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第五十九話 明智十兵衛光秀と帰蝶 その6


 翌朝、皆で朝餉を摂ったのだけど、ちゃっかり赤松達が席に付いていた。昨夜は酔っぱらって泊まっていったらしい。朝から皆で賑やかな朝食になったのだけど光秀が目を丸くしていた。他の大名家では有り得ないだろうからね。


 「色々驚きましたが、氏治様の器量に一番驚きました。家臣の皆様もまるで家族の様で御座います。斎藤家では有り得ません」


 そう言いながら光秀は味噌汁を飲んだ。


 「家族ではありません。たかられているのです。明智殿、勘違いしてはいけませんよ」


 お店で提供したら幾らになるか計算しながら私は答えた。この人達は甘やかすと何処までも付け上がりそうなので太い釘を何処かで刺さないといけない。昨晩の焼き鳥の事は忘れてないからね?


 「我が殿は変わり者で御座いますからな。某共が御支えしないといけないので御座います」


 赤松が言うと飯塚が続いた。


 「左様、ですが殿のお力で小田の民は喰うに困らなくなったので御座います。美濃がいかに大国とはいえ我が殿の為さる事には敵いますまい」


 朝から落とされて上げられた。別にいいけど。昨日からこの二人は光秀に小田家の内情を話しまくっていた。光秀も今ではすっかり小田家の情報通である。流石に鉄砲を自作している事は話していないようだけど後でお仕置きが必要である。


 朝餉が終わると各々別行動になった。赤松達はそれぞれの城に帰り、光秀は桔梗に連れられて鉄砲の練習である。美人教師だから光秀は幸せ者である。そして手塚は帰る気配が無い。多分、今日も居座るつもりだと思う。


 そして私は信長と帰蝶姫への結婚祝いの準備である。私は又兵衛の工房に足を運んだ。いつものように軽く挨拶をしてから直ぐに本題に入る。


 「寝台で御座いますか?」


 又兵衛は私が渡した絵図を見ながら口を開いた。結婚祝いのメインは天蓋付きの畳ベッドにするつもりである。難しい構造ではないので又兵衛なら大した苦労は無い筈だ。布団は私と桔梗と侍女総出で作るつもりである。ベッドマットは作れないので畳を代用する。


 円満な夫婦生活になるようにと願いを込めてベッドを送るのである。そこで何が繰り広げられるのかは私は知らない。私、乙女だし。


 「尾張の織田様に送るから大至急お願いね。駄賃も弾むから」


 又兵衛はいつもの難しい顔をしながら口を開いた。


 「手前一人では時が掛かりますので、他の職人にも仕事を振りますがよう御座いますか?」


 「又兵衛に任せるよ。船に乗せられるように組み立て式にしてね。大雑把に絵図に記したけど誰でも組み立てられるようにして欲しい。寝台に乗せる夜具は私達が作るから心配しないで」


 「漆を塗りたいところで御座いますな。大名に納めるとなると格も必要かと思います」


 「それも任せる、銭は幾ら掛かってもいいからなるべく他の職人にも手を借りて急いで欲しい。それと例の鉄砲は出来てる?」


 私が問うと又兵衛はニヤリと笑った。余程自信があるのだろう。小田家では個人で鉄砲を買った人が私の鉄砲を見て鉄砲のドレスアップが流行りつつある。鉄砲は直臣にしか売っていないので国人達は指を咥えて見ている形だ。被官してくれたら安く譲ってあげるのだけどね。


 そしてその依頼は又兵衛に来るのである。又兵衛は今では弟子を三人取って親方である。その又兵衛に私は義昭殿に送ろうと鉄砲の装飾を頼んでいたのだ。今回はこれを信長への結婚祝いにするつもりだ。


 又兵衛は工房の奥から桐の長い箱を持って来て私の前に置いた。


 「殿に恥を掻かせる訳には参りませんので力を入れさせて頂きました。どうぞ御検分を」


 私は桐の箱の蓋を取り、赤い布に包まれた鉄砲を見る。見事過ぎる、そしてイメージ通りである。この鉄砲は薄い銀の板で木製部分を覆うように張り付けてコーティングしている。これは私のアイデアである。


 そして義昭殿の鷹の十王丸をイメージして金で十王丸のシルエットが幾つか散りばめてある。見た感じは近未来っぽい銃にも見える。派手好きな信長が喜ぶと思う。義昭殿には悪いけど次回にして貰おう。


 「とても素晴らしいね、これなら信長殿も喜ぶよ」


 「気に入って頂けて何よりで御座います。ちと銭は掛かりましたが手前も面白い仕事で満足して居ります」


 私は鉄砲を城に運ぶように又兵衛にお願いしてから八兵衛の硝子工房に移動した。八兵衛も今や親方である。八兵衛の作るグラスは厳選した物を堺に送ってかなりの高額で売っている。いずれは大量生産だけど今は希少価値がある方が儲かるのだ。無暗に作っても売れなければ意味が無い。そして他国でも民は食べるのがやっとである。なので出来た余裕で新しいガラス製品の開発に力を入れているのである。


 私は八兵衛の硝子工房に入ると早速用件を伝えた。


 目当てはステンドグラスである。これはまだ開発途中だけど、小さな丸い小窓程度の大きさの障子のような枠に色ガラスを嵌め込んである。茶室によくある円窓である。


 強度が足りないので小さい色ガラスをマス目の小さい枠に嵌め込んだのである。枠は赤い漆を塗っている。いずれは色ガラスで絵を作りたいけど、その場合は又兵衛の協力も必要になる予定である。


 ステンドグラスの良い所は失敗した破片でも利用できる所である。いずれは土浦に商店街を作るつもりだけど、私の庇護下に入った商店はステンドグラスを設置してもらう予定なのだ。今、八兵衛が試作している色ガラスの窓も商店に設置すればいいので幾ら作っても構わないのだ。


 黄、青、緑、赤を適当に並べたこの小さなステンドグラスもどきは室内専用である。だから尾張に行くときは大工を連れて行って屋敷の壁を加工しないといけない。これは帰蝶姫への贈り物にするつもりだ。


 そしてもう一つがランプである。これはまだ試作品である。硝子の板は型に押し付ければ出来るけど、上下に穴の開いた硝子の筒を作るのに苦戦しているのである。形が歪んでいるけど、これはこれで味があるから良しとして二つ贈るつもりだ。


 そしてこのランプも将来は色ガラスの窓同様に商店に設置する予定である。最終的には街燈を目指している。


 それを八兵衛に伝えて城に送って貰えるようお願いしてから私は戸崎の城に戻った。布団の製作は私の担当なので侍女と一緒に作るつもりだ。


 城に帰ってからは侍女達と針仕事である。作るのは掛布団、敷布団、シーツである。いずれも染めた木綿の反物で作るのである。それを皆で手分けして作業する。何でこんなに苦労しないといけないのか解らないけど、とばっちりとか止めて欲しい。


 そして夕方になると桔梗と光秀が帰って来た。鉄砲の練習は楽しかったようで、とても良い笑顔をしていた。練習がてらに獲物を狩って来るように頼んである。今夜も焼き鳥パーティーの予定だけど、赤松達来るんだろうな。


 それからは毎日針仕事をして夜は赤松達がやって来てと五日が過ぎた。光秀の鉄砲の練習は合格点を桔梗に貰えたようで帰国する事になった。昨夜は赤松達も光秀と別れを惜しみ、随分飲んだようだ。毎日だったけど。


 私は用意していたお土産を荷車に積み込ませて小者ごと明智荘に行かせる事にした。ひたすら遠慮する光秀に路銀も渡す。


 「このような土産まで頂いて何とお礼申し上げれば良いのか、この光秀、恐縮するばかりです」


 「煕子殿へのお土産がほとんどですから気にしないで下さい。明智殿も無理をしないように、あまり損な事ばかりしていると煕子殿が心配しますから程々にして下さいね」


 私がそう言うと光秀は顔を顰めたけど、言っておかないと何だか心配だ。それに多分、私のせいでもある。


 よくタイムスリップ小説で語られるバタフライ効果で、私が信長に関わったから帰蝶や光秀にまで影響が出たのだと思う。私も生きているのだから気にはしていないけど、お返し出来るならお返しはしてあげたい。


 バタフライ効果が顕著に表れるなら本能寺も防げるかもしれない。秀吉が天下を取ったら小田家もどう扱われるか分からないし、朝鮮の役も発生するだろう。だから私は前世で知る歴史が変わっても信長に天下を治めて欲しいと思う。


 美濃へ帰国する光秀の背中を見ながらそんな事を考えていた。


 ♢ ♢ ♢


 明智光秀は意気揚々と尾張へ向かって歩みを進めていた。常陸では驚きの連続であった。常陸で最初に言葉を交わしたのは大名である氏治本人であったり、物の怪のような次郎丸との出会いや鉄砲を譲って貰った上に鉄砲の名手と思われる桔梗にも師事することが出来た。


 そして大量の土産に路銀まで貰い、荷運びの小者まで付けて貰った。斎藤家では一介の将でしかない自分が捕らわれたにも関わらず歓待を受けたのだ。他人に話しても信じて貰えないような幸運であった。


 小田氏治には感謝しか無い。そしてその家臣達も自分を暖かく遇してくれた。見た事も無い美味い南蛮酒に酔いながら何度小田家に仕官出来ればと考えたか。ついつい斎藤家と比べてしまう自分が情けなくもあるが、本心ではあのような主君に仕えたいと思っている。


 だが、それは叶わないだろう。明智の荘は捨てられないし、一族からも理解は得られないだろう。だからそれは諦めて少しでも恩を返せるように努力をしよう。いつかは恩返しが出来るように。


 光秀の旅は食うや食わずの行きと違って帰りは路銀の心配も無く悠々としたものであった。小者が運ぶ荷には木綿や漆器、硝子の器、珍陀酒(ちんたしゅ)に米まで乗っている。荷を確認した時は驚いたものだ。

 

 煕子が驚く顔が目に浮かんだ。愛しい妻に早く会いたい。だが、その前に帰蝶に報告しなければならない。小田氏治がどのような人物なのか正しく伝えて少しは反省をして貰いたい。自分が捕らえられたのは恥ではあるが、受けた恩に比べれば何という事は無い。


 光秀の旅は順調に続き尾張に到着すると真っ直ぐ那古屋城に向かった。そして帰蝶に面会を求めるとすぐさま城内に通された。帰蝶も報告を首を長くして待っていたのであろう。一室に通されると前回同様、侍女も連れずに帰蝶がやって来た。


 「光秀、ご苦労様です。何か分かりましたか?」


 互いに挨拶を済ませると帰蝶は早速切り出して来た。そわそわした様子の帰蝶に光秀は答えた。


 「全てが解りました。帰蝶様が知りたいとお考えの事は全て知り得たと思われます」


 光秀の言葉を聞いた帰蝶は顔を輝かせて光秀に先を促した。光秀は「然らば」と常陸での出来事を語り始めた。光秀が語り進める内に帰蝶は顔色を失っていった。自分のしてしまった事を理解したのである。


 一国の太守に間者を放ったことがバレた上に、疑いを晴らすためにわざわざ尾張にいる自分に会いに来ると言うのである。顔を青ざめさせた帰蝶に光秀は口を開いた。


 「御心配は無用で御座います。氏治様は寛大なお方で御座います。きっと良いようにして下さる事で御座いましょう」


 光秀の言葉を聞いた帰蝶は自分がこうも困っているのに何故、光秀はこんなにも落ち着いているのかと憎らしく思った。


 「何故そのような事が言えるのです?信長様に抗議するかも知れないとは考えないのですか?」


 帰蝶の言葉に光秀は薄っすらと笑って答えた。


 「有り得ません。某は小田氏治様の御器量を知って居ります。帰蝶様が御心配になっている事は何一つ起こりません。起きたならこの光秀、腹を切ります」


 一体光秀は何を言っているのだろう?帰蝶が戸惑っていると光秀は懐から書状を二通帰蝶に差し出し、平伏してから部屋から出て行った。残された帰蝶は文を暫く眺めていたが読んでみる事にした。二通の内一通は信長宛てであった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前から少し気になってたけど「?」多すぎでは? >>昨晩の焼き鳥の事は忘れてないからね? これの「?」いります?
[良い点] 作者さま、体調大丈夫かな…応援してますが心配もしてます。゜(゜´ω`゜)゜。ゆっくりでも良いので楽しく執筆されますよう(>人<) しかし、興奮が抑えられずどうしても感想をば! 信長クン…
[良い点] 娯楽時代劇、楽しく読ませていただいてます。 ○太郎侍とか○殺仕事人シリーズとかのノリで楽しい。 [気になる点] 寝具を贈り物にするのはどうなんだろう、親族でもない他人からの贈り物としては…
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