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第二十五話 ファイヤーピストン


 「ふむ、この隙間を何とかすれば宜しいので御座いますか?」


 細工師の又兵衛は短い鉄の筒穴を覗き込んでいる。


 今日は百地を供に、細工師の又兵衛の所に来ている。ある物の製作依頼だ。


 又兵衛の作業場には様々な物が置いてある。鎧があるという事は直しでもしているのだろうか?刀や槍、農具から生活用具まで種類は雑多である。そしてその全てが綺麗に並べられている。


 彼が使うであろう道具もそうだ。彼は几帳面なのだろう。綺麗に並べられた道具類が、まるでコレクションのように見えるから不思議だ。


 私はそれらに気を取られながら答えた。


 「うん、私も色々考えたんだけど、いい案が浮かばなくて困っているんだよ」


 又兵衛に依頼しているのはファイヤーピストンである。この道具は単純な構造で簡単に火種を作れる事で有名だ。私は父がキャンプの時に使ったのを見てるし、自分でも使った事もある。だけど、いざ自分で作るとなると話は別だ。


 ファイヤーピストンは空気を圧縮する事で熱を発生させる仕組みである。密閉された筒に燃えやすい物を仕込み、ピストン部分になる棒を押し込めば火種が出来る仕組みである。


 そこで鉄砲の量産で忙しい甚平にお願いして頼み込み、筒とピストン部分を作って貰った。なのだけど、僅かに隙間があるから空気を圧縮出来ずにただ棒が刺さっているだけの筒になり果てている。


 「この棒に何か巻き付けて隙間を無くせればいいんだけど、隙間が少な過ぎて私には無理だったんだよね」


 私の言葉に又兵衛は棒と筒を検分しながら答えた。


 「確かに、それぐらいしか方法は無さそうで御座いますね。お伺いしますが、これは何をする為に使うので御座いましょうか?」


 尤もな疑問だよね。目的も解らずに物を作ることは出来ないに決まっている。私はファイヤーピストンを戦で使おうとしている。それもお世辞にも良い事とは言えない使い方だ。だから製法は秘密となる。


 「又兵衛、たぶん又兵衛が協力してくれればこの道具は使えるようになるんだけど、作った道具は内密にして欲しい」


 又兵衛はピクリと片眉を上げると私を見た。


 「内密で御座いますか?」


 なんだか私はいつも秘密と言っている気がする。平和であればこんな事言わなくてもいいのに。


 「又兵衛に命じる事は出来るけど、出来れば私と又兵衛の約束にしたいんだけど、、、」


 又兵衛の表情に何となく気後れして遠慮がちに答えた。そんな私の様子に又兵衛は再び眉をピクリと上げる。


 「手前に何を遠慮しているのかは存じませんが、若殿が秘密にせよと言われるならそう致します」


 又兵衛は居住まいを正し、軽く頭を下げた。


 「うん、ありがとう」


 礼を言う私に又兵衛は笑みを浮かべた。いつも真面目で、何となく取っ付きにくい感じの彼とは違う様子に安堵を覚えた。別に怖い訳ではないのだけどね。私の印象だと又兵衛はクールな男前って感じだ。


 「若殿は手前共のような者にも気遣いをなさります。嫌でも従わされます」


 「又兵衛も意地の悪い事を言うね」


 「そのような事は御座いません。手前は本心を申し上げているだけで御座います」


 私はそんな又兵衛を可笑しく思いながら百地を見やる。


 「若殿に掛かっては忍びの某も兜を脱ぐしかありませんでした。又兵衛の気持ちも解ります」


 まさかの百地の裏切りである。皆で小さく笑い合う。


 「では説明するね。といっても大げさな事ではないのだけど、それは火を付ける道具なんだよ」


 「火、で御座いますか?これが?ですが、、、。火を付ける道具が何故秘密なので御座いましょうか?」


 又兵衛は手に持ったファイヤーピストンを不可思議そうに眺めやる。


 「簡単に火が付けられるんだよ、いつでも、どこでも、誰でも。これ以上は理由を聞かないでね」


 又兵衛は私を見るとコクリと頷いた。


 「承知致しました、では使い方をお教え下さい」


 私はファイヤーピストンの使い方を又兵衛に教える。圧縮の説明が大変だったけど彼は理解を示してくれた。


 「そのような事で火が付くとは奇妙ではありますが、やってみましょう。幾つか思い付いた事も御座いますので」


 「それと出来れば筒と持ち手が合わさる部分に皮を張って欲しいかな。押し込んだ時に音が出ないようにしたいんだよ」


 私の言葉を聞いた又兵衛は刀を抜き差しするようにファイヤーピストンをパチン、パチンと出し入れした。


 「承知致しました、革でも貼ってみましょう」


 そう言って又兵衛は引き受けてくれた。


 私は百地と工房を出て近くの切り株に腰を下ろした。自分で頼んでおいてなんだけど、正直気が進まない。


 「若殿、先ほどの道具で御座いますが、真であれば使い道が幾つか御座います」


 珍しく話を切り出した百地を意外に思いながらも、私は頷いた。


 「たぶん、百地が思っている通りだと思うよ。火打石は音が出るし、火種を持ち歩くのも大変だし臭いもする。あの道具が使えれば火付けも簡単だよね?」


 「そうで御座いますな、我ら忍びが持つなら鬼に金棒と言った所で御座いますか」


 「鬼真壁に金砕棒かもね。これで敵方の城に火を付けたら戦どころじゃなくなると思うのだけど?」


 私はファイヤーピストンで攻めて来た敵方の城を焼き払う事を考えていた。さすがに城下や民家に火を掛ける度胸は私には無い。だけど、侵略者の城だけを狙うなら有りだとは思っている。


 どちらにしても現代日本の倫理観で生き抜ける程、戦国の世は温くないのだ。少なくとも史実で見る小田家にはそんな余裕は無い。負ければ家臣や領民が大勢死ぬのだから。


 「床下や屋根裏に忍び、火を掛ければ容易く燃え広がります。火打石だと音が出ますし、いかな我らとて火種を持ち歩くのは骨で御座います」


 普段無口な彼が饒舌だ。彼をしてそうさせるほど使える道具なのだろう。そんな彼は言葉を続ける。


 「ですが、あの道具が若殿が仰られた通りであれば、音も無く火を掛けられるでしょう」


 「やるなら全部の曲輪の建物かな、夜明け前にでも火を掛ければ気付くのも遅くなるし、火なんてそうそう消せるものではないよね」


 「左様で御座いますな、若殿は我等を実に良くお使いになられます。真に感心致しました」


 領内の開発は順調に進んでいる。でもいずれ起こるだろう、戦の準備もしなくてはならない。鉄砲の量産は出来るようになったけど、私は心配性なのだ。出来る事はやっておいて越したことはない筈。それに隣人の無茶を誰も止めてくれないし。


 「私もこの様な事に使いたくはないのだけど、やったらやったで恨まれそう」


 私は空を仰ぎ見る。


 「我等がお守り致します、ご安心を」


 「あの道具が完成したら百地に使ってもらうけど秘匿して欲しい。百地の腕があれば十分使えると思う」

  

 「承知致しました」


 うん。百地、凄い笑顔だね。


 その二日後、又兵衛からファイヤーピストンが届く。


 私は桔梗に百地を呼ぶように頼む。そして一刻も経たない内に到着した、百地と桔梗を連れて庭の片隅に移動した。


 「又兵衛の話だと上手くいったそうだよ」


 「ほう、それは楽しみで御座いますな」


 私はこれからする事を桔梗に説明した。鉄砲衆を率いる桔梗が火付けをする訳ではないけど、桔梗にも持たせる気でいる。便利だしね。


 私達は焚火でも囲むようにしゃがみ込む。


 「じゃあ、やってみるね」


 私は用意していた麻の紐屑を仕込みピストン部分を一気に押し込む。そして素早く抜き取り火が付いているか確認する。


 「一発で着いたね」


 「たったそれだけで火種が出来るとは、、、」


 百地は感心したように呟く。


 「鞘に入れるだけで宜しいのですか?」


 桔梗も興味津々といった様子である。


 「そうだよ、結構力がいるから練習はした方がいいね。私は力が強いから、簡単に押し込んだように見えると思うのだけど」


 私はピストンを出し入れして見せる。そうしてから百地に渡した。百地は筒の穴を覗いてから麻屑を仕込みピストンを押し込む。そして素早く引き抜き火が付いたか確認する。


 「成る程、多少力を籠めないと奥まで刺さりませんな。しかし、これは使えます」


 百地は何度か同様にして火種を作る。そして満足したのかファイヤーピストンを桔梗に手渡した。桔梗も模倣するように挑戦する。二度目で火種が出来たが女性の力では大変そうに見えたので地面に押し付けるといいよとアドバイスする。


 「では、これを幾つ作ろうか?」


 「そうですな、三十、、、いや五十程で如何で御座いましょう?」


 「分かった。では百地から又兵衛に頼んで欲しい。それと、、、。ちょっと部屋に戻ろうか」


 私は私室に戻り地図を取り出し座卓に広げた。元の地図が余りにも酷いので私が修正した地図である。日本の地図は当然として世界地図を書けない歴オタはいない。もっとも、大雑把ではあるけど。そして座卓を挟んで百地と桔梗に対面する。


 「百地、特に指示していなかったけど、忍びは他国に放っているの?」


 「常陸の国は我等も見知らぬ土地なので、昨年から春にかけては土地勘を養っておりました。幾らかはばらまいては居りますが、これからと言った所で御座いましょうか」


 当然だと思う、忍びだからといって何でもできる訳じゃない。目の前から消えたり、分身したり出来るなら彼等が天下の主になっている。


 ふむ、と私は腕を組み考える。史実ではあと一年半で結城が攻め込んでくる。でも久幹は味方になってくれているから、不利な材料は消えている。


 父上が亡くなり氏治が家督を継いで、家中が纏まっていない事を見計らっての、結城の行動だ。尤も焚きつけたのは水谷なんだけど。


 父上の健康管理をして長生きしてもらえれば、周辺の国も手を出すのを躊躇うと思う。もしかしたら結城との戦も無いかもしれない。この時代でも長生きする人は多いから、不可能ではない筈。それに子として親には長生きして欲しい。


 「それなら情報収集を始めても良さそうだね。えっと、結城、佐竹、土岐、水谷、大掾、江戸、、。それと北条かな、多いけど」


 「周辺は警戒すべき敵ばかりと考えて宜しいので御座いましょうか?」


 「ううん、佐竹は婚姻で同盟を結んでいるし、大掾、土岐、江戸も関係は良好だよ。だから結城と水谷が当面の敵になるかな。父上の宿敵だし、あちらもそう思ってるみたいだし」


 「左様で御座いますか、では結城と水谷に忍ばせましょう。他の国は見張る程度でよう御座いますか?」


 「あ、国人も見張って欲しい。特に多賀谷は要注意かな」


 史実の多賀谷家は勢力は弱いものの、巧みな外交で戦国を生き延びている。蝙蝠外交の神様みたいな家である。


 それを聞くと百地は眉を上げる。


 「若殿は多賀谷様が裏切るとお考えなので御座いますか?」


 「百地にははっきり言っておくけど裏切るよ。ただ戦になっても下妻の城は燃やさないでね、使うかもしれないし」


 ソースは史実なんだけどね。ただ、地理的に見ると多賀谷の勢力圏は、強国に囲まれている上に守りにくい。下妻城、大宝城、関城はいいんだけど、駒館と和歌城は結城領に食い込む形だ。

 

 「ふむ、承知致しました。某も興味が湧いてきました、して、仮に火を掛けるとしたら結城と水谷になりましょうか?」


 「うーん。結城だけにしておこうか、可哀そうだし」


 それを聞くと百地が大笑いした。余りに珍しいので思わず目をパチクリしてしまった。百地も私に慣れてくれたのかな?


 「そうで御座いますか、可哀想で御座いますか。心得ました、そう致しましょう」


 「興味があって聞きたいのだけど、結城と水谷にはどの位送るの?」


 百地は髭をさすりながら思案気に答えた。


 「そうで御座いますな、結城には三十程、水谷は領が小さいので五といった所でしょうか」


 「三十人も送ってバレないの?」


 「忍ばせると申しましたが、馬夫や下人や門番など相手の状況によって様々です。老婆が入り込む事も御座います。入り込み、住人と化して時を待ちますのでまず問題ないかと」


 なんとなく分かっていたけど、実際聞くとなんかすごい。ホントに忍びだ。


 「くれぐれも命は粗末にしないように、これは主命ね」


 「心得ております。お仕え致しました時に仰せられた事は、必ずお守り致します」


 「うん。危険な事をしているのに、無理な事を言っているのは分かっているのだけど、お願いね」


 こうしてゆっくりとだけど戦の準備が始まっていった。私の存在が本来辿るべき歴史に大いに干渉している。少なくとも小田周辺には影響するだろう。それが罪深い事だとは思いたくない。私だって生きているのだから。


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