平伏し、まるで床に話すように口を開いた。


 「我等は新参者に御座います。それにお仕え致してまだ数日に御座います。それにそのような事をされては御家中に火種を投じるようなものです。どうかお許し下さい」


 こんな反応をするとは思わなかった。でも、どの道そうなると思うんだけどね。対応に困っていると久幹が口を開いた。


 「若殿は随分と百地殿に惚れ込んでいるのですな」


 「百地を見ていると勝貞を思い出すんだよ、久幹はそうは思わない?」


 「出会ったばかりで御座いますが、好ましいと感じております。百地殿には失礼な言い様になりますが、武家と忍びでの本音の口論など望んでも聞けるものではありませんからな。お人柄は理解したつもりでいます。ですが、百地殿の言い分もよく解ります。実際そうなれば嫉妬する者も出て来るでしょう。それに某も他人事ではありません。御屋形様を飛ばして若殿に被官するのですから勘繰る者も出るでしょう」


 「鬼真壁に咬みつける剛の者なら私は重用するけど?いればだけど」


 「家督を継げばどの道荒れるよ。家中だけじゃなく外からもね。能があって忠義があるなら側に置きたいと思うのは不思議ではないと思うのだけど?当家に長く仕える者を粗末にするつもりはないけれど、それと国を治めるのは別の話だよ」


 「前例の無い事ですからな、この旅で若殿のお考えを側で聞いてきた某ならまだしも、他の者は若殿をただのお子としか見ておりません。理解は得られないでしょうな」


 「信長殿の意見は正しかったという事だよね」


 「久幹と菅谷に軍を任せて百地に他国の監視と謀を任せる、ここに来る道中に考えていたけど、久幹の話を聞いたら自信が無くなってきたのだけど?」


 「菅谷殿と同列とは随分と買ってくれたものですな、自信はあります。が、問題は国衆になります。若殿の仰る通り、家督を継げば戦を仕掛ける者もおりましょう」


 「結城だろうね。父上の宿敵だし。調略を仕掛けられるよきっと」

 

 「でしょうな、ですが百地殿が居られます。かつてとは違った戦が出来るでしょう。若殿も嫌がらずに他国の戦の見物をせねばなりませぬ。戦を知っておかねば苦労する事になりますからな」


 「分かってる。百地の仕事は国人の監視になりそうだね。そんな事したくないのだけど」


 「ですが機先を制せます。国人の某が言うのもおかしなものですが、二百、三百の兵では小田の軍勢が攻めてくれば戦にもなりません。距離も近いですからな、援軍も望めないでしょう。そう考えると百地殿がいるのは心強いですな」


 「小田宗家の兵が千四百、久幹の領が入れば千六百。国人が被官してくれるだけで随分変わるよね」

 

 「そうですな、これが三つ、四つと増えれば小田の国力は跳ね上がります。戦の度に国衆に気を遣わなくて済みますからな。ところで百地殿、そろそろお顔を上げたらいかがですか?」


 そういえばそうだった。久幹に促された百地は居住まいを正し座り直した。


 「若殿のお返事をまだ聞いておりません」


 「聞いていたでしょ?私の国造りは百地がいないと始まらないんだよ。貴方はこういう場合は久幹のように一緒に考えるのが仕事になるんだよ」


 「ですが某は忍びで御座います。(まつりごと )に意見するなどあってはならない事で御座います」


 「私が(まつりごと )、菅谷と久幹が軍、百地が(はかりごと )、それぞれの立場から見れば間違いに気付けるかもしれない。それなら出来るでしょ?あと主命だから拒否出来ないので諦めた方がいいよ?」


 「主命に御座いますか……」


 「百地殿、諦めなされ。実際我等は忍びの常識など知らぬのだ。忍びの目からどの様に見えるのか某も興味がある」


 「すぐ出来なくてもいいから参加していればその内慣れるよ。私だってこんな話をしたのは今日が初めてなんだし」


 「主君が国人に本音を話している様ですと国が滅びますからな」


 ニヤリと口角を上げる久幹を私は軽く睨んだ。この人絶対試してたんだ。でも正直楽になったのが本音だ。


 「ところで今井宗久殿でしたか、某も名だけは知っております、堺の豪商であるとか。数ある商人から彼の者を選んだのは理由が御有りですか?」


 「それはね、明と交易をしているからだよ」


 半分本当で半分は嘘だ。私が今井宗久に会ってみたいのだ。ここは歴オタの聖地なのだから。


 「明で御座いますか。随分と羽振りがよいのでしょうな」


 「出来るのなら私も千石船で明と交易をしてみたいんだけど無理だよね。常陸は遠すぎるよ。小田家が九州にあったら絶対やってたんだけどね」


 「坂東の地にあってそのような事を企んでおるのは若殿だけです、諦めて下さい」


 久幹は家臣になったからか苦言が増えた気がする。明日は今井宗久に会えるだろうか?期待を胸に秘めながら、その日は暮れて行った。


 

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[良い点] 『歴オタの聖地』の表現で、主人公の興奮爆上がり具合がよく伝わります^_^
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