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第六十二話 信長への結婚祝い その3


 那古野城に到着した私達は評定の間に通され、そして私は織田信秀に対面している。


 どうしてこうなったかと言うと、次郎丸を見た信秀の家臣が通報したらしい。それに興味を持った信秀が私が信長を訪問する事を知って急いで那古野城に来たそうだ。そのお陰で次郎丸も城内に入れて貰えたのだけど、私は結構ビビっていた。


 私のイメージする織田信秀は粗暴な人物である。だからなるべく会いたくないと思っていたのだけど上手く行かないものだ。


 見た感じだと、立派な髭を蓄えて陽に焼けた顔に目つきは鋭いけど悪い感じはしない。ただ、戦に明け暮れていると聞けば納得できる雰囲気がある。そして生命力に溢れているという印象を持った。この人があと二年で本当に亡くなるのだろうか?と疑問に思う程だ。


 私も大名の端くれなのでそれを慮ってか、信秀から丁重な扱いを受けている。小田家は田舎大名だけど関東八屋形の一つで屋形号を称する事が許された家である。


 簡単に言うと、主君に対する敬称は「殿」だけど、足利将軍家から屋形号を称する事が許された家の主君は御屋形様と呼ばれるのである。私の父上が御屋形様と呼ばれるのはこの為である。大名にも格式があって屋形号の上には公方号、御所号などがあるのだけど、今川家などは「太守」と呼ばれている。大国の主なので屋形号より上の呼称で呼ばせているのである。つまりはステータスのようなものだ。


 その名門のステータスのお陰か、百戦錬磨の織田信秀が私を丁重に扱ってくれているのだと思う。ちなみに織田家が屋形号を得るのは信長が義昭を奉じて上洛してからになる筈である。


 粗暴なイメージを持っていた信秀だけど、私に対する態度や語る口調は丁寧そのものであった。そして私が信長と帰蝶の婚姻の祝いに来たのだと言うと目を丸くして驚いていた。信長は話していなかったらしい。


 「倅の為に態々お越し頂いて真に忝い。まさか倅が坂東の小田家とお付き合いがあるとは知りませなんだ。それもこの様な美しき姫君とは驚きました」


 いきなりヨイショされた。信長もそうだけど、美しいと言われて悪い気はしない。だけど、私の容姿を誉めてくれたのって宗久殿くらいなんだよね。たぶん社交辞令だろうから話半分でいい気にならないようにしよう。


 「信長殿とは十二の時に初めてお会いしました。それからは文でやり取りして交流していたのです」


 私は信秀に信長との出会いや、その後のやり取りを説明した。信秀はそれを興味深そうに聞いていた。


 「常陸で戦もありましたし、信長殿の婚姻を知るのが遅れてしまったので今更のこのことやって来たのです。返って無礼にならないかと心配しています」


 「その様な事は御座いません、大名家の当主が態々祝いに来るとなれば倅にも箔が付きます。この信秀、心より感謝申し上げる」


 ニッコリと笑う信秀の態度に私は安堵した。友達のお父さんに会うのは緊張するものである。それに確かに箔が付くだろう。信長もこれから家督を継ぐけど、家臣の統制に役立つなら私も嬉しい。


 「そう言って頂けると私も安心出来ます。大名とは面倒なものです、友の祝い一つで家臣が大騒ぎになるのですから」


 「友!!!」


 私がそう言うと信長が反応した。あれ?迷惑だったかな?


 「なんだ?信長?其の方、氏治殿の友では不足と申すのか?」


 何故か動揺している信長を見て信秀が口を開いた。信長はハッとした様子から居住まいを正した。

 

 「父上。この信長、氏治殿の友である事を誇りに思っています。管鮑の交わりの如く、無私で氏治殿とお付き合いして行こうと考えています」


 そう言ってから信長は薄く笑っていた。なんか大袈裟な事を言っているけど良しとしよう。友達と言ってから相手から違いますとか言われたら立ち直れないしね。


 「所で、、、。大変ご無礼かと存ずるが、先程からその大きな犬が気になっているのです」


 信秀は信長と違って次郎丸を恐れる気配を微塵も感じさせなかった。私と話しながらもチラチラ見てたから余程興味があるのだろう。私は赤松が次郎丸を拾った所から語って聞かせた。信秀は一々相槌を打ちながら興味深げに聞いていた。そして撫でさせて欲しいというので許可したら嬉しそうに次郎丸を撫でていた。


 「ほう!固い毛並みかと思って居ったが、随分柔らかい。それに尾が二本もあり居る、真に珍しき犬ですな」


 「冬は暖かくて寄り添っているといつの間にか寝てしまう程です。信秀殿はお気に召したようですね?」


 私がそう言うと信秀は破顔した。


 「気に入りましたとも!この様な犬を持つ氏治殿が心底羨ましい。常陸へ参れば求められるのだろうか?氏治殿、居るのなら是非この信秀に譲って頂きたい」


 居るのかな?次郎丸の兄らしい太郎丸くらいしか思いつかないけど、赤松が攻撃されたみたいだし無理だと思うけど?


 「この子の兄が居たと聞いていますが、逃げてしまったようです。私も次郎丸がこんなに大きくなるとは思っていませんでしたし、常陸でも他に居るとは聞いていませんね」


 私がそう言うと信秀はがっかりしたように肩を落とした。


 「次郎丸の兄と申しましたか、仮に見つけたとしてもこの大きさでは慣らすのは難しいでしょうな。しかし、惜しい、、、」


 そう言いながら次郎丸を撫で回す手が止まらない信秀は歴史で語られる苛烈さは欠片も見当たらなかった。彼は那古野城を謀略で奪っているし、戦では斎藤道三の稲葉山城の城下まで攻め入るし、三河の松平広忠や今川家の太原雪斎とも戦っている。私からすれば恐れ知らずの人だけど、プライベートはこんなものなのだろう。


 その後も信秀との会話が続き、当たり障りのないように対応していたのだけど信秀は中々私を解放してくれなかった。私と信秀は大名同士で同格なので嫡男である信長は一段下になってしまう。だから会話に割って入る事は出来ないだろう。


 私としては早く帰蝶と話をして誤解を解きたいのだけど、機嫌良く語る信秀の顔も立てなければならない。話が一段落した所で室に案内されて一息ついたけど、しばらくすると宴に招待された。主催は信長の筈なのだけど、いつの間にか信秀が仕切りだしたと伝えに来た信長と平手殿が苦い顔で語ってくれた。


 「父上が氏治殿を気に入られたようでご迷惑をお掛けしました。この信長が『友』である氏治殿の一切を歓待したく考えていたのですが、父上には逆らえません。どうかお許し下さい」


 そう言いながらも信長は随分と機嫌が良さそうだった。


 「信長殿、邪険にされている訳では無いのですから気になさらないで下さい。それに良い父上ではありませんか、信長殿を案じているのが伝わってきます」


 「あの父上がこれ程客人を喜ぶ事はここ最近では無かった事です。この信長も驚いています」


 用意があるからと退出した信長と平手の背中を見送ると勝貞が口を開いた。


 「殿、我等は信長様の祝いに来たと記憶して居りますが、何故我等が歓待されるので御座いましょう?」


 「さぁ?」

 

 それから宴に参加したのだけど、信秀に呼ばれたのだろうと思われる織田家の重鎮達の挨拶を受ける事になった。一人ずつ挨拶をされたのだけど思いっきり信長の箔付けに利用されている。なので、小声で信秀に『信長殿の為になるなら私をお好きに扱いなさいませ』と言ってやった。


 私の言葉に信秀は瞠目してから気まずそうな顔をして小声で『忝い』と返して来た。やはり信長の家督継承が心配なのだろう。

 

 そして一通り挨拶が済むと宴が始まる。私は念の為に持って来た珍陀酒(ちんたしゅ)を大盤振る舞いした。箱ごと持ち込まれた珍陀酒(ちんたしゅ)に信秀を始め、織田家の面々は興味津々であった。


 私が小田領で作った珍陀酒(ちんたしゅ)である事を説明してからグラスを配るとまた感嘆の声が上がった。毎度の事だけど、グラスを見た事が無い人ばかりだから小田家をアピールする効果は抜群である。そして私は手ずから信秀のグラスに珍陀酒(ちんたしゅ)を注いで試すよう勧めた。


 信秀は見慣れない赤い液体を感心するように眺めてから一口飲むと目を見開き、そして一気に飲み干した。


 「美味い、、、」


 感心するように空になったグラスを眺め見る信秀の感想は短いものだけど、素朴な感想が彼を満足させたと感じさせた。


 「これは氏治殿の国で作られたのか?」


 「そうですよ、信秀殿はお気に召したようですね?」


 「気に入るも何も、このような美味い酒は初めて飲み申した」


 「酒精が強いので、先程のように一気に飲まれますと酔い潰れてしまいますよ?」


 私がそう言うと信秀は機嫌よく笑った。そして、「ところで、、、」と言葉を続ける。


 「この珍陀酒(ちんたしゅ)であれば求められるだろうか?求められるならあるだけ頂きたいのだが?」


 さすがはお金持ちの織田家、要求が豪快である。あるだけとか、どれほど飲むつもりなのだろうか?


 ワインは大規模に造っているけど、現代の大量生産と比べると微々たるものである。小田領で限界まで生産量を上げたとしても今後増えていくだろう需要に全く追いつかないだろう。買い占めなんてされたら堺に送る分も無くなるし、家臣も楽しんでいるので放出するにも限度があるのだ。今のように外交にも使えるし。


 「我が領で大々的に造ってはいますけど、求められる量に対して全く足りていないのです。織田家には信長殿と平手殿に送らせて貰っていますけど、信秀殿の分くらいなら融通しますよ?」


 私がそう言うと信秀は信長を見て口を開いた。


 「其の方!このような美味い酒を父に秘して楽しんで居ったか!」


 「この珍陀酒(ちんたしゅ)は氏治殿がこの信長に下されたものです。たとえ父上でもお譲りする事は出来ません」

 

 信長はニヤリと笑うと珍陀酒(ちんたしゅ)を一口飲んだ。信長にそう返された信秀はむむっとなって軽く信長を睨んでいたけど、この親子は仲が良いのだと感じた。


 「全く!親不孝者め!」


 信秀はそう言うと私に顔を向けた。私は信秀にグラスを差し出すよう促して珍陀酒(ちんたしゅ)を注ぐ。


 「これは、忝い。大名当主にこのような事をさせては氏治殿の面目を潰してしまう。ここからは手酌で頂きます」


 恐縮する信秀を可笑しく思いながら私は口を開いた。


 「他ならぬ信長殿の父君であればこれくらいの事は致します。お気になされないよう」


 私がそう言うと信秀が小声で答えた。


 「ご家中の方の視線が痛とうて堪りませぬ、ご容赦願いたい」


 そう言われて勝貞を見ると機嫌悪そうな顔で信秀を睨んでいた。さすがは菅谷である。後で叱られるなぁと思いながら信秀の言う通りにして宴は進んで行った。そしてこれも毎度の事だけどお酒が回ると武勇自慢が始まるのである。


 まずは平手殿から信長の初陣の話から始まった。有名な吉良大浜の戦である。二千の大浜城に対して八百の信長勢が奇襲的に放火をした戦である。強風を利用した策は見事に嵌まって敵に損害を与えている。


 次は信秀の武勇話になり、私も歴史で知る内容ではあるけど、当人から聞く話は臨場感があって興味をそそられた。自分の知る歴史と比較しながら聞いていたけど、割と血生臭い話もあって楽しめたのは半分程であった。そういえば戦国時代だったのだと今更実感する程、私はこの時代に慣れてしまったのだろう。


 そしてお返しとばかりに赤松と飯塚が小田家の武勇自慢を語り始めた。小田家で一番ホットな話題は勝貞の武勇である。一日で三つの城を攻め落とす過程を聞いた織田家の面々は感心して目を輝かせていた。勝貞と共に戦った二人の話は微に入り細を穿つ語りで、聞く者を大いに魅了した。赤松達は本当に話し方が上手だなと感心していたら私の話になった。


 「菅谷殿の武勇も凄まじきもので御座いますが、当家の主君である氏治様には敵いませぬ!」


 物凄く嫌な予感がしたので止めようとしたけど間に合わなかった。赤松は私の熊退治の話を始めた。手塚から細かく聞いたらしく、細かい事まで皆に語り聞かせていた。


 私が熊の頭を潰すくだりになると、場が静かになって赤松の語りだけが響いていた。私はその間、穴があったら入りたい心持で必死に耐えていた。私は武勇自慢が嫌いなんだよ、、、。ていうか、よりによってそれをバラすのは止めて欲しい。


 赤松の語りが終わると場が静かになった。そして全員が私に視線を注いだ。そして恐る恐る口を開いたのは信秀だった。


 「氏治殿、、、。このような場で我等を謀るとは思えぬが、今の話は真なのだろうか?」


 「そうですね、、、」


 「熊を殴り殺されたと?」


 「そうですね、、、」


 「頭蓋がぐちゃぐちゃになったと仰られていましたが?」


 「そうですね、、、」


 あかまつぅぅぅ!!毎度毎度、私が困る事ばかりしてどうしてくれようか!!私はこの場を凌ごうと恐縮しながら赤松へ報復を思案していると信長が口を開いた。


 「皆、驚いているようですが、この信長、氏治殿のお力なら何の不思議も無いと考えます。まさか、素手で熊を殴り殺すとは想像の外ではありますが、、、。氏治殿であれば可能です」


 信長!何を根拠に言ってくれてるの?友達なら私のピンチを救うのが君の役目じゃないの?


 「平手、父上の槍を」


 そう言って信長は平手殿に信秀の物らしい槍を持ってこさせた。その後の展開が手に取るように分かったけれど、私には逃げ出す事が出来なかった。織田家の家臣達は何が起こるのか見守っている。そしてただの一人も口を開く者がいなかった。


 その静寂の中で私は逃げ出したい気持ちで一杯だった。信秀は私をじっと見て思案しているようだし、勝貞は気の毒そうに私を見ていた。そうしていると平手殿が戻って来て信長に槍を手渡した。握りの太い槍で穂先の装飾が凝っているのが見て取れた。信秀の槍なら業物に違いない。


 信長は平手から槍を受け取ると爽やかな笑顔で私に槍を差し出した。


 「どうぞ、存分にお試し下さい」


 どうぞじゃないよ!でもこの空気だと今更逃げられない気がする。織田家の家臣の人達も固唾を飲んで見守っている。


 チラリと赤松を見ると嬉しそうな顔で私を見ていた。クッ、悔しい、、、。百地は額に手を当てているし、桔梗はガッツポーズしてるし、この時代にそんなのあったっけ?


 観念した私は受け取った槍をポキリと折った。途端に驚きの声が一斉に上がった。皆が同時に声を上げたので音がビリビリと伝わるようだった。久しぶりの身体ブーストだけど屈辱感が半端ない。


 隣にいる信秀の私を見る目付きが凄かった。そして私を凝視しながら口を開いた。


 「なんと凄まじい、これ程の剛力は見た事が無い。それに儂の気に入りの槍が、、、」


 私と槍を交互に見ながら信秀は呻くように言葉を漏らした。そして続くように信長が口を開いた。


 「さほど力を入れたようには見えないのですが、流石は氏治殿です。犬千代の槍を思い出しました。懐かしい事です」


 驚きながらも槍を惜しむ信秀に内心で謝りながらも槍代は払わないと心に決めた。澄まし顔で評している信長に請求して欲しい。織田家の面々も驚きを口にしながら皆で私をガン見していた。宴はまだまだ続きそうである。私はこの空気に耐えられるだろうか?

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 元々槍の柄は消耗したら取り替えるものだけどさあ……大名のお気に入りってことは装飾なんかもされた立派なものだろうに。 信秀さんかわいそうw
[良い点] まさかの恥辱プレイ
[一言] >この人があと二年で本当に亡くなるのだろうか?と疑問に思うほどだ。 おそらく敵対する斎藤か今川による毒殺の疑いが濃厚ですので、氏治から信秀にそれとなく食事の毒に注意するように忠告したら、信秀…
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