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第七十一話 現代料理再現 その1

 

 愛洲宗通を家臣として迎え、時は流れ九月となった。彼の仕官は小田家中を大いに驚かせたようだ。そして皆大歓迎である。武を重んずる坂東武者にとって強さとは正義なのである。久幹などは愛洲の話を聞くと大急ぎで小田にやって来て面会を乞う程であった。そして愛洲の仕官は周辺にも広まり、教えを乞いたいと希望する武士や剣術家が彼を訪ねて来るようになった。


 でも愛洲はあまり嬉しくない様で、剣術家が尋ねて来ると嫌そうな顔をしていたのが印象的だった。気になったのでそれとなく聞いてみたら彼曰く『剣術家は野蛮だから関わりたくない』との事。面接でのやり取りや、ここ数ヶ月の付き合いで愛洲は剣豪だけど平和主義者なのが解ったから私は愛洲に他流試合を禁止したのだけど、とても嬉しそうな顔をして了承してくれた。何だか変わった剣豪である。


 現代日本でも宮本武蔵や柳生十兵衛など剣豪と云われる人物の時代劇が作られているけど、私がイメージする剣豪と正反対である。でも、私も家臣になった愛洲に無駄に斬り合いなどして欲しくないので全く問題無しである。護衛兼剣術指南役にした愛洲だけど、彼は道場にはあまり興味が無い様で殆ど毎日私の護衛をしている状態である。


 だから自然私の仕事に付き合う事になる。大名らしからぬ私の行動に驚いていたようだけど、直ぐに慣れたようで今では意見を交わし合うようになっている。彼は武家の割に職人や百姓にも気さくで余り身分を気にしない質のようだ。私も愛洲とは話し易くて前世の日本人と話をしているような感覚があり、会話をしていてとても楽しい。


 剣豪の愛洲を迎える一方で、小田領では移民や流民も迎えている。戦国時代の日本は慢性的な飢饉である。それは自然災害もあるけど、多くは戦のせいである。前世で七度の飢饉より一度の戦と本で読んだ事があるけど、戦は田畑を荒らすし収穫した米や穀物などが徴発されるので民の手元に残らないのだ。幸い私の領では農業改革が成功もしたし、戦で荒らされていないので民は食べるのに困らない状態である。そしてそれは他国に噂として広がり、それを聞いた人々が藁にも縋る思いで小田領に逃げて来るのだ。


 私は勝貞や政貞、久幹と話し合い移民や流民は全て受け入れる事に決めたのだ。土地は幾らでも余っているし、開墾すれば国力は増加するのである。ただ、彼等が生活基盤を整えるまでは国で面倒を見ないといけないのは仕方のない事だろう。米が十分採れる小田領では麦が余っているし、土浦城の拡張工事が始まっていて人足の仕事もあり、今の所は問題無く回っている状態である。ただ、隣の大掾家や土岐家、相馬家からの移民も受け入れているので各家からクレームが来ている状態である。でも、民からすれば隣の国では領民が食べるに困らない生活をしているのを見れば引っ越したくなる気持ちも解る。私も同じ立場ならそうするだろうし。


 それに私が吉祥天様の加護を受けているという噂もあり、そして小田領は毎年豊作、戦も無く治安も良いと聞けばその気持ちを更に加速させるのだろう。だから私は隣国のクレームは無視している状態である。文句があるなら民を食べさせて欲しい、私は悪くないと思う。ただ、佐竹領から来る移民は丁重にお断りしている。同盟国だし義理が立たないから仕方ないのである。義昭殿には頑張って欲しいものである。


 そのような訳で小田領は人の流入が増えて活気付いているのだ。土浦、大宝、関では普請が行われているから仕事もあるし、小田の城下町は建設ラッシュでもある。人が集まるとそれを目当てに商人も集まって来るのでお金も回るのである。少し寂れていた土浦の城下町も今は人が多くて屋台や露店も随分増えているのだ。


 そんな土浦の様子を愛洲と共に見回って城に戻ると、堺の宗久殿から私宛に荷が届いたと聞いたので目録を確認したら思わぬ品に驚いたのだ。それは蜜淋ミイリンである。目録とは別にある宗久殿の手紙によると、明から手に入れた甘いお酒と記されていた。蜜淋ミイリン=味りんである。日本の料理には欠かせない調味料だけど、この時代ではお酒扱いなのだ。史実だと味りんが使われ始めたのは江戸時代だったと記憶しているけど正直どうでもいい。味りんがあれば色々な料理が作れるようになるのだ。


 宗久殿の手紙を見たままプルプルしている私を見て愛洲が口を開いた。


 「氏子よ、如何致したのだ?」


 愛洲の問いに私は顔だけを彼に向けた。


 「宗久殿から凄い物を頂いたんだよ。どうしよう?夢が膨らむよ、、、」


 私の様子に怪訝な顔をした愛洲は顎に手をやり答えた。


 「堺の今井は儂も尋ねた事があるが、今井宗久には会った事はないのう。尤も、荷担ぎの仕事を致したのだが」


 愛洲からは氏子呼ばわりされているけど、どうも愛洲の中では私は氏子らしく、つい口に出るようだから特別に許しているのである。勿論TPOは愛洲も弁えているから問題は無い。私としては現代日本人と話をしているようで楽しいのだ。百地や桔梗は初めは顔を顰めていたけど今では慣れたようである。ただ、勝貞や政貞の前では禁句だけど。


 「今井で荷担ぎなんてしてたんだね?」


 「儂の旅は常に路銀に苦しんで居ったからな。あの頃が懐かしいわい。して、凄い物とは?」


 「宗久殿から蜜淋ミイリンを頂いたんだよ。これは料理に使うととても美味しくなるんだよ、何作ろうかな?」


 夢が膨らむのである。今の食事は塩や味噌が基本だから現代の飽食を味わった私には少し味気ないのだ。時代だから仕方が無いと諦めてはいるけど、偶にかつ丼やうな重が食べたくなる事もあるのである。いつかは現代料理を再現しようと企んでいたけど、これは好機かも知れない。うっ、考えたら無性にうなぎが食べたくなった。この時代だと塩焼きしか無いし美味しくないんだよね。


 「氏子は料理も致すのか?意外じゃのう」


 「私だって(おなご)だよ?料理位は出来るし得意だよ?」


 「ふむ、して何を作るのだ?」


 うーん、どうしよう?現代料理を再現出来るけど毎回自分で作るのは面倒である。一応は大名だし料理人を雇ってレシピを伝授すれば気楽に美味しい食事が摂れていいかも知れない。


 「うーん、折角だから料理人を雇って教える事にするよ。小田家は大名だけど料理人がいないし良い機会かな」


 私がそう言うと愛洲は少し肩を落とした。


 「なんじゃ、味見が出来ると企んでおったのに」


 残念そうな愛洲を可笑しく思いながら私は答えた。


 「必要な道具もあるし、準備に少し掛かるかな。楽しみにしているといいよ」


 翌日から私は現代料理再現の為に動き出した。まずは料理人の確保である。これは義昭殿に紹介してもらうつもりだ。私は義昭殿に文を書き、二番手三番手の若手の料理人を紹介して欲しいとお願いする。そして百地便で義昭殿に届けるように文を託した。宗久殿にはお礼の手紙と蜜淋ミイリンを定期的に仕入れて欲しいと文でお願いする事にした。


 それが済むと愛洲と共に又兵衛の元に訪れる。調理器具を作って貰う為である。夜なべをして作成した絵図を又兵衛に説明する。フライパンや玉子焼き器、鍋や手鍋に炭火焼の器具など必要な物が多いのである。この時代の道具だと使い難いのでどうしても必要なのだ。そして超特急で作るように依頼する。少しでも早く現代料理を作りたいのだ。


 少し興奮気味な私の様子に又兵衛は片眉を上げて訝しんでいたけど、『御屋形様がそこまで言われるのなら』と引き受けてくれた。勿論、予算は青天井である。後は台所を土師に改造して貰えば大体の準備は終わりかな。


 ♢ ♢ ♢


 佐竹義昭は太田城の私室で氏治からの文に目を通していた。また何か凶報であろうか?と身構えてしまった義昭だがそれも仕方のない事だろう。ここ数年は思いも寄らぬ出来事が多かったのである。側に控える小田野義正も同じ思いなのだろう、神妙な顔つきで義昭を伺っている。小田野義正の様子に自身を重ねた義昭は少し可笑しく思いながら口を開いた。


 「氏治殿が料理人を探しているそうだ」


 「料理人で御座いますか?」


 拍子抜けしたような表情で問い返した小田野義正に義昭は答えた。


 「うむ、小田家には料理人が居ないようだ。しかし、二番手三番手の料理人とはどういう事であろうか?」


 義昭は小田野義正に氏治の文を渡しながら疑問を口にした。今や小田家は大国である。それに頼朝公以来の名門の家であるから自ずと格が求められる筈である。氏治が二番手三番手の料理人を指名したのは一流の料理人に自分が調理法を伝授する事に遠慮があった為である。この時代の職人や料理人は誇り高い。そんな彼等に素人の自分がアレコレ指図するのが嫌だったのだ。だから二番手三番手の料理人を指名したのだ。


 そんな理由を知らない義昭が腕を組んで考え込んでいると氏治の文を読み終わった小田野義正が口を開いた。


 「左様で御座いますな、小田様に何かお考えがあるのかと推察するしか御座いませんか、、、」


 文に瞳を落としたまま答えた小田野義正に義昭は悩まし気に口を開いた。


 「氏治殿の願いとあらば叶えぬ訳には行かぬ。氏治殿の仰せの通りにするしかあるまい。だが、、、」


 そうだ!と義昭は顔を上げた。


 「小野田!氏治殿の仰る通り二番手三番手の料理人を集めよ!ただし、国中から集めるのだ!腕を競わせ最も腕の良い者を氏治殿の元にお送り致そう!」


 「成る程!名案で御座いますな!」


 「この義昭が味見をし、最も美味な料理を作った者を選ぶのだ。小田野、其の方も味見に参加せよ。一族にも舌の肥えた者が多いからその者達も参加させるのだ!」


 こうして佐竹家では前代未聞の料理大会が開かれる事になった。義昭は領内に触れを出し、それを聞いた人々は変わった事をすると思いながらも平和的な内容である事に安堵した。そして料理人の世界では驚きを持って迎えられた。何故ならば一番になれば大国である小田家の料理番になれるのである。それも二番手三番手で燻っている料理人がである。


 弟子を抱える料理人は皆一様に眉を顰めた。何故未熟な者を求めるのだろうか?そんな者達よりも自分の方が相応しいと嘆願する者も居たが相手にもされなかった。一方、弟子達は驚きと興奮と野心に目をギラつかせた。一番を獲れば大出世であるし、何より吉祥天の生まれ変わりと云われる小田氏治に食を供する事が出来るのである。佐竹領にも関わらず小田氏治の人気は絶大なのである。


 そして吉日を選び料理大会が開催された。場所は義昭の屋敷の広場が選ばれ、そこに土師によって急造の窯や作業場が設置された。食材は義昭が用意し、限られた食材で技を競う事になった。実力が問われる内容である。少しでも腕の良い者を選びたいという義昭の考えからであった。


 審査するのは佐竹家の一門や重臣達である。義昭の試みは好意的に受け入れられていた。娯楽の少ない時代である。イベントめいた催しに味見に参加したいと希望する者が多かったのだ。


 「まるで祭の様で御座いますな」


 集まった人々の喧騒を目にしながら小田野義正はにこやかに義昭に問い掛けた。


 「うむ、まさかこれ程になろうとは思わなかった。だが、皆楽しそうで何よりだ」


 義昭の妻や一門、重臣達の女房まで見物に来ている状態である。皆、この催しを楽しみにしていたようである。義昭の意図しない効果だが良しとした。そして料理大会が始まった。


 料理人達は限られた食材を活かすべく懸命に励んだ。その技は様々であり、料理をする様子を観察する義昭を始めとした面々も興味深々であった。普段は台所に入る事など無い人々である。包丁捌きや出汁を取る様子を感心しながら眺め見ていた。

 

 そして暫くすると次々に料理が出来上がり、その香りに人々は鼻をひく付かせる。それは二番手三番手の料理人と言っても腕が確かな証拠でもあった。そして試食が始まった。限られた食材にも関わらず多種多様な料理が用意された。


 「これは、、、。どれも甲乙付け難い」


 「うむ、見た事の無い料理が幾つもある。それにどれも美味だ、真にこの者達は未熟なのだろうか?」


 良い意味で予想を裏切った料理の出来栄えに審査の者達は感心していた。普段の食膳には出て来ない料理が多数あり、初めての味に衝撃を受ける者もあった。見物をしていた義昭の妻や重臣達の女房もいつの間にか味見に参加しており、皆で料理に舌鼓を打っていた。ちなみに義昭は味見を許していなかったが義昭は気が付かない事にした。


 「これは困りましたな。某には選べそうにありませぬ。それに酒が欲しゅうて堪りませぬ」


 小田野義正は幸せそうに口を動かしながらそう言った。


 「うむ、我が領にこれ程の腕を持つ者が大勢居ようとは思わなんだ。それにしてもこの飯の味は堪らぬ、これほど美味いあわ飯があろうとは」


 あわ飯とは麦やひえ等の雑穀や野菜、大根や芋などを混ぜて炊いた飯の事である。米を節約する為に雑穀などを混ぜたものであるが義昭はこのあわ飯をいたく気に入った。義昭は大のご飯好きである。普段も米さえあれば何もいらない人である。質素なあわ飯であったが絶妙な味付けがなされており、貧者の食とは思えない出来であった。


 「小田野、構わぬから倉から酒を出せ。この場に居る者全てに振舞うのだ」


 義昭は気前良く皆に酒を振舞い試食がいつの間にか宴会に姿を変えていた。武家のみならず集まった料理人や小者にまで酒が振舞われた。名門佐竹家では有り得ない様子であったが皆楽しく食事と酒を味わったのだった。

 

 程良く酔いが廻った頃に料理を評する事になった。最も支持を集めたのは義昭が気に入ったあわ飯であった。この審査には三歳になる義昭の子である次郎も参加しており、この子もあわ飯を気に入ったようだ。後の佐竹義重である。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 後の佐竹義重である しれっと鬼佐竹が混ざってて笑ってしまいました。希代の猛将を早くも手懐けてしまいそうですな(笑)
[一言] 読み返していて知ったのですが 堺での今井の荷運びバイト、愛洲もそうですが 四郎に又五郎も超短期(おそらく2,3日程度か?)してたんですよね 面識ある可能性もゼロでは無いのか
[良い点] お帰りなさい!
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