第三十六話 百地からの報告
佐竹領からようやく帰国することが出来た。正直勘弁して欲しい。私の吉祥天伝説が広まりすぎて胃が痛い。どうしてこうなったのか?決まっている、桔梗だ。彼女にはお仕置きをしなければならない。でも勝てる気が全くしないので無理だと思う。この鬱屈をどうすればいいのか、、、。
帰国する為とはいえ人前であんな事をしてしまった。穴があれば入りたい。私は巨大な十字架を背負ってしまった気がする。この黒歴史が後世に伝わると考えると頭が痛い。おかしい、桔梗の伝記を後世に伝えようとしていたら、自分の黒歴史が伝えられようとしている。納得がいかない。
佐竹家との再同盟はマッチポンプと偶然なのだけど、小田家にとっては良い事だと思う。鉄砲を配備した小田軍は史実と違い、強力な軍になりつつある。だから戦が起きてもそうは負けないだろう。
佐竹が同盟を守ってくれれば、滅亡ENDは確実に無くなる筈だ。次の天下人を知っている私は、佐竹を誘ってその勢力に付けばいいだけだからね。
私達は小田城に戻り父上に顛末を報告した。私はそのまま部屋に入り爆睡した。余りの気疲れにクタクタだったのだ。翌朝目覚めた私は朝食を摂り、戸崎の城に向かった。そして重大な報告を聞く事になるのである。
私は戸崎の城にいつものメンバーを招集した。百地からもたらされた重大な案件を話し合うためである。私の私室にはいつものメンバーが勢揃いした。そして勝貞から質問が飛んだ。
「火急の用とは穏やかではありませんな」
「うん、皆に厳しく申し伝えるけど口外禁止!必ず守ってね」
私の様子と言葉に皆が気を引き締めている。私は皆を見回してから口を開いた。
「百地、説明して」
「はっ、結城家と水谷家に潜り込ませた手の者によりますと、来年の三月、若殿の家督継承に合わせて、当家に攻め込むとの情報を得ました。両家では当家に感づかれぬよう、ゆるりと軍備を整えております」
百地の言葉に一同がざわついた。
「若殿、急ぎ御屋形様に報告せねばなりますまい。この勝貞が直ちに参ります」
立ち上がろうとする勝貞を私は制止した。そして皆を見回して口を開いた。
「父上には知らせないで欲しい。私の家督継承を狙うなら私はこれを受けて立とうと思う。それに今騒いでは返って勝機を失うと思う」
私の知る坂東の戦史は関八州古戦録だ。これは軍記物で資料としては二次資料に当たる。つまりは信頼が置けない資料となる。架空の人物が登場するし、兵力も過大に記してあるし、記録としては信用ならないのである。だけどどこが戦場になったかは割と信頼できると思う。戦場が分かる、もしくは戦場を設定できれば勝率は上がるのだ。
私はこの戦では完全勝利を目指すつもりだ。二度と小田領に戦を仕掛ける事の無いようにしたい。そのためには父に頼らず私が勝利した方が、今後の為になると考えたのだ。
「ですが若殿、敵が来ると分かっているなら、こちらから打って出る事も出来まする」
勝貞は私を諫める様に提案する。彼の真摯な態度は、私を案じているのがひしひしと伝わって来た。
「勝貞、もう粗方手は打ってあるんだよ」
私の言葉に勝貞は瞠目する。
「なんと!」
「まず、結城の城と水谷の城には百地の忍びが入り込んでいるんだよ。そして敵が攻め込んできたら、結城の城は焼き払う事になっている」
「城を焼き払うと簡単に申しますが、そのような事が可能なので御座いましょうか?」
勝貞の問いに対して私は百地に視線を送る。
「菅谷様、我が手の者が既に城内に忍んで居ります。若殿の仰る通り命があればいつでも焼き払えます。それが今日でも可能で御座います。某は若殿に下知され随分前から支度をして居りました。更に申し上げれば、我等は城を焼き払うための道具も頂いて居ります。この百地、出来ぬ事は申しません。ご安心頂けますよう」
「若殿はそのような前から、結城との戦に備えておいでであったので御座いますか?」
「うん、その為に伊賀に行って百地に家臣になって貰ったんだよ。尤も、最初は普通の乱破を求めに行ったのだけど、百地が家臣になってくれたから幸運だと思っているよ」
「そこまで読んで行動なされていたとは、この勝貞、想像も出来ませぬ」
「父上の宿敵だからね。それに皆一様に家督を継いだばかりの家に攻め入るから、そう分からない事ではないとも思うけど」
「確かに言われてみれば、、、。して他はどうなさるのか?」
「そうだね、戦場をこちらで決めたいかな。これは久幹に命じるね。結城が通る道も決まっているから、そう難しい事でもないと思うけど、迎え撃つ場所を決めて欲しい。なるべく乱取りを防ぎたいからそこには注意してね」
「承りました、敵は海老ケ島を狙うと思われますので、そこになるかと存じます。我等が有利な地に陣を敷きましょう」
「政貞」
「はっ」
「戦場に持ち込めばすぐに馬防柵を組めるように、今から資材を集めて加工して欲しい。勿論、全体に柵が出来るようにね。そして敵には知られない様にゆるりとお願い。来年の戦では打って出るのは最後だと思って欲しい」
「馬防柵で御座いますか。成る程アレですな、承知致しました」
政貞、私と孫子をちゃんと読んだんだ。話が早くて良いけどなんか複雑だよ。
「勝貞」
「はっ」
「矢の備蓄をお願い、戦場で矢が切れる事のないようにしたい。今の備蓄だと少し不安かな。これもゆるりと集めてね」
「承知致しました」
「桔梗」
「はい」
「鉄砲衆だけど、来年の戦では中央、左右両翼の三陣に編成するから菅谷と雪の鉄砲衆に均等に鉄砲を分けて欲しい。三月なら百十丁はあるから端数は中央に回そうか」
「畏まりました、恐れながらお願いが御座います」
「なんだろう?」
「私の鉄砲衆は中央に御回し頂きたいので御座います。必ずや敵勢を近付けぬとお約束致します」
桔梗の気持ちは嬉しいけどどうしよう?中央は激戦区なんだよね、私も怖いんだけど。
「勝貞、来年の戦では勝貞に軍を任せるつもりなんだけどどうする?」
「某にお任せ頂けますか、光栄な事で御座います。桔梗殿の鉄砲衆は中央で宜しいかと。恥ずかしながら当家も練度では敵いませぬ。きっとお役目を果たす事でしょう」
「わかった。桔梗、危なくなったら逃げる約束は守れる?それなら任せるよ」
「お約束も、お役目も果たして御覧にいれます。ご安心なさいますよう」
「うん、なら桔梗に任せよう。百地」
「はっ」
「多賀谷の監視を強めて欲しい、下妻、大宝、関の忍びを少しでいいから増やしてほしい」
「畏まりました、直ちに手を打ちましょう」
「それともう一つ、来年早々に父上が病で倒れたと噂を流してほしい。敵が油断してくれるのを期待しましょう。その時期になったら父上には私からお伝えして、寝込んだフリをしてもらうね」
「承知致しました」
「では皆、それぞれの役目を果たしてほしい。私は思い上がっていないつもりだけど、来年の戦はどうよく勝つかが課題だと思っている。時間はあるからゆるりと備えよう、あと口外禁止は守る様に」
そうして評定は終わった。我ながら調子のいい事言ったけどどうなるのだろう。




