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第三話 金剛力

2023/2/1 微修正しました。

 

 「堺で御座いますか!」


 戸崎城の一室に叫ぶとも叱るとも形容し難い政貞の大声が響いた。


 私は思わず耳を塞いだ。小田山での誓いは何だったのか?顔を真っ赤にしてプルプルしてるし、ちょっと大袈裟すぎる。


 そういえば権さんと三人だったから桃園の誓いみたいだったなぁと、耳を塞ぎながらもほくそ笑んでいると、続けて叱責するかのような勢いで続ける。


 「何を笑って居られるので御座いますか!若殿は小田家の嫡男なので御座いますぞ!もし若殿の身に何かあれば我等はどう致せば良いので御座いますか!我等家臣も領民もどうなるので御座いますか!そのような事が起これば我等三度腹を切っても足りませぬ!」


 すごいヒートぶりである。城に戻った私達は椎茸の販売先の打ち合わせを始めたのだけど、私が直接堺に持って行くつもりだと話すとこの剣幕である。


 「堺に行くくらいどうということはないでしょう?これだけ商人が行き来しているというのに何を恐れる事があるというの?」


 何でもないような物言いをする私に政貞は語る。


 「若殿はまだ十二なのですよ?その御歳ではお身体も保ちませんでしょうし、病に掛かるやも知れませぬ。それに野盗共に襲われたら何と致すので御座いますか!第一御屋形様がお認めになりません!某も家臣として認められません!」


 矢継ぎ早に繰り出される言葉に私も反論する。


 「確かに私は十二だけど身体も丈夫だし初陣も果たしている。もう一人前です!皆もそう言っていたでしょう」


 「若殿は小田家嫡男とはいえ女子(おなご)で御座います。心配致すのは当然です」


 「そうだけど女子(おなご)でも旅をしている者は大勢いるでしょ?」


 「それとこれとは話が別です!」


 むむっ、お母さんみたいな事言い出したよこの人。それにしても、ここまで反対されるとは思わなかった。確かに旅は危険かもしれないけど戦国時代なんてどこでも危険な気がする。私を心配するのは解るんだけど。


 「政貞、まずは落ち着こう、そんな大声では誰かに聞かれるよ?」


 「諦めて頂けるのであれば落ち着きもしましょう」


 うーん困ったな。こうなるならこっそり行くべきだったか、でも政貞(まささだ)位にはちゃんと断ってから行きたいんだよね。


 「政貞、これだけはどうしても私が行かないといけないんだよ。私は物見遊山に堺に行く訳ではないんだよ?」


 「堺には某が行って参ります。それで良いでは御座いませぬか?」


 「ダメだよ、政貞が行っても買い叩かれるのが落ちだよ?いい?相手は海千山千の堺商人だよ?土浦の商人とは訳が違うんだよ?政貞なんてイチコロだよ?」


 私の言葉に政貞は目を丸くした。まっ子供に言われたくないよね、分かるよ。


 「いや、ならば若殿が参っても変わらないのでは?某とどう違うと申すので御座いますか?」


 政貞は呆れたように眉を下げる。まだ下がるんだね、その眉?


 「大いに違うよ、政貞は根っからの坂東武者でしょ?武家との交渉は出来ても商人との交渉は難しいよ。私はもともと商売で小田家を強くしようと考えてる人間だし、他の皆のように銭稼ぎしか考えない商人は卑しいなんて考えもない。小田領を見渡しても私が適任だよ?」


 「では商人に任せてはどうで御座いましょうか?土浦に信用のある者が居りますから某が口利き致します」


 ほんとに引かない、意地でも私を行かせない気だ。


 「それはダメだよ、椎茸栽培がバレる」


 「若殿は本当に十二なので御座いますか?いや、ああいえばこう言うで利発なのは知っていますが少々不気味です」


 言ってくれるじゃないか!政貞!若い娘を捕まえてデリカシーというものは無いのだろうか?


 「そう思うなら認めてほしい。政貞の心配は解るけどこれもひとつの戦だよ?戦の度に大将が隠れていたら良い笑いものだよ。危険危険と言うけれど、世の中には転んだだけで死ぬ人だっているんだよ。人間、死ぬ時は死ぬものだと聞いているし、恐れていては何も出来ない」


 「斯様な屁理屈は聞きませぬ。全く、若殿の頑固さには呆れますな。某の立場もお考え下さい」


 いや、君に言われたくない。でも仕方ないか。私も彼の立場なら同じ事を言うだろうし、父上の超放任主義が私のフリーダムさに拍車を掛けているのもまた事実。政貞は正しい、正しいけどこれだけは絶対引かない。私は行くんだ!歴オタの聖地、堺に!


 「このままでは埒が明かないね、政貞が頑固すぎて」


 「それはそのままお返し致します。家臣として当然の判断で御座います」


 「じゃあ、どうするの?椎茸腐らす訳にはいかないよ?」


 「ですから某が行って参ります、それで納得して下され」


 「それはダメだと言いました」


 全然話が纏まらない。シーンとした室内で睨み合いながら時間だけが過ぎていく。が、ちょっと思い付いた。


 「政貞、貴方は小田山で私に忠義を誓ってくれた。だから私も政貞には誠実でありたいと思ったから堺行きは正直に話したんだよ。私は主命として命じる事だって出来る、でもそれはしないよ、私は政貞からの信頼が欲しいから。でもこのままでは話は纏まらないよね?私は行くつもりだし政貞は行かせないつもりだし」


 「その通りで御座います、若殿の安全が優先されます」


 「ならば賭けをしましょう!」


 「賭けでございますか?」


 「うん、恨みっこなしで賭けをしよう、勝った方が堺に行くというのでどう?」


 あっ、すっごい怪しんでる。政貞は眉を寄せ私を観察するようにしている。


 「まだ短い付き合いで御座いますが、若殿は御年に似合わず知恵が廻るのがよく理解出来ました。なにか良からぬ企みでもあるのでは御座いませんか?若殿の目の奥には凶悪な企みを感じまする」


 「私を何だと思っているの?正々堂々立ち合いで決めよう、それなら納得できるでしょう?坂東武者らしく!力で!」


 「何を言われるかと思えば、それでは勝負になりませぬぞ。いくら若殿のお言葉でも某の有利が過ぎます。武士としてお受け出来ません」


 「なら私の不戦勝で堺に行くけどいいの?」


 「ぐっ、しかしいくら何でも無茶で御座います」


 「小田家にこの人ありと言われる政貞に打ち勝てるのなら堺行きも心配ないよね?。私も不利は承知、それだけ無理を言っているのだからこのくらいは受け入れるよ。政貞、受けないのなら私は堺に行くよ?」


 政貞は腕組みをしてこちらを見つめている。私も負けずに見つめ返す。


 「承知しました、本当に宜しいので御座いますね?後からの苦情は受けませんぞ!」


 「では立会人は久幹(ひさもと)にお願いしよう、日時は追って知らせるからちゃんと来てね?」


 こうして堺行きを賭けた政貞との立ち合いが決まったのだ。


 二日後、私と政貞は真壁城に来ていた。


 真壁城は筑波山に連なる足尾山西麓にある台地上に築かれた平城である。国人領主である真壁久幹の居城であり、この城は佐竹の勢力圏である坂戸の城、水谷の勢力圏である伊佐の城に接している重要拠点でもある。


 私からの要請に久幹は立会人を快く引き受けてくれ、場所も提供してくれた。とはいっても私と久幹(ひさもと)がいつも稽古している館の庭なのだけど。私はたすき掛けに頭には鉢巻きをし、腰には木刀を差している。流派は神道流である。剣術、薙刀、槍、居合、軍法などを全て含む総合武術である。具沢山のスープみたいな流派だと思ったのはナイショである。師は真壁久幹である。坂東で有名な鬼真壁である。

 

 政貞はと言うと、いつもの服装で片手に木刀を持っている。しかも余裕の表情である。まぁ、当然だよね。私は十二歳、数えだから現代なら小学五年生だ。勝負にすらならないのは明々白々である。


 「真壁殿、此度はこのような事でご面倒をお掛けし、申し訳御座いません。この政貞、お詫び致します」


 そう言いながら久幹に政貞が頭を下げている。まるで子供の我侭を詫びる父親のような態度だ。我侭には違いないのだけど、なんか納得がいかない。


 「政貞殿、頭をお上げ下され。某も可愛い弟子の頼みでは断れませぬ、それに(たま)にはこの様な事も良いでは御座いませんか。しばらく戦もなく退屈していた所で御座いますのでお気になさらないよう」


 ニコニコしながら久幹が応じる。そして私の方をチラリと見てニヤリと口角を上げる。

 

 「某も弟子の成長を見る良い機会だと思っているので御座います」


 「そう言って頂けると助かりまする。すぐに済みますので暫しご容赦を」


 そんな二人の様子を可笑しく思いながら私はただ静かに待っていた。


 「では、そろそろ始めましょうか。若殿、ご用意は如何で御座いましょうか?」


 政貞は私に振り返り声を掛けた。そして私の前に歩み寄る。


 「いつでもいいよ、それより約束はちゃんと守ってくれるんだよね?後から苦情を言われても困るのだけど?私は坂東武者に二言は無いと信じているよ」


 「無論で御座います、武士に二言は御座いません」


 政貞の言葉を聞くと私は木刀を構えた。政貞は私の様子を確認するように見てから木刀を構える。


 審判をしてくれる久幹が、私と政貞の間から引いた位置に立ち、ニコニコしながら政貞に言ったのだ。


 「政貞殿、手加減をなされたら怪我をするやもしれませんので若殿には殺す気で向かわれよ」


 それを聞いた政貞が顔色を変え、久幹に向き直る。


 「何を言われますか!某が若殿に怪我を負わすなどありえません。ましてや殺すつもりなどと、いくら久幹殿でも言葉が過ぎますぞ!」


 「某は心から忠告申し上げているのです。この真壁久幹、勝負に戯言など申しません、この首賭けても宜しゅう御座います」


 久幹はそう言いながら手に持った扇子で後ろ首をトントン叩いた。


 「なんと!」


 そう発して政貞は私を見る。その表情からは戸惑いが見て取れた。近隣に鬼真壁と勇名を馳せる久幹の言葉である。嘘がある筈がない。もし嘘であれば彼の坂東武者としての名誉が傷つくのだ。それが解らない政貞ではない。


 政貞は暫く考えるようにすると久幹に問う。


 「鬼真壁の言葉に偽りがあるとは思えませぬ。某には全くそうは見えませぬが久幹殿が仰るのならばそうなのでしょう。それでもお聞きしたい、真なのですね?」


 「真で御座います」


 それを聞くと再び私に向き直った。


 「承知致しました。若殿のような小さな御子が久幹殿の言う通りであるならば、小田家は頼もしき当主を迎える事になるでしょう。しかし!この政貞が若殿に怪我を負わすなど自分が許せませぬ。そうなった場合は腹を切ります。それで宜しいのなら全力でお相手致します」


 「政貞、私は情けない事に自分を誇るのが嫌いなんだよ。だけど、政貞が腹を切るとまで言うなら仕方ないから言う。全力で来ないと私には勝てないよ!」


 「承知致しました!」


 気迫と共に政貞が木刀を構える。そして私も習うように構えた。私達の様子を見て久幹が扇子を切った。


 「始め!」


 政貞が観察するように私を見るがいつもの彼とは別人のようにその目は鋭い。私は間合いを取りながら木刀を片手に持ち替える、そしてぶらりと垂らした。その様子に政貞は片眉を上げたが直ぐに正し、直後片手で木刀を突き出した。その速度は彼の本気を窺わせるものであった。


 私は片手に持った木刀で横殴りに弾き返す。政貞は突き出した形のままたたらを踏む。その顔は驚きに染まっていた。政貞はすぐに飛びのくようにしてから体勢を立て直した。そしてすぐさま私に打ち掛かって来た。「コン、コン」と木刀が撃ち合う音が小気味よく響く。私は政貞の打ち込みを全て片手ではじき返していく。


 政貞は乱打を仕掛けながらも悉く弾き返される様に顔色を変えている。そうして出来た隙を見て私は思いっきり政貞の木刀に横殴りで打ち付けた。その一撃は政貞の手から木刀を奪った。


 政貞の手を離れた木刀はギュルギュル回りながら唸りをあげて久幹のすぐ脇を通過し、屋敷に飛び込み盛大な破壊音をまき散らした。木刀を弾き飛ばされた政貞は構えたそのまま固まっていた。そして私は政貞の喉元に得物を突き付けた。私の勝ちである。


 私はいわゆるチート能力を持っていた。


 それは異常なほど強い身体能力である。このチートに目覚めたのは六歳の頃、突然だった。何の気なしに植木を引っ張ったらズボリと抜けた。???となって他の植木をちょっと力を入れて引っ張ったらまたズボリと抜けた。すぐにピンときた。これってチートじゃない?転生物語ではよくある設定である。ありえなくはない、現に私は戦国時代に転生するという異常事態だ。


 私は思い立つと大きい石を持ち上げたり、丸太を持ち上げたり検証を始めたのだ。ひと通り試すと異常すぎて不安にもなった。そして疑問も湧いた。どうしてこんな事をして皮膚や骨格が耐えられるのだろう?それに制御出来なかったら日常生活にも支障が出るんじゃないの?興奮と不安がない混ぜなになった心持で、とにかく制御するしかないと日々を過ごした。実際生活してみるとコントロールが容易だったのは僥倖だ。戦国時代を過ごすなら力はあって困らない。だけど怪物呼ばわりされるのも面倒なので周りにバレないように心掛けたのだった。六歳で騒がれるとか面倒すぎて嫌だったのだ。


 でも、この力は久幹にはすぐバレた。剣の稽古を付けてもらっていたので当然と言えば当然である。私は事情を久幹に話し、暫くは内密にして欲しいと頼んだのである。無駄に目立ちたくなかったのだ。久幹は驚きながらも聞き入れてくれ、そして協力してくれた。色々試す内に自分の能力が把握できた。筋力だけではなく動体視力や聴力まで、つまり全身くまなくブーストされている状態だった。


 私は把握するにつれ怖くなった。そして再度、力の加減をコントロールすべく訓練を始めた。万が一があっては困るからだ。そして努力の甲斐あって切り替えが容易に出来るようになったのである。久幹は私のこの力を金剛力と名付けた。真壁久幹(まかべひさもと)、中二疑惑である。言ったら怒られるので黙ってるけどね。あっ、現代語は通じないか?


 そして今に至る。


 ふふん、と久幹に向き直るとすぐさまヒッと小さく悲鳴を上げた。とても良い笑顔をしながらも、おでこに血管を浮かび上がらせヒクヒクさせていた。あれは凄く怒っているときの顔だ。私も伊達に弟子はしていない。よく見ると木刀が触れたのであろうか着物の肩口がパックリと切れていた。屋敷に飛び込んだ木刀については考えたくなかった。


 深く詫び入り弁償することで許してもらったのだけど、政貞はその様をボウっとして眺めていた。どうやらショックが大きかったようだ、切腹にならなくて良かったよ。この時代の人は直ぐに切腹とかして死んでしまうから注意が必要なのである。強いのか弱いのか判らない人達なのだ。私は少し心配になって政貞に呼び掛けた。


 「政貞、大丈夫?」


 政貞はハッと我に返ったようにして私を見た。


 「若殿、あれは何で御座いますか?」


 「剣術だけど?」


 「あの膂力(りょりょく)は何ですかと聞いているのです!」


 「秘密だけど?」


 「秘密で御座いますか?」


 「うん、秘密だよ?」


 なんかこんな会話が以前もあったような気がするけどまあいいか?これで堺に行けるのだ。


 「政貞、約束は守って貰うよ?良いね?」


 私はニッコリと微笑んだ。堺行きゲットである。


 

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[一言] この時代の人は直ぐに切腹とかして死んでしまうから注意が必要なのである。強いのか弱いのか判らない人達なのだ。 これすき
[一言] 小田氏! サイクリングでリンリンロードを走ってますから、馴染みアリアリです 笑
[良い点] 『むむっ、お母さんみたいなことを言い出したよ、この人。』『厨二疑惑である。』の言い回しが絶妙すぎて、深夜に声に出して笑ってしまいました^_^ナイスです!
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