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第三十九話 次郎丸


 季節は変わり晩秋の頃、近江坂本から穴太衆がやって来た。石垣の城が一般的に知られるようになる安土桃山時代以降は全国から引っ張りだこだけど、今のこの時期の彼等はそんなに忙しくはない。そこへ私が好待遇で彼等を招いたのだ。


 信長が彼等を安土城の築城で雇う未来があるけど、その時は私が貸し出す事にしよう。何故なら私が穴太衆の一部を召し抱えたからである。彼等は菅谷の管轄に入って、今後は小田家の城の魔改造をしてもらう事になる。幸い、筑波山や加波山は石の名産地でもある。真壁石は現代でも有名な程である。石は腐る程あるから他家と比べると格安で石垣を作ることが出来るのだ。


 そのような訳で手始めに、下妻城の改修を穴太衆に依頼したのだ。あとは勝貞と政貞にお任せである。私はたまに見に行って要望を伝えるのみだから、楽なものである。それに私は歴オタであって軍事の専門家ではないから、その道の人に任せた方がいいと思ったのだ。私は私で農業改革で忙しいので、役割分担が出来ていいと思う。


 ワインを大量生産して彼らに気に入って貰って、常陸から去り難くなってくれれば更に万全かな?どちらにしても農業は国の根幹だから私がやる事は何も変わらないのだ。


 私は百地と桔梗を引き連れて、小田城の武家屋敷を通り本丸の屋敷へと向かっている。家督を継いだので小田城が私の本城になるのだけど、小さくて便利に使える戸崎の城は去り難かった。小田城には父上もいるし、別に私が居なくてもいい気はするのでそう訴えたら、勝貞と政貞から厳しいお小言を頂いたので、戸崎の城は別荘的な扱いで私の城にする事にした。それと家督を継いだ私の呼称は『若殿』から『殿』になった。別にどうでもいいんだけど。


 小田城で政務をとる形になった私の周りには、手塚と赤松と飯塚が加わる事になったけど、事務仕事を三人に振ったら全員お腹が痛くなって早退した。一体何をしに来たのか全く分からない。結局、いつものメンバーと元からいた家臣達と対応する事になった。


 本丸の門に着くと、門の脇戸に赤松が何かを抱えるようにして座り込んでいた。門番の人も何やら困ったような素振りで赤松をチラチラ見ていた。私が近づくと門番は私に挨拶をしてから目で訴えて来た。赤松と何か揉めたのかな?と思って座り込んだ赤松に近づくと子犬を抱いていた。そして私を見上げた赤松の目が赤く潤んでいた。


 「赤松、そんな所に座り込んでどうしたの?それにその子犬も?」


 私が尋ねると、赤松は立ち上がって話を聞いて欲しいと訴えて来た。その様子で察しが付いたのだけど、一応話だけは聞く事にした。本当に話だけにしたい。


 私の私室に通して座卓に皆が腰を落ち着けたけど、視線は赤松が抱いている子犬に集中していた。まだ小さくてそして真っ白の体毛の子犬である。私達に愛嬌を振りまくその姿は可愛いと思う、可愛いと思うけどそれとこれとは話は別である。


 「実は、この子の事でご相談が御座いまして参上致しました」


 いや、門の前で待ち伏せしてたんだよね?それに目的が見え見えで本当に困るんだけど?


 「この子はこの通りとても愛らしく可愛い子犬で御座います。殿も某同様に思われている事だと存じます」


 「そ、そうだね。子犬は可愛いよね、ねっ?百地?桔梗?」


 私だけが話を聞く訳にはいかない、百地と桔梗も巻き込んでこの場を凌ぐのだ。百地は「そうで御座いますな」と言ったけど、目が笑っていなかった。桔梗に至っては「私は犬は苦手で御座います」と、一人だけ予防線を張った。私と百地に押し付ける気だ、、、。


 私と百地の言葉を聞いた赤松はパッと顔を明るくした。そして「良かったな、本当に良かった。お前は運の良い子だ」と子犬の頭を優しく撫でたのだけど、何が良いのか解りたくない。


 「某、偶然この子を拾いまして、途方に暮れていたので御座います。某の妻は大の犬嫌いで御座いまして、当家で飼う訳にもいかずどうしたものかと、思案していたので御座います」


 「、、、。」

 「、、、。」

 「、、、。」


 「この子は次郎丸と申しまして、愛らしくとても利口で御座います。さして手が掛からずに育つものと思われます。どこへ出しても恥ずかしくない子で御座います」


 その子、今日拾って来たんだよね?何で名前を付けているの?何で育ての親みたいな事言っているの?


 「次郎という事は兄上は太郎なのかな?」


 何とか話題を逸らそうと発言したら、赤松の顔色が一瞬で変わり、肩を震わせながら口を開いた。


 「某が見つけた時には太郎丸は猛然と抵抗し、某に一撃を与え藪の中に走り去ったので御座います。某はその背を見送る事しか出来なかったので御座います。真に無念で御座いました。ですから残されたこの子は何としても守らねばと、某は心に誓ったので御座います」


 逃げた子にまで名前付けてる訳?それに、抵抗したんじゃなくて、その子を守ろうとしたのではないの?なんで赤松が攻撃されてるの?


 「ですが先程も申した通り、某の家では飼うことは出来ませぬ。ですからせめてこの子を幸せに出来るお方に託そうと、考えたので御座います」


 そう言って赤松は私に目で訴えて来た。私は全力で気が付かない振りをした。そもそも何故私の所に来たのか解らない。それに史実の小田氏治と言ったら、肖像画に一緒に描かれている猫でしょう?そういえば当時の私は彼の肖像画を見て、絶対猫が本体だと思ったものだ。


 捨て猫や捨て犬を見捨てられなくて、飼うことが出来ないのに家に連れて来てしまう事は、よくある事だと思う。ただし、幼少期に限るけど、、、。いい大人が何やってるんだよ。自分が飼えないから主君に飼わせるとか、聞いた事ないんですけど?とにかく、誰かに押し付けよう。


 「そうだね。政貞とか手塚とか飯塚にも、声を掛けるといいんじゃないかな?同じ四天王の仲間だし?」


 私がそう言うと赤松は「フッ、やれやれで御座いますな」と言ってアメリカ人みたいな態度で肩を竦めた。お前何処の国の人間だよ!ちょっとムカついた。


 「真に残念で御座いますが、彼の者達では次郎丸を幸せにする事は難しいと存じます。この子には愛情が必要で御座います。幼き頃の暖かい思い出は次郎丸の宝となる事で御座いましょう。如何に四天王とはいえ、少々荷が勝ちすぎる事だと存じます。全く以て、やれやれで御座います」


「そんな事は無いと思うよ?か弱い存在を養う事で、彼等の心の成長を促せるかもしれないよね?彼等にとっても次郎丸にとっても、良い事だと思うよ?百地もそう思うよね?」


 私が百地に振ると「そうで御座いますな」と、無表情で相槌は打つけど全く援護をしてくれない。桔梗に至ってはまるで他人事のように白湯を飲んでいる。君達はいつも忠義、忠義、言っているけど、君達の忠義は一体何処へ行ったの?


 「手塚とかいいんじゃないかな?彼の心は暗黒でドロドロだから、真っ白な次郎丸がきっと浄化してくれると思うよ?それにいつも暇そうにしているから、次郎丸の世話も問題なく出来ると思うよ?」


 「殿、手塚殿は日によっては雪殿に飯を抜かれる有様の御仁で御座います。よく某の家に来ては夕餉を食しているので御座います。あのような定まらぬ生活をしている手塚殿では、とても次郎丸を任せる訳には行きませぬ」


 手塚は一体何をやってるの?城代なのに、そんな浮き草みたいな生活するのは止めて欲しい。雪にしても夫婦間が冷めきっているのは知っているけど、もう少し仲良くして欲しい。いずれ離婚騒ぎになって、私が引っ張り出される事は無いよね?巻き込まれたくない。


 「じゃあ、政貞はどうかな?ああ見えても情に脆いから、きっと大事にしてくれると思うよ?私としてはお勧めかな」


 「残念で御座いますが、政貞殿は線引きがしっかりとした御仁で御座います。人は大切にしても獣に愛情を注がれるとは到底思えませぬ。それに次郎丸の主としては少々不安に御座います。毎日あのように政務に明け暮れては、次郎丸と遊んでやる事も出来ないでしょう。幼き次郎丸の面倒を見るのは不可能かと存じます」


 いや、君達三人がお腹痛いとか言って逃げ出すから政貞が苦労しているんだけど?仕事を頑張ってる政貞が悪いみたいな言い方だよね?それに私の仕事も増えてるんだけど?


 「なら飯塚しかいないね。きっと飯塚ならやってくれるよ。藤沢の城はここから近いし、帰りに寄って行くといいよ。飯塚は優しいからきっと快く受け入れてくれると思うよ?」


 私の言葉を赤松は「フッ」と鼻で笑った。温厚な私でも怒りたくなって来たんだけど?


 「飯塚殿は自らの肉体にしか興味を持たない御仁で御座います。それにあのように声が大きく力自慢の粗暴な御仁では、か弱く繊細な次郎丸の世話は出来ないと存じます。あの太い腕で抱かれては次郎丸の命も危うくなるやも知れませぬ」


 赤松、友人に対する評価が遠慮なさすぎるんだけど、彼等の関係は大丈夫なのだろうか?それにしてもまずい、明らかに私達に押し付けようとしている。私もはっきり断らないといけないんだけど言い難い。


 私は犬は嫌いではない、むしろ好きである。犬は前世で飼っていたけど亡くなった時が辛いから、飼うのに抵抗があるのだ。ここは百地に何とかしてもらおう。太田資正も犬を伝令代わりに使っていたというし、忍者犬として活躍して貰うのはどうだろうか?


 私が百地に振ろうと口を開けた瞬間に「無理で御座います」と頭を下げられた。私は恨めしそうに百地を睨んだ。


 「はっはっはっはっ!決まりで御座いますな?さっ、次郎丸、新たな主人の元へ行くがいい。達者で暮らすのだぞ?」


 決まりじゃないよ!なにその決め顔は?なんで勝手に決めてるの?私は飼うとは言ってない!私が動揺していると赤松の手を離れた次郎丸は、私の膝の上に飛び込んできた。なんか次郎丸までグルのような気がする。なに示し合わせたように動いているのこのワンコは?


 私は断ろうと慌てて口を開こうとしたら次郎丸にじゃれ付かれ、その隙を付くように赤松は立ち上がり「では、宜しくお願い申す」と足早に部屋から出て行った。


 残された私は暫く口も利けずに呆然としていた。次郎丸は先程とは打って変わって、静かに私の膝に座っている。そんな私を百地と桔梗は気の毒そうに眺めていた。


 「私がこの子の面倒を見るの?」

 「その様で御座いますな。では某は所用が御座いますので、これにて失礼致します」


 百地は心底ホッとしたような顔で立ち上がり、部屋から出て行った。それを見送った桔梗は、皆の湯飲みを片付けて部屋から出て行った。残された私は次郎丸を膝に乗せたまま二人を見送った。


 暫くそうしていたけど、仕方が無いと次郎丸を何の気無しに撫でていたら、変な事に気が付いた。


 「なんでお前は尻尾が二本もあるの?」


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― 新着の感想 ―
この世界線では首都は滋賀県になりそうですね 現実では京都府民に馬鹿にされてる滋賀だけど、こちらでは滋賀都になりそうです
[一言] なるほどー、八房が伏姫以外のワンコと浮気してできたのが次郎丸の先祖かー。
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