第七十六話 地上げと将来
「では、仁平。この条件で問題ありませんね?」
氏治に問われた仁平は恐縮しながら口を開いた。
「へぇ、ですが、御屋形様にお気を遣わせて勿体ない事で御座います」
「そのような事はありません。私が迷惑を掛けるのですから当然ではありませんか。仁平もこの街の者達にも私は感謝しているのですよ。それに、街が整ったら仁平の油を沢山買い付けますから、励んで下さいね」
そう言うと氏治はニコリと笑った。後ろに控える菅谷政貞は呆れ顔で眺めていた。同様に控える百地丹波と桔梗は澄ました顔で成り行きを眺め見ている。やがて、氏治一行が退出すると仁平は胸に手を当て息を吐いた。そんな仁平に妻の美代は声を掛ける。
「御屋形様は慈悲深いと聞いているけど、あそこまでとはあたしは思わなかったよ。ほんにありがたいわ。御屋形様の仰る通り励まないといけないね、アンタ」
美代の言葉に仁平はゆっくりと頷いた。
♢ ♢ ♢
今日は街の区画整理のために土地の買収に来ている。つまりは地上げである。でも、強制的に立ち退かせるのは気の毒なので家や店の再建は私が引き受けて大工に依頼して、必要な経費は色を付けて支払うのである。
日本人にとって家とは大切なものである。それはこの時代でも変わらないのだ。だから、立ち退きに際しては十分な補償をしているのだ。土浦城の大外堀の普請に合わせて一区画ずつ訪問しているのである。区画整理をしないと住居と商店がごちゃ混ぜになってしまうので今の内から整理してしまおうと始めたのである。
「何も御屋形様自ら致さずとも我らにお任せ下されば良いのです。今や御屋形様は大国の主なので御座います。かように民人と接せられては侮りを受けかねませぬ」
私の後ろを歩きながら政貞がお小言を言う。私は立ち止まって振り返り口を開いた。
「解っているけど、皆が忙しく役目を果たしているし、政貞も忙しいのだから私に任せておけばいいんだよ。それにこの土浦を堺よりも立派な街にしたいんだよ、その為なら私は幾らでも励むよ?」
「お気持ちは解りますが、我等は心配なので御座います。今少しご自愛頂かねば我等も安心してお役目を果たせませぬ。どうか御一考を」
私は政貞の声を背中に受けながら茶屋に向かい、長椅子に腰かけた。皆の分のお茶と団子を注文してから政貞に隣に座るよう促して口を開いた。
「百地も桔梗もいるから安心だよ。それより政貞、この道なんだけど、今の倍の幅にして御影石を敷き詰めたいんだよ」
私は今歩いて来た道を指し示しながら政貞に問うと彼は腕を組んで少し考えてから口を開いた。
「致すのはよう御座いますが、随分と銭が掛かりそうで御座いますな。寺のように致すので御座いますか?」
「少し違うかな、雨が降ると道は泥濘るむし、泥で足も汚れるよね?それに乾季になればホコリが舞うから目や喉に良くないよね?だから綺麗で清潔な道にしたいんだよ」
「確かに一理ありますな、ですが、真壁の石工に余裕があるかどうか。何せ、この土浦城の他に大宝城、関城の普請も御座いますから。銭の心配は御座いませんが、人足を増やさねばなりませぬ」
「ならば今の内から増やしてしまおうか?道は張り巡らす事になるし、石は作り置きしても腐る訳ではないよね?」
「承知致しました。真壁の人足を増やすと致しましょう。他には何か御座いますか?」
「あるよ、商いの区画と武家屋敷の区画の屋敷の屋根は全て瓦を積んで貰うから瓦師と相談して欲しい」
「瓦で御座いますか、それは随分と豪勢な。ですが、ちと贅沢では御座いませんか?」
私は茶屋の娘からお茶を受け取って一口飲んだ。
「それは考え方かな、下妻の城は瓦を積んでいるけど火矢を防ぐ為だよね?それと同じで重要な屋敷や店を火事から守りたいんだよ。火が起これば風に舞って屋根に降り注ぐからね。それに大火になれば人も大勢亡くなる事になるんだよ。私はそれを出来るだけ防ぎたいんだよ」
「成程!せっかく整えた街も火事で失っては意味が御座いませぬな。某、まだ学びが足りぬようで御座います。御屋形様は先を見ていたので御座いますな」
「政貞、あまり持ち上げられるとお尻の据わりが悪くなるよ」
私がそう言うと桔梗から注意が飛んだ。
「御屋形様、その様な言葉遣いは宜しくないと思われます。お改め下さいますよう」
「わかってる、それより政貞、お店を出す気はない?」
私がそう言うと政貞はきょとんとした顔をした。
「店で御座いますか?」
「うん、武家が商いの真似事をするのは良くないと思われているのは私も知っている。だけど、私達が生きて行くには銭が必要なのも事実だよ。今は領が育っているから小田家の家中は景気がいいけど、太平の世が来れば戦が無くなって人も大勢増えるんだよ。武家にしても戦が無いから子も増えるし、増えた子に土地を分け与えて行くから収入は減って行くんだよ」
私は再びお茶を飲むと続けた。
「そうなった時に収入が米だけだと、家を維持するのが大変になるんだよ。凶作の年もあるだろうし、皆が一斉に米を売れば売値も下がる。だから副業として商いをすれば政貞の子孫も銭に困る事が無いと思うんだよ。それに、商いを商人に独占させるのは政をする私達にとっても良くない事なんだよ。銭を質に武家が商人に頭を下げる姿を私は見たくないんだ。それと、、、。」
私は一拍置いて続けた。
「この土浦は座を撤廃する。働きもしない寺社に銭を与える必要は無いし、商いを独占する商人も要らない。そして段階的に領内の座を禁止にするつもりだよ」
私の言葉に政貞が考え込んでいる。そしてしばらくすると口を開く。
「つまりは商人を野放しにするのは危険という事で御座いますか?富を独占すると?」
「そうだね」
「それは理解出来ました、ですが、寺社を排除するのは如何なものかと?家中からも反対する者が出ましょう」
「そこは強行するよ。先々を考えれば皆の為になるし、私が寺社から睨まれても何の問題も無いよ。私は僧が飢えて死んだという話を聞いた事が無いんだよ。彼らは幾らでも食べて行けるのだから心配いらないよ。それに私は吉祥天様の生まれ変わりらしいからお告げがあったと言ってみるのも面白いかも知れないね?」
私が笑いながらそう言うと政貞は困ったように下がった眉を更に下げた。そしてずっと黙っていた百地が口を開いた。
「御屋形様、先年に近江国の六角定頼様が楽市なる令を布告されました。某も伊賀に参りました折に耳に致し、覗いて参りましたが随分と活気が御座いました。その楽市と同じと考えて宜しいので御座いましょうか?」
「そうだね、それでいいよ。皆に機会を与えるのは領主の務めだと私は思っている。今は理解するのが難しいかも知れないけど、家中の皆や領民の為になる事は間違いないよ」
私がそう言うと政貞が口を開いた。
「某、まだまだ学びが足りぬようで御座います。米を多く作り、商人に売れば良いと考えて居りましたが、その様な考え方もあるので御座いますね」
「政貞は私の右腕だから銭勘定が付いて回るからいずれ慣れると思うよ?所で、政貞ならどんな商いをする?」
私がそう聞くと政貞は即答した。
「蕎麦屋で御座いますな、某、蕎麦が大の好物で御座いますから」
キリリと下がった眉を上げて答えた政貞を見て可笑しくて笑ってしまった。
「御屋形様、何が可笑しいので御座いますか?」
心外であると顔に書いたような顔で政貞は私に問い掛けた。
「悪かった。でも、政貞は欲が無さすぎるよ。政貞の立場ならもっと儲かる商いは幾らでもあるのに」
「どの様な商いがあるので御座いますか?」
「一番儲かるのは土倉(質屋・高利貸し)かな、戦や一揆で真っ先に狙われるのは政貞も知っているよね?」
「確かに仰る通りで御座いますが、金貸しはちと抵抗がありますな」
「色々な商いがあるから、土浦の普請をしながら考えるといいよ。二つ三つやるつもりで考えるといいよ?商いを一つに絞る必要も無いしね」
私がそう言うと百地が口を開いた。
「御屋形様、我らも商いを致すので御座いましょうか?」
「百地は主命で商いをして貰うよ。話そうとは思っていたのだけど、丁度いいから話しておくよ」
「この様な場所で宜しいので御座いましょうか?主命とあらば余人に聞かれる訳には参りませぬ」
「ん~、誰も聞いていないようだし大丈夫だよ。百地には土浦を拠点にして相模、駿河、遠江、三河、尾張、伊勢、そして堺に店を出して貰うよ」
私がそう言うと百地の顔色が変わった。
「御屋形様、我らには商いの伝手など御座いません。いかが致せば良いのか見当が付きませぬ」
「それは大丈夫、宗久殿のお力をお借りする事になっているから全て宗久殿が良いようにしてくれるよ。百地はそれぞれの拠点で情報収集や情報操作をしてもらう。私が上方の様子や織田家、今川家、北条家の様子が判ればいいよ。商人は耳が速いから百地の仕事もやり易くなると思うよ?」
「左様で御座いましたか、冷や汗をかき申した。武田は宜しいので御座いますか?」
「うん、海路で十分だよ。甲斐には忍びを入れてあるし、あそこで商いは成り立たないと思う。宗久殿から知らせが来たらお願いね」
「畏まりました。必ずや主命を果たして御覧に入れまする」
そう言って百地は私に頭を下げた。それを見ていた政貞が小声で私に問い掛けた。
「御屋形様、まさかとは思いますが、北条や今川、武田と事を構えると考えて居られるので御座いますか?」
「政貞、私にそんな度胸は無いよ。でも、情報の重要性は政貞も理解しているよね?知っておく事が大切なんだよ」
「左様で御座いますか。某、安心致しました。ですが、よくよく考えてみれば戦を好まぬ御屋形様がそのような事をなさるはずが御座いませんな」
そのまさかがある可能性があるのである。私は三国同盟を阻止するつもりだ。そうすると信長の桶狭間が無くなる可能性が高いのである。各国に商家を置くのは情報提供や経済的に信長の支援が出来ないかと考えた苦肉の策でもあるのだ。それとついでに武田家への工作である。そしていざとなれば鉄砲を担いで信長を支援するつもりである。私は信長に賭けているのである。




