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第二十六話 ワインを作ろう2


 秋が深まり山々や森が黄色く色付いている。山の高い所は赤い色もちらほら見えている。暫くするとまた冬が来る。私は戸崎の城の本丸から山々を眺めていた。

 

 私は冬が大嫌いだ。冬の有様は生命の死を感じさせるし、実際冬に亡くなる人も多いのだ。現代と違って暖房は囲炉裏や火鉢に頼らざるを得ない。ただ、根本的な問題として家が隙間だらけなのと布団が無い事が悪い気がする。現に私も布団は持っていない。今年は父上に布団でも作ってみようか?


 いっそ暖炉でも作って普及させてみようか?そうすれば、冬の朝に冷たくなって亡くなっていた、なんて話を聞く事も減るかもしれない。病気になっても医者はいないし、いたとしてもとても信用できる技術などは有りはしない。さすがに医療は専門外だ。私は歴オタであって医者じゃないし。


 現代人としての多少の知識はあるから、書に記してみようか?この時代なら風邪の対処法は十分価値があると思う。


 薬も葛根湯とかなら知っているし、この時代にもあった筈だ。昔は首にネギを巻くとかも聞いた事がある。動脈硬化や血圧にワインが良いのも知っている。穴だらけの知識だけど知る限り記せば、それなりの成果が出せるかもしれない。


 堺なら明との交易で漢方薬が手に入る筈だ。いずれは街作りをするから、小田家の専売で漢方薬を売るのも良いかも知れない。身分で金額を変えると良いかも?貧しいから手に入らないのでは意味が無い。うん、これは良い考えだ。


 遠い山々を眺めながらつらつらと考えていた。この時代は空気が澄んでいるから、遠くの山も良く見える。常陸から富士山まで見えるのだ。その富士山は既に雪が被っている。


 「若殿、お待たせ致しました」


 野良着を着込んだ桔梗が跪いた。今日はワイン造りの続きをする予定だ。この二週間は毎日一回、ワインの樽を掻き混ぜる作業しかしていない。発酵も進み頃合い良しと、次の工程に移ることにしたのだ。それにしても桔梗は何を着ても様になる。


 「ご苦労様、子供達の様子はどう?」


 桔梗はニコリと笑った。


 「若殿のお慈悲で健やかに育っています。鉄砲の腕も随分上がりましたし、良い子達で御座います」


 「桔梗、私の慈悲ではないよ。私達は助け合って生きているのだから。戦に駆り出すのは気が引けるけど、鉄砲衆は真っ先に逃がすから心配しないでね」


 桔梗は膝を少し気にしながら立ち上がると口を開いた。


 「心得ております、あの子達は忍びでは御座いませんから」


 「忍びでも命は粗末にしてはダメだよ、合言葉は「いのちだいじに」だからね?」


 私は指を立てて忠告する。桔梗は口に手を当てコロコロ笑った。相変わらず綺麗な人だ。私は前から疑問に思っていた事を聞いてみた。


 「突然なんだけど、桔梗はお嫁に行かないの?誰か好きな人はいないのかな?」


 私のセリフを聞くと一瞬きょとんとしてから答える。


 「桔梗がで御座いますか?桔梗はお嫁には参りません、ずっと若殿の御側にいるのです」


 浮ついた話が全く無かったので予想はしてたのだけど、これは良くないね。しっかり言っておこう。


 「桔梗、私はちゃんと嫁に行った方がいいと思うよ?嫁いでも城に通えば良いのだし」


 「若殿の仰せでも聞くことは出来ませぬ。桔梗は若殿の御側にいると決めております。嫁になど行きません」


 ニコリと微笑みながら拒否された。百地もそうだけど、忍びって一本気で頑固な気がする。でも、いくら家臣だからといって私に人生まで捧げるのは違うと思う。私は皆に幸せになって欲しい。


 「失礼で御座いますが、若殿はいかがなされるので御座いますか?もう年頃で御座いますので」


 うっ、反撃っぽい。この時代は結婚が早いんだよね。十代中頃には結婚するのが普通だ。あの四郎と又五郎ですら結婚しているのだ。桔梗は十八だけどこの年齢でも行き遅れになってしまう。


 私は今生では結婚はしないつもりだ。前世でもしていないのだけど。現代人の感覚が染みついてる私が、この時代の男性との結婚生活は考えられない。三つ子の魂は百までなのだ。


 生活は何とかなっても衛生観念やものの考え方の違いは、夫婦生活を破壊するだろう。妊娠も問題で、この時代は妊産婦死亡がとても多い。そんな目に遭うなら結婚なんて断固拒否である。


 私は小田家の嫡男なのだけど、子供は一族から養子を貰うつもりである。貰ったら史実通り、友治とか守治とか名付けるのだろうか?


 「私は祝言しないよ。私は吉祥天様に祝言しないので、小田領を栄えさせて下さいと誓ったのです」


 上杉謙信の真似だけど。この時代は神仏に対する誓いを無下にする事は出来ないから、理由にしようと前から考えていたのだ。ちなみに謙信の血液型はAB型で性格は二重人格である、会う事があったら観察するつもりだ。


 「ならば桔梗も致しません。桔梗は氏治様をお守りすると毘沙門天様に誓いましょう」


 ちょっと!それ謙信の役なんですけど?私のせいで桔梗が軍神になってしまう!あっ、何だか見える。毘沙門天の旗を掲げながら鉄砲衆を率いる桔梗の姿が。

 

 「桔梗、ちょっと落ち着こう。大切な人生なのだから私に付きあってはいけないよ」


 「桔梗の人生は氏治様に捧げているので問題御座いません」


 「子を産んで育てるのも女子(おなご)の幸せだと聞いているよ、考え直そうね」


 「桔梗は既に毘沙門天様に誓っております。誓いを破っては罰が当たりますのでお聞き出来ません」


 だめだ、いい理由を見つけたみたいな顔をしている。神仏を出されたら黙るしかない。自分で墓穴を掘った気がする。


 桔梗はまだ若いから解らないだろうけど、私が生きた前世ではアラサー、アラフォー女性の悲痛な叫びがネットで散見されたものだ。私も若いから解っていないとは思うけど予想位は出来る。桔梗が四十歳になって私に泣きつかれても困ってしまう。


 「毘沙門天様は寛大なお方だから一度くらい誓いを破っても問題ないと思うよ?」


 「、、、。」


 桔梗を説得出来なかった私はワイン造りを再開した。ワイン樽に向かっていると桔梗が「毘沙門天様の旗印を作りましょう」と嬉しそうに言っていた。そして「若殿は吉祥天様で御座いますね」と私の旗印も決まったらしい、別にいいけど。ちなみに毘沙門天と吉祥天は夫婦である。


 普段は無口なのに今日はご機嫌らしい。旗印が謙信とバッティングしたらどうなるのだろうか?確か謙信は私の四個上のパイセンだから、桔梗とは同じ位の歳だ。二人で喧嘩したら桔梗が勝つだろうなぁ。ボコられる謙信なんて見たくない。


 樽置き場に到着した私達は作業を開始した。今日はワインのろ過である。この作業を丁寧にすると、濁りの無いまろやかなワインが出来る。宗久殿が振舞ってくれた南蛮品は濁りが多かったんだよね。あと、香りも良くなかったし。


 私は新しい樽を用意し、大きい柄杓でワインを移し替える。桔梗は布を張った底の無い桶を樽の上で抑える役目である。葡萄の皮や種はいい感じに沈殿しているので、作業はさくさく進んだ。最後に底に溜まった皮や茎の混じったワインを私が力任せに絞る。こういう時は便利な能力である。


 樽一つ移し替えると、ろ過したワインを確認する。私制作の硝子のおちょこで味の確認も忘れない。


 うん、甘みとアルコールが強いけど美味しい。父上のお酒はこれに決まりかな。赤ワインは動脈硬化や血圧を下げる効果がある。ポリフェノールは健康に良いと言われる由縁である。


 父上は清酒ばかり飲んでいるし、塩分も摂り過ぎているから心配なのだ、糖尿とか。ちなみに戦国時代には清酒が普通にある。


 私もこの時代に生まれるまでは江戸時代の発明だと思っていたのだけど、どうも鎌倉時代からあったようだ。清酒を作って大儲けを企んでいたので当てが外れた形だ。


 「これは美味しゅう御座いますね。今井様には失礼で御座いますが、堺で頂いた珍陀酒(ちんたしゅ)より美味しゅう御座います」


 味見をした桔梗が頬に手をやり満足そうにしている。滅多に感情を表さないから不思議な感じだった。桔梗はお酒好きなのかもしれないね。四十歳になったら、お互いグチを言い合いながら、ワインを飲むようになるのだろうか?なんだか今日は不吉な想像ばかりしてしまう。


 「私は清酒と濁酒も香りと味が苦手なんだよね、宗久殿の珍陀酒(ちんたしゅ)も余り味が良くなかったからね、宗久殿に送ったら喜んでくれるかな?」


 「そうで御座いますね、きっとお喜びになるでしょう」


 味見を終えると私達は作業を続けた。発酵と水分が飛んだ分、一樽減って八樽が完成した。あとはひと月寝かせるだけである。


 保管場所は悩んだのだけど、戸崎の城の地下牢に決定した。牢に入る人なんて見た事ないし、夏でも涼しい場所なのでワインセラーとしては良い環境だ。罪人が来たとしたらその時考えればいいや。


 桔梗と二人で掃き清める。ネズミの(ふん)も見当たらないし不潔ではないので良しとしよう。そして牢の中に樽を次々運び込む。樽に天文十六年と墨書して、葡萄踏みをした面子の名前も書きこんでおく。美女が作った証明替わりである。最後に牢屋の鍵をカチリと閉めて完了だ。盗み飲みや盗難防止にも丁度良いと思う。城に忍び込む人がいればの話だけど。


 あとは瓶を制作して詰め込むだけなんだけど、八兵衛さんと炎の戦いだね。何本作ろうか?


 次の日からは瓶作りをする。私も職人であるからには全力で作る覚悟である。八兵衛さんと軽く打ち合わせをする。技をものにした八兵衛さんはやる気に満ちている。


 瓶の色は緑に決定した。前世で見慣れた色だし、ワインは陽の光で劣化するので色硝子を使った方が良いのである。そして少しでも割れにくいようにする為に、厚みを持たせる事になった。


 それから八兵衛さんとの共同作業で瓶を作っていくのだけど、一つ作るのに結構時間が掛かる。急いではいないのだけど、つい効率を考えてしまう。


 最近の八兵衛さんはいつもご機嫌である。彼も一流の職人の仲間入りをしたからね。以前のように思い悩む事も無くなっただろうし、そういう姿を私も見なくて済むから私も嬉しい。


 彼は独り者なので、そろそろ嫁を貰うべきだね。うん、私が口利きしてどこかの村から紹介してもらおう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 現在の知識を、(転生先)戦国時代に取り入れるのは、よく有るけど大規模ですね(褒め) [気になる点] 後、長持ち出来る「干し柿」&里芋や、ムカゴを使って山芋(自然薯)作りなんてどうでしょう?…
[良い点] 戦いではなく内政をがっつり描いている点。 [気になる点] 戦国時代の日本において、ワイン醸造に適した欧州系ブドウは甲府盆地の甲州種のみですが、それは灰色ブドウなので、果皮や種も含めて発酵さ…
[一言] > あとは瓶を制作して詰め込むだけ ガラス瓶、ワインとくれば、ロッシェル塩を作れば? https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/…
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