第二十九話 謀略
リバーシの話を終えた私は次の話題を切り出した。
「では次なんだけど百地からの報告を聞こうか。百地、まだ慣れてないと思うけど報告をお願い」
私の言葉に軽く頭を下げ百地が口を開いた。
「畏まりました。まず佐竹家で御座いますが、どうも江戸家と関係が悪化している様です」
これは史実通りだ。佐竹義昭が家督を継ぐと江戸忠通は軽んじたのかは分からないけど、佐竹から離反している。史実では常陸西部に侵攻していて大掾氏を攻めている。常陸西部の統一が目標なのだろう。
「義昭殿が家督を継がれたばかりで御座いますし、その前はお家で争いもあったと聞いて居ります。よくある話では御座いますが、当家も油断出来ません」
勝貞の言葉に政貞が続く。
「佐竹殿とは盟を結んで居りますので、事が起これば当家にも何らかの働き掛けはあるでしょう」
そうなんだよね、史実では援軍を出した筈。でもそれをすると佐竹が力を増すから困るんだよね。私としては細かく割拠している今の状態が都合がいい。あちこちに緩衝材のように勢力を挟んでいれば大戦にならなくて済むし。
「私としては佐竹家とも江戸家とも争いたくない。でも戦になれば援軍を求められるよね、佐竹が勝てば領が広がって次は大掾家を狙うと思う」
それを聞いた久幹が私に問い掛ける。
「若殿は結城だけでなく佐竹殿も警戒して居られるので御座いますか?盟も結んで居りますし、佐竹殿が北を制せば、当家も背後は安泰になると考えますが」
「久幹の言う通りだと思う。でも容易く盟を破るのも良くある話だと思う。南常陸は米が取れるからね、力を付ければ欲が出る。義昭殿にその気は無くても、野心のある家臣はどこにでもいるよね?強い者が弱い者を犯すのが当然、という輩はいくらでもいるよ。だから私は同盟者でも油断はしないし、隙も見せたくない。だから私としては今のままが都合がいいんだよ」
「では仮に佐竹殿から援軍を求められたら、いかが致すので御座いますか?」
「出すしかないよね、それで適度に手を抜く。バレない程度に」
「ふむ、確かにその位しか出来ませんな」
そう言うと久幹は腕を組む。
「佐竹との同盟は最重要だと思ってる。だけど力を付けられるのは困るので、百地に働いて貰おうと思ってる」
「百地殿で御座いますか?」
勝貞の問いに私は頷く。
「うん、前に情報の事は話したと思うんだけど皆、理解しているかな?」
私の問いに皆が頷いた。その様子を見て私は続けた。
「情報には色々な使い道があるんだよ。例えば久幹が国人であったとしようか。ある日突然、真壁が結城に寝返る相談をしているなんて噂が出たら、久幹はどう思う?」
それを聞いた彼は顔色を変えた。そして暫く考えてから口を開いた。
「噂など気にしない、、、。いや、噂の出所を探るでしょうな。見つけられれば潰しますが」
「潰したとしてまた噂が出たらどうする?」
「また潰すしかありませんな」
「事情を知らない勝貞や政貞がそんな噂を聞いたらどう思う?」
「ふむ、当然警戒するでしょうな、今は真壁殿のお人柄を承知して居りますので、その様な事は御座いませんが」
「私や父上の立場なら当然警戒して見張ると思う。そしてそんな噂が流れ続ければ、それは他国にも伝わる。久幹は噂を消したくても無くならない。それを結城が聞いたらどう動くだろう?味方にする為に調略を仕掛けるんじゃないかな?」
「確かに、十分考えられますな」
久幹は苦々しく答える。
「そうなると久幹は寝返りたくなくても、寝返らざるを得なくなるかも知れない。それを佐竹で試してみたいんだよね」
私がそう言うと皆が顔色を変えた。この時代の今の時点では、情報操作の概念はあまり無いと思う。私が知る限りだと信長の擬態だ。
彼は情報を集める訓練をタカ狩りで行っている。でもそれはあくまで、敵の情報を速やかに伝達する為のものだ。他国に乱破を放って情報を集める事は、他の大名も当たり前にしている。でも、相手をかく乱するために情報操作をすることは、一般的では無い筈だ。この場合、無いと信じたいが本音だけど。
「佐竹に悪い噂をどんどん流して疑心暗鬼にさせたいんだよね」
私の言葉に百地が反応した。
「ですが、どのような噂を流すので御座いますか?佐竹の国人も多く御座います」
私は腕を組み頭を傾けて話す。
「うーん、そうだね。まずは佐竹の領に忍びを多く送り込んで、佐竹の内情を徹底的に調べる。調べた中から噂を流すのに都合の良い人を幾らか選んで、噂を流す。例えば義昭殿に不満を持っているとか、隣国と結ぼうとしているとかね。隣国の白河結城家とか岩城家が佐竹領を狙っているとか、逆に佐竹の隣国に佐竹が狙っていると噂を流すのもいいね。百地なら佐竹の宝物や金銀でも盗んで、国人の城に置いて来るなんてのもいいかも知れない。佐竹の一門の誰かが義昭殿の命を狙っているとかもいいね。あっ、佐竹の兵に変装して、岩城や結城の村を襲うのもいいかも知れない。だけどそうなると村人に迷惑がかかるね。これはダメだね。民に流すなら重税を課そうとしているとかが、いいかもしれないね。あとは毎日門の前にカラスとか蛇の死骸を置いておくとか、義昭殿の草履の緒を切っておくとか、屋敷の塀に天誅とか書いておくとか、あちこちの御堂に佐竹を呪う紙を張り付けるとかかな。あっ、不幸の手紙って言うんだけど、『この手紙を受け取った人は三十日以内に同じ内容の手紙を知り合いに出さないと不幸が訪れます』って文を出すのもいいかも。それでこれを続く限りやったり、噂を流し続けたりするんだよ」
幾つかの例を話し皆を見ると一様に顔を引きつらせていた。
「よくもまぁ、そのような悪辣な事を考え付きますな」
政貞が苦い顔で言うと勝貞が真剣な顔で口を開く。
「若殿は義昭殿に恨みでも御有りなので御座いましょうか?」
「いや、別に恨みなんて無いよ。義昭殿とは仲良くやっていきたいと思っているよ」
「一体どの口が言われるのか存じませぬが、致したら効果は絶大でしょうな。しかし、悪鬼羅刹の如き悪知恵の数々、某は少々心配で御座います。素振りの千でもして心を清めた方が良いかも知れません」
あれ?皆の反応がおかしい?私はそんな大した事は言っていない筈。現代人ならこれくらい普通に思い付くよね?それに高レベルの歴オタならもっと凄い発想が出来ると思う。私は普通の筈。そうだ!百地なら解ってくれる筈!忍びなら謀略とか得意だもんね!そうして私は百地に視線を動かす。
「若殿の悪行が多すぎて覚えきれませぬ。後ほど書にしたためて頂きたいので御座いますが、宜しゅう御座いますか?」
いや、私は何もしてないのだけど?
「皆誤解しているようだけど、私は何もしていないからね?それに大名なら謀略とかは当たり前でしょ?私は戦をしたくないだけだし悪ではないと思う」
私はそう訴えるとお茶を飲んだ。
「まあ、他家を信用し過ぎるのも宜しくありませんな。若殿の考えにも一理あるとは思います。試すだけなら、、、。これを試しと言っていいのか知りませぬが、結果には興味があります」
久幹の言葉に勝貞が問う。
「しかし真壁殿、もし佐竹殿に当家が仕掛けたと露見すれば戦になりますぞ」
「そうで御座いますな、百地殿。我等の仕込みと知れないように出来ますか?」
久幹の問いに百地が答える。
「それは問題ありません。命を狙うような事も御座いませんし民に紛れ込みます故、危険も無いでしょう。若殿のお話から察するに一年、二年掛けての仕事とお見受け致します。ゆるりと仕掛けますので相手は何をされているかさえ、分からないのではなかろうかと」
「ならば試すと致しましょうか、異論のある方は御座いますか?」
久幹の言葉に皆沈黙で答える。
「では百地殿、お願い致す」
「承知致しました、細部は若殿と詰めようと思います」
なんか微妙な空気になったのだけど?でも佐竹を放っておくと手が付けられなくなるし、史実では小田家は目の敵にされて滅亡寸前まで追い込まれる。つまり大勢の人が殺されるんだ、やっぱり出来る事はしておいた方がいい。
「では、次の報告を聞きましょう。百地よろしくね」
「はっ、他の国は特にお耳に入れる程の情報は御座いません。北条と上杉は小競り合いが続いておりますが、大戦になる程では御座いません、ただ、、、。」
百地は一度区切ると再度口を開いた。
「若殿の噂を耳にしたそうで御座います。なんでも小田の姫は怪力で大木を薙ぎ倒す、などと聞いたそうで御座います。ほら話のように伝わっている様で御座いますが、一応お耳に入れておきます」
ふむ、そんなもんだよね。人足の前で派手にやってるし、別に広まっても困らないからいいや。
「分かった、私の事は大した事ないし構わなくていいよ。あとは今年の田植えだね。今年は宍倉と真壁の残り、それから飯塚と片野と大島かな。大島は久幹が面倒見て欲しい。宍倉は私で飯塚と片野は菅谷に任せるよ。百地の塩水選組は数を増やした方がいいね」
「承知致しました。年々豊かになるのは嬉しいもので御座いますな」
勝貞はニコニコしてお茶を飲む。私も謀略より田畑の話をする方が楽しい。皆で細部を詰めていく。二年目なので話はスムーズに進んだ。
「それと千石船が出来たと聞いているのだけど?」
私の質問に政貞が答えた。
「引き取りまして我等で船の試しをしております。沈んでは事で御座いますから」
「うん、お願いね。それと六月に千石船で堺に行こうと思う。父上からは了承頂いてるから心配しないでね。それで菅谷の水軍衆から腕の良い者を借りたいんだけど、勝貞いいよね?」
少し不満げな顔をして勝貞は答える。
「心配では御座いますが、御屋形様から許しがあるなら仕方ありますまい。特に腕の良い者を付けましょう」
「供は如何されるので御座いますか?」
久幹が自分を選べと目で訴えながら聞いて来る。ごめんね、今回は久幹は留守番だからね。
「今回は政貞と百地と桔梗かな。あと四郎と又五郎も連れて行くつもり。勝貞と久幹はゴメン、留守を任せたい」
「残念で御座いますが仕方ありませんな。政貞殿、若殿をお願い致します」
政貞は嬉しそうに答える。
「これでようやく某も堺の話に加われますな。久幹殿、某にお任せ下さい。それにしても四郎と又五郎は大して役に立たなかったと聞いて居りますが、何故此度は連れて行かれるので御座いますか?」
私は湯飲みを弄びながら笑った。
「あの二人は悪運が強そうだから、船が沈まないかなって思ったんだよ」
皆が何となく納得しているのが可笑しかった。出発まで三月、色々忙しいけど堺に行けるのが楽しみだ。宗久殿は元気かな。