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第五十話 佐竹義昭の鷹狩り3

いつもお読み頂き有難うございます。私にとって記念すべき第50話は義昭の話になりました。今後も60、70、80、90、100話と続くといいなと考えています。差し当たって60話を目標に執筆して参ります。今後ともよろしくお願い致します。

 

 翌日、義昭は目を覚ました。義昭の若い肉体は昨夜の弓矢の鍛錬の疲れを溜める事なく快調であった。今日が本番である。この日の為に義昭は準備をして来たのだ。


 義昭は起きて早々、弓を持ち出し弓弦を鳴らした。昨日の鍛錬の復習をする為である。狙いを付け弓弦を引き、そして放った。そこへ小田野義正がやって来た。弓を持つ義昭の姿を見て一つ頷くと口を開いた。


 「殿、鍛錬は如何で御座いましたか?」


 少し心配そうな顔で問う小田野義正に義昭は笑顔で答えた。


 「悪くはない。だが、一矢で猪を仕留める事は出来ぬであろう。私が猪を射て当たれば其の方も射よ」


 「承知致しました、この小田野義正、必ずや殿のお力になりまする」


 小田野義正は氏治の為に努力する義昭の姿に感動していた。ただ、冷静に考えるとただの浮気だが気が付かない事にした。


 だが、義昭にも言い分はあるだろう。この時代の大名嫡男のみならず、多くの武家や公家、商家に至るまで結婚は政略結婚である。ある日突然知らない女性と結婚させられるのである。そしてそれは女性の側からも言える事だ。この時代では当然の事であるが、そんな義昭が恋をしてしまったのだ。


 義昭にとって氏治は初めて好きになった女性である。なので義昭にとって氏治と言う女性は特別な存在であり、この恋は終生忘れる事の出来ないものになるだろう。


 共に朝餉を摂ろうと氏治と約束していた義昭は、身なりを整えて氏治一行の待つ部屋に向かった。氏治は既に席に付いていて、義昭の姿を認めると口を開いた。


 「義昭殿、良い日和ですね」


 「良い日和で御座いますな、よく眠られましたか?」


 義昭と氏治は共に朝餉を摂った。穏やかに会話しながらの食事は、義昭にとって至福の時であった。そしていよいよ鷹狩りに出発となった。義昭と氏治は狩装束に着替えて、馬の轡を並べて現地に向かう。


 狩場への道中も義昭は何かと気遣いを見せ、氏治は却って恐縮する始末だった。氏治自身は小田家の嫡男として扱われて育ったので、義昭がするような女性への扱いには慣れていなかった。まるで姫にでもなった気分だと氏治は思ったが、他所から見れば姫なのである。


 狩場に到着すると既に武者や勢子や犬引き、鷹匠が集まっていた。そして氏治に付き従う次郎丸の姿を見て皆慄いていた。氏治は用意されていた鷹を珍しそうに見ていた。


 「こうして見ると鷹も可愛いものですね」


 氏治の言葉に義昭は自慢の鷹の説明をした。そして鷹を触らせてもらった氏治は大層喜んだ。義昭と氏治は楽しそうに話をしている。その中心にいて撫でられている、鷹の十王丸はそれどころではなかった。


 氏治に撫でられる十王丸に嫉妬した次郎丸が殺気を送り続けているのである。次郎丸も心得たもので、表情や仕草を全く変えずに鷹の十王丸を威圧していた。十王丸は自らの主人である義昭に危機を訴えているが、義昭に気付いて貰えず『俺の命はここまでかも知れない』と覚悟を決めつつあった。


 十王丸を見つめていた次郎丸に気が付いた氏治は、次郎丸の頭を抱えるように抱きしめた。


 「次郎丸、お前が一番良い子だからね」


 そう言って次郎丸の頭を撫でると、次郎丸は目を細めて氏治に甘えた。次郎丸からの殺気が無くなった十王丸は『嫉妬は見苦しいぜ』と思いながらも、危機が去った事に胸を撫で下ろした。


 義昭の号令一下、武者や勢子や犬引きが一斉に行動を開始した。それを見た氏治はまるで現代の軍隊のようだと感心した。


 そして鷹狩りが始まった。まずは勢子と犬引きが獲物を探索する。勢子は己の目耳で、犬引きは連れた犬の嗅覚で獲物を探すのだ。


 暫くすると伝令役が義昭に獲物の発見を報告する。義昭は鷹匠から十王丸を受け取り「参りましょう!」と氏治を促して、移動を始めた。


 伝令役を先導として、獲物を見張る勢子の背後にそっと近付く。義昭と勢子は目だけで語らい、そっと場所を入れ替えた。義昭の視線の先には見事な色彩の羽色を持つ雉がいた。最初の獲物としては十分な大物である。義昭は犬引きに顔を向け頷いた。


 すると犬引きは連れた犬を雉に嗾けた。犬に驚いた雉は飛び立って逃れようとする。その瞬間に義昭は十王丸を放った。十王丸は雉に真っ直ぐ突進するように飛んで行き、雉をその鋭い爪で捕らえた。


 落下するように雉と共に地面に降り立った十王丸は、その鋭利な爪で雉の動きを完全に制していた。義昭は氏治を促し、雉に近寄る。雉は勢子が抑え、十王丸は義昭の腕に戻った。


 雉を捉えるまでの一連の動きに氏治はひどく感心した。一言も発さず、目や仕草だけで意思を疎通し行動して見せたのである。それは鷹の十王丸もそうで、無駄な動きが一切無く、明らかに目的を持った行動に見えた。


 勢子が跪き、捧げるようにして雉を氏治に差し出した。


 「氏治殿、これが鷹狩です。いかがで御座いましょうか?」


 にこやかに義昭は氏治に感想を求めた。


 「なんというか、美しかったです。それも皆様の全てが。このように整った動きを見たのは初めてです」


 それを聞いた義昭は大いに喜んだ。心に満ちて来るものを感じて拳を強く握りしめた。それは義昭と行動を共にした勢子や犬引きも同様で、彼等も氏治からの賞賛に相好を崩した。義昭主従はこの日の為に特訓を重ねたのである。そして飾らない氏治の言葉は彼等を十分に報いたのだ。


 それからも狩は順調に続いた。森の中の長距離移動に、氏治が付いて来られるか心配していた義昭だが、当人はぴょんぴょん跳ねるように付いて来るし、全く疲れを見せなかった。


 歩き難い森の中で汗も流さずついて来る氏治の様子に、義昭だけでなく勢子や犬引きも感心していた。十王丸もその様子を見て『なかなかやるじゃないか』と氏治を評していた。


 小休止という事で、義昭と氏治は多くの獲物を抱えて拠点に戻った。雉や名は知れないが幾つかの野鳥や兎が並べられる。留守をしていた桔梗や手塚は大猟を喜び、次郎丸は分け前を期待して獲物を見つめていた。


 十王丸は『それは姫さんの獲物だぜ』と次郎丸を睨んだが、それに気付いた次郎丸と目が合うと顔ごと目を逸らした。


 義昭主従と氏治主従は車座になって座り、休息した。狩の様子を身振り手振りを交えて、桔梗や手塚に語って見せる氏治の様子を、義昭は微笑みながら眺めていた。小田野義正は楽しそうな氏治を見て心から安堵した。


 次は獲物を追い立てて狩をする事になった。勢子や犬引きが森の中に姿を消すようにして、獲物を探しに出かけた。暫く待つと森から伝令が現れて息を切らして走って来た。獲物をこちらに追い立てつつあるらしい。


 長距離からの鷹を使った狩りは鷹狩りの一番の見所でもある。義昭は鷹匠から十王丸を受け取ると配置に付き、森に目を凝らした。更に待つと獲物を追い立てる人や犬の声がして森から狸と小さなイタチが飛び出して来た。義昭は狸に狙いを付け、十王丸を放った。


 十王丸は飛び立ちながらも小さく舌打ちをした。獲物が二匹同時に来るのは彼にとっては想定外だったのである。十王丸は主の指示を無視する形でイタチに向かい、片足で素早く掴んですぐさま狸に向かいこれを捕らえた。十王丸は獲物を抑えながらも、指示を無視した事を義昭に目で詫びた。


 十王丸の活躍は氏治一行のみならず、佐竹家の家臣も感嘆の声を上げた。鷹が二匹の獲物を同時に捕らえるなど、誰も聞いた事が無かったのだ。


 義昭は戻って来た十王丸を大いに褒めた。氏治もあまりの見事さに十王丸を誉め、頭を撫でた。皆から賞賛された十王丸は悪い気はしないなと思いつつも、自身は納得していなかった。結果こそ出せたが、チームワークを乱した事に責任を感じていた。


 そこからは義昭と十王丸の魅せ場となった。まるで、義昭の手が伸びたかのような動きを見せる十王丸は、次々に獲物を捕らえた。常にない人と鷹の絶妙な連携に、氏治一行のみならず佐竹家の家臣までも、仕事を忘れて魅入ってしまった。


 そして森の西側からの伝令から、義昭の元に報告が入った。猪を発見し追い立てているという。それを聞いた義昭と小田野義正に緊張が走った。ここまでは出来過ぎなくらい上手く行っている。そして氏治の望みである猪の打倒の機会が、すぐそこまで来ているのだ。


 義昭は十王丸を鷹匠に預け、弓矢を手にした。それに小田野義正も続き、そして森の西に移動する。氏治一行も距離を取りながら義昭の後に続いた。そして弓矢を手にした義昭主従の視線の先に、猪が飛び出して来た。大型の猪で義昭主従は一瞬怯んだが、すぐに気を静め弓矢を構えた。


 それを遠目に見ていた十王丸は鷹匠の手元から勝手に飛び立ち、上空へ上がって行った。義昭の不利を瞬時に悟った彼は舞い上がった上空から一転、急降下して猪の目に自慢の爪を食い込ませた。


 猪は不意に貰った攻撃と、激しい目の痛みに棹立ちになった。義昭はこの機を逃さず弓を引き絞り、掛け声と共に矢を放った。


 「南無八幡大菩薩!」


 義昭の気合の籠もった矢は猪の柔らかい下顎から脳に達し、たったの一矢で猪の生命を奪った。二の矢と構えていた小田野義正はあまりの見事さに、崩れるように倒れる猪をただ眺めていた。


 猪を一矢で仕留めた義昭は、己の出した成果に戸惑ってしまった。まさか十王丸の助太刀が入るとも思っておらず、首を狙った矢は微妙にずれて下顎に深く突き刺さったのである。義昭の背後では歓声が上がっていた。十王丸は鷹匠の元に戻り、賞賛を受ける義昭を眺めながら小さく笑った。


 狙いの猪を仕留めた義昭は、猟師に命じて血抜きと解体をさせた。そしてそれを待つ間に、荷駄として持ち込んだ組み立て式の東屋を、見晴らしのいい場所で組ませた。瞬く間に組み上がって行く東屋を見た氏治は目を丸くした。


 彼女が知る歴史では組み立て式の建物は豊臣秀吉の黄金茶室と、眉唾と言われているが墨俣城の建築くらいのものである。それをこの時期で義昭が成しているのである。興味津々に東屋を見回る氏治の姿を見た義昭は、こういうのがお好きなのかと呑気に眺めていた。


 暫くすると料理人が肉を切り分けて持って来た。氏治は持って来た三つの七輪もどきを用意して、焼肉の準備を始める。義昭は共の者に休息を命じ、大鍋に猪肉を煮て食すよう指示し皆に振舞った。氏治も味噌を提供して鍋は猪肉の味噌鍋となった。


 氏治主従と義昭主従は炉を囲み酒と焼肉を食した。氏治は目当ての焼肉にありつくことが出来、義昭は氏治に見事な鷹狩りと猪狩りを披露することが出来て、お互いが満足し、そして楽しんだ。ちなみに次郎丸は義昭から大ぶりの肉を与えられて、大喜びであった。


 こうして後の語り草になるような鷹狩りを終え、義昭達は帰途についたのである。


 義昭の屋敷に戻ってからの夕餉には氏治たっての希望で、勢子や犬追いの者達も呼ばれる事になった。名門である佐竹家では有り得ない事ではあったが、義昭は氏治の望みである事と共に励んだ者達に報いたい気持ちから、夕餉に招く事にした。小田野義正も特に反対する事も無く、その日の夕餉は賑やかなものとなった。


 氏治一行はそれから二日ほど義昭の屋敷で寛いでから、国に戻る事になった。未だに仕事の始末が付かない氏治は、残して来た久幹が気になっていた。氏治と義昭は互いに別れを惜しみ、氏治は河和田へ帰っていた。


 義昭はその背を見送りながら満足げに微笑んだのだった。



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[良い点] 神目線だと 自ら落としてから救う そこから惚れさせてから誰の物にもならないと公言してるので 貢ぎならおっけー なんという高等テクニック!w
[良い点] すごいですね!50話達成! 更新されるたびに楽しみに読んでいます。 繊細なのにさっぱりと勢いのある小説ですね。 とても読みやすい文ですので丁寧に創作しているのだと 感じます。キャラや物語の…
[一言] 50話到達おめでとうございます。楽しみにしていますので頑張ってくださいね!
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