第四十四話 常陸の動乱4
小幡城に到着した私は城内に通され、評定の間に腰を落ち着けた。室内は特に荒れた様子もなく、本当に戦があったのかと疑問に思った程だ。この場に来るまでもそうで、戦いの痕跡が見つけられなかった。奇襲が余程上手く決まったのだろうと考えた。優しい勝貞の事だし、捕らえた将兵にも手荒な事はしないだろう。
私は特にする事も無いので、皆が来るまで傍らにいる次郎丸に寄りかかって寛いでいた。大きい割にふわふわの体毛の次郎丸はソファー代わりに丁度いい。次郎丸が長い二本の尾で私を包むから油断をすると寝てしまいそうだ。
重役出勤で遅れて戦場に来たけど、これでいいのだろうか?と疑問に思う。城を三つも落とした将兵の苦労を思うとなんだか気が引けてしまう。暫くそうしていると皆が集まって来た。私は居住まいを正して座り直す。
久幹が皆を代表するように発言した。
「殿、大まかな状況が判りましたので報告致します」
久幹から伝え聞く勝貞の活躍に私は驚いた。奇襲に次ぐ奇襲で、あっという間に三つの城を落とした勝貞の活躍は、まるで軍記物を読んでいるかのようだった。そして江戸忠通がこちらに向かう様子を見せていて、勝貞が陣の構築をしている事を知った。
「勝貞が大活躍だね、後でお礼を言わないと。それと江戸勢との戦はどうするの?陣に籠もって時間稼ぎで良いと思うのだけど?」
私の質問に久幹は口角を上げて答えた。
「この際で御座います、常陸中部を頂戴しようと考えて居ります」
「えっ!」
久幹がとんでもない事を企んでいた。常陸江戸氏は平安から続く名族である。常陸では佐竹のイメージが強くて隠れがちだけど、簡単に滅ぼせるような弱い氏族ではない。一五九〇年の小田原征伐まで佐竹とは臣従や離反を繰り返しながらも互角に戦っていたのだ。常陸中部は平地が多く米も取れるし海もある。そして河和田の街の繁栄が江戸氏の力を支えているのだ。
「勝貞殿が陣を造って居られます。江戸勢もこちらに向かう様子であると、百地殿の忍びから報告が御座いました。そこで江戸勢と決戦を致します。勝てば河和田も水戸も獲ることが出来ましょう。兵は互角以上、更にこちらには鉄砲も御座います。」
確かに鉄砲を配備した今の小田軍なら、そう簡単には負けないだろう。でも常陸中部を獲っちゃっていいのかな?
「佐竹殿と揉めないかな?元々江戸家は佐竹家に臣従していた訳だし?」
私の疑問に久幹は拍子抜けしたような表情をしてから質問に答えた。
「何を遠慮されているのかは存じませんが、そのような心配は無用に御座います。佐竹家が江戸家を狙っていた事は存じて居りますが、江戸家は独立した国人で御座います。佐竹の臣では御座いませんので何も問題は御座いません」
獲れるなら獲った方がいいのは私も理解している。だけどそんなつもりが全く無かったから、戸惑ってしまった。江戸家六万石が小田家のものになれば、二十万石になって常陸では一番の勢力になる。江戸家を獲ってしまえば義昭殿は、南常陸への南進は出来なくなる。勢力を伸ばそうと思えば北に行くか、宇都宮に進行するか那須に行くか、どちらにしても小田家の周りでの戦は無くなると思う。
「わかった、久幹に任せるよ。ただ、どうしても必要な訳では無いから、無理はしないで欲しい。戦で無理するなと言っている、私の言葉がおかしいのは解ってるんだけど」
「殿の御気性は存じて居ります。ですが、力無くしては平穏も御座いません。これは小田家を守る戦とご理解下さい」
なんだか私が説得されている?でも被官までしてくれた久幹が言う事だ、間違いは無いと思う。私が現代人の感覚だけで物事を進めるのにも、限度はあるだろう。私を守ってくれているのは結局のところ彼等なのだ。その彼等が必要とするなら私に否も応もない。
「久幹、乱暴狼藉は決して許さないでね?それだけは守って欲しい」
私がそう言うと久幹は微笑みながら答えた。
「よく存じて居ります。敵方の氏族も可能な限り保護致しましょう、殿の御名に傷を付けるような事は致しません」
「此度は久幹が勝った後の話をしているね?」
私の言葉に久幹は破顔した。そして顎を撫でながら口を開いた。
「そうで御座いますな。ですが、鉄砲の威力を知ってしまうと負ける気が致しません。此度は結城との戦より多い、二百丁の鉄砲が御座いますからな。正直申せば、鉄砲が広まる前に、可能な限り領地を広げたいくらいで御座います」
元々の歴史では、関東で最も鉄砲を多く所有したのは佐竹家である。だけどそれは桃山以降の話だし、袋田の金山の開発が原資になっているから、配備していくのはずっと後の話になるだろう。常陸の戦で鉄砲を初めて戦場で使ったのは久幹だ。他の将と比べると鉄砲に対する見方が違う。彼が本気を出したら常陸制覇が出来ちゃうんだろうな、、、。
評定では江戸家との決戦を行う事が決まり、明日には勝貞が用意している陣に入る事になった。私にとっては二度目の戦場になる。戦なのだから将兵の中には死ぬ者も出るだろう、それでも無事を願わずにはいられなかった。
翌日になると小田の諸将を引き連れ、私は勝貞の待つ陣に入った。馬防柵も組み上がり、それを囲うように簡単な空堀も掘られていた。鉄砲を使った戦はたったの一度なのに、勝貞はそれに適した陣の構築を自分の頭で考えて、成してしまった。
「勝貞、ご苦労様!話は聞いたよ、大活躍だね!」
「何の、某は殿の兵法を模倣しただけで御座います。それに江戸勢の守りが薄かったのが幸い致しました。運もよう御座った」
はにかみながら語る勝貞の手を取り、私は心からお礼を言った。私の兵法が気になったけど今は気にしない事にした。私達は勝貞の健闘を皆で称えた。そして迫り来る江戸家との戦に備えて軍議を始めた。進行は軍配を預かった久幹が行った。
「此度の戦で御座いますが、菅谷殿のご活躍もあり当家に有利な状況となりました。この機を捉え、常陸中部を切り取ろうと考えて居ります。既に殿からは御裁可を頂きました」
久幹の言葉を聞いた諸将は思わず耳を塞ぎたくなる程の大歓声を上げた。皆が皆、坂東武者である。武功を立てたいに決まっているのだ。私が争いを好まないのを知っているから皆今まで遠慮していたのだと思う。
ただ、私としては複雑だ。現代人として生きた私は戦争に対して忌避感が当然強い。でも、それを皆に強要して家が滅びたら謝罪では済まない。今回の久幹の提案は正しい、力を付けなければ他家から狙われるのだ。結城が執拗に小田家を狙うのも勝てると思っているからだ、だったらそう思わせない力は当然必要になる。
そして久幹の口から諸将に対して、次々に指示が与えられた。皆の張り切る様子を見て、自分がどこにいるのか解らなくなったような気がした。気が付けば、私に寄り添うように座っている次郎丸を引き寄せていた。
♢ ♢ ♢
戸村城から兵を引いた江戸忠通は一旦水戸城に戻り、兵を休ませていた。予想外の小田家の襲撃は兵にも伝わっていて、あれほど高かった士気も今では見る影もない有様だった。
江戸忠通は私室で一人杯を傾けながら思考していた。
戸村の陣中で小田家の襲撃を知った時は血の気が引く思いだった。既に三つの城が小田家によって奪われ、それを耳にした家臣も動揺している始末である。
次々に入って来る報告は江戸忠通を苛立たせた。小幡城主・江戸通春、飯沼城主・桜井忠房、天古崎城主・海老沢正忠、いずれも家族ごと捕らえられた上に放逐されている。まるで出て行けと言わんばかりの扱いだ。このような屈辱は受けた事が無い。
だが、その一方で後悔の念もあった。もっと小田家を警戒すべきだった。南常陸から北常陸は遠いし、伝え聞く話だと家督を継いだのは小娘だというから、大したことは出来まいと高を括っていた。佐竹との同盟は知っていたが、まさか攻め込んで来るとは思ってもいなかった。
岩城家と南北から佐竹を擦り潰していく必勝の策だと思っていたのに、気が付けば己の領土が切り取られていたのだ。この一戦で佐竹を滅ぼさんと守備の兵まで駆り出してしまったのも誤算の一つだ。そのせいで小田は易々と城を手に入れる結果になっている。
いずれにせよ、早々に城を取り返さないと、佐竹が戻って来れば己の身が危うくなる。ただでさえ、岩城に伝える事なく兵を引いてしまったのだ。面目も丸潰れである。
小田勢を追い返し、領土の防御を固めなければならない。佐竹の小僧に後れを取るとは思わないが、国力だけは自分より上である。ここはなんとしても凌がねばならない。
江戸忠通は仰ぐようにして杯を傾けて酒を飲み干した。大きく息を付くと酔いに潤んだ目で虚空を睨みつけた。
翌日、江戸忠通は行動を起こした。物見の報告によると小田勢は陣を敷き、待ち構えているという。戦場まで決められるとは業腹だが、今の江戸忠通には選択する権利が無い。早々に小田勢を追い払わないといけない。佐竹が戻れば、自分が南北から擦り潰されるのである。
軍議では、殊更強気な発言をして諸将を奮い立たせようとしたが、反応は芳しくなかった。家臣ならまだしも一族からも和議の提案が相次ぎ、江戸忠通を苛立たせた。腰抜け共めと内心では罵ったが今は我慢と平静を装った。それらを力ずくで捻じ伏せ、堂々の決戦をする事を強引に決め出陣となった。
数日前とは明らかに違う士気の落ちた兵を引き連れ、小田勢の待ち構える戦場に到着し陣を構えた。敵方の様子を見ると馬防柵で陣を囲み、持久戦の構えを見せている事が見て取れた。恐らく佐竹が戻ってくることを見越しての陣構えだろう。
気弱な備えなら却ってこちらがやり易い。力押しに陣を破れば小娘の指揮する軍など、ものの数ではない。「追い散らしてくれるわ!」江戸忠通は小田の陣を睨みながら、吐き捨てるように言葉を発した。




