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第四十五話 常陸の動乱5


 江戸勢が進軍して来て対陣する形になった。その日は戦端は開かれず睨み合いとなった。翌日の早朝に目を覚ました私は、次郎丸を連れて本陣に入った。勝貞が敷いた本陣は小さな丘の上にあり、戦場が一望できる好立地であった。ここまで手前勝手に陣を敷けたのは、江戸勢が小田勢を追い払うしか策が無い事を、勝貞が見越したからだ。


 佐竹家は南北の挟撃に晒されたけど、小田家の参戦で互いに挟みあう形になっている。当然内側の軍勢は不利であり、互いの外側の軍勢で勝利した方が相手を磨り潰す事になる。私も久幹もそこまで意図した訳では無いけれど、結果としてそういう形になったのだ。見る者が見れば漁夫の利を取ったように見えるだろうけど、偶然である。勝貞の活躍は私も久幹も想像していなかったのだ。


 早朝にも拘わらずあちこちで忙しく人が動いていた。本陣には既に将が集まっていて私は目で桔梗を探した。本陣の端に佇む桔梗を見つけるとなんだか安心することが出来た。昨日は何となく気落ちをしたけれど、戦は戦と割り切ったつもりだ。私は次郎丸を連れて床几に腰掛けた。次郎丸は私にピタリと寄り添ってその長い二本の尾をゆらゆらと揺らしている。


 私の様子を見た久幹は私に目で確認を取る。私が一つ頷くと、その大きな身体を諸将に向けて口を開いた。内容は昨日とさして変わらないものだったけど、細かく再確認する久幹の様子が彼らしかった。基本的には海老ケ島の合戦と同じだけど、今回は鉄砲の扱いに違いがあった。


 十人一組の鉄砲衆を三隊作り、敵の将の狙撃だけを目的にした部隊を作ったのだ。撃ち手は各鉄砲衆から選りすぐられた、鉄砲上手が選ばれている。指揮官狙いのこの部隊は敵からすれば恐ろしい存在だ。十丁の鉄砲の一斉射撃に狙われるのである。将は馬に乗っているので識別がし易いし、鉄砲を知らないであろう敵の将は、弓の射程の外から攻撃されると考える事は出来ないだろう。


 小田家の戦は鉄砲を使った待ちの戦だ。今は通用するけど、鉄砲が知れ渡れば戦のやり方も変わって来ると思う。だけど歴史が示すように銃器が戦場を支配する事に変わりは無い筈だ。現代ですら銃は使われているのだから。



 ―江戸陣営―



 江戸忠通は、討って出る様子が全く感じられない小田勢に歯噛みしていた。矢合わせをする気配すらも無い事から、明らかに佐竹勢を待っていると見て取った。


 「卑怯者め!」と内心で罵るがのんびり様子を見ている暇はない。敵が籠もって出てこないなら強襲するしか手が無いのだ。


 軍議は荒れに荒れた。江戸忠通が決戦を表明して出陣してきたにも拘わらず、未だに和議を主張する者が後を絶たなかった。佐竹が戻れば敵は圧倒的に有利である。和議に応じるとも思えないし、相談を理由に時間を引き延ばされ、佐竹を呼び込む事態になるかもしれない。


 佐竹との和議も絶望的だ、怒れる佐竹がこの首を求めるのは火を見るより明らかだ。佐竹の恨みが自分に向けられていると思うと平静では居られなかった。江戸忠通はそれらの主張を再度力ずくで黙らせ、決戦に変更は無い事を諸将に伝えた。


 不承不承な態度を隠しもしない諸将の反応を見て、江戸忠通はこのままだと寝返る者が出る可能性に思い当たり、初戦での力押しを決めたのだった。


 江戸忠通は二千の兵に攻撃を命じた。どの道、敵の陣を崩さなければ勝機は無い。これが常ならばじっくり相手の出方を伺い、手を打っていくところだが今は時が惜しい。相手は小娘だ、采配など碌に振るえまい。


 見知った佐竹の面々を思い出しながら江戸忠通は佐竹への恐怖と焦りで我を見失っていた。



  ―小田陣営―


 「江戸勢が討って出ましたな」


 戦場が一望出来る本陣から、敵陣を眺めていた久幹の言葉につられて、私はゆっくり迫って来る敵兵を眺め見た。大勢の兵が向かってくるこの光景はいつ見ても恐ろしい。


 「随分繰り出して来たね、総攻めではないよね?」


 私の質問に久幹は戦場から目を離さず答えた。


 「これは総攻めですな。江戸勢からすればここで我等に粘られては佐竹勢が戻り、挟み討たれますからな。それにしても、我等に和議も求めず随分と強気な事で御座いますな。手間が省けてよう御座いますが」


 「でも、それにしては備えがばらけて動いているように見えるのだけど?」


 江戸勢を見ると突出して前に出る備えと、動きが遅い備えの差が激しい気がする。あれでは鉄砲と弓矢の良い的だ。私が久幹にそう伝えると彼は軍配で肩を叩きながら口を開いた。


 「どうやら、敵方は一枚岩ではないようで御座いますな。味方の様子を伺っているようでは、戦う気も然程無いのでしょう。よくある事で御座います。案外敵方からの寝返りがあるやも知れませぬ。いずれにせよ我が方が有利となりましたな」


 しばらく眺めていると江戸勢の備えの一つが鉄砲の射程に入って来た。前回同様、戦場のあちこちに射程の印を付けてあるのだ。桔梗の備えに目を移すと丁度鉄砲を撃った所だった。毘沙門天の旗印を覆い隠すように煙が大量に舞った。その先を見ると倒れ伏した敵兵と足の止まった備えが見て取れた。


 「やはり戸惑うでしょうな。知らぬというだけで打つ手が無い。殿にはもっと鉄砲を作って頂きたいものですな」


 ニヤリと笑いながら久幹は隣に立つ私を見下ろした。


 「そうだね、ここまで効き目があると欲しくなるよね。鉄砲鍛冶は増やしたのだけど、もっと増やそうかな?でも甚平が怒りそうなんだよね?久幹が話してよ」


 「それは御遠慮致します。某も甚平には嫌われたくは御座いませんからな。おっと、参ったようで御座います」


 桔梗の鉄砲衆の一斉射撃を受けた敵方の備えは再度突撃を仕掛けて来た。しかしまたしても鉄砲の一斉射撃で足が止まる。現場の混乱が容易に想像できた。そして再度鉄砲の音が鳴り響き、馬上の武者が落馬したのが見えた。たぶん狙撃部隊の仕業だ。


 「使えますな、敵将が討ち取られれば雑兵共も引くより他無いでしょう。これからの戦は将が前に立つと崩れますな」


 やがて弓矢の距離になり互いに矢を放ちあったけど、結城との戦の再現のような有様で敵勢がバタバタと倒れて行った。そして馬上の武者がまた落馬する。中央でこれだから左右両翼でも同じ事が起こっているだろうと思えた。そして足軽達が逃げ散って行くのが見えた。


 「そろそろ良いでしょう」


 久幹はそう言うと伝令を放った。前回と違うのはここから攻勢に打って出るのだ。しばらくすると小田の陣から軍勢が飛び出すように出て行った。敵が引くのに合わせた総攻めである。地鳴りのような声が響いてきて思わず身を竦めてしまった。素人の私から見ても江戸勢には全く纏まりが無く、備えによっては蜘蛛の子を散らすように逃げている者も大勢いた。


 「こうもあっさり決まるとは、少々拍子抜けで御座いますな。このような勝ちに慣れては軍としては良くないので御座いますが」


 「そうかも知れないけど、私は味方の死者が少ない方が良い。戦なんてしたくないのに思うようにいかないね」


 遠くの本陣に動きが見えた。向かって来ているようには見えない、移動するようだ。


 「兵を引くのでしょう。引き際だけは弁えているようですな」


 なんだか、江戸勢が哀れになって来た。鉄砲もあるけど小田の軍は元から殴り合いが強い。たぶん一方的な追撃になるだろう。私と久幹は暫く戦場を眺めていた。小田勢が圧倒的に優勢で、敵は次々と退却していった。


 戦況を見届けるようにしてから久幹は口を開いた。


 「では、我等も支度を致すとしましょう。殿はどちらに向かわれますか?」


 「それはもちろん河和田でしょう!」



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