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第四十八話 佐竹義昭の鷹狩り1

 

 佐竹義昭は太田城に帰還すると、今回の戦の後始末に追われる事になった。戦には勝ったものの得た領地は僅かであり、戦の恩賞を考えると割に合わなかった。だが、領土に損害らしい損害が無かったのは僥倖だった。


 小田家の援軍が無ければ、下手をすれば佐竹の家が滅びたかも知れないのである。それがこの程度で済むなら安いものだ、と義昭は考える事にした。今回の江戸家と岩城家の挟撃は義昭だけでなく、家臣や国人も信頼できる同盟者がある事の重要性を、思い知らされる事になった。


 もしこの挟撃された状況で日和見をされたら、と思えば想像し易いだろう。それほど戦国時代の同盟は当てにならないのである。同盟相手が氏治でなかったら、佐竹家は滅びていたかも知れないのである。


 二度目の小田家との交流は、家臣にも良い影響をもたらしたと思っている。義昭自身は年若く、何かと家臣は不安に思っている事は知っている。だが、此度の防衛で同盟者の力こそ借りたが、義昭は采配を振るい岩城の領土を削っている。そして佐竹領も守ったのである。これは十分に実績たるものである。


 それよりも義昭の心を占めていたのは、氏治と約束した鷹狩りである。義昭はその胸に氏治に対して淡い恋心を抱いていた。そして氏治と共に過ごす時間は楽しく、幸せに感じられ義昭の心を十分に癒した。


 義昭としては氏治をどうこうしようという考えはない。相手は大名であり、吉祥天に祝言しないと祈願をしたというのだから、自分だけでなく誰も手を出せないだろう。それは逆を返せば、誰のものにもならないという事である。


 他の男と祝言でも挙げれば義昭は嫉妬しただろう。だがその心配の必要が無く、氏治を想うだけなら誰に遠慮する事も無いのである。ただし、妻には知られる訳には行かないので、同盟者同士の交流で氏治と付き合えば良いのだ。


 それに義昭は大名である。友などいない。だが今は氏治がいる。大名には大名の悩みというものがある。あの誠実な氏治なら共に語らう事も出来る筈だ。


 此度の鷹狩りでは氏治に良い所を見せたいと、義昭は考えている。男とは見栄を張ってなんぼの生き物である。男が女に見栄を張るのは当然である。そしてその準備をしなくてはならない。義昭は猛然と戦後処理に取り組んだ。


 時間が出来ると義昭は鷹狩りの準備を始めた。狩場の選定を行い、実際鷹狩りをしてみて共の者と如何に効率よく獲物を見つけるかや、追い込みの仕方、共の人数の振り分けや見直し等をしながら、万全の体制を整えていく。


 鷹狩り手順はとても複雑である。まずは獲物を見つける、この時に鳥なのか兎なのかは判らない。狩る獲物によって鷹の放ち方も変わるのだ。そしてこれを勢子(せこ)と呼ばれる役割の者が追い立てる。犬などを使う場合もある。そして追い詰めた獲物に鷹を放ち、捕獲させるのである。言葉にすると簡単に聞こえるが、このためだけに大勢の人間がそれぞれの役割を果たすのである。


 鷹匠(たかじょう)も重要である。鷹匠(たかじょう)は鷹の調教師である。調教が上手く行かねば鷹は言う事を聞かない。そうなれば獲物を狩る事は出来ないのである。


 つまり、鷹狩りとはチームプレイなのである。鷹狩りといえば信長や家康が有名である。彼らは鷹狩りを単なるスポーツではなく、戦に見立てた訓練としても取り扱っている。


 そして鷹狩りは獲物を追うのが第一なので、とても体力を使う。義昭はそれに思い当たると、氏治が疲れてしまわないか心配になった。ほぼ無限と言っていい体力を持つ氏治を知らない義昭は悩んでしまった。


 それに活動するのは屋外である。突然雨や風が吹くかもしれないし、そうなった時に濡れて風邪を引かないかと心配になった。異常な代謝能力を持ち、病気知らずの氏治を知らない義昭はまたしても悩んでしまった。


 体力に関しては輿を用意する事にした。その輿も痛んでいる個所を直させる周到ぶりである。


 そして風雨対策は組み立て式の東屋を義昭が考案した。義昭はそれを思い付くと大工を呼び、絵図を共に作成して構想を練った。氏治を一心に心配しての事であるが、これはとても画期的な発明である事を当人は全く気付いていない。


 戦国時代の組み立て式で連想するのは豊臣秀吉の黄金茶室だろう。義昭は知らずに時代を先取りしていた。


 食事にも気を配った。幸い氏治本人から好き嫌いの情報を義昭は得ていた。それを基にして料理人に献立を考えさせ、実際自分が食して判定する。義昭自身は食に拘りが無く、米さえあれば幸せな性分である。だから普段から自然質素なメニューになり、料理人は義昭の家族の為に腕を振るっている。


 風呂も建て直す事にした。戦国時代の風呂は蒸し風呂である。だが風呂を持てるのは上位の武士や豪商くらいのものである。義昭の狙いは建物を総檜にして、香りを楽しんで貰おうと考えたのである。そして氏治が宿泊する部屋の畳を全て入れ替えた。新しい畳の香りは良いものである。氏治も満足してくれるに違いないと義昭は考えた。


 ある日、氏治を歓待する準備を進めていた義昭は、廊下を歩いて庭先を眺めた時にふと思った。庭がなんとなく寂しいのである。季節は三月の半ば、寒い北関東では春の到来は遅れるのである。庭師に整えられた庭園に問題は無い。だが彩りが寂しく思えた。これでは氏治が廊下を通った時に、同じ気持ちになるのではないか?と義昭は心配になった。


 数日はその事が頭から離れなかった。鷹狩や歓待の準備は滞りなく進んでいる。だがどうにも気になる。花などがあればいいのだが、庭のツツジは開花まで暫く時を要するだろう。何か良い手は無いかと義昭は思案していた。そしてある事を思い付いた。


 義昭は庭師を呼び、青竹を切り出させて花瓶代わりの竹筒を造らせた。見た目を良くするために何度か加工を指示して、出来上がったのが青竹の花入れである。義昭はこれを廊下の柱に目の高さで設置し、野山から花を採ってこさせて生けてみた。寂しかった廊下が竹の青と小さな草花に彩られて生き返ったようであった。


 竹の花入れは千利休が秀吉の小田原攻めに従った折、箱根湯本で伊豆韮山の竹を取り寄せて作ったのが初めて、と言われている。千利休は戦国時代から安土桃山時代にかけての商人であり、茶人である。わび茶の完成者として知られ、茶聖とも称せられる人物である。


 義昭の竹花入れは利休をも飛び越し、またもや時代を先取りする事になった。当然当人はそんな事は知らないし、ただ氏治を持て成したい一心での事であるが、義昭はその性分から他者を気遣う性質の人である。利休のようにわざわざ道を求めなくても、持て成しの一つとして辿り着いたのだろう。


 そんな義昭を複雑な心持ちながら手伝ったのは、腹心の小田野義正である。義昭は口には出さないが、小田野義正には義昭の気持ちが十分理解出来ていた。


 小田野義正が知る佐竹義昭は、自分に厳しく、他者に寛大な上に生活は質素であり、若者とは思えない程の気遣いを見せる好人物である。小田野義正はそんな義昭を誰よりも敬愛していた。その義昭が氏治の為にこれ程の事をするのだ。自分が協力しない訳には行かない。差し当たって奥方に全力で秘す覚悟である。


 こうして義昭主従によって氏治を歓待する鷹狩りの準備が進められていった。


 ♢ ♢ ♢


 義昭殿が太田城に帰ってからは、私は忙しい日々を送っていた。江戸家から奪った城には、小田家の譜代の家臣を城代として任命している。そして彼等の多くは初めて城代になる者達であり、私への挨拶や困り事の相談などを持ち掛けられるので、その対応に時間を取られた。


 これを無下にする訳には行かない。誰でも初めては戸惑うものである。それに彼等にしっかり領地を治めて貰わないと、私も久幹も困るのだ。城を預けて「ハイおしまい」という訳にはいかないのである。


 城を預かるという事は大変名誉な事であって、そして責任は重大である。小田家で二番手、三番手で燻っていた人達が、ようやく日の目を見る事が出来たのだ。


 彼等の相談もやる気の表れである。私はそれを全力で応援したいと思うし、結果が出てくればその成果は小田宗家の力を強めるのである。


 国を獲るより国を治める方が遥かに難しいのである。小田領は領民まで譜代のようなものだから、統治は容易い。だけどここは旧江戸領である。心を配って統治しなければ、領民が蜂起する可能性もあるのだ。


 私は丁寧に話を聞いてアドバイスをしたり、必要であれば現地に入って一緒に問題に当たった。江戸家に従っていた国人は全て国外追放にしている。だから引継ぎなどは当然ないから、その分仕事の難度が上がるのである。でも、これを切り抜ければ彼等は立派な城代になるだろう。


 今回の戦では小田家は乱暴狼藉の一切をしていない。だから領民からは好意的に受け入れられている。そしてこれを成し遂げたのは赤松と飯塚の功績が大きい。幾ら命じても当人達に心からの自覚が無ければ、成し遂げられないのである。


 私はこの点で、赤松と飯塚を無条件で尊敬している。彼等の努力が無ければこのような結果は無かったのだから。私はこの一事においても恩賞を与えている。そして彼等はこの恩賞を辞退した。当たり前の事をしただけだと言う。私はこの言葉に感激して泣いてしまった。


 戦国時代の乱暴狼藉は悲惨の一言である。そしてそれは常態化していて、異を唱える者の方がおかしいとさえ思われるのだ。私の常識は戦国時代の非常識である。それを飲み込んで彼等は私に尽くしてくれたのだ。


 私の様子に家臣は皆戸惑っていた。私は転生者である。彼等とは似て非なる者である。そんな私に彼等は誠心誠意尽くしてくれるのだ。歴史を知る現代人なら理解できると思う。その彼等のお陰で乱暴狼藉が抑止され、常陸中部の領民は軍の被害に遭わなかったのだ。


 そんな彼等のお陰で、常陸中部の掌握は容易になると思う。この時代の人々は、被害に遭わないだけで感謝してくれるのだ。そして私の評判もあるので、余程乱暴な事をしなければ、領民が不満を溜める事も無いと思う。


 河和田の街は特に小田家に好意的で、これも街に一切の被害が無かった事と、私の噂と次郎丸の神獣っぷりが後押しする形になっていると思う。そして献上品が余りにも多いので驚いてしまった。河和田の街の財力が推し測れるというものである。


 久幹は美術品が好きだよと教えてあげたら、きっと大量の茶器や絵画が贈られるだろう。言わないけど。久幹は久幹で水戸と河和田を直接統治するらしい。


 水戸は水運が良いので、行く行くは城下町の整備をして行く事になると思う。歴史では佐竹家が大規模な土木工事を入れるまでは、水戸は一拠点でしかない。どちらにしても時間とお金が掛かるので、今はすぐにお金を生み出してくれる河和田の方が大事である。


 何をするにもお金と時間が掛かるのである。まずは久幹に統治を固めて貰い、余力で開発をして行く事になるだろう。そうして忙しく立ち回っていると、義昭殿から使者がやって来た。鷹狩のお誘いである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 痛快娯楽時代劇というタイトルに違わぬ痛快さ 身を守るための謀略が巡り巡って恋にまで発展するとは…… 他の作品にはない斬新な展開がまさに痛快 主人公的にはマッチポンプではないのが面白さに一役…
[良い点] 佐竹義昭……あまじゅっぱいわぁ〜(笑)
[一言] ワッショイ(信者広大)のニオイがする…… そのうち狂信者たちが爆薬入り神輿で敵陣に特攻する白昼夢(ゆめ)を見た………ないわー(笑) あと狂信者(ペロリスト)の発現もコワイ(白目)
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