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第四十九話 佐竹義昭の鷹狩り2


 義昭殿から鷹狩りのお誘いが来たので、私は三日後に伺うと返事をした。河和田に来てからひと月以上経つけど、ずっと仕事漬けであったので気晴らしにも丁度いいし、なによりリアル戦国時代の鷹狩りである。期待してしまう。


 私はこの日の為に七輪もどきを用意していた。七輪は江戸時代初期に普及した調理用の炉である。その原型は太古まで遡るので、特に発明という訳ではない。平安時代から陶器などの壺が使われていて、特に珍しい物でもない。現代人が目にする七輪は江戸時代初期に原型が作られて、その姿も現代とあまり変わらない。


 この時代の調理器具は竈か囲炉裏である。祭など屋外で調理する時は竈をそのまま作ってしまうので、持ち出し用の調理器具はあまり一般的ではないのだ。私は焼き肉を食べたいので、竈を作る土師に頼んで製作を依頼したのだ。この七輪もどきの製作は又兵衛が監修している。なので無駄にスタイリッシュな七輪が誕生したのだけど、私はお肉が食べられればどうでもいい。焼き網も又兵衛に作って貰い、炭も用意して準備は万端である。


 味付けはシンプルな塩と信長から貰った尾張の味噌を用意している。あとは焼いて食べるのみである。炭火焼のお肉の美味しさは、現代人なら誰でも知る所である。


 私は供に百地と桔梗、そして手塚を連れて行く事にした。軍はとっくに解散しているのに、手塚は片野に帰る素振りも無かった。帰る家があるのに帰れないのか、帰りたくないのかは考えない方がいいだろう。手塚と雪の関係に深入りすると、引きずり込まれて逃げられなくなりそうなので、余計な事は聞かない方がいいのだ。そして僅かな手勢を引き連れて出発したのだった。


 ♢ ♢ ♢


 佐竹義昭は小田氏治の到着を、今か今かと待ち侘びていた。出迎えには腹心である小田野義正を派遣しているので心配は無いが、自分が出迎えるべきだったかと今更思った。


 義昭が気を揉んでいる頃、小田野義正は小田氏治と共に太田城下に入っていた。国境で氏治を出迎えた小田野義正は、氏治と轡を並べながら義昭の待つ太田城下の屋敷に向かっていた。氏治は鷹狩を楽しみにしていたようで、小田野義正と機嫌良く会話をしながらの来訪であった。


 屋敷に到着した氏治一行は馬を預け、屋敷の中に通された。その際に氏治が口を開いた。


 「小田野殿、次郎丸は外に置いた方が良いでしょうか?」


 獣を屋敷に連れ込む事を躊躇した氏治は小田野に質問した。そしてこの質問は義昭の想定内であった。


 「我が殿からは、次郎丸も客人として扱うよう仰せつかって居ります。ご安心なさいますよう」


 小野田の言葉に氏治は顔を綻ばせた。


 「義昭殿は随分と気を遣って下さって、なんだか申し訳ないです。この子は私と離れたがらないので助かります」


 そして屋敷の中に通される。整えられた庭が見える廊下を歩いていると、氏治が足を止めた。そして柱に飾られた花入れを観察するように眺めている。


 「小田野殿、とても見事なのですが、いつもこのように花入に花を生けているのですか?」


 氏治の質問に小田野は喜色を浮かべた。義昭が氏治の為に考えた花入である、それが氏治の興味を引いた事に安堵もした。


 「この花入れは、我が殿が氏治様の目のお慰めにとお考えになり、作られたので御座います。お気に召したのであれば、我が殿もお喜びになるでしょう」


 小田野の言葉に氏治は内心驚いていた。彼女が知る歴史では竹花入を発明したのは千利休である。それが小田野の言い様では義昭が考案したしたという。だとすればこれは凄い事だ。それに自分の為に考えてくれたのも嬉しい。


 「とても見事なので驚きました。義昭殿は風流を知るお方なのですね。それに私の為に作って頂けたのも嬉しいです」


 小田野は氏治の言葉を義昭に聞かせてやりたかった。そしてこの場に義昭が居ない事を惜しんだが、この事は必ず報告しようと氏治の言葉を心に刻んだ。


 義昭の待つ部屋に通された氏治一行は互いに挨拶をし、暫し歓談を楽しんだ。氏治を心待ちにしていた義昭の目には、彼女の美しさが今までで最も輝いているように映った。


 氏治から花入れの話が出て、絶賛された時は作って良かったと心底思った。それに自分の心遣いが氏治に届いた事が嬉しかった。


 鷹狩は明日の早朝から行うという事で、義昭は氏治一行に道中の疲れを癒すよう心を配った。氏治一行は義昭の気遣いに多少気後れしながらも、感謝していた。目に映る屋敷の中は悉くが整えられていて感心していた。


 勧められた風呂に桔梗と入った氏治は新築の檜の香りを堪能した。そして現代人らしくすぐに湯舟を連想した。いずれは湯舟のある風呂を作らねばと思いつつ桔梗と共に風呂を堪能した。


 夕餉に招かれた氏治一行は、出された料理に小さな歓声を上げた。食材こそよく見る物だったが、どれも手が込んでいて、実際食してみるととても美味しく、満足いくものだった。


 食事の後は再び歓談となり、明日の鷹狩りの話題となった。


 「義昭殿、私はとても楽しみにしていたのです」


 氏治はそう言うと、百地丹波に目配せして背負い葛篭を持ってこさせた。そして葛篭の中から七輪もどきを取り出すと、嬉しそうに口を開いた。


 「明日は、この炉でお肉を焼いて食そうと持って来たのです。塩を振って焼いたらとても美味しいと思うのです。猪肉か鹿だと良いかもしれませんね」


 嬉しそうに話す氏治の言葉を聞いて、手塚以外の一同は絶句した。鷹狩で狩る獲物は鳥や兎などの身体の小さい動物である。鹿や猪を狩るならばそれは弓矢での狩となる。氏治も少し考えれば分かりそうなものだが、彼女の頭の中は焼き肉で一杯になっていて、気付きもしなかった。


 まさか、鷹狩りで猪肉を食そうと企んでいた事を知らなかった百地丹波は、主君の間違いを正そうと口を開きかけた。だが義昭に目で制され、口を噤む事になった。


  「どうかされましたか?」


 一同の様子を見て氏治は口を開いた。義昭は笑顔で答えた。


 「氏治殿の仰る様に致しましよう。この義昭が猪を仕留めて御覧に入れましょう」


 義昭がそう言うと、氏治は花が咲いたような笑顔になった。義昭はその様子を見て嬉しくなったが、新たな課題が出来てしまった。義昭は余り弓が得意ではない。猪を見つけて追い込む事は出来るだろうが、弓で仕留めきる自信が無かった。


 「猪であれば某が弓矢で仕留めましょう。見事仕留め、殿に献上致します」


 空気を全く読まない手塚が口を開いた。一同は再び絶句した。百地も桔梗も義昭の気遣いに感嘆して居た所である。桔梗は(刻もうか)と、思わず懐の苦無に手を伸ばした。


 「手塚、失礼ですよ。私は義昭殿が捕らえた猪を食したいのです。控えなさい」


 氏治が手塚を窘めて皆が胸を撫で下ろした。そして暫く歓談した後にお開きとなり、就寝となった。


 義昭は氏治が退出すると小田野義正に命じた。


 「聞いての通りだ、獲物を捌く猟師を何名か用意せよ。それと料理人も連れて行く。猪なりを狩ったらその場で肉を刻まねばならん」


 義昭は氏治の望みは全て叶える気でいる。その様子を見て(何としてもお助けせねば!)と小田野義正は決意した。そして義昭の命に答えながらも一抹の不安に心が揺れた。


 「承知致しました。用意致すのは問題御座いませんが、、、」


 小田野義正は義昭の弓の腕前を知っている。だがその事を敬愛する主君に言えなかった。義昭が得意とするのは槍である。生真面目な義昭は弓の鍛錬も欠かさないが、どうにも結果が出ないのである。


 「わかっている、其の方の屋敷に巻き藁を用意せよ、今から鍛錬致す」


 「殿!」


 まさか今から鍛錬するとは思っていなかった小田野義正は心底驚いた。義昭の様子に不退転の決意を感じた。そんな小田野義正を見ながら義昭は口を開いた。


 「氏治殿は私が狩った猪を食したいと仰せられたのだ。坂東武者としてここは引く訳には行かぬ」


 そうして義昭の弓の特訓が始まった。小田野義正自身は氏治の警護があるので、家臣の中から弓上手を選び、義昭の指導に当てた。結果を出さなければならないので、義昭に断りを入れてから厳しく指導するように厳命した。主の決意に小田野なりに応えたかったのだ。


 三月半ばとはいえ夜は冷える。だが義昭は冷気をものともせず、もろ肌脱いで弓の鍛錬をした。闇夜に弓弦の音が響き、義昭のかいた汗が湯気を立てるように立ち昇る。弓矢の鍛錬は遅くまで続き、明日に差し支えると小田野が制止するまで続いた。


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― 新着の感想 ―
味噌とはちみつでタレつくれないかな
[良い点] 義昭様が甲斐甲斐しくて、ホロリとくる。
[一言] あれ?義昭様がヒロイン(乙女)にしか見えなくなって来たぞ?(笑)
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