第七話 堺へ その4
2023/2/2 微修正
百地丹波と君臣の契りを交わした。想定外の大物を家臣に出来たのだけど、その分私の責任は重くなる。浮かれてばかりもいられない。忍びは私にとって必須の存在だ。現代ではスパイの有用性は常識だけど、この時代は忍びや乱破を使いはするけれど、一般的には極めて限定的である。北条家の風魔や武田家の歩き巫女など、積極的に使う大名もいるけれど、私達現代人が知る情報の扱いがまるで違う。簡単に言うと原始的なのである。私は百地を国防や情報操作に使うつもりである。敵の動きを把握していれば、陣触れも早く行えるし、敵の位置も知る事が出来る。当たり前だけど、情報がないと私のような情報に慣れた人間は反って身動きが取れなくなるのだ。とりあえずは百地を家臣に出来て幸運である。
「二百四十名か、けっこう多いね?」
百地の里の人々を私の領地に住まわせなければならない。百地一党は里の民に至るまで忍びである。勿論、子供もいれば妊婦もいるし老人もいる。彼等の引っ越しの計画を立てないといけない。戦力外だからと置いて行く訳にはいかない。家族とは大切なものだ。それにしても、百地の屋敷に来るまでの印象だとこんなに大勢の人が住んでいるようには見えなかったんだよね。一部は忍び働きに出ているとしても、一体どこに住んでるのか疑問だった。
「伊賀にも拠点は残しますが十名程度になるかと。過分なご領地を頂きましたので、この拠点で孤児を集め、忍びとして育てるつもりで御座います」
「それは良いね、孤児も食べる事が出来るし、私も畿内の情報は欲しいからね。上方の様子を知る事は大切だと思うし。不足があったら遠慮なく私に相談してね」
「若殿、『情報』とは何で御座いましょう?」
百地から質問が飛んだ。うっかり喋ってしまったけど丁度いい、しっかり説明しておこう。百地にはこれから活躍して貰うつもりだし、『情報』と『情報操作』は忍びにとって必須になると思う。久幹や政貞には『戦略』と『戦術』だけど、これは後でいいや。私は情報という言葉の意味を幾つかの例に例えながら説明をした。私が説明を終えると感心したように久幹が口を開く。
「ふむ、中々便利な言葉ですな、若殿はどちらで知ったので御座いますか?」
さすがに前世とは言えないから造語という事にした。書物とか言って後で貸してなんて言われたら困るしね。でも、何れは家中に広めるつもりだったから、二人の反応を見るに、あまり抵抗は無いようだ。
「それで小田領への移住なんだけど、最初は三十名程度で当面は戸崎城に住めばいいよ。私の城は人が少ないから長屋の空きもある。あと百地の屋敷は用意するから心配しないでね」
「それは……。忝のう御座います。ですが、あまり我らをお気になさらずとも良いかと存じますが」
「百地にも体面というものもあるんだから遠慮は無しだよ。主である私が恥を掻くんだよ?当面の問題は百地の民だけど、これは春までに拠点を決めて、家を建てればいいかな。収穫が終われば人手も確保出来るし?」
私がそう言うと百地が慌てたように口を開いた。
「いえ、若殿!そこまでして頂く訳には参りません!過分な所領も頂いております、そのくらいは我等が致します」
「確かにそうかもしれないけど私にも都合があるんだよ、春から百地にはやって貰いたい事があるからね。私は人使いが荒いから励むといいよ」
「お役目で御座いますか?」
「うん、それも絶対秘密の大役だよ。これは百地にしか任せないつもり。他人には任せられない。私には秘する事が多いんだよ。だから信頼出来る忍びが欲しかったんだ、百地になら私は安心して任せられるよ。百地は頑固者だし?」
それを聞くと百地は瞠目して「必ずや成し遂げてみせましょう」と平伏した。現代人の私には大袈裟に見えるんだけど、この時代の人は皆こうなんだよね。私も若殿を十二年しているけど、未だに平伏には慣れないよ。
「若殿、百地殿に所領を与えた分、若殿の実入りは減るはずで御座いますが、銭は足りるので御座いましょうか?」
「ああ、そういえば言ってなかったね。持ってきた荷を堺で捌くからそのくらい出せるよ。問題は無いから安心するといいよ」
久幹は訝しむように顎をさすった。
「確か『秘密』と申していましたな?秘されるほどの物を城から持ち出して来たので御座いましょうか?俵は軽いようで御座いますが?」
「う~ん、驚かせようと思ってたんだけど椎茸だよ、四貫目あるからそれなりの値になるんじゃないかな?十五貫目あれば城が建つというし?」
久幹と百地が目を見張ってる。うん政貞でもう慣れた。
「それなり所ではないでしょう……。どうやって集めたので御座いますか?筑波に群生地でもあるので御座いましょうか?」
「これでも苦労してるんだよ。私と権さんで栽培したんだよ。次の収穫分もすぐだし、銭には困らないから安心だよ。久幹を信じて教えたのだから秘密にしてね、バレると面倒な事になるし、領内に盗人が押し寄せて来たら夜もおちおち寝ていられないからね?」
「栽培……で御座いますか。それは某にも御教え頂けるので御座いましょうか?」
うん、そうなるよね。彼も独立領主、領土を富ませたい気持ちは私と同じだ。お金があれば何でも出来るは嘘では無いのだ。でも久幹、そんな期待した目で見ないで欲しい。
「久幹は私の師だし信頼もしている。だけど国人である久幹には教えられないよ、父上にすら内緒だし、少なくとも私が家督を継ぐまでは無理だと思う。それでも国策でしか出来ないから期待に沿えるかも判らない」
「確かに……。そうで御座いますな。某も若殿の立場ならそう申すでしょう、しかし惜しい」
「私だって久幹には何でもしてあげたい気持ちはあるよ。でも、この事が知れたら一門や他の国人が黙ってないと思う。一つだけ方法はあるけど……」
なんだか妙な空気になった。坂東は享徳の乱からずっと戦乱が続いている。戦になれば百姓は兵に取られ、田畑は荒らされる。駆り出された領主も軍備や兵糧と浪費を強いられる。皆貧しいのだ。河越の戦でも軍勢を出していたけど、小田領から荷駄が動きっぱなしだったし、浪費した兵糧の量を考えるとゾッとする。
「我が家が若殿に被官するという事で御座いますな?」
聞きたくないセリフだ。被官とは独立領主である国人が大名の家臣となる事だ。そうなれば家臣として主命には逆らえず領地替えをしろと言われれば反論すら許されなくなる。
史実の真壁久幹は小田氏治が家督を継ぐと独立し、結城家や佐竹家と組んで小田家との長い戦争をする事になる。私はそれを知っていたから彼に近付いて、情に訴えたのだ。彼は私を可愛がってくれたし私も彼と関わっている内に親愛の情が湧いてしまった。
「久幹、私は弟子として友としてそれはしたくない。久幹とは対等でありたいと思ってる」
久幹の顔を見れなくなって目を逸らした。突如として重くなった空気に沈黙の時間が続く、暫くすると久幹が口を開いた。
「若殿が尋常の子でない事を知り成長を楽しみにして居りました。武勇においては某を遥かに上回り、先日の織田三郎信長殿との会見では若殿のお考えを知り魂が震えるようで御座いました。大変見事でした。百地殿の件もそうで御座います。まだまだ先……、と思っていたので御座いますが、某が思う以上に若殿は成長されている。何れとは思って居りました。某も坂東武者の端くれ、野心も御座います。ですが、どうにも若殿には逆らえそうにありませんな」
少しの間をおいて久幹は続ける。
「某は若殿になら被官しても良いと考えて居ります」
「久幹!」
「ですが!」
久幹は私を遮るように言葉を続けた。
「条件が御座います、某も若殿同様、真壁の領民が大切で御座います。被官は致しますが、某の領地は特別として安堵する事、領地替えはしないことが条件に御座います」
なんだか現実感がない。独立領主が被官するのは武力に屈して渋々家臣になるものである。私も大名に何れはなるから中央集権化は考えていた。戦国時代の基本でもあるし。私は家督すら継いでいないのに久幹は被官してくれると言ってくれた。とても嬉しい。でも、父上を差し置いていいのだろうか?
「久幹、被官するなら少しは領地を貰わないと格好が付かないよ。直臣にするのは問題ないよ。でも、簡単に決めていいものなの?」
「承知致しました。若殿に納得頂ける領地を献上致します。この真壁は何れは家臣にと思って居りました。先ほど若殿は百地殿を家臣にされましたが、羨ましく思ったので御座います。某の方が若殿との付き合いは長いのです。先を越された気にもなりました。名誉のために言っておきますが決して椎茸や米に目が眩んだ訳では御座いません」
お米の事覚えてたんだね……。チラリと本音が見えた気がするのは私の気のせいに違いない。久幹らしくて安心した。でも嬉しく思う。久幹がいてくれると心強い。
「真壁の一族に相談しなくてもいいの?絶対揉めると思うんだけど?」
「当主は某です。黙らせます」
拳で、なんだろうなぁ。
「国に帰ったら大騒ぎになるよね、でも嬉しく思うよ。久幹、私に仕える事を許す、後で後悔しても知らないからね?それと、勝貞がきっと騒ぐと思うから喧嘩しないように」
まさかの久幹の被官で、二人も直臣をゲットである。私達は少し雑談してから、中断された打ち合わせを再開した。でも、本来の目的地である堺にすら着いてないのに事件が多すぎる。まるで連続イベント発生のようである。そして、さっきから百地の私を見る目が眩しすぎて心が痛い。久幹の被官のシーンは他者から見ても衝撃的だ。普通は国力差でやむなく降るからだ。絶対誤解して過大評価しているに違いない。あの目はきっとそうだ。あらかたの段取りが決まると、私はついでの仕事を百地に依頼する事にした。
「葡萄で御座いますか?」
「うん、山葡萄よりも大きくて甘いのがある筈なんだよ。甲州で探して買い付けして来て欲しい。数は五十くらい欲しいのだけど、あればなるべく多く欲しいし、無ければ手に入るだけでいいよ。戸崎で栽培するつもり」
「畏まりました、数名向かわせましょう」
この時期だと葡萄栽培は大々的には行われていない筈だ。別に産地にするつもりはない。葡萄は栄養もあるしこの時代では薬代わりにも使われている。私が個人的に甘味が欲しいのもあるし、自家製ワインを作りたいと考えていたのだ。それともう一つ。父上の健康問題である。史実では氏治は十五で家督を継いでいる。つまりあと三年で父上が亡くなるという事だ。でもそんなことは私が認めない、どういう病気かは知らないけど寿命は食事で幾らでも変わるのだ。父上は明らかにビタミンが不足している。名門の当主だけあって主食は白米である。玄米は嫌いなようで好きな物しか食べないから栄養も偏っているのだ。注意しても中々聞かないのでそれなら美味しい物と考えた。
百地を手に入れた今なら各地域の果物や食材を手に入れることが容易になる。私の要望を直接伝えられるからこれを使わない手はない。お使いで申し訳なくも思うけど、父上の寿命は私にとっても小田家にとっても最重要なのだ。他には栽培できる木苺や梨、蜜柑なども要望した。茨城の素晴らしい所は大概の果物が育つ点にある。
前世の私の実家は農家である。米も葡萄も作っていたし、父が果樹好きで色々栽培していたのだ。これらの苗が手に入ったら私が栽培し、軌道に乗ったら種から苗を作り、領民達の庭先に植えるよう奨励すれば、食料の足しにもなるし健康維持の補助にもなるだろう。
「武田の忍びに気を付けてね、買い付けだから危険は無いと思うけど?」
「ふっ、武田の忍び如き、我等の敵では御座いません。返り討ちにして御覧に入れます」
だから戦うなと言っているんだよ!私は平和主義なんだよ!再度釘を刺そうかと思ったけど止めた。百地なら大丈夫だろう。それにしても凄い自信である。
「若殿、葡萄でも何か致すおつもりで御座いますか?某も家臣になったので御座いますから隠し事は無しですぞ?」
「私が食べたいだけだよ、それと父上にも食べさせる。子供みたいに好き嫌いが激しいから心配なんだよ。土地も余ってるし、先を考えたら無駄にはならないからね。沢山出来たら久幹にもお裾分けするから期待しないで待っているといいよ」
苗の買い付けは堺で資金を手に入れてから出発するように指示をした。百地の経済状況だと持ち合わせも少ないだろうし、私からきちんと資金を渡したい。でないと彼等は無茶しそうで怖いのだ。葡萄泥棒とか洒落にならない。少し残念そうな久幹の様子を可笑しく思いながら、その日の打ち合わせは終わった。明日からは旅の続きである。
翌日。私達は旅を再開した。百地と十人の忍びが加わる形になり、私達の一行は十七名になった。十人の忍びの内八人は果樹苗買い付け担当の人達だ。随分と大所帯になったものだ。
RPG風に言うと勇者の私、戦士の久幹、忍者の百地という物理特化のパーティーになる。これで魔法使いが加われば鉄壁の布陣になる。でも本当に妖術使いとかいたら怖いので私的には却下である。ちなみに遊び人枠の四郎と又五郎はここにはいない。今頃どこをうろついているのやら?
百地を道案内に山城国に向かい、京を見物してから堺に行く予定だ。ここからの旅は畿内に詳しい百地がいるから安心である。伊賀は自然が多過ぎて怖いのだ、遭難はしたくない。現代日本と違って道路標識などは無いから確信を持って進むのが難しい。街道を進むなら地図は頭に入ってるから何となくの見当が付くのだけど、そこから外れた途端に酷く心細くなる。そして筑波山が恋しくなるのだ。私は前世も今生も常陸の民なのである。筑波山を見るとホッとするのだ。
私達の一行は百地の案内で安心して旅を続けることが出来た。地元民がいると心強い。宿に着くと、私は宿の主に頼んで酒宴の手配をした。家臣になってくれた百地と忍び達を労う為である。久幹はついでである。百地はしきりに恐縮していたけど、主命という事で納得して貰った。こういう時は手が掛かって困る。他の忍び達も恐々と席に着いている。私の家臣になったからには遠慮は許さない。絶対だ。ぎこちなく始まった酒宴だったけど、お酒が回り始めると皆陽気になり、その様を見ているだけで嬉しかった。忍びの世界の話を聞いたりして興味も尽きなかった。久幹が酔っぱらって忍びの女子にしきりに話し掛けていたけど、常陸に帰ったら奥方と相談する必要がありそうだ。
旅はその後も順調に続き、私達は京の都に入った。
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