第七十七話 寸話その1 蕎麦神と蕎麦夜叉 寸話その2 早合
筆者のミスにより大幅に石高の変更をしなければいけない事態に陥りました。石高の再設定をし、小田家の石高を32万石→20万石に、佐竹家が20万石→19万石に再設定しております。大変申し訳御座いませんが脳内の切り替えをお願い致します。活動報告にこの件について書き散らした記事が御座いますので、よろしければご一読お願いします。
寸話その1 蕎麦神と蕎麦夜叉
最近の私は頻繁に土浦に足を運んでいる。今日は土浦で政務をしてから政貞と桔梗を連れて大外堀の進捗を見に来ているのだ。次郎丸はお留守番である。街中で騒ぎになるのが面倒だからである。最近はお留守番が多いせいか、屋敷に帰ると纏わりついて離れないので困ったものである。そして見回りを終えてからお蕎麦を食べて帰るのが最近の決まりである。
あれからうどんと蕎麦の屋台は三台に増えている。香取の海を背にした土浦城に普請している大外堀は三方を囲う形なので、それぞれの堀に一台ずつの屋台を出店している。人足からの要望で政貞に増やすよう頼まれたのだ。高めの価格設定にも関わらず蕎麦の人気は増すばかりである。
蕎麦は小田領ではまだ自給出来ていないので輸入になる。この時代、蕎麦は雑穀扱いである。本来なら安く手に入る蕎麦の実が小田領では高値で売れるのだ。蕎麦は米が取れにくい所で仕方なしに栽培されている穀物である。だから山岳部などで栽培されているけど、量の少なさと輸送費が合わさり、商人が足元を見るから小田領に付く頃には値が跳ね上がるのである。蕎麦を作付けしたので収穫出来れば蕎麦の値段を下げる事が出来るはずである。
屋台のうどんと蕎麦はそれぞれ「掛け」のみだったけど、私は熊蔵にトッピングを提案した。葱や揚げ玉や塩漬けの山菜や季節の野菜、大根おろしに、焼き茄子にもちなど、簡単に仕入れられるものを並べて選んでもらうのである。そしてこれが大いに受けた。今やトッピングは欠かせない商品である。呼び方もそのままのトッピングである。
私達は蕎麦の屋台の列に並んだ。大外堀の普請の人足は時間差を付けて休憩を取って貰っているのでこの時間を利用して思い思いに過ごし、その中で蕎麦をおやつ代わりに食べに来る人が多いのだ。列に並ぶと私とよくかち合う人足の人がいた。頭をそり上げたスキンヘッドでいつも褌一丁でいる人である。
金剛力士像にそっくりなので私と桔梗は金剛さんと内々で呼んでいたけど、ある日うっかり金剛さんと呼んでしまい、それを聞いた彼は「金剛でいいです」と言い、名を金剛と改めたようだ。悪い事をしたと思う。
私達は会釈し合い順番を待ちながらお喋りをしていた。
「御屋形様は此度は何を『とっぴんぐ』されるので御座いますか?」
「政貞はどうするの?」
「某は山菜で御座いますな、塩の効いた山菜は蕎麦と汁の味を引き立てまする。某の気に入りで御座います」
「私は揚げ玉と山菜と大根おろしかな、辛い大根おろしがいいんだよね」
私がそう言うと政貞を始め列に並んでいる人足から驚きの声が上がった。
「御屋形様、三つも『とっぴんぐ』致すので御座いますか?」
「そうだよ、揚げ玉は汁の味をまろやかにしてくれるし、山菜は政貞が言うように汁の味を引き締めてくれる。そして辛い大根おろしが汁と合わさると何とも言えない味になるんだよね、身体にも良いしね」
私がそう言うと列に並ぶ人足から感嘆の声が上がった。そして仲間同士で話し合う。
「まさか三つも『とっぴんぐ』すんべとは、、、」
「だが、幾つも『とっぴんぐ』してはいけねぇとは言われてねぇよな?」
「さすがは蕎麦神だ、オラ達が考えもつかねぇ事を考えるべ」
「儂は、山菜と茄子にしてみんべ」
「ならオラは揚げ玉と大根おろしだべな」
「いんや、山菜と餅が美味そうだ」
ちょっとまて!今何て言った!今蕎麦神とか聞こえたけど、もしかして私のあだ名なの?恥ずかし過ぎるんだけど?
そうしていると雪と手塚がやって来た。雪と手塚は私達に気が付く様子もなく、列の最前列にいる人足の人を押しのけて列に割り込んだ。これは許されない行為である。手塚が雪を嗜めているようだけど雪は聞く耳を持たないようだ。
そして時間を掛けてトッピングを選んでいるようだ。スムーズだった蕎麦の注文がピタリと止まった。掟破りの行為に驚いていると金剛さんが小声で私に言った。
「あれは『蕎麦夜叉』です、近頃この界隈を騒がしておりまして、皆迷惑しております。仲間の一人が窘めた事がありますが、聞く耳を持たず、腕をへし折られました。以来、皆に恐れられ『蕎麦夜叉』と呼ばれているのです。お気を付けなさいませ」
金剛さんがこそっと忠告してくれる。雪、夜叉呼ばわりされているけどそれでいいの?
雪と手塚の注文が終わると再び列が動き始める。私は金剛さんに怪我をした人足の名前と住んでいる場所を聞いて、城に帰ってから謝罪と治療と生活の保障を家臣に頼んだのだ。
城に帰った私達は再び政務を始めた。私は雪の事が気になって政貞に振った。
「政貞、雪に注意しないの?」
私がそう言うと政貞は苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。
「そうで御座いますな、しかし、雪殿には言い難くう御座います。女子同士、御屋形様からご注意頂けませぬか?」
「女子同士だから言い難いんだよ、あれが赤松なら蹴り飛ばしているよ。政貞が言ってよ」
今の小田家のトップが私で政貞は家臣団のトップである。その二人が雪が怖くて言えないのだけど、私も政貞も問題ありである。私はふと思いついて、紙にサラサラと筆を走らせた。そしてそれを政貞に渡す。
「これはどうだろう?」
私が差し出した文面を読んだ政貞は口を開いた。
「名案で御座いますな、早速布告致しましょう」
次の日、うどんと蕎麦の屋台の隣に高札が立った。その内容はこうである。
『屋台に並ぶ者に割り込む事を禁ずる。皆で仲良く食し、仕事に励むように。守らぬ者は勝貞が叱る』
それからは雪も割り込みをする事が無くなったようである。
寸話その2 早合
完全武装した桔梗が的に向かって鉄砲を発射する。
『ドーン!』と鉄砲の音が響き、白い煙が舞う。そして桔梗は袈裟懸けに掛けた数珠繋ぎの筒を取り出し栓を抜き、立てた鉄砲にその中身を注ぎ込む。槊杖と呼ばれる玉と玉薬を突き込む道具でそれを押し込み、素早く構えて次弾を発射する。この間、約二十秒ほどである。
居並ぶ諸将は驚きの声を上げる。今日は新しく開発した早合のお披露目である。
誰もが知る通り、鉄砲の弱点は次弾装填の遅さにある。この事と、鉄砲が高価である事から割に合わないと戦国初期では普及が遅れたのだ。私は当初、三段撃ちで役割分担しようとしていたのだけど、いざやってみると無駄に人が必要で反って効率が悪いのではないかと思ったのだ。
そこで早合を思い出し、又兵衛に依頼して作って貰ったのである。私は前世で現物の画像を見ているので再現はとても容易かったのである。そして二十連にしてもらって桔梗達に訓練して貰ったのだ。これを大量生産して鉄砲衆全員に装備してもらうつもりである。
例えば百人の鉄砲衆がこれを装備したとすると計算上は七分ほどで二千発の玉を撃ち込めるのだ。自分でやらせておいてなんだけど、恐ろしい事である。
予備を五セット作ったら、百人の鉄砲衆だけで軍勢を壊滅させてしまえる気がするのだけど気のせいだろうか?これに小田家独特の鉄砲戦法、十人一組で大将を狙撃する『狙い撃ち』を行えば、武田にも北条にも負ける気がしないのだ。敵は雨だけである。
合戦の死亡率は一割から二割と言われている。激戦になればその限りでは無いけど、旗色が悪くなると足軽が逃げてしまうので意外に少ないのである。でも、この早合を使うと死者数がとんでもなく跳ね上がる気がする。
だけど、戦には絶対に勝たないといけない。負ければ領内は略奪され人は殺されて犯されて、そして売り飛ばされる。私の領民にそのような事が起こるのは決して許すことが出来ない。私は侵略する意図は無いけれど、侵略者には容赦しないつもりだ。私も色々経験して強くなったのだ。
続いて二十人の鉄砲衆が並び、的に向かって鉄砲を構える。
「速射十本!放て!」
普段お淑やかな桔梗だけど、戦闘の号令をする声は少しドスが効いている。でも、その堂々さと元の声が良いので耳に心地いい。
桔梗の号令で次々に鉄砲が発射される。断続的に続く発射音の迫力が凄い。ズラリと並べられた的が瞬く間に砕け散る。その様子を居並ぶ家臣が驚きの表情で眺め見ている。数分で鉄砲が撃ち終わる。辺りは煙だらけだけど訓練の成果がしっかりと現れ、見事に玉を打ち尽くした。あと、必殺技みたいでカッコよかった。
煙が散るのを見計らって私は又兵衛を呼んだ。
「又兵衛、私の早合には赤漆に銀で次郎丸を絵付けしてね。ゆるりと作ってくれればいいよ」
「承知致しました」
又兵衛は片眉をピクリと動かしてからそう言った。南蛮鎧に早合を袈裟懸けにしたら格好良いに違いない。私がニコニコしていると皆が寄って来た。でも皆凄い顔をしてる。私は皆に座るように言って、私も腰を下ろした。車座になって皆が座ると勝貞が口を開いた。
「御屋形様、何と申せば良いのか、これ程凄まじいとは思いませなんだ」
「そうだね、でも、これなら敵の軍勢も近寄るのは難しいんじゃないかな?それにこの方法なら攻勢に鉄砲衆が使えるんだよ。待ちの戦ばかりしていられないからね」
私は皆を見回しながらそう言うと、諸将はコクリと頷いた。
「それと欠点もあるんだよ。連続で撃つと鉄砲の筒が熱くなりすぎてしまうから使い方を工夫するか、予備の鉄砲を持つ必要があるかな?さっき桔梗が速射十本って言ってたけど、三本とか五本とか戦局に合わせて指示を変えるから、それで回避出来そうではあるんだけどね」
「これは参りましたな。真壁の鉄砲衆にもこの技を学ばせたく思います。御許可頂けましようか?」
久幹の第二軍団も鉄砲衆を新たに作ったのだ。皆で甚平にお願いしに行ったのである。甚平が快く引き受けてくれたので鉄砲の生産量が跳ね上がったのだ。現在の小田家の鉄砲保有数は五百を超えている。鍛冶場の規模を拡張したので今では鉄砲町と呼ばれるくらい大きくなっている。甚平には感謝である。
「もちろん学んで貰うよ。菅谷と雪の鉄砲衆もね、それと、、、。桔梗、あれを持って来てくれる?」
私が桔梗に頼むと用意していた竹で作った鉄砲と早合を手渡してくれた。
「御屋形様、それは何で御座いますか?」
政貞が不思議そうに質問する。
「これは、修練用の鉄砲だよ。この竹の筒は本物の鉄砲と同じくらいの大きさに作ってあるんだよ。そしてこの早合には砂と玉が仕込んである。玉薬を無駄に使う訳には行かないからこれで十分修練してから試しをして練度を見極めるといいよ。玉薬は山のように持ってはいるけど無駄遣いは厳禁だからね?」
私がそう言うと政貞が答えた。
「畏まりましたが、次から次へとよう考えますな」
政貞が感心しながらそう言うと久幹が続く。
「今の鉄砲が五百、一年経てば七百、坂東を獲れそうで御座いますな。いっその事、平将門公のように坂東を平らげては如何で御座いますか?御屋形様であれば容易いのではないかと考えてしまいますな」
久幹がそう言うと皆が口々に賛同する。久幹の野望に火が付いたようだけど、統治の苦労を忘れたのかな?懲りない人である。
「面白い、御屋形様がお望みとあらばこの勝貞が御屋形様に坂東を献上致します」
ニヤリと笑いながら勝貞がそう言ったけど、勝貞は皆を抑えなきゃダメでしょ!久幹に乗せられてるんじゃないの!
「私にそんな度胸はありません。それに関東管領を敵に回したら周囲が敵だらけになるよ?坂東を獲るなら防衛も考えると鉄砲が三千くらい必要になるし?」
「であれば、十年ほど我慢すれば良いのですな?いや、また甚平に頭を下げて倍作ってもらえば五年で御座いますな。楽しみで御座います」
「久幹!しないから!私は今の領で十分です!」
私がそう言うと皆が笑った。実は三千丁の鉄砲を揃えるのはそんなに難しい事では無い。買えばいいのだ。今井の鉄砲と国友村に雑賀もある。小田家の財力なら不可能ではないのである。でも、秘密である。坂東武者にそんな事を言ったら大変な事になるに決まっているのだ。
「御屋形様、某の家は鉄砲衆は御座いませんが、何丁か御屋形様に譲って頂いた鉄砲が御座います。早合を試してみたいので御座いますがお許しいただけましょうか?」
岡見が言うと豊田や平塚も続いた。赤松達も欲しそうな顔をしている。
「それはいいけど、玉薬を無駄にしない事は約束してね。又兵衛に頼むといいよ。それと皆は南蛮鎧は作った?銭は掛かるけど命が一番大事なのだから惜しんではいけないよ?それと皆所領が増えたのだから家来もちゃんと増やすんだよ?銭を貯め込んでも良い事なんて何一つないのだからね?」
「心得て居ります、我が家中も随分と賑やかに成り申した。論功では内向きの仕事をする者も報われるようになりましたので皆励んでおります。ご安心を」
勝貞がそう言うと皆も頷いた。私は何となく近くに控える甚平と又兵衛に視線を動かしたら少し顔色が悪い気がした。体調でも悪いのかな?それとも昨日はお酒を飲み過ぎたのかな?




