第六十六話 下妻城の完成と評定
天文十九年(一五五〇年)の一月が終わる頃に下妻城の改修が完了した。前年に完成する予定だったけど政貞が納得出来ない部分があったらしく、その修正で工期が伸びた形である。でもその甲斐あって素晴らしい城になったと思う。
この時期では一般的では無い石垣の城に三層の天守閣を増築している。天守閣の先駆けは太田道灌の静勝軒が有名だけど、下妻城の天守閣や壁には白漆喰を使っていて現代人の私が良く知るお城になっている。時代の先取りもあるけど、漆喰は防火に優れるし天守閣は権威の象徴でもあるから使わない手はないのだ。それに高所から敵を見渡せるし、鉄砲を撃ち掛ける事も出来る。
白漆喰が塗られ始まると下妻城はその姿を一変させた。そして人々の噂になり一目見ようと見物に来る者が多かったそうだ。それには当然他国の間者も混じっているのだろうけど、気にしていては何も出来ないのでスルーである。それに隠せるものではないしね。
今日は下妻城のお披露目ついでに評定をこの城で行う事になった。それに今回の評定では内政に功績のあった者の論功行賞の日でもある。なので、国人や重臣の他に普段は評定に参加できない身分の人も来ている。今は皆で城を見物中である。久幹も河和田から来ていて、目を見張って城を見ていた。
国人達も口々に感想を漏らしながら感心したように見て回っている。そして久幹に付いて来たであろう四郎と又五郎も楽しそうに城を眺めていた。そして親である平塚と沼尻が二人を複雑そうな顔をしてやはり眺めていた。若い二人が重臣に交じっているのが不思議なのだと思う。
「話には聞いて居りましたが見事なものですな」
久幹は感心したように何度も頷いている。
「政貞の手柄だよ、穴太衆とも上手くやってくれたし、真壁や小田の石工も技を覚えてくれた。それに私の要望に見事に応えてくれたからね」
私がそう言うと傍らにいる政貞は居心地が悪そうな顔をして答えた。
「いやいや、某は殿の仰せに従ったまでで御座います。江戸との戦では武勲も立てて居りませんし、このくらいは致さねば面目が立ちませぬ」
政貞がそう言うと久幹が直ぐに反論した。
「政貞殿、そのような事は御座いませぬ。我らが安心して戦が出来たのも政貞殿が留守を守ってくれればこそで御座います。それに殿の要望に応えるのは大変なご苦労があったでしょう、この久幹にはよく解ります」
そう言って謙遜する政貞を庇っているのだけど、また私が悪い感じ?久幹にはうろ覚えで覚えていた入浜式塩田を再現して貰っている。入浜式塩田は塩田の高さを海の満潮と干潮の中間位にして、その周りに溝を巡らす事で、満潮と干潮の水位差を利用した塩造りである。ただ、私は見た事が無いので理屈だけを久幹に投げたのである。その時の久幹の嫌そうな顔はよく覚えているよ?ちなみに流下式はよく解らなかったので却下である。
「塩田の事を言っているのなら私も悪いとは思っているよ。でも、領民が塩を安く手に入れられるのは良い事だよね?」
「そうで御座いますが、鹿島には恨まれそうで御座いますな。四郎と又五郎の話では完成の目途が立ったそうで御座います」
「えっ、四郎と又五郎に振ったの?」
「左様で御座います。あの二人は変に知恵が回るので任せたので御座いますが、見事に役目を果たしそうです。某も常陸中部を任されて痛感致しましたが、政の補佐が出来る人材は真に貴重で御座います。塩田を視察致しましたが、某では出来ませんでしたな。見て話も聞きましたが、某にはよく解りませんでした。あの二人なればこそで御座います」
二人を絶賛する久幹の言葉に私は感心してしまった。口だけで理屈を説くのは誰でも出来る事だ。実際それを成すのがとても難しいのは誰でも知るところである。それに塩を安価に領民に提供出来るようになるのだから大勢の人々の生活を救う事にもなる。
「あの四郎と又五郎がそれほどの手腕を持っていようとは驚きですな」
政貞も感心したように頷いている。そして近くに居て耳に入ったのであろう平塚と沼尻が久幹に問い掛けた。
「真壁殿、倅はそれほどお役に立っているので御座いますか?」
心配そうに聞く平塚に久幹は答えた。
「平塚殿、御子息は立派に成長し役目も果たして居ります。この久幹、四郎と又五郎には随分と助けられました。どうぞ胸をお張り下さい」
久幹の言葉を聞いて頬を緩めた沼尻が口を開いた。
「あの又五郎が真壁殿から頼りにされようとは、堺では随分ご迷惑をお掛けしたと聞いて居ります。我が倅ながら某には未だに信じられませぬ」
「塩田の話は今聞いたから四郎と又五郎の褒美は上積みしないといけないね。此度の働きは民を救うものだし、大手柄なのは間違いないよね」
私の言葉に平塚と沼尻は目を剥いた。そして久幹が答えた。
「そうで御座いますな、民の暮らしを助ける事は殿のお考えに最も即した行為で御座います。これが賞されねば後に続く者も現れますまい。戦場だけが功を立てる場所ではない事を知らしめて頂けると某も助かります」
実に実感の籠った久幹の言葉である。それにしても何だかあの二人が木下藤吉郎を連想させる。案外、戦を任せたら凄い武功をあげそうな気がする。
私達が話をしていると岡見と豊田が話に入って来た。
「殿のご家中は景気がよろしくて羨ましゅう御座います。米もよう取れるようで御座いますし、某共もあやかりたいもので御座います」
岡見が言うと豊田も続けて口を開いた。
「鉄砲と石積みの技も素晴らしいもので御座います。我が城にも欲しいので御座いますがご許可頂けませんでしょうか?」
うん、欲しいだろうと思う。だけど私は国人を差別している訳では無いんだよ、区別しているだけ。独立領主に技術を渡すはずがない事は彼らも承知しているはずだ。特に岡見のおじさんは父上とも私とも仲が良いだけによく理解していると思う。
実際、小田家の支配領域では直臣と民は良い暮らしをし始めている。なにせ米が倍取れるし葡萄の買取もあるし鉄砲も望めば買う事が出来るのである。でも国人にはこの恩恵はない。当然だけど彼らは小田家の軍事力に守られる存在だからだ。
先の戦でも小田家の直臣が軍功を独占した形である。私がそう仕向けた訳では無いけれど結果としてそうなってしまった。だって戦を指揮するのが小田家の直臣なのだから自然そうなってしまうと思う。だから彼等は軍を出した礼金しか報酬を得ていない。今は国人の国主より小田の直臣の方が良い暮らしをしているのだ。
赤松や飯塚がそれを誇るから余計にそれが伝わってしまうし、聞いた国人は面白くないだろう。領民にしてもそうだ。隣の領民は自分達の倍の米を手元に残しているのである。そういう話は直ぐに伝わるものだ。
そして勝貞や久幹は十万石の統治を任されている。勝貞が四千、久幹が千五百の兵を動員出来るのである。私は二百の兵を領から募り、新たに持っているけど、前回の反省を踏まえて輜重隊として訓練している所である。政貞の普請にも訓練がてら駆り出されていたりする。そして私は上がりだけ貰っているけど、数万石や数千石の国人からすれば勝貞と久幹は大出世である。収入も国人時代とは大違いだし。
「岡見も豊田も判ってて言っているでしょ?私だって岡見はおじさんのようなものだし、豊田が義理堅い人だという事も知っている。私が二人に惜しんでいると思わないで欲しい」
私がすこし不満げにそう言うと岡見が笑いながら答えた。
「存じて居ります。この岡見、赤子の頃から殿を知っているので御座います。この手に抱いてあやした事も御座います」
うっ、転生した私は自我を完全に保っていたから私も覚えている。とても高度な赤ちゃんプレイをした記憶が今もしっかり残っているよ、、、。
私が昔を思い出して赤面していると岡見と豊田は「後ほど」と去ってしまった。それを見送るようにしながら政貞が口を開いた。
「被官した我らの暮らしぶりがよう御座いますからな。ですが、ひと昔前では考えられぬ事で御座います。田畑もそうで御座いますが、領は倍以上になりましたからな。御屋形様ですら成し得なかった事で御座います。殿こそ胸を張るべきで御座います。この政貞はよう分かって居ります」
下がった眉をキリリと上げながら政貞が言った。
「某は賭け事は致しませぬが、此度は殿に張って正解で御座いました。真壁の領を差配するより断然今の方が面白く御座いますからな」
ニヤリと笑いながら言う久幹を睨んでいたら桔梗から声が掛かった。評定の支度が出来たらしい。私達は移動すると評定を始めた。
まずは久幹から常陸中部の統治の状況の説明があり、その後勝貞から小田領の開発状況の説明があった。そして政貞からは下妻城の普請の完了報告がなされた。今までの評定は父上の時代のやり方でやっていたけど、今回からはやり方を変えている。
私から一方的に話すのではなく、各城代から困り事や相談などを軍団長である勝貞と久幹が纏めて、私に献策するなり相談する形に変更している。いずれはきめ細やかな統治が出来るように今から役割分担やその為の人材育成をしていくつもりである。
ひと段落した所で私は新たな人事を発表した。今まで曖昧だった役割を明確にしたのだ。政貞を普請奉行に正式に任命し、また私の正式な補佐役にも任命した。そして桔梗を小田家の鉄砲指南役として任命したのだ。桔梗に関しても今まで曖昧で鉄砲の指導に貸し出していたけど、彼女のおかげで皆が鉄砲の扱いを覚えることが出来ているし、桔梗自身が鉄砲の名手なので適当だと思う。
だけど、二人に相談なしでいきなり発表したので政貞と桔梗から睨まれた。私からのサプライズだと思って欲しい。それに合わせて二人の加増を言い渡し、そして政務で活躍している若手一人一人に褒美を与えた。今まで政務の手助けをする者が評される事があまりなかったので居並ぶ将からはざわめきの声が上がった。
「平塚四郎、沼尻又五郎には真壁の補佐の功績と塩田開発の功績で各々百貫の知行と太刀を与えます。特に塩田の開発は嬉しく思います。益々励んでくださいね」
私がそう伝えると二人は驚いたような顔をして平伏した。周りのざわめきは更に大きくなった。百貫は今で言うと千二百万円位の価値である。でも私としては塩田を成功させてくれたお礼としては妥当だと思う。それに塩を安価で民に流しても私には二人への褒美以上の収入があるしね。それに塩を手に入れられれば今後計画している飲食店などで利益も出しやすくなるので二人の功績は大きいのである。
「続いて、菅谷政貞。築城の技をものにし、見事下妻城を生まれ変わらせてくれました。この褒美として下妻城を正式に与えます。今後もその技を小田家の為に生かしてください」
そして四郎と又五郎の時より大きなどよめきの中、政貞が慌てたように口を開いた。
「お待ちください!下妻の城は我らが殿からお預かりしている城、それを某一人に下さるなど勿体ない事で御座います!どうぞお考え直し下さい!」
いつもそうだけど、お金に煩い割に政貞は欲が無さすぎる。
「政貞、貴方は誰も成し得なかった事を成したのです。それに下妻の城は結城との最前線だからこそ政貞に守って欲しいし、政貞に与えたいのです。それに褒美を断っては、後に続く者にも迷惑になると思いませんか?」
私がそう言うと政貞はうぐっとなりながら口を開いた。
「殿がそこまで仰られるなら此度はお預かり致します。ですが、我ら菅谷一族は殿に被官致したので御座います。我らは殿と運命を共にする者で御座います。ですから余りお気を使われませんようお願い申し上げます」
相変わらず固い政貞だけど折れてくれて良かった。私としては前線は信用できる者に任せたいし、菅谷は鉄砲衆も持っている。政貞は油断しない質だし適任なのである。
続けて私は手塚を片野の城から関城に配置換えとした。もちろん、雪の鉄砲衆も同様である。大宝城を挟む形で鉄砲衆を持つ家臣を置けば結城と水谷に対して万全の防衛網を敷く事が出来る。これは手塚と雪とは相談済である。
下妻の城の普請が終わったので今年は関城と大宝城を普請する事になっている。それぞれを小田の石工と真壁の石工の上に穴太衆の親方が面倒を見ながら普請する事になる。もちろん、政貞が奉行なので彼の下知に従う形である。
そして残った穴太衆は土浦の街の総構えを作って貰うのである。とうとう私のターンが来た感じだ。土浦の街は区画整理しながらゆっくりと作って行くつもりだ。私もそろそろ現代料理の再現や新商品の開発に力を入れていこうと企んでいるのである。
そして評定もお開きとしようとした所で岡見から声が上がった。




