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第五十四話 明智十兵衛光秀と帰蝶 その1


 私が小田に戻って来れるようになったのは六月になってからである。新領地の統治は思っていた以上に面倒で、整理するだけでも随分と時間が掛かった。国人ことごとくから領地を召し上げた形なので地侍の嘆願などが相次いだ。所詮は加地子なので力は無いけれど時には一揆の先導をしたりするので油断ならない。


 久幹は強引に進めたようだけど、私は性格のせいでいちいち話を聞いたので時間が掛かってしまった。面倒はあったけど、新たに得た領地は全てが私の直轄地なので、今後引き上げてあげたい人物が出てくれば土地を与える事が今まで以上に容易になる。


 一番手は四郎と又五郎になりそうである。なんだかんだと私と付き合いの長い二人は私のやり方をよく心得ているようだ。仕事を与えると嫌そうな顔をして出かけて行くのもいつもの事だ。それでもキチンと熟してくるのだからたいしたものである。ただ久幹の軍団に組み込まれる事になったから馬車馬のようにこき使われると思う。


 平塚と沼尻の家からは何故二人が奉行として抜擢されたのか理解出来なかったらしく、心配して私に理由を聞きに来た。私は二人には内政の才がある事を説明したけど、頭を捻って酷く困惑していた。普段の姿がよほど酷いのか、信用が無いのかは判らないけど、小田家では貴重な内政要員なのである。


 外交関係は、周辺国からすれば江戸家の滅亡は当然寝耳に水である。私だけでなく父上にまで確認の使者が派遣される始末だ。小田家は二十万石になり、常陸では佐竹家と共に抜きん出た勢力になったのだから周辺国からすれば穏やかではないだろう。


 でも小田家にとっては国力が上がるのはいい事である。史実ではフルボッコにされて滅亡したけれど、今は佐竹との強固な同盟もあり、鉄砲も配備しているからそう簡単に負けないはずだ。それに単純に収入が増えるのである。お金はいくらあっても困らないのだ。


 小田の本拠地で内政をしたいけど、私の内政は特殊すぎるから家臣に投げる事が出来ない。第二段階の街作りに手を付けたいけど、下妻、大宝、関の城の改築が終わらないと安心できないので土浦の街の改造に手をつけるのは先になるだろう。


 下妻城の改築が終わる頃には、小田領の石工も石積みのノウハウを得る事が出来るだろうし、そうなれば残り二城の改修も捗る筈である。そして更に積んだノウハウで土浦の総構えを強化する予定である。そして城下町の整備をするのである。


 それまでに職人達とコツコツ準備をするのもいいかも知れない。喫茶店とかB級グルメのお店も出したいし、大規模な本屋や硝子製品の専門ショップ、髪結い所、様々な小売の店舗を集めてショッピングモール的な事を考えている。その構想を練るのもなかなか楽しい。


 河和田から送った信長への手紙はすぐに返書が来た。私の戦勝のお祝いを兼ねた鷹狩りのお誘いらしき内容で、対応に頭を捻った。私が義昭殿と鷹狩りに行ったことを随分気にしているらしく、自分は鷹狩りが大の得意であるとか、義昭殿より先に声を掛けて欲しかったとか、鷹は沢山持っているから私に譲っても良いとか、次に鷹狩りをする時は自分に声を掛けて欲しいなど、戦の事は最初の一文だけでほとんど鷹狩りの事ばかりであった。


 私は次郎丸がいるから鷹は飼えないし、行きたくなったら義昭殿に連れて行って貰おうと考えていたけど、どこかで信長の顔は立てないといけないのかも知れない。どうして私が?とも思うけど。


 小田に帰って来てからの私は中途半端に暇な状態だ。こっちの領地は政務は任せられるし、第一軍団に任命した勝貞が張り切っているので大した仕事も無い。なのでスローライフをしている感じになっている。河和田が忙しかったし、元の計画ではなるべく家臣に仕事を振るつもりだったから結果としては良いと思う。


 河和田で十分に働いたので骨休めをしようと思ったけど、この時代は娯楽も無いので結局は果樹園の世話をしたり、次郎丸と散歩がてら見回りをしたりと、ほとんど農家の人のような生活をしている。


 たまに無性にコーラとポテチが欲しくなったり、歴史ゲームがしたくなる。生まれ変わったこの身体は覚えていなくても、私の記憶には強烈に残っていて魂が要求して来る事があるのだ。ジュースは作れてもコーラは無理だしゲームは絶望的である。リアル戦国は体験しているけど、ゲームはゲームで良いものである。ポテチは作れる気がするけど。


 葡萄園の世話をしてから、お昼ご飯のおにぎりを広げようと手頃な石に腰かけた。小田領では収穫が倍増して皆が食べるのに苦労する事が無くなった。なので、暫くしたら米を銭に変えて使い始めると思う。そうなると銭が足りなくなるので、銭を確保しないといけない。


 この時代の銭は宋銭や明銭を輸入して使っているのだけど、坂東は田舎なので当然銭も少ない。だから宗久殿に頼んで椎茸や石鹸、ワインの代金で大量の銭を買うようになった。荷駄で送られてくるのだけど、量が凄いので蔵が一杯になるのである。恩賞は銭で支払うようにしたのでそのうち銭が回るようになると思う。


 いつも一緒にいる次郎丸も狩りに出かけたので久しぶりに一人きりである。大名はいろいろ面倒くさい。供を連れないと騒がれるし、最近は特に身なりにも煩くなった。今日も野良着で活動しているけど、それもやんわりと咎められるのである。私としてはこっちが本体なのだけど、理解は得られないようだ。女だけど男装しているから大して変わらないとは思うけど、皆の言う事が正しいんだろうな。


 そうしておにぎりを食べていると意外な人に出会った。


 ♢ ♢ ♢


 「何故このような事ばかり」


 明智十兵衛光秀は美濃国の明智荘の明智城主である。土岐明智氏の流れを汲むというだけで大した家格もなく、美濃の斎藤利政に仕えているが重用されているわけでもない。美濃の数ある家の一つとして埋没している状態である。斎藤利政を取り巻く重臣達はそれなりに繁栄しているようだが、明智家はたいした恩恵を受けている訳ではない。あるとすれば家を保てるくらいのものである。


 一所懸命に奉公すればいずれ認められると己を鼓舞して勤めていたが、どうも自分は軽んじられているようで、武家である自分がやる必要のない雑事ばかりを命じられている。戦があれば兵を要求されて、平時は雑用ではやる気の井戸も枯れるというものである。


 光秀は先日、京から戻ったばかりであった。主君である斎藤利政の命でお使いのような仕事をやらされ、ようやく美濃に帰って来たのだ。大した褒美が出る訳でもなく、差し引きすれば損になるような状態だった。不満はあれど年若く、家にも大した力も無い自分がそれを口に出すことも出来ず、これも奉公と割り切って己の内に留めた。


 城主と言っても生活は豊かではない。幾度となく行われた織田家との小競り合いで兵も兵糧もじりじりと減って行く。無駄遣いなど出来る状態ではなく、迎えた可愛い嫁に櫛の一つも買ってやれない。


 そして久しぶりに明智荘に帰り、妻の煕子とのんびり出来ると思った矢先の新たな主命である。しかも主君である斎藤利政では無く、織田家に嫁に行った帰蝶の命であるというから納得がいかない。


 確かに主君である斎藤利政の娘であるが、織田家に嫁いだからには他家の人間である。仮にも美濃の一城の主である光秀に命じられる謂れはない。だが光秀は断る事が出来なかった。帰蝶には昔から頭が上がらないのである。


 光秀と帰蝶は六歳の年齢差がある。光秀は帰蝶に気に入られていて、良く呼び出されては相手をしていた。周りの者達からは「明智は巧く取り入った」などと吹聴する者もいたが、光秀にとってはいい迷惑である。


 主君の娘である帰蝶の要求には逆らえず側に侍るのではあるが、帰蝶の態度は気に入った者にする事では無かった。


 なにかと揶揄われたり、意地の悪い要求をされたりと、とても好かれているとは思えない扱いであった。まだ小さい姫君であるというのに帰蝶は可愛らしく、賢く、活発で意地悪だった。


 真冬に魚が食べたいから釣って来てと要求されたり、夜中に呼び出されて蝋燭を交換させられたり、気に入りの鈴を無くしたと探させられたり、呼び付けられて気が変わったと追い返されたり、側に居ろと命じられて一日中側にいれば一言も口を聞かなかったり、まるでイジメでも受けているようだった。


 そうして時が過ぎ、光秀は妻木広忠の娘、煕子と婚姻する事になった。光秀は美しく、心優しい煕子と夫婦(めおと)になれる事が嬉しかった。煕子は疱瘡にかかって美しい顔に痘痕が残ってしまった事を気にしているようだが、光秀にとってはそれさえも愛おしく感じられた。


 光秀は妻木広忠と共に主君である斎藤利政に報告し、これを認めて貰った。次いで、帰蝶に報告をすると帰蝶は顔色を変えた。そして妻木広忠を部屋から追い出すようにして人払いし、二人きりとなった。


 帰蝶は眦を釣り上げて光秀を詰問するように問い詰めた。何故急に祝言するのか、煕子とはどの様な娘なのかなど、そして何故自分に言わなかったのかと問われた。


 光秀は温厚で我慢強い、それでも今までの扱いの不満もあり、それに煕子を嫌悪するような態度に我慢がならず、つい言ってしまった。自分は帰蝶様から疎まれていると思っていた事。だから婚姻の事も特に知らせなかったと。


 それを聞いた帰蝶は涙を浮かべて叫ぶように言い放った。


 「十兵衛が好きだから虐めたのよ!」


 そして部屋から出て行くように命じられた。


 帰蝶の部屋から退出した光秀は帰蝶が何を言っているのか理解が出来なかった。柱に身体を支えるように手を付き、『好きだから虐めた?』一体どういう意味だろう。自分は疎まれていたはず、だが、先ほどの帰蝶は涙を浮かべていた。


 光秀は困惑した、帰蝶の気持ちがよく解らないのである。現代であれば反動形成(無意識に自分の気持ちや感情を抑圧していて、素直に表現できず、その反動で正反対の行動を取ってしまうというもの)であると理解することが出来る。


 だが、そんな事を知らない光秀は帰蝶の今までの態度や行動と、先ほどの言葉を重ねると益々理解が出来なかった。そして何となく気落ちしながら帰宅して行った。


 光秀を部屋から追い出した帰蝶は一人涙していた。叶わぬ恋なのは知っていた。だが、自分が光秀にあのように思われているとは思っていなかった。確かに光秀にも言い分はあると思う。自分でも意地悪な事をした自覚もある。でも、そのような事は関係なしに他の女に光秀が盗られたのが悲しくも悔しくもあった。


 帰蝶は幼いながらも光秀と出会い、恋をしてしまった。何かにつけては光秀を呼び出しては側に置いた。賢い帰蝶は自分の立場をよく心得ていた。父である斎藤利政は自分をよく可愛がってくれるが、いずれは政略結婚で他家に嫁がされることもよく理解していた。そして光秀と添い遂げることが出来ない事も。


 帰蝶は恋した光秀と会うのが嬉しかった。そしてある日、光秀可愛さにちょっとしたいたずらをした。困り果てる光秀の姿を見ると何故か心が弾んだ。それからというもの光秀に対して意地悪な行動を取るようになった。困った顔をする光秀が可愛くて仕方が無いのである。


 そして今日、光秀が婚姻する事を知った。帰蝶の初恋はこうして終わったのだった。


 その日から光秀が帰蝶から呼ばれる事は無くなった。帰蝶からの告白も一時のものと心にしまい込み鍛錬と主命を淡々と熟す毎日となった。そういった過去の事情があって光秀は織田家に嫁した帰蝶の命に逆らう事が出来なかった。



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― 新着の感想 ―
コーラ製作について語ってる方が多々いらっしゃるが冷やさないと意味ない コーラとビールはこの時代だと真冬にしか飲めない(T_T) 飲めないってか飲みたくない そして暖かいところじゃないとってなるのこの時…
[一言] コーラは完璧な出来を望まなければ炭酸泉さえ抑えればカラメルと糖でそれっぽくはなりますね。 甘さと見た目だけですが。
[一言] > コーラは無理だしゲームは絶望的である。 確かに、1550年前後だとコーラは無理そうですね。 砂糖きび粗製糖、クローブ(丁子)、カルダモン(白豆蔲)、 シナモン(桂皮)は 漢方薬として…
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