第四十三話 常陸の動乱3
勝貞が先行する形で小幡城に出陣した翌日、兵を集め終わった私達は正に出陣しようとしていた。大吉祥天の旗をなびかせて、さあ行こうと馬を進める。私の傍らには今回の戦の軍配を預けた久幹と、忍び働きと護衛を兼務する百地に加えて次郎丸が付き従った。
もはや巨大と呼べる体躯になった次郎丸は、長く伸びた二本の尾を高く掲げてゆらゆらと揺らしながら騎乗する私の傍らを堂々と歩いている。その様子を目にした人達は皆が皆目を丸くして、中には拝む人までいる始末だった。それを可笑しそうに眺めていた久幹が私に語り掛けた。
「初めて見た時は殿に同情したもので御座いますが、こうまで立派になると何やら頼もしいですな。神獣と申しても差し支えないでしょう。次郎丸を見て驚く者の顔を見るのが楽しくなって参りました」
「最初は可愛らしい子犬だったのだけどね、育てた私が一番驚いてるよ」
私がそう言うと傍らを歩く次郎丸が私に顔を向けた。どうも次郎丸は人語を解している様子があるのだ。犬にして欲しい時の合図代わりに使う簡単な言葉を『コマンド』という。例えばお手とかが一般的だけど、次郎丸はそのようなものは関係なしに私の会話に普通に対応して来るのだ。最初は驚いたけど、今ではすっかり慣れて普通に話し掛けている。
「次郎丸、しばらくは一緒にお散歩だから良い子にしているんだよ?」
私がそう言うと高く掲げた二本の尻尾を激しく揺らした。それを見て皆で笑っていると行軍の列の前方が騒がしくなり、そして勝貞の伝令がやって来たことを知らされた。それを聞いた久幹は軍を停止させて、私は勝貞の伝令からの報告を聞く事になった。
「なんだと!」
私よりも久幹の反応が凄かった。報告によると勝貞は小幡城、飯沼城、天古崎城の三城を攻略したそうだ。これには本当に驚いた、勝貞が出陣したのは昨日の話である。一体どうやったのか非常に気になる。それにしても久幹の反応がおかしい。喜ぶべきなのに「クッ」とか言ってるし?
「久幹どうしたの?」
久幹の反応が気になったので聞いてみると「これは、失礼致しました」と私に軽く頭を下げた。
「勝貞殿が『神速の用兵』を成した事が羨ましかったので御座います。某が致そうと考えていたので御座いますが先を越されました。真に残念で御座います」
久幹が本気で悔しがっている。そしてなんか聞いた事のある単語が飛び出して来た。そう言えば私と孫子にそんなこと書いた気がするけどまさかね?
「殿の兵法を皆で学んでいたので御座いますが『神速の用兵』には皆で感心致して居りまして、いずれ機会があればと某も狙っていたので御座います」
「クッ」今度は私が言う羽目になった。いや、私の兵法じゃなくて孫子だからね?そういえばもう随分時間が経つのに政貞から孫子を返して貰ってない。恥ずかしいからいい加減返して欲しい。
「如何なされたので御座いますか?」
私の様子に久幹は首を傾げている。私は「何でもないよ」と平静を装った。戦が終わったら取り戻そう。ここ一年程は自分の黒歴史でダメージを受ける事が多すぎる。
私は気を取り直すようにして勝貞の伝令に「私が喜んでいた」そして「無理をしないように」と言葉を託した。そして久幹は伝令に勝貞への指示を託した。「勝貞殿の思うように動かれよ」と。
久幹の指示は私には勝貞をそそのかすようにしか聞こえなくて心配なのだけど、軍配を預けた以上口を挟む訳にも行かなかった。私と違い彼等は戦闘のプロである。素人の私が口を挟んでいたら彼等も困るに違いない。でも敵の城を三城獲ったという事は当初の目的を達成した事になる。あとは取って返してくる江戸勢を引きつけられれば佐竹を救う事が出来るのだ。私は百地にこの事を義昭殿に伝えるようにと書状をしたため伝令を飛ばした。
勝貞の活躍は全軍に伝えられ、士気が大いに上がったのは言うまでも無い事だろう。早く小幡城に行って勝貞に会いたいものだ。
♢ ♢ ♢
戸村城は江戸忠通が率いる二千五百の軍勢に激しく攻め立てられていた。城を守るのは佐竹一門の戸村義知と与力として派遣された赤須丹後守である。
江戸忠通は一気に城門を破らんと兵を叱咤するが戸村城の守りは固く、思ったような戦果を上げられずにいた。岩城家と極秘に進めた佐竹家への攻撃は奇襲になる筈だ。それにも関わらず城の守りは固く攻めあぐねる結果になっていた。江戸忠通の心中に一抹の不安がよぎった。
小田氏治からもたらされた報により、佐竹義昭は江戸家との国境付近の城や砦を固める事に成功していた。常陸では大国といっても佐竹家の石高は十九万石、最大動員兵力は四千五百、掻き集めても五千がいい所である。この点に関しては小田家も同様で、周辺国人合わせて十四万石なので佐竹家には劣るが、それなりの戦力を持っている事になる。
義昭が国境を固めると同時に北からは岩城、南からは江戸の軍勢が迫っているとの報告があった。それを聞いた義昭は冷や汗をかいた。もし小田家からの報が無ければ、兵を掻き集めている間に、領土を敵のいいように切り取られていただろう。それに南北からの挟み撃ちに対して後手に回れば、離反する国衆も現れ軍が瓦解する可能性もあった。
義昭は江戸勢を国境の城が防いでいる間に、岩城の軍勢に当たる事にした。人馬を整え出陣し、進行してきた岩城勢に対して布陣した。物見の報告によると岩城の兵は二千五百程度で、三千の兵を揃えた義昭が有利な状況である。
義昭は諸将を集め軍議を開いた。集められた諸将はいつもと違って落ち着きがない、やはり江戸の軍勢が気になるのだろう。国境が破られれば彼等の所領も危険に晒されるのだ。
佐竹義昭は二十歳の若い当主である。まだ戦の経験も少なく、家臣や国人の中には頼りなく思う者もいるだろう。だが、この危機を乗り越えれば義昭の求心力は増す筈である。義昭にとっての正念場である。
岩城勢に対する備えを決め終わり、いざ決戦という段になったときに、戸村城からの伝令が飛び込んで来た。
「申し上げます!江戸忠通が兵を引きまして御座います!」
「なんと!!」
義昭にとっては朗報である。これで背中を気にせず戦えるのである。そしてそれを聞いた諸将からも大きな歓声が上がる。思わず顔を綻ばせた義昭に、腹心である小田野義正が声を掛けた。
「小田様が動いて下さったようで御座いますな」
「うむ、こうも助けられては氏治殿に頭が上がらぬ、この戦は負けられぬな」
そして義昭は諸将を見渡すように眺め見て、そして口を開いた。
「聞いての通りである!背後の心配は無くなった!岩城勢を存分に討ち取ってやろうではないか!」
義昭の言葉に「応!!!」と諸将は咆哮にも似た声を上げた。そして再度持ち場に散ろうとした時に、今度は小田家の使者がやって来たと報告が入った。
義昭は気勢を削がれた心持になったが、氏治の使者を無下にすることは出来ない。直ぐに通すように命じ、使者から書状を受け取った。そしてすぐさま目を通す。そこには、北常陸までの道のりが遠く、江戸勢に対する防衛に遅参する可能性があるので直接江戸の領内に攻め込み、江戸の軍勢を引きつけるつもりであるとの事が書かれていた。
義昭は胸に書状を押し付けるように当て、そして目を瞑った。『どこまで真っ直ぐなお方なのか!』江戸勢が引いたのは明らかに氏治の働きによるものだったことを確信した義昭は感激に胸を震わせた。そして書状を小田野義正に手渡した。書状を読んだ小田野義正は震える声で口を開いた。
「もしやとは考えて居りましたが、このように動いて下さるとは、、、」
「氏治殿は江戸と直接矛を交える事を決断なさった。益々この戦は負けられぬ!」
佐竹義昭主従は決意を新たに岩城との戦に挑むのであった。
♢ ♢ ♢
菅谷勝貞は伝令から氏治と久幹の言葉を受け取った。氏治の言葉には顔を綻ばせ、久幹の指示にはニヤリと口角を上げた。
勝貞の元には百地からの報せも入って来ており、江戸忠通が佐竹への攻撃を中止し、二千五百の軍勢を引き連れてこちらに向かっている、との報が入っていた。
勝貞は久幹の指示を仰ぐまでもなく、既に行動を開始していた。江戸家との決戦の場を選定し、そこに陣を築き始めていた。鉄砲衆も全て呼び寄せた勝貞は夕刻には到着するであろう主君の小田氏治を待っていた。氏治が持ち込む物資と資材が目当てである。
夕刻になり、氏治の到着の知らせを聞いた勝貞は自らが出迎えたい気持ちを捻じ伏せて、飯塚美濃守に物資を受け取りに行かせた。まずは主君である氏治の安全が最優先である。資材を運び入れ馬防柵を組み、堅固な陣を敷くことを最優先とした。
暫くすると物資が次々と運び込まれてきた。勝貞は兵を叱咤し馬防柵を組んでいく。その作業は夜中まで続き、ようやく陣が完成したのである。そして決戦の準備は整えられた。




