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第四十七話 佐竹義昭の帰還


 河和田城に訪れた義昭殿と家臣の人達は、次郎丸を見て驚いていた。余りに固まって動かないので、私は心配になってしまった。桔梗に目で彼等を招き入れるように訴えると、桔梗が義昭殿を私の隣に座るように促した。


 そうすると固まっていた家臣の人達も、座に着き始めて話が出来る態勢になった。次郎丸が化け物扱いされないか心配だったけど、そのような事が無くホッとした。初見なら驚くに決まっているのだ。


 私の隣に座った義昭殿は、次郎丸をまじまじと観察していた。ここまで挨拶の言葉すら交わしていないので、よほど驚いたのだろう。でも次郎丸は私と離れたがらないし、護衛にも丁度いいので屋敷にも城にも上げているのだ。


 次郎丸が私から離れる時は、トイレか食事の時くらいである。次郎丸は成長してからは、自分で獲物を狩って食べているのだ。たまにご飯をねだられるので、そのときは麦飯をあげている。量が半端ではないけど。


 義昭殿は我に返ったのだろう、ハッとした様子で私に挨拶した。互いに挨拶を済ませると義昭殿が口を開いた。


 「氏治殿、申し訳ない。このような獣は見た事が無いので驚きました。この白き獣は神の御使いに思えます」


 義昭殿が盛大な勘違いをしている。次郎丸は確かに変わっているけどオオカミだし、あまり過ぎた評価をされると私が色々面倒くさい。


 それに私の小袖を持ち出しておもちゃにした挙句、私に叱られてションボリしているような子は、神の御使いではないと思う。ちなみに私の小袖は次郎丸の物になっている。


 「そのような事はありません。この子はただのオオカミですから、でも驚かれたでしょう?私もこんなに大きく育つとは思っていなかったのです」


 「ただのオオカミですか、、、」


 「家臣が拾ってきたのです。成り行きで私が育てる事になったのです」


 「尾が二本もありますな?」


 「そうですね。ほんの少しだけ変わっているかも知れませんが、良い子ですよ?」


 「ほんの少しですか、、、」


 義昭殿の控えめな突っ込みへの返答が苦しくなってきた。チラリと赤松を見たらとても誇らしそうに微笑んでいる。クッ、なんだか悔しい。次郎丸はもううちの子だから文句は無いのだけど、赤松のドヤ顔が気に入らない。


 義昭殿は少し思案するようにしてから口を開いた。


 「氏治殿。此度の援軍、真に感謝致します。小田家の援軍無くば、当家もどうなっていたか知れませぬ。氏治殿には救って貰ってばかり。この義昭、心から礼を申します」


 そう言って義昭殿は頭を下げた。私は彼に頭を上げるようにお願いした。ようやく本題に入ったので、次郎丸の話にならないようにしよう。


 「義昭殿、私は二心無く佐竹家とお付き合いすると誓いました。ですから援軍は当然の事です。お気になさらないで下さい」


 「ですが、我らは氏治殿から頂いてばかり。何ぞ礼をしないとこの義昭の気が済みませぬ。この義昭に出来る事は無いでしょうか?」


 義昭殿とは短い付き合いだけど、彼はとても義理堅い性分の人だ。彼を知るまでは史実の佐竹のイメージで恐れていたけど、今は交流を持てて良かったと思っている。でも、特に欲しいものは無いんだよね?あるとすれば袋田の近くにある栃原金山が欲しいけど、そんなこと言えないし。私は少し考えてから口を開いた。


 「義昭殿、小田家としては佐竹家との強固な同盟だけが望みなのです。ですから互いに助け合うのは当然の事だと思っているのです。ですが、義昭殿の気持ちも解ります。なので、此度の戦で使った兵糧を頂ければと思います」


 私の言葉に義昭殿は破顔した。確かに借りっぱなしは心苦しいだろう。彼の性格から考えても要求する事も信頼の証になる気がする。


 「心得ました、氏治殿は何も求めないので真に心苦しかったのです。まだまだお返し致したいが此度はそう致します」


 義昭殿の様子を見て、私は何となく思い付いた事を言った。


 「義昭殿、もし宜しければもう一つお願いがあるのですが宜しいでしょうか?」


 「何なりと申して下さい。この義昭に出来る事なら何でも致します」


 「ではお言葉に甘えて、私を鷹狩に連れて行って欲しいのです。恥ずかしながら致した事がないので興味があるのです」


 小田家では父上が鷹狩をしていたらしいけど、今は鷹もいない。戦国武将といえば鷹狩である。私も前々から興味があったのだけど、機会が無いし今は次郎丸もいるから、鷹を飼う訳にも行かない。たぶん嫉妬するし。私がそう伝えると義昭殿が物凄い笑顔になった。


 「お連れします!お連れしますとも!この義昭、鷹狩は大の得意で御座います。氏治殿に教えて進ぜましょう!」


 なんだか喰い付きが凄かった。でも、流石は名門の当主である。鷹狩くらいは余裕らしい。私は前世で映像は見た事があるけど、今生では見た事が無いのだ。それにお肉も食べられるし楽しみである。


 それからの義昭殿は上機嫌だった。楽しそうに鷹狩りの話題を私に振り、私も知らない事だらけなので興味深く聞き、そして質問した。義昭殿は余程鷹狩りが好きなのだなと思った。


 政治の話が完全にストップした私と義昭殿は、小田野義正殿に窘められて、今後の方針を語り合った。小田家は江戸家の領土を獲る形になったけど、義昭殿はそれを認めてくれた。佐竹家の家臣に不満は無いのだろうか?と疑問に思ったけど、揉めずに認めて貰えるならそれに越した事は無い。


 小田家は専守防衛なので、その方針を義昭殿に再度伝える。義昭殿からは当面の敵は岩城家になると伝えられた。佐竹家からすれば当然だと思う。この様子だと、今後は北に勢力を伸ばしていくのかも知れない。江戸家が滅びても、佐竹家の拡大路線に変わりはないようだ。北には大国の蘆名家がいるので、余り無茶はして欲しくないものだ。


 ただ、こうして同盟国同士で方針を語り合えるのは、互いの信頼の表れだと思える。信長と家康が背後を守り合ったように、私と義昭殿で同じ事が出来れば、小田も佐竹も家を守る事が出来る筈だ。


 その日は義昭殿一行は河和田城に宿泊する事になった。そして夜は当然のように酒宴である。酒宴の席ではワインを惜しみなく提供した。以前提供したワインは佐竹家の家中でも、かなりの評価を受けたそうだ。特に小田野義正殿が気に入ったらしく、随分とお礼を言われてしまった。


 小田家でもワインの生産量がだいぶ増えたので佐竹家に分けてもいいかも知れない。ワインで平和が買えるなら安いものである。


 酔いが回って来ると坂東武者らしく、武功の自慢話が始まる。飯塚や赤松が今回の戦を語りだした。勝貞が一日で三つの城を落とした話を聞いた、佐竹家の家臣の面々は大興奮であった。そしてそれを聞いた義昭殿は随分と感心していた。


 「菅谷殿の武勇は耳に致していたが、此度の戦での武功は語り草になりますな」


 「普段は皆に優しい人なのですけどね、私も驚いているのですよ」


 「私もいつかはこのような武功を立てたいものです」


 ワインをちびりと飲みながら義昭殿が言う。君主である義昭殿でも武功は立てたいと考えるようだ。武家の男子は色々大変そうだ。私は女だから許されている事が多いと思う。皆気を遣ってくれるし。


 翌日に義昭殿は太田城に戻る事になった。鷹狩の約束もしたし、獲ったばかりの常陸中部での仕事も山積みなので、暫くは河和田城にいるつもりである。それに常陸中部の領内を私は巡る事になっている。久幹からの要請で、私の評判を利用して常陸中部を慰撫しよう、という目論見である。


 正直、勘弁して欲しいけど、久幹に常陸中部を任せたのは私だし、やれば領土は安定しやすくなると思うので、拒否できなかった。


 ♢ ♢ ♢


 江戸忠通は一族を引き連れて、結城政勝の元に身を寄せていた。


 戦に敗れた江戸忠通は水戸城に逃げ帰り、業腹ではあったが小田家と和議を結ぶ事を決意した。小田勢は水戸城に押し寄せて来て居り、兵は散り散りに逃げてしまって、この水戸城にも僅かな兵しかいない。こうも兵が戻らないのは誤算だった。これでは碌に守る事は出来ないだろう。


 もはや抵抗する術も無く、捕らえられて佐竹に引き渡される訳には行かない。江戸忠通は小田家に使者を送った。城下の小田勢に送った使者は直ぐに戻り、小田氏治は河和田城に向かっているという。それを聞いて江戸忠通は仰天した。


 「河和田に向かっただと!」


 河和田は江戸忠通にとって最重要拠点である。小娘と侮っていたがこちらの弱みを理解している事に、江戸忠通は驚いたと同時に、誰ぞ家臣の入れ知恵だろうとも考えた。


 江戸忠通が水戸城に逃げたのには訳がある。逃走中に和議を結ぶ事を考えた江戸忠通は、自分が水戸城に籠もれば小田の軍勢は水戸に追って来るだろう。そしてそこで和議を結べば、河和田の街は荒らされなくて済む筈だ。あの街があれば再び軍備を整える事は容易である。機を見て領土を奪い返すのも容易いだろう。


 だが現実は江戸忠通の期待を悉く裏切った。小田勢は軍を二手に分けて、水戸と河和田に進軍したのだ。江戸忠通は焦った。ともかく使者を河和田に向かわせた。そして戻って来た使者の言葉を聞いて思わず怒鳴った。


 「条件を煮詰めるのは常識であろう!」


 江戸忠通は少しでも有利になるように無理目の条件を提示したのだ。そしてそこから折衝し、相手からの妥協を引き出すつもりだった。だが使者が言うにはこれを聞いた小田家の将が、烈火の如く怒ったのだという。そしておかしな事も言い出した。小田の小娘は化け物を従えているという。


 何を愚かな事をと使者を問い詰めたが、狐にも山犬にも見える巨大な獣だという。江戸忠通は嘆息した、今はその様な話はどうでもいい。万一切り捨てられては困ると、一族から使者を選ばず、適当な者に使者を任せたのが失敗であった。


 聞けば明日の朝までに降伏しなければ、城攻めを行うと言う。そして条件交渉を行う気はさらさら無く、命は助けるから出て行けと言う。奪われた三つの支城の城主達と全く変わらない扱いである。


 「なんと無礼な!」


 江戸忠通は怒ってみたものの事態が好転する訳でもない。失敗した、欲をかき過ぎた、後悔したが遅かった。自分はまだ死にたくないし家族の身も守りたい。そして一族も同様だ。だが、城を守り切る程の兵も居なければ、佐竹が戻れば暗い未来が待っている。


 全てが裏目に出てしまった、、、。そう思うと身体の力が抜けて行った。江戸忠通は降伏を選択した、今は佐竹から逃れる事を選んだのだった。そして江戸忠通は結城家を頼って、一族を引き連れて水戸から去った。


 結城政勝は快く江戸忠通を受け入れた。城下に屋敷を与え、歓迎の宴まで開いてくれた。


 江戸忠通はこれまでの顛末を、結城政勝に涙ながらに語って見せた。それを聞いた結城政勝は江戸忠通を哀れみ、そして小田氏治を罵った。


 聞けば結城城を小田氏治に焼かれたのだという。結城の城が燃えたのは耳にしていたが、火災かと思っていた。まさか城だけを狙って焼くとは想像の外であった。


 結城政勝の恨みは凄まじく、必ずや小田を滅ぼさんと、酒で赤くなった顔で喚くように語った。それに同調したのは水谷正村という将だった。その男は左目の眼球には瞳が二つもあり、そして右腕が無かった。右腕は小田家との戦で失ったという。そしてもう一人、多賀谷政経は城を三つも奪われたという。


 小田氏治は小娘だという話だが、皆の話を聞くと悪鬼羅刹の如き所業の数々、それに自分も国を奪われている。だが、この様子なら機会があるかもしれない。小田家を狙う結城家に合力し、捲土重来を果たせるかもしれぬ。


 江戸忠通は、小田氏治を罵倒する結城政勝の様子を眺めながら、小さな期待を胸に抱いた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] しばらく読めてなかったうちに大量に更新が! 私の中で佐竹さんが保健室でエンカウントしたやや病弱美少年枠になってきました。体調がいいときはスポーツもできる系の。 [気になる点] 次郎丸、、、…
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